第一章50 『力の暴走』
――ドォォォォォン!!
赤と黒が入り混じった光が、研究室いっぱいに弾けた。
「っ――!」
ルイスは咄嗟に腕で顔を覆った。
次の瞬間、全身を殴りつけるような衝撃が襲いかかる。
床に散らばっていた石片や壊れた研究器具が宙を舞い、次々と壁へ叩きつけられた。
天井からは砂埃が降り注ぎ、足元に刻まれていた魔法陣にも新たな亀裂が走っていく。
「全員、伏せろ!」
ジョージの怒声が研究室に響いた。
騎士たちはすぐさま盾を構え、互いを庇うように身を寄せる。
「カイル!」
「分かってる!」
ルイスの声に応え、カイルが杖を振り上げた。
「――ウインドウォール!」
カイルの前から吹き出した風が、ルイスたちを守るように大きく広がる。
風の壁と、セージから溢れ出した赤黒い魔力が正面からぶつかった。
――ゴォォォォッ!!
「ぐっ……!」
杖を両手で支えるカイルの身体が後ろへ押される。
靴底が石床を擦り、少しずつ後方へ滑っていった。
「カイル!」
「僕は大丈夫!」
カイルは歯を食いしばりながら叫ぶ。
「それより、セージを見て!」
「……!」
ルイスが顔を上げた。
赤黒い魔力が渦巻く中心に、セージが立っている。
「……っ、あ……!」
セージは胸元を強く押さえ、身体を折るようにして苦しんでいた。
長い黒髪は吹き荒れる魔力に煽られ、激しく乱れている。
腕から肩へ。
肩から首へ。
さらに頬から目元、額にまで。
皮膚を這っていた黒い紋は、もう身体の広い範囲へ広がっていた。
「……なんだよ、あれ」
ルイスは思わず呟いた。
今までとは違う。
セージが何もしていないのに、その周囲の魔力が勝手に膨れ上がっている。
一度小さくなったかと思えば、別の場所からまた赤黒い力が噴き出す。
まるで。
セージという器の中に収まりきらない力が、外へ逃げようとしているようだった。
――ドクン。
「うっ……!」
セージの身体が大きく跳ねた。
同時に彼女の背後から赤黒い魔力が噴き上がり、天井へ激突する。
――バキィッ!!
石造りの天井に大きな亀裂が走った。
「……今の」
ルイスが目を見開く。
「セージがやったのか?」
「違うと思う」
カイルがすぐに答えた。
「少なくとも、今のはセージが狙って放ったようには見えなかった」
「じゃあ……」
ルイスはもう一度セージを見る。
「力の方が勝手に動いてるってこと?」
「たぶん」
カイルは赤黒い魔力の動きを注意深く観察する。
「さっきまでは、セージが魔力を使おうとした結果、身体に負担がかかってた。でも今は違う」
「どう違うんだ?」
「セージ自身が何もしてなくても、身体の中から力が溢れてる」
その説明を聞き。
リュートの顔が強張った。
「セージ……」
リュートは赤黒い魔力の向こうにいるセージへ呼びかける。
「セージ!」
「……」
すぐには返事がなかった。
やがて。
セージがゆっくりと顔を上げる。
「……大丈夫」
その声は掠れていた。
「何が大丈夫なんだよ!」
ルイスが叫ぶ。
「どう見ても大丈夫じゃないだろ!」
「黙って……」
「でも!」
「黙りなさい!」
セージがルイスを睨んだ。
その瞬間だった。
――バチッ!!
「っ!?」
セージの右手から、突然赤黒い魔力が弾け飛んだ。
一直線にルイスへ向かう。
「ルイス!」
「っ!」
ルイスは反射的に短剣を構えた。
「――燃えろ!」
右手に灯った炎を短剣の根元へ添え、そのまま迫ってきた魔力へ刃を振るう。
――ガァン!!
