第一章5 『異変の原因を求めて』
冒険者ギルドを出たルイスは、依頼書を片手に街の西門へ向かっていた。
「西の街道かぁ……」
歩きながら依頼書へ目を落とす。
今回受けたのは、街の周辺で増えている魔獣について調べる依頼。
確認するのは、魔獣の種類。
目撃した場所。
数。
そして、可能ならどこから来たのか。
分かったことを記録し、ギルドへ報告する。
「討伐じゃねぇのは、ちょっと残念だけど……」
ルイスは一瞬だけ口を尖らせる。
だが、すぐに依頼書を折り畳んだ。
「まぁ、調べるのだって冒険者の仕事だよな!」
西門を抜ける。
街の喧騒が少しずつ遠ざかっていった。
石造りの建物は姿を消し、代わりに広い草原が広がっていく。
街道には時折、商人の馬車や旅人の姿があった。
「さて」
ルイスは歩きながら周囲へ目を向ける。
「まずは何を見ればいいんだっけ」
依頼書をもう一度開く。
「種類、場所、数……」
それから。
「どこから来たのか、か」
顔を上げる。
草原の向こうには、大きな森が広がっていた。
「あれが西の森かな」
街で何度か聞いた名前。
近くにいた旅人へ尋ねると、やはり西の森で間違いないらしい。
「でっけぇ森だなぁ……」
ルイスは少しだけ目を輝かせた。
あの中には何があるのか。
どんな生き物がいるのか。
知らないものが、いくつあるのか。
「……行ってみてぇな」
だが、すぐに首を振る。
「いやいや」
受付嬢の言葉を思い出した。
『危険な魔獣を見つけても、無理に討伐せず離れてください』
『決して一人で無茶をしないこと』
「今日は街道の調査だ」
自分へ言い聞かせるように呟き、再び歩き始めた。
しばらく街道を進んでいく。
西の森との距離も、少しずつ近くなってきた。
「……ん?」
ルイスが足を止める。
何かがおかしい。
風が吹く。
木々が揺れている。
けれど――。
「静かだな」
森が近い割には、鳥や小動物の声が妙に少ない。
「気のせいか?」
ルイスはしばらく耳を澄ませた。
だが。
今の自分には、それ以上のことは分からない。
「……覚えとくか」
依頼書の余白へ簡単に書き込む。
そして、再び歩き始めた。
その直後だった。
「……ん?」
道端の草むらに、黒い影が見えた。
近づいていく。
「これ……」
そこに倒れていたのは、一匹の魔獣だった。
すでに息絶えている。
身体にはいくつもの傷が残っていた。
「倒されてるな」
ルイスはしゃがみ込む。
傷を見る。
刃物によるもの。
身体の向き。
周囲の倒れた草。
「……ここで戦ったのか?」
「おい、坊主」
「ん?」
背後から声がした。
振り返る。
二人の男と、一人の女。
三人の冒険者がこちらへ歩いてきていた。
その中でも一際身体の大きな男が、死骸を指差す。
「そいつなら、俺たちが倒したやつだ」
「お前らが?」
「ああ」
「ちょうどよかった!」
「……何がだ?」
男が怪訝そうな顔をする。
ルイスは立ち上がった。
「俺、この辺の魔獣を調べる依頼を受けてるんだ!」
「調査依頼?」
「ああ!」
冒険者証を見せる。
「俺はルイス! 今日グランベルに着いたばっかりだ!」
「今日?」
男が少し驚く。
「新人か」
「グランベルじゃな!」
「……そういう意味じゃねぇんだが」
男が苦笑する。
「それで?」
「こいつ、どんな感じだった?」
「どんな感じ?」
「襲ってきた時とか」
ルイスは死骸を見る。
「変な動きしなかったか?」
「変な動き、か……」
三人が顔を見合わせた。
「そういえば」
女冒険者が口を開く。
「少し妙だったわね」
「妙?」
「ああ」
大柄な男も頷く。
「最初は普通に襲ってきたんだ」
「じゃあ普通じゃねぇか?」
「俺たちもそう思った」
男は西の森へ目を向ける。
「だが、戦ってる途中で何度もあっちを見てた」
「森?」
「ああ」
「俺たちが目の前にいるのにな」
「逃げたかったとか?」
「いや」
男は首を横に振る。
「逃げるなら、身体ごと森へ向けるだろ」
「確かに」
「でも、そうじゃなかった」
少し考えてから。
「何かを気にしてた……っていう方が近いな」
「何か?」
「分からん」
男は肩をすくめる。
「俺たちにもな」
もう一人の冒険者が死骸を見る。
「変な奴だったよ。襲ってくるくせに、何度も森の方を振り返って」
「まるで――」
大柄な男が続ける。
「何かを待ってるみたいだった」
「…………」
ルイスは西の森を見る。
「何かを……待ってた」
「ああ」
「変だな」
「だろ?」
ルイスはもう一度、魔獣の死骸へ視線を落とした。
「ちなみに、こいつはこの辺にいたのか?」
「ああ」
「昨日までは、この辺りじゃほとんど見なかったんだがな」
「やっぱりか……」
ギルドでも聞いた話と一致する。
ルイスは依頼書へ書き込もうとして――。
「……ん?」
死骸の近く。
踏み倒された草が目に入った。
「これ」
「どうした?」
「足跡じゃねぇか?」
地面へしゃがむ。
土の上に、獣の足跡が残っていた。
一つ。
その先に、もう一つ。
「こいつのか?」
「たぶんな」
ルイスは足跡の向きを追う。
街道側。
反対方向。
「……あっちから来てる」
視線を上げる。
足跡の先には――西の森。
「森から?」
「ああ」
さらに周囲を見る。
「……待て」
ルイスが少し離れた場所へ移動した。
そこにも草が倒れている。
「これもだ」
一つではない。
別の足跡。
さらにその近くにも。
「結構あるぞ」
三人の冒険者も集まってくる。
「本当だな」
「これ、全部同じ魔獣か?」
「いや」
ルイスは地面を見比べる。
「大きさがちょっと違う」
「分かるのか?」
「こっちの方がでかいだろ?」
並んだ跡を指差す。
大きさ。
沈み込み方。
足跡の間隔。
完全には分からない。
けれど、少なくとも同じ一匹だけの跡ではなさそうだ。
「二匹……いや」
周囲を見る。
「もっといるかも」
そして。
どの足跡も。
西の森方面から、街道へ向かって伸びていた。
「…………」
ルイスは森を見た。
先ほどまでは、ただ未知への好奇心を向けていた場所。
今は少しだけ違って見える。
「少なくとも、この辺に来た魔獣は……」
足跡を見る。
「あの森の方から来てる可能性が高そうだな」
「坊主」
「ん?」
大柄な男が声をかける。
「気になるのは分かるが、森の奥まで追うなよ」
「ああ」
「あの森も、外側ならそれほどでもないが、奥へ行けば魔獣も出る」
男の表情が少し真剣になる。
「今は何が起きてるかも分からねぇ」
「……分かった」
「本当か?」
「分かったって!」
男が少し疑うように見る。
「まぁ、お前の依頼は街道の調査なんだろ?」
「ああ」
「なら、そこまでにしとけ」
「おう!」
三人の冒険者は、そのままグランベルへ向かって歩き始めた。
「じゃあな、坊主!」
「ルイスだ!」
「ははは! 覚えてたらな!」
「覚えろよ!」
遠ざかっていく三人を見送る。
再び一人になったルイスは、西の森へ視線を向けた。
「……何があるんだろうな」
気になる。
ものすごく気になる。
あの森へ入りたい。
足跡の先を追えば、何か分かるかもしれない。
けれど。
「……今日は調査だ」
自分へ言い聞かせる。
依頼書を取り出した。
確認した魔獣。
場所。
数。
戦った冒険者から聞いた行動。
森を何度も気にしていたこと。
そして。
複数の足跡が、西の森方面から街道へ伸びていたこと。
「よし」
分かる範囲を書き込んでいく。
その時。
――ガサッ。
「……!」
ルイスが顔を上げる。
街道脇の草むらが揺れた。
すぐに身構える。
「魔獣か?」
しばらく待つ。
だが。
何も出てこない。
「…………」
ルイスは慎重に近づいた。
揺れた草むらの先。
そこには新しい足跡が残っていた。
「……これ」
まだ土が崩れていない。
草も倒れたばかりに見える。
「近くにいるのか?」
足跡は街道を外れ。
森の方向へ続いている。
「…………」
一歩。
足跡を追う。
さらに一歩。
そして――。
ルイスの足が止まった。
『決して一人で無茶をしないこと』
受付嬢の言葉。
さらに、さっきの冒険者の言葉も思い出す。
『森の奥まで追うなよ』
「…………」
足跡を見る。
森を見る。
「あぁぁ……!」
ルイスは頭を掻いた。
「めちゃくちゃ気になる!」
だが。
しばらく悩んだ末に、森へ向けていた身体を街道側へ戻した。
「……でも、今はやめとくか」
好奇心だけで追うには、何がいるのか分からなすぎる。
それに。
「依頼はちゃんとやらねぇとな」
依頼書を持ち上げる。
「今日はここまで!」
そう決めると、ルイスはグランベルへ戻り始めた。
何度か。
未練がましく森を振り返りながら。
――――――――――
街へ戻る途中。
「……気になるなぁ」
ルイスは歩きながら呟いた。
森を気にしていた魔獣。
西の森から伸びる複数の足跡。
そして、最後に見つけた新しい足跡。
「何かあるのは間違いなさそうだけど……」
けれど。
今あるのは推測だけ。
「まず報告だな」
ルイスは依頼書を握り直した。
しばらくして、大きな看板が見えてくる。
「冒険者ギルド!」
ルイスは少し足を速めた。
扉を開ける。
「ただいま!」
「おかえりなさいませ」
先ほどの受付嬢が、すぐに気づいた。
「あっ、さっきの!」
「無事に戻られたんですね」
「もちろん!」
ルイスは受付へ向かい、依頼書を差し出す。
「調査してきたぞ!」
「お疲れ様でした」
受付嬢が依頼書を受け取った。
「確認しますね」
「ああ!」
一つずつ。
書き込まれた内容を読んでいく。
「西街道付近で魔獣の死骸を一体確認……」
「それは他の冒険者が倒したやつ」
「なるほど」
さらに読み進める。
「討伐した冒険者によると、戦闘中に何度も西の森を気にする様子があった……」
「そう!」
受付嬢の表情が少し変わった。
「それから――」
指が止まる。
「複数の魔獣と思われる足跡を確認」
「うん」
「すべて西の森方面から、街道へ向かっていた……」
「そこが一番気になった」
ルイスが身を乗り出す。
「少なくとも今日見つけた奴らは、西の森の方から来てるんじゃねぇか?」
「…………」
「どうした?」
「いえ」
受付嬢はもう一度報告書へ目を落とす。
「かなり重要な情報かもしれません」
「本当か?」
「はい」
受付嬢が頷く。
「以前から、西の森方面から魔獣が移動してきている可能性は考えられていました」
「じゃあ当たり?」
「まだ断定はできません」
「あ、そっか」
「ですが――」
報告書を見る。
「少なくとも、西街道で確認された複数の個体が森の方向から来た可能性は高いですね」
「なるほど」
「他の地域の報告とも照らし合わせる必要があります」
「じゃあさ」
「はい?」
「森を調べれば、もっと分かるんじゃないか?」
「…………」
受付嬢の表情が曇る。
「それは、今の段階では難しいですね」
「なんで?」
「西の森の奥には、もともと魔獣も生息しています」
「うん」
「さらに今は、どの種類の魔獣がどこにいるのか分からない状態です」
「生息域が変わってるからか」
「はい」
受付嬢が頷く。
「本格的な森の調査を行うのであれば、複数人の冒険者や騎士を編成する必要があるでしょう」
「そっか……」
ルイスは少し残念そうに肩を落とした。
「俺も行けない?」
「現在のルイスさんのランクでは、難しいですね」
「やっぱりFだから?」
「それもあります」
「うぅ……」
「ですが」
受付嬢は少し笑う。
「今日のように、無茶をせず情報を持ち帰った判断は正しかったですよ」
「……!」
「調査依頼では、戦うことより情報を持ち帰る方が大切な場合もあります」
「そっか」
ルイスは少し照れたように笑った。
「ちゃんと冒険者できてたってことだな!」
「はい」
受付嬢は依頼書へもう一度目を通してから、手元の小さな袋を差し出した。
「では、こちらが今回の報酬です」
「報酬!」
ルイスの反応が一気に変わる。
袋を受け取り、中を覗く。
「銀貨一枚!」
「はい。調査依頼の基本報酬です」
「おお……!」
銀貨を取り出し、嬉しそうに光へかざす。
「これなら今日の宿代くらいは余裕だな!」
「きちんと残しておいてくださいね」
「分かってる!」
「食べ物を見つけた瞬間に使わないでくださいね」
「な、なんで分かった!?」
「顔に書いてあります」
「そんなに!?」
受付嬢がくすりと笑った。
ルイスは慌てて銀貨を袋へ戻す。
「とにかく!」
拳を握る。
「もっと依頼をこなす!」
「え?」
「ランクも上げる!」
「はい」
「そしたら、今度は森の調査にも行けるだろ?」
「そうですね」
ルイスの顔が一気に明るくなる。
「よっしゃ!」
掲示板へ振り返った。
「次は何にしようかな!」
「ルイスさん」
「ん?」
「今日は休まれてもいいと思いますよ?」
「大丈夫!」
ルイスは笑った。
「まだ始まったばっかりだからな!」
そのまま掲示板へ駆けていく。
「…………」
受付嬢はその背中を見送り、少しだけ笑った。
「本当に元気な方ですね」
だが。
すぐに表情を戻す。
手元に残る報告書。
『複数の足跡を確認。西の森方面より街道へ向かっている』
それから。
『戦闘中、魔獣が何度も西の森を気にする様子あり』
「……西の森」
受付嬢は小さく呟いた。
偶然なのか。
それとも。
そこには何か――。
魔獣たちを街道へ向かわせる理由があるのか。
今はまだ。
誰にも分からなかった。




