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冒険者はまだ見ぬロマンを求めて  作者: 片山武琉
第一章 魔女と銀の笛

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第一章59 『牢の中の少年』


 ――グランベル。


 領主館の地下。


 石造りの通路には、いくつもの牢が並んでいた。


 普段なら罪人を収容するために使われる場所だが、今はその一番奥に、一人の少年が座っている。


「……」


 リュートは壁へ背を預け、膝を抱えていた。


 胸元には、いつもの笛。


 けれど。


 あれから一度も吹いていない。


 何度か手に取ったことはあった。


 指で穴をなぞり、口元へ持っていこうとしたこともある。


 それでも、音を出すことはなかった。


「……セージ」


 小さく名前を呟く。


 当然、返事はない。


 代わりに蘇るのは、セージが最後に残した言葉だった。


『これからも、自分で考えなさい』


『自分で、選びなさい』


「……自分で選ぶ、か」


 リュートは笛を握った。


 研究施設を壊したことも。


 最後に笛を吹いたことも。


 セージを止めたことも。


 確かに、自分で選んだ。


 けれど、その先をどう生きればいいのかまでは分からない。


 今までのリュートには、いつもセージがいた。


 何をするのか。


 どこへ行くのか。


 何のために笛を吹くのか。


 それを決めるのは、いつも彼女だった。


「……」


 その時。


 静かな地下通路へ足音が響いた。


 ――カツ、カツ。


「……?」


 リュートが顔を上げる。


 少しずつ近づいてきた足音は、牢の前で止まった。


「よう」


「……ルイス」


 鉄格子の向こうに立っていたのはルイスだった。


「来てくれたんだ」


「ああ」


 ルイスは牢の前まで来ると、そのまま石の床へ腰を下ろした。


「カイルが行っちゃったからさ」


「……」


「ちょっと暇になった」


「それ、僕に会いに来た理由としてどうなの?」


「ちゃんと会いに来たかったのもあるって!」


「ついでみたいに聞こえるけど」


「違うって!」


 久しぶりに、リュートの口元が僅かに緩んだ。


「カイル、もう街を出たんだね」


「ああ。魔塔に帰るって」


「魔塔……」


「リュート知ってる?」


「名前くらいなら」


「やっぱ有名なんだ!」


「たぶんね」


「俺、いつか行く!」


「場所は知ってるの?」


「知らない!」


「……どうやって行くの?」


「探す!」


 迷いなく答えたルイスに、リュートは堪えきれず小さく笑った。


「ルイスらしいね」


「だろ?」


「褒めてないよ」


「なんで!?」


 二人の間に、ほんの少しだけ以前のような空気が戻った。


 けれど。


 リュートが鉄格子へ視線を向けると、その笑みも自然と消えていく。


「……」


 ルイスも、それに気づいた。


「なあ」


「何?」


「ここ、寒くない?」


「少しだけ」


「飯は?」


「ちゃんともらってるよ」


「寝れてる?」


「……少し」


「そっか」


 ルイスは少し眉を寄せた。


 そして、しばらく迷ったあとに尋ねる。


「……怖い?」


 リュートはすぐには答えなかった。


 手の中にある笛を見つめ、少しだけ考える。


「……怖いよ」


 やがて、正直に答えた。


「この先どうなるのか、分からないから」


「……」


「ずっとここにいるのか」


「街から追い出されるのか」


 そこで一度、言葉が止まる。


「それとも……殺されるのかなって」


「!」


 ルイスの表情が強張った。


「そんなこと――」


 すぐに否定しようとして。


 やめた。


 簡単に大丈夫とは言えなかった。


 決めるのはルイスではない。


 リュートが何をしてきたのかも。


 街の人々がどれほど危険な目に遭ったのかも。


 ルイスは知っている。


「……僕」


 リュートが静かに続ける。


「罰を受けるのは仕方ないと思ってる」


「リュート」


「僕は魔獣を操った」


「街へ向かわせた」