「ぐっ!」
赤黒い魔力と短剣がぶつかり。
炎が激しく弾けた。
衝撃に押されながらも。
ルイスは刃の向きを逸らさない。
やがて。
迫っていた魔力が横へ逸れ。
壁へ激突した。
「ルイス!」
「大丈夫!」
ルイスは痺れる右腕を振りながら、セージへ視線を戻した。
「今の……」
「……」
セージは。
攻撃を受けたルイスではなく。
自分の右手を見ていた。
「セージ?」
リュートが恐る恐る声をかける。
「……違う」
「え?」
「私は……」
セージの声が震える。
「今」
「何もしていない」
「……!」
リュートが息を呑んだ。
ルイスも。
カイルも。
ジョージも。
誰もすぐには言葉を返せなかった。
何よりも。
今の攻撃に一番驚いているのが。
セージ自身だったからだ。
「そんな……」
セージは右手を握る。
開く。
もう一度。
握る。
指そのものは、セージの意思通りに動いていた。
「私は」
セージの呼吸が少しずつ速くなっていく。
「制御してる」
自分へ言い聞かせるように呟く。
「この身体も」
「この力も」
「全部」
「私のものよ」
――ドクン。
「っ!」
再びセージの身体が大きく震えた。
「セージ!」
リュートが思わず一歩前へ出る。
「来ないで!」
「……!」
セージが即座に叫んだ。
「そこにいて!」
「でも……!」
「お願いだから!」
「……」
その言葉を聞き。
リュートの足が止まった。
今までのような命令ではない。
セージの声には。
はっきりと焦りが混じっていた。
リュートは唇を噛み、手の中の笛を強く握る。
「カイル」
ジョージがセージを見たまま尋ねる。
「今の状態を、どう見る?」
「……分かりません」
カイルは正直に答えた。
「でも、一つだけ確かなことがあります」
「何だ?」
「さっきまでとは違う」
カイルは杖を構えたまま、セージの周囲に漂う魔力を目で追う。
「さっきまでは、セージが力を使おうとして、その結果として身体が耐えられなくなってた」
「でも今は」
カイルの表情が険しくなる。
「セージの中に入った力そのものが、勝手に出口を探してるように見える」
「止められるか?」
「……分からない」
「装置からの供給は?」
「もう止まってる」
カイルは壊れかけた装置へ一瞬視線を向ける。
「残っていた力まで全部セージの身体へ入った」
「つまり」
ルイスが口を挟む。
「今暴れてるのは」
「全部セージの中にある力?」
「そういうこと」
「だったら」
ルイスは少し考える。
「外に出せばいいんじゃないの?」
「簡単に言わないでよ」
「だって入れすぎたんだろ?」
「理屈だけならそうかもしれない。でも――」
カイルは周囲を見回した。
「一気に全部放出されたら、この研究施設ごと吹き飛ぶかもしれない」
「……」
ルイスも研究室を見る。
壁には。
すでに何本もの亀裂。
天井も。
何度も魔力を受けている。
ここは地下だ。
下手をすれば。
施設全体が崩れる。
「じゃあ……」
リュートがカイルを見る。
「どうしたらいいの?」
「……」
カイルは答えられなかった。
「カイル」
「僕だって考えてるよ!」
思わずカイルの声が強くなる。
「でも、こんなの見たことない!」
「人間の身体に、これだけの魔石の力を詰め込むなんて」
「普通はやらないんだ!」
「……ごめん」
リュートが俯く。
「いや……」
カイルもすぐに息を吐いた。
「僕もごめん」
そして。
改めてセージを見る。
「ただ」
「このまま放っておけないのは確かだ」
「だったら」
ルイスが短剣を握り直した。
「止めるしかない」
「止めるって……」
リュートの顔が強張る。
「殺すって意味じゃないよね?」
「違う!」
ルイスは即座に否定する。
「そんなことするわけないだろ!」
「じゃあ……」
「動けなくする」
ルイスはセージを見る。
「魔力を出せないようにして」
「その後で」
少し考える。
「……何とかする!」
「最後だけ急に雑だね」
「しょうがないだろ!」
カイルが思わず苦笑する。
「まあ」
「僕も、それくらいしか思いつかないけど」
「なら決まりだ」
ジョージが剣を構えた。
「騎士たちは負傷者を連れて退け」
「領主様!」
騎士の一人が声を上げる。
「ですが、領主様は!」
「私は残る」
「しかし!」
「命令だ」
ジョージの声に。
騎士たちは一瞬だけ迷った。
「……はっ!」
やがて。
負傷した仲間を支えながら、研究室の出口へ向かっていく。
「ジョージは残るの?」
ルイスが尋ねる。
「ああ」
ジョージはセージから目を離さない。
「これは」
「グランベルが終わらせなければならない問題だ」
「……」
「二十年前」
ジョージは剣を強く握った。
「我々はセージ・ナイトシェードを処刑することで」
「すべてが終わったと思っていた」
その言葉に。
セージが僅かに顔を上げる。
「だが」
「何も終わっていなかった」
「今度は」
ジョージが一歩前へ出た。
「最後まで向き合う」
「逃げるつもりはない」
「……」
セージは苦しそうに呼吸を繰り返しながら。
それでも僅かに口元を緩めた。
「本当に」
「父親に似てきたわね」
「そうか」
「嫌味よ……」
「知っている」
「……」
一瞬だけ。
セージの口元に。
これまでの狂気とは違う。
どこか懐かしむような笑みが浮かんだ。
しかし。
――ドクン!!
「ぐっ……!」
「セージ!」
リュートが叫ぶ。
同時に。
セージの周囲で赤黒い魔力が一気に膨れ上がった。
「来るぞ!」
ジョージが叫ぶ。
「全員、離れろ!」
「……っ!」
だが。
セージ自身も。
目を見開いていた。
「違う……」
「何?」
リュートが聞き返す。
セージの右腕が。
ゆっくりと。
勝手に持ち上がっていく。
「待って……」
セージは左手で自分の右腕を掴んだ。
「私は」
「こんなこと」
「してない……!」
必死に押さえようとする。
だが。
右腕は止まらない。
その手の先が。
ジョージへ向いた。
「ジョージ!」
ルイスが叫んだ。
――ドンッ!!
巨大な赤黒い魔力の槍が放たれる。
「くっ!」
ジョージは横へ身を投げた。
槍はそのすぐ横を通り抜け。
背後の壁へ激突する。
――バギィッ!!
石壁が大きく抉れた。
「……」
ジョージは床へ手をつきながら、ゆっくりと立ち上がる。
今の一撃を正面から受けていれば。
無事では済まなかった。
「セージ!」
リュートが叫ぶ。
「もうやめて!」
「違う!」
セージが即座に叫び返した。
「違うの!」
「私じゃない!」
「私は」
自分の右腕を押さえる。
「止めてる!」
「なのに……!」
――バチッ!
「っ!」
今度は。
セージの左肩から魔力が弾ける。
「どうして……」
セージは自分の身体を見下ろした。
「どうして」
今まで。
どれほど身体が悲鳴を上げても。
まだ制御できる。
問題ない。
そう言い続けていた。
二十年。
自分が研究し。
自分が作り出し。
自分が積み上げてきた力なのだから。
扱えないはずがない。
そう思っていた。
だが。
今。
セージの目の前で。
その力は。
彼女自身の命令を無視している。
「……言うことを」
セージは震える右手を見る。
「聞かない……?」
「セージ……」
「私の……」
呼吸が荒くなる。
「私の力なのに……」
「違うよ」
リュートが言った。
「……」
セージが顔を上げる。
「もう」
リュートは笛を胸元へ握り締めた。
「セージ一人の力じゃない」
「……何?」
「森の魔獣たちから集めた力だよ」
「ずっと」
「いろんな魔獣から取ってきた」
「たくさんの力を」
「全部」
「セージの身体に入れたんだ」
「……」
「セージ一人で」
「抱えられる量じゃなかったんだよ」
「そんなