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冒険者はまだ見ぬロマンを求めて  作者: 片山武琉
第一章 魔女と銀の笛

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第一章58 『それぞれの道』


 ――魔女との戦いから、三日が経った。


 グランベルの街には、まだ戦いの爪痕が色濃く残っていた。


 巨大魔獣によって崩された城壁。


 戦いの余波で傷ついた建物。


 街路の端には今も瓦礫が積まれ、至るところで職人や兵士、冒険者たちが復旧作業に追われている。


「……改めて見ると、結構ひどいな」


 街を歩きながら、ルイスが呟いた。


「そうだね」


 隣を歩くカイルも、周囲へ視線を向ける。


 壊れた屋根を直す職人。


 荷車へ瓦礫を積み込む男たち。


 怪我をした者へ水や食事を運ぶ住民たち。


 まだ元通りには程遠い。


 それでも。


 三日前とは違っていた。


 悲鳴も。


 魔獣の咆哮も。


 戦いの音もない。


 街のあちこちから聞こえるのは、人々が生活を取り戻そうとする音だった。


「でも」


 ルイスは少しだけ笑った。


「みんな動いてるな」


「うん」


 カイルも頷く。


「壊れたものは多いけど、街そのものがなくなったわけじゃないからね」


「なら、直せばいいってことか」


「簡単に言うね」


「違うの?」


「間違ってはいないけど」


 カイルは苦笑した。


「直す人たちは大変なんだよ」


「じゃあ俺も手伝う?」


「君の場合、余計に壊しそうだからやめた方がいいかな」


「なんで!?」


「自覚ないの?」


「ない!」


「でしょうね」


「ひどくない!?」


 ルイスが不満そうな顔をする。


 そんなやり取りをしながら、二人は街を歩いていく。


 少し前までなら。


 こうしてカイルと並んで歩くことも。


 当たり前のように思えていた。


 けれど。


「ルイス」


「ん?」


 カイルの声が少しだけ変わった。


 ルイスが振り向くと、カイルは足を止めていた。


「どうした?」


「話しておきたいことがあるんだ」


「話?」


「うん」


 カイルは一度、街の向こうにある門へ目を向ける。


「僕」


 少し間を置いて。


「そろそろグランベルを出ようと思ってる」


「……え?」


 ルイスは目を丸くした。


「もう?」


「もうって」


 カイルが苦笑する。


「事件は終わったでしょ?」


「そうだけど」


 ルイスは少しだけ口を尖らせた。


「もうちょっといるのかと思ってた」


「僕も、復旧が落ち着くくらいまでは残ろうかと思ったんだけどね」


 カイルは自分の杖へ軽く触れる。


「僕にも戻らないといけない場所があるから」


「戻る場所?」


「そういえば」


 ルイスが首を傾げる。


「カイルって、ここに来る前どこにいたんだ?」


「今さら聞く?」


「聞いてなかったっけ?」


「聞いてないよ!」


「そっか」


「普通もっと早く聞くでしょ!」


「だって一緒にいたし」


「理由になってないよ……」


 カイルは呆れたように息を吐いたあと、少しだけ笑った。


「僕は普段、魔塔にいるんだ」


「魔塔?」


 聞き慣れない言葉に、ルイスの目が輝く。


「何それ?」


「名前の通り、魔法使いたちが集まって魔法を学んだり、研究したりしている場所だよ」


「魔法使いがいっぱい?」


「いっぱい」


「すごそう!」


「その感想、便利だね」


「でも本当にすごそうじゃん!」


 ルイスは興味津々といった様子でカイルを見る。


「塔なんだろ?」


「塔だね」


「どれくらい高い?」


「そこ?」


「大事だろ!」


「君にとってはね」


 カイルが笑う。


「まあ、見れば驚くと思うよ」


「行ってみたい!」


「早いなぁ」


「どこにあるんだ?」


「それは」


 カイルは少しだけ考えてから。


「自分で辿り着いてみたら?」


「なんで教えてくれないんだよ!」


「冒険者なんでしょ?」


「……!」


 ルイスが黙った。


 そして。


 すぐに口元を上げる。


「なるほど!」


「納得するんだ」


「その方が面白そう!」


「本当に君は……」


 カイルは肩をすくめた。


 だが。


 その表情は楽しそうだった。


「じゃあカイルは」


 ルイスが尋ねる。


「魔塔でずっと勉強してるのか?」


「ずっとじゃないよ」


「こうして外へ出ることもある」


「なんで?」


「本の中だけじゃ分からないことがあるからさ」


 カイルは歩き出しながら答えた。


「知らない土地へ行って、そこにしかない魔法や魔道具を見たり、魔獣や魔石について調べたりする」


「今回みたいに?」


「今回は予想より遥かに大事になったけどね」


「確かに」


「少し調べるくらいのつもりだったんだよ、僕」


「それが魔女と戦ってたな」


「誰のせいだと思ってるの?」


「セージ?」


「君もかなり大きいからね?」


「俺!?」


「君が面白そうな方へ突っ込んでいくから!」


「でもカイルも来たじゃん!」


「放っておけなかったんだよ!」


「じゃあ一緒じゃん!」


「違う!」


 いつものように言い合いながら。


 二人は少しだけ笑った。


「でも」


 カイルは、ふと真面目な表情になる。


「今回の旅は」


「僕にとっても、かなり大きかったよ」


「そうなの?」


「うん」


 カイルがルイスを見る。


「君と出会えたからね」


「……俺?」


「そう」


 カイルは頷いた。


「最初は、変な子だと思ってた」


「なんで!?」


「会ってそんなに経ってないのに、炎を教えてくれって言ってきたから」


「だって使いたかったし」


「普通はそれだけで頼まないよ」


「そう?」


「そうだよ」


 カイルは笑いながらも。


 その視線をルイスの右手へ向けた。


「でも」


「本当に使えるようになった」


「……」


 ルイスも自分の右手を見る。


 巨大魔獣との戦いで。


 初めて実戦で使った炎。


 最初は。


 灯すだけでも集中が必要だった。


 それが今では。


 手のひらへ炎を生み出すまでの時間は、以前よりずっと短くなっている。


 短剣の根元へ炎を添え。


 セージの異常な再生を遅らせることもできた。


 そして最後は。


 カイルの風を受けた炎で再生を押し切り。


 セージの胸にあった力の中心まで短剣を届かせた。


「最後」


 ルイスが思い出したように言う。


「カイルの風で、俺の炎がすごいことになったよな」


「あれ?」


「うん!」


「俺一人じゃ押し切れなかった」


「……」


 カイルは少し意外そうな顔をした。


「何?」


「いや」


 カイルが笑う。


「君でもちゃんとそういうこと考えるんだなって」


「どういう意味だよ!」


「そのままの意味」


「最近みんな俺のこと馬鹿だと思ってない!?」


「馬鹿とは言ってないよ」


「絶対思ってる!」


「それは置いておいて」


「置くな!」


「最後のあれは」


 カイルは少し真面目に続ける。


「僕にとっても勉強になった」


「風と炎?」


「そう」


「風で炎を強めること自体は珍しい話じゃないけど」


 カイルはルイスの右手を見る。


「君の炎は、魔法として僕が作った炎とは少し違う」


「違う?」


「うん」


「だから正直、あそこまで上手く噛み合うとは思ってなかった」


「え」


 ルイスの顔が固まる。


「待って」


「カイル」


「何?」


「あれ」


「試したの?」


「時間なかったし」


「失敗したら!?」


「たぶんルイスが吹き飛んでたかな」


「怖っ!!」


「吹き飛ばないようには調整してたよ」


「じゃあ先に言えよ!」


「でも」


 カイルは笑う。


「あの状況で、僕の風を信じて炎を消さなかったのは君だよ」


「……」


「リュートも」


「ジョージたちも」


「みんながいたから、最後まで繋がった」


「……うん」


 ルイスは少しだけ笑った。


「俺も」


「一人だったら無理だった」


「そういうこと」


 カイルが頷く。


「覚えておくといいよ」


「強くなることと」


「一人で何でもできるようになることは」


「同じじゃないから」


「……」


 ルイスはその言葉を少し考えたあと。


「分かった!」


 大きく頷いた。


「本当に?」


「多分!」


「不安だなぁ……」


 二人は再び歩き始める。


 けれど。


 さっきまでより。


 歩く速度は少しだけ遅かった。


「じゃあ」


 ルイスが尋ねる。


「今日出るの?」


「うん」


「夕方くらいには」


「そっか」


「……寂しい?」


「うん」


 あまりにも即答だったので。


 カイルが一瞬黙った。


「……そこは少しくらい強がらない?」


「なんで?」


「普通、こういう時は」


「別に寂しくないとか言うものでしょ」


「寂しいのに?」


「……」


「変じゃない?」


「君に言われるとそんな気がしてきた」


 カイルが苦笑する。


「俺」


 ルイスは前を向く。


「カイルと一緒にいて楽しかったし」


「炎も教えてもらったし」


「何回も助けてもらった」


「……」


「だから寂しい」


「そっか」


「うん」


 今度は。


 カイルが穏やかに笑った。


「僕もだよ」


 しばらく。


 二人は黙って歩いた。


 ずっと一緒に旅をする約束なんて。


 最初からしていない。


 ルイスは旅を続ける。


 カイルには帰る場所がある。


 それぞれに。


 進む道がある。


「なあ、カイル」


「ん?」


「また会えるよな?」


 カイルが一瞬だけ目を丸くした。


 それから。


 いつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「世界は広いからね」


「……」


「絶対とは言えない」


「えー」


「でも」


 カイルはルイスの肩を軽く叩いた。


「君が冒険者を続けていれば」


「どこかで会う可能性はある」


「……」


「それに」


「僕は魔塔にいるんだ」


「君がいつか」


「自分で会いに来ればいい」


「……!」


 ルイスの顔が明るくなる。


「じゃあ行く!」


「決定なの?」


「もちろん!」


「場所知らないでしょ」


「探す!」


「君なら本当にやりそうだから怖いよ」


「その時は」


 ルイスは腰の短剣へ手を添えた。


「もっと強くなってるから!」


「……そう」


 カイルは少しだけ嬉しそうに目を細めた。


「じゃあ」


「楽しみにしてるよ」


 ――――――――――


 その日の夕方。


 グランベルの門。


 沈み始めた陽が。


 門の向こうへ続く街道を赤く染めていた。


 カイルは杖を持ち、背中には旅の荷物を背負っている。


「忘れ物ない?」


 ルイスが尋ねる。


「君じゃないんだから」


「俺も忘れ物しないぞ!」


「この前、短剣を宿に忘れそうになってなかった?」


「……」


「忘れてない!」


「取りに戻ったから?」


「そう!」


「それを忘れ物って言うんだよ」


「細かいなぁ」


 カイルが小さく笑う。


「じゃあ」


 門の外へ一歩出る。


「そろそろ行くよ」


「……ああ」


 ルイスも頷いた。


「気をつけてな」


「君もね」


「俺は大丈夫!」


「それが一番心配なんだよ」


「なんで!?」


「君は危ない場所を見つけたら近づくでしょ?」


「場合による!」


「どんな場合なら近づかないの?」


「……」


 ルイスは少し考えた。


「すごく危なそうな時?」


「少し危ないくらいなら行くんだね」


「うん!」


「やっぱり心配だ……」


 カイルは額へ手を当てる。


 それでも。


 すぐに笑った。


「ルイス」


「ん?」


「最後に一つ」


「炎のこと」


「……!」


 ルイスの表情が真剣になる。


「何?」


「君の炎」


 カイルはルイスの右手を見る。


「この数日で」


「かなり扱いやすくなってきたでしょ?」


「うん!」


「前よりすぐ出せる!」


「そうだね」


「短剣にも少し使えるようになった!」


「それも見てたよ」


「じゃあ次は刃全部に――」


「やめておけ」


「早っ!」


 カイルが即座に遮った。


「なんで!?」


「今できてることを、まずちゃんと自分のものにして」


「……」


「炎を早く出せるようになった」


「短剣の根元へ添えられるようになった」


「動きながらでも消さずに維持できるようになってきた」


 カイルは指を折るように一つずつ挙げる。


「十分進んでるよ」


「……」


「だから」


「一気にその先へ行こうとしないこと」


「でも」


「強くなりたい」


「分かってる」


 カイルは頷く。


「だからこそだよ」


「急いで形だけ大きくするより」


「今できることを」


「いつでも同じように使える方が強い」


「……」


 ルイスは自分の右手を見た。


 炎を灯す。


 消す。


 短剣へ添える。


 動きながら維持する。


 考えてみれば。


 どれも。


 ほんの少し前まではできなかったことだ。


「それに」


 カイルが続ける。


「最後の戦いでやったみたいに」


「他の力と組み合わせる方法だってある」


「風と?」


「風だけとは限らない」


「……!」


「炎は炎でも」


「使い方は一つじゃないってこと」


 ルイスの橙色の瞳が輝いた。


「それ」


「面白そう!」


「ほら」


 カイルが苦笑する。


「すぐ次へ行こうとする」


「だって気になる!」


「だから」


「少しずつ」


「……分かった」


「本当に?」


「今度は本当!」


「じゃあ信じるよ」


 カイルが満足そうに頷く。


「次に会った時」


「びっくりするくらい強くなってるからな!」


「ほどほどに期待してる」


「もっと期待しろよ!」


「じゃあ」


 カイルは街道へ身体を向けた。


「またね、ルイス」


「……ああ」


 カイルが歩き出す。


 一歩。


 また一歩。


 少しずつ。


 二人の距離が離れていく。


「カイル!」


 ルイスが大きな声で呼んだ。


 カイルが振り返る。


「また」


 ルイスは大きく笑った。


「一緒に冒険しよう!」


 カイルは一瞬だけ目を丸くしたあと。


 笑った。


「――またどこかで!」


 そう答え。


 片手を上げる。


 そして今度こそ。


 振り返らず。


 街道の先へ歩いていった。


 ルイスは門の前に立ったまま。


 その背中が小さくなっていくのを見つめる。


「……行っちゃったな」


 少し。


 寂しい。


 だけど。


 不思議と。


 嫌な気分ではなかった。


 別れたからといって。


 もう二度と会えないと決まったわけではない。


 世界は広い。


 だからこそ。


 またどこかで出会えるかもしれない。


「……魔塔か」


 ルイスは小さく呟いた。


「いつか」


「行ってみたいな」


 知らない場所が。


 また一つ増えた。


 それだけで。


 少しだけ胸が躍る。


 けれど。


「さて」


 ルイスはグランベルの街へ振り返った。


 いつもなら。


 次にどこへ行こうか。


 そればかり考えていたはずなのに。


 今は。


 まだ一つ。


 気になっていることがある。


「……リュート」


 魔女との戦いから三日。


 リュートは今も、ジョージたちから事情を聞かれている。


 自分がしたことを話す。


 逃げない。


 そう決めた少年が。


 これからどうなるのか。


 ルイスはまだ知らない。


「……」


 一度。


 門の向こうへ続く街道を見る。


 そして。


 街の中を見る。


「もうちょっと」


「ここにいるか」


 今はまだ。


 次の冒険へ向かう時ではない。


 ルイスはそう決めると。


 カイルとは反対の方向へ。


 グランベルの街の奥へ歩き出した。


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