 リュートは笛へ目を落とす。


「僕の笛のせいで、怪我をした人もいる」


「怖い思いをした人もいる」


「……」


「セージに言われたからって、それが全部なくなるわけじゃない」


 リュートの指が笛を強く握った。


「最後にセージを止めたからって、それまでのことまで消えるわけじゃない」


「……うん」


「だから」


 リュートは少しだけ俯いた。


「何か罰を受けることになっても、逃げちゃ駄目だと思う」


 ルイスは鉄格子へ片手を置いた。


「でもさ」


「……?」


「お前が全部悪いって、俺は思ってない」


 リュートが顔を上げる。


「どうして?」


「だって、お前は途中で止めようとしたじゃん」


「……」


「セージに逆らって、研究施設も壊した」


 ルイスは、森での戦いを思い出す。


「最後には、一番やりたくなかったことまで自分で選んだ」


「……」


「悪いことしたなら、それはちゃんと考えないと駄目だと思う」


 それから。


 ルイスは少しだけ笑った。


「でも、最後に俺たちを助けてくれたことだって、なかったことにはならないだろ?」


「……」


 リュートはしばらく黙っていた。


「分からないんだ」


「え?」


「僕、こういう時どうしたらいいのか、まだよく分からない」


 リュートは困ったように笑う。


「今まで、セージが決めてくれてたから」


「起きる時間も」


「何をするかも」


「どこへ行くかも」


「魔獣を集めろって言われたら集めた」


「笛を吹けって言われたら吹いた」


「研究を手伝ってって言われたら手伝った」


「……」


「だから、自分で決めろって言われても……」


 リュートは小さく息を吐く。


「何を決めたらいいのかすら、分からないんだ」


 ルイスは少し考えた。


「じゃあ」


「何?」


「小さいことからでいいんじゃない?」


「小さいこと?」


「ああ」


 ルイスは指を一本立てる。


「今日、何食べたいとか」


「……牢だから選べないと思うけど」


「じゃあ明日何するか!」


「それも僕が決められるか分からないよ」


「む……」


 ルイスは腕を組んで考え込んだ。


「だったら、誰と話したいとか!」


「誰と?」


「今なら俺!」


 自分を指さすルイスを見て、リュートが少しだけ目を丸くした。


「そんなことでいいの?」


「いいだろ」


 ルイスは不思議そうに首を傾げる。


「自分で決めるって、そういうことじゃないの?」


「……」


 リュートはその言葉について考えた。


 これからの人生を。


 今、この場ですべて決める必要はない。


 今日。


 明日。


 一つずつ。


 自分で選んでいく。


「……じゃあ」


「ん?」


 リュートが僅かに笑った。


「明日もルイスと話したい」


「おう!」


 即答だった。


「それでいい!」


「……ふふ」


 リュートが笑う。


「やっぱりルイスと話してると、悩んでるのが馬鹿らしくなるね」


「それどういう意味!?」


「いい意味だよ」


「ほんとか?」


「たぶん」


「たぶん!?」


 その時。


 二人の声に重なるように、地下通路から新しい足音が響いた。


 ルイスとリュートが同時に振り返る。


「随分と楽しそうだな」


「ジョージ」


 現れたのはジョージだった。


 ルイスは立ち上がる。


「話は終わったか?」


「まだ途中!」


「そうか」


 ジョージは牢の前へ立つと、鉄格子の向こうにいるリュートを見た。


「リュート」


「……はい」


「お前の今後について、一つ決まった」


 その言葉を聞いた瞬間、リュートの表情が強張った。


「……何ですか?」


「まず」


 ジョージははっきりと言った。


「お前をすぐに処刑することはない」


「……!」


 リュートの目が見開かれる。


 隣にいたルイスも、思わず安堵の息を吐いた。


「ただし」


 ジョージの口調は厳しいままだった。


「自由にするわけでもない」


「……はい」


「今回の事件において、お前が魔獣を操り、結果としてグランベルの住民や騎士、冒険者を危険に晒した事実は変わらん」


「……」


 リュートは視線を逸らさず聞いている。


「お前が子供だからといって、その責任がなくなるわけでもない」


「はい」


「だが」


 ジョージはそこで一度言葉を切った。


「今回の件には、情状酌量の余地があると判断した」


「……情状酌量?」


 ルイスが首を傾げた。


「何それ?」


「簡単に言えば」


 ジョージは少し呆れたようにルイスを見る。


「何をしたのかだけでなく、そこに至った事情や、その後の行動も含めて判断するということだ」


「なるほど!」


「本当に分かったか?」


「だいたい!」


「……まあいい」


 ジョージはリュートへ視線を戻す。


「お前は幼い頃からセージに育てられ、その指示に従って行動していた」


「……はい」


「もちろん、それだけで全てが許されるわけではない。途中から何をしているのか理解していたことも、お前自身が認めている」


「はい」


「しかし」


 ジョージは続ける。


「最後には自らセージへ逆らった」


「研究施設を止めるために動き、我々にも協力した」


「そして最後の戦いでは」


 ジョージの目が僅かに細くなる。


「お前の力がなければ、セージを止めることは極めて困難だった」


「……」


 リュートは胸元の笛を見る。


「それら全てを踏まえた上で」


 ジョージは静かに言った。


「お前には情状酌量の余地がある」


「罪を消すつもりはない」


「だが、罪だけを見て処分するつもりもない」


「……」


 リュートの瞳が僅かに揺れた。


「それと」


 ジョージはリュートの笛へ目を向ける。


「もう一つ、無視できないことがある」


「僕の……笛?」


「ああ」


 ジョージは頷く。


「正確には、笛を通して魔獣へ意思を伝える、お前自身の力だ」


「……!」


 リュートが僅かに目を見開く。


「笛そのものに魔獣を操る力があるわけではないと聞いている」


「……はい」


「お前自身の魔力を音へ乗せ、魔獣へ意思や命令を伝える。そのために笛を使っている」


「はい」


「ならば」


 ジョージは腕を組む。


「無視できんのは、その笛ではなく、お前自身が持つ力だ」


 ルイスもリュートを見る。


「魔獣へ干渉する力は、使い方を誤れば極めて危険だ」


「今回の事件が、その証明でもある」


「……はい」


「だが」


 ジョージの声が少しだけ変わる。


「逆もまた然りだ」


「逆……?」


「正しく使えば」


 ジョージはリュートをまっすぐ見る。


「その力は、人を守るためにも使える」


「……!」


「暴れる魔獣を遠ざける」


「人里へ近づいた魔獣を森へ戻す」


「状況によっては、無駄に命を奪うことなく被害を防げる可能性もある」


 リュートが目を見開いた。


「僕の力で……?」


「可能性の話だ」


 ジョージはすぐに釘を刺す。


「お前自身も、その力の全てを理解しているわけではないだろう」


「……はい」


「ならば、これから調べなければならん」


「危険性も」


「限界も」


「どこまで魔獣へ影響を与えられるのかもだ」


 ジョージはリュートの胸元にある笛を見る。


「ただの危険な力として封じるには、お前の能力には有用性がある」


「だからといって、自由に使わせるわけにもいかん」


「……」


「どう扱うべきか」


「それも含めて、今後判断する」


 リュートはしばらく黙っていた。


 そして。


「……分かりました」


 小さく。


 だが、はっきりと頷いた。


「もう一つ」


 ジョージの声が低くなる。


「今回の件については、情報の扱いを制限する」


「情報?」


 ルイスが聞き返す。


「ああ」


「セージが二十年前に処刑された魔女であり、生き延びていたこと」


「森で行われていた研究」


「魔獣を利用した実験」


「そして」


 ジョージはリュートを見る。


「リュートが魔獣へ干渉する能力を持っていること」


「……」


「これらは全て、事件の詳細を知る者以外には口外しない」


「極秘事項として扱う」


「極秘……」


 リュートが呟いた。


「なんで?」


 ルイスが尋ねる。


「混乱を避けるためだ」


 ジョージは即答した。


「魔女が二十年間生き延び、領内で研究を続けていたと知れば、それだけで街の者たちは不安になる」


「……」


「まして」


 ジョージはリュートへ目を向ける。


「魔獣へ意思を伝え、動きを変えられる少年がこの街にいると広まればどうなる?」


「……」


 リュートの表情が曇る。


 答えは。


 言われなくても分かった。


「怖がられる……」


「それだけならまだいい」


 ジョージは険しい表情を浮かべる。


「利用しようと考える者が現れる可能性もある」


「!」


「多数の魔獣へ影響を与えられる力だ」


「価値を見出す者は少なくないだろう」


「……」


 リュートは無意識に笛を握った。


「だから」


 ジョージが言う。


「少なくとも今は、広める必要のない情報だ」


「事件に直接関わった騎士や冒険者にも、すでに口外しないよう命じてある」


「……分かりました」


 リュートはゆっくり頷く。


「僕も誰にも言いません」


「そうしろ」


「ルイス」


「ん?」


「お前もだ」


「分かってる!」


「本当だな?」


「俺そんなに口軽くないぞ!」


「……」


「その顔やめろよ!」


 ジョージは小さく息を吐いた。


「ともかく」


 再びリュートを見る。


「お前には当面、グランベルに残ってもらう」


「事件について知っていることを全て話せ」


「セージの研究」


「森の施設」


「魔獣」


「お前の力と笛について分かっていること」


「そして、お前自身が何をしてきたのか」


「一つも隠すな」


「……はい」


「分からないことは、分からないと言えばいい」


「え?」


「勝手に答えを作る必要はない」


「……はい」


 リュートは少しだけ笛へ視線を落とした。


 自分自身。


 この力が何なのか。


 なぜ生まれつき魔獣とこんなにも近い感覚を持っているのか。


 分からないことは、まだ多い。


 それでも。


 分かっていることなら。


 話せる。


「そして明日から」


 ジョージは続ける。


「街の復旧作業へ参加してもらう」


「復旧作業……」


「ああ」


「騎士の監視付きでな」


「……」


「今回のことで壊れた街を、自分の目で見ろ」


「そして」


「自分にできることをしろ」


 リュートは少しだけ俯いた。


「それが……僕への罰ですか?」


「罰でもある」


 ジョージは答える。


「だが、それだけではない」


「……?」


「牢の中で自分を責め続けていたところで、壊れたものは何一つ戻らん」


「……」


「ならば外へ出て」


「お前自身が何をしたのかを見た上で」


「これから何をするのかを考えろ」


 ジョージは静かに続ける。


「お前が今後どうなるかは」


「そこでの働きや態度」


「証言」


「その他全てを確認してから、改めて判断する」


「……」


 リュートは唇を噛んだ。


 その目には、僅かに涙が浮かんでいる。


「ありがとうございます」


「礼を言うのは早い」


 ジョージの言葉は変わらず厳しい。


「これは許しではない」


「はい」


「お前がしたことは残る」


「はい」


「だが」


 そこで。


 ジョージの表情がほんの少しだけ柔らかくなった。


「これから何をするのかを見る時間くらいは与えてやる」


「……!」


 リュートは涙を拭う。


「僕」


 ゆっくりと。


 まっすぐジョージを見た。


「ちゃんと話します」


「自分がしたことも」


「知っていることも」


「全部」


「……」


「それから」


 リュートは胸元の笛へ触れた。


「この力をこれからどう使うのかも」


「誰かに言われたからじゃなくて」


「自分で考えます」


 ジョージはその言葉を聞いて。


 一度だけ頷いた。


「それでいい」


 そして。


 ジョージは牢の鍵へ手を伸ばし、一度だけ錠を確かめた。


 ――ガチャ。


「……?」


 リュートが驚いて顔を上げた。


「今から自由にするわけではない」


 ジョージは扉の鍵を確かめながら言う。


「明日の朝、騎士の監視付きでここから出す」


「復旧作業が終われば、当面はここへ戻ってもらう」


「はい」


「勝手な行動はするな」


「はい」


「逃げるなよ」


 リュートは迷わなかった。


「逃げません」


「……そうか」


 ジョージは踵を返す。


 そして。


 数歩進んだところで足を止めた。


「リュート」


「はい?」


 ジョージは振り返らないまま言った。


「セージに言われたからでも」


「私に言われたからでもない」


「……」


「お前が自分で選んだ道なら」


「最後まで自分の足で歩け」


「……!」


 リュートの瞳が大きく揺れた。


 セージが最後に残した言葉。


『自分で選びなさい』


 それと。


 よく似ている。


 けれど。


 少しだけ違う。


 選んだあと。


 どうするのか。


「……はい」


 リュートは。


 今度は迷わず答えた。


「歩きます」


「自分で」


「……そうか」


 それだけ言い残し。


 ジョージは地下通路を去っていった。


 足音が少しずつ遠ざかっていく。


「……」


 リュートはしばらく、その背中が消えた方角を見つめていた。


「よかったな」


 ルイスが笑う。


「……うん」


「明日から忙しくなるな!」


「そうだね」


「復旧作業だろ?」


「うん」


「俺もやる!」


「……え?」


「暇だし!」


「暇だから手伝うの?」


「街壊れてるし!」


「どっちなの?」


「両方!」


 リュートは呆れたような顔をしたあと、小さく笑った。


「ありがとう」


「いいって!」


 ルイスは手を上げる。


「じゃあ、明日な!」


「……うん」


 立ち去ろうとするルイスを。


「ルイス」


 リュートが呼び止めた。


「ん?」


「さっき僕」


「明日もルイスと話したいって言ったよね」


「ああ」


「それ」


 リュートは少しだけ考える。


「やっぱり変える」


「え!?」


「なんで!?」


「自分で決めてもいいんでしょ?」


「そうだけど!」


「じゃあ」


 リュートが少しだけ、いたずらっぽく笑った。


「明日はルイスと一緒に」


「街を直したい」


「……!」


 ルイスの顔にも笑みが広がる。


「おう!」


「決まり!」


「うん」


 ルイスは今度こそ地下通路を歩いていった。


 牢の中に、再び静けさが戻る。


「……」


 リュートは一人になると、胸元の笛を取り出した。


「セージ」


 静かに名前を呼ぶ。


「僕」


 少しだけ息を吸った。


「まだ」


「これから何をしたいのか」


「全部は分からないよ」


 それでも。


 笛を両手で包み込む。


「でも」


「あなたの言う通りにするためだけに」


「この笛を吹くのは」


「もうやめる」


 セージと過ごした日々の中で。


 教わったこと。


 一緒に見つけたこと。


 森のこと。


 魔獣のこと。


 そして。


 自分の中に最初からあった、不思議な力の扱い方。


 この笛を使えば。


 自分の意思を。


 より遠くへ。


 よりはっきりと届けられる。


 そう気づいたのも。


 何度も失敗しながら、セージと一緒に試したからだった。


 けれど。


 それら全てを捨てる必要はない。


 セージがいなくなったからといって。


 自分まで。


 空っぽになるわけではない。


 ジョージは言った。


 この力は危険だと。


 けれど。


 使い方次第では、人を守る力にもなり得ると。


「……僕にも」


 リュートは笛を見つめた。


「できるのかな」


 今はまだ。


 分からない。


 自分がなぜ。


 こんな力を持っているのかも。


 本当は。


 どこから来たのかも。


 何も知らない。


 でも。


「……それも」


 ほんの少しだけ笑う。


「いつか」


「自分で知りたいな」


 そして。


 もう一度。


 笛を握る。


「次にこの笛を吹く時は」


「何のために吹くのか」


「誰のために吹くのか」


「ちゃんと」


「僕が決める」


 その夜。


 リュートが笛を吹くことはなかった。


 けれど。


 以前とは違う。


 吹けなかったのではない。


 今は吹かないと。


 自分で選んだのだ。


 ――――――――――


 翌朝。


 グランベルの街。


 事件に関わった騎士や冒険者たちには、すでにジョージから厳しい箝口令が敷かれている。


「よいしょ……!」


 崩れた建物の前で、リュートが大きな瓦礫を持ち上げていた。


 少し離れた場所には、監視役の騎士が立っている。


「それは右だ」


「え?」


「そこの荷車じゃない。向こうだ」


「あ、はい」


 リュートが言われた方向へ向き直る。


「こっち?」


「ああ」


「分かりました」


 重い瓦礫を、決められた場所へ運ぶ。


 その途中。


 リュートは周囲から向けられる視線に気づいた。


「……あの子、誰?」


「領主様のところの手伝いじゃないか?」


「見ない顔だな」


「……」


 今回の事件について。


 街の人々へ全てが知らされているわけではない。


 自分が魔獣を操っていたことも。


 セージと暮らしていたことも。


 笛を通して魔獣へ意思を伝えられることも。


 極秘事項として扱われている。


 だから。


 街の人々は知らない。


 目の前にいる少年が、この事件で何をしたのかを。


「……」


 それを。


 少しだけ苦しく感じた。


 何も知らない人たちの隣で働いていいのだろうか。


 そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。


 けれど。


『今回のことで壊れた街を、自分の目で見ろ』


 ジョージの言葉を思い出す。


 隠すことと。


 逃げることは。


 同じではない。


 知っている者には。


 全部話す。


 自分がしたことからも。


 逃げない。


 なら。


 今は。


 できることをする。


「よし……」


 リュートはもう一度、瓦礫へ手を伸ばした。


「リュート!」


「……?」


 聞き慣れた声に振り返る。


 すると。


 大きな石を抱えたルイスがこちらへ走ってきていた。


「うおおおおおっ!」


「ちょっと!」


 リュートの顔が引きつる。


「走ったら危ないよ!」


「大丈夫!」


「全然大丈夫に見えない!」


「うわっ!?」


 案の定。


 ルイスの足が小さな瓦礫へ引っかかった。


「ルイス!」


 抱えていた石を慌てて地面へ置き、リュートが駆け寄る。


「大丈夫!?」


「……大丈夫」


「顔からいったよね?」


「いってない!」


「見てたけど」


「気のせい!」


「……」


 リュートは呆れたようにルイスを見た。


 そして。


 堪えきれず笑った。


「何笑ってんだよ!」


「別に」


「笑っただろ!」


「笑ってないよ」


「絶対笑った!」


「早く運んで」


「話逸らした!」


「ほら」


 リュートも自分の荷物を持ち上げる。


「一緒に街を直すんでしょ?」


「……おう!」


 ルイスも立ち上がる。


 二人で。


 瓦礫の山へ向かっていく。


 これが。


 何かを償うことになるのか。


 リュートにはまだ分からない。


 一日働いたからといって。


 したことが消えるわけではない。


 許されるとも限らない。


 これから。


 自分の能力がどう扱われるのかも。


 この街でどれだけ過ごすことになるのかも。


 まだ分からない。


 それでも。


 昨日までとは違う。


 今日。


 ここで働くことを受け入れたのは。


 最後には。


 リュート自身だった。


「リュート!」


「何?」


「これどっち!?」


「右!」


「こっち!?」


「それ左!」


「え!?」


「なんで分からないの!?」


「どっちから見て!?」


「君から見てだよ!」


「最初に言ってくれよ!」


「普通分かるよ!」


 騒がしい赤髪の少年が隣にいる。


「……ふふっ」


「また笑った!」


「笑ってないよ」


「今度は絶対笑った!」


 そんなやり取りをしながら。


 リュートは、もう一つ瓦礫を持ち上げた。


 自分が歩く道が。


 どこへ続いているのかは。


 まだ分からない。


 それでも。


 最初の一歩くらいは。


 もう。


 自分で選ぶことができた。


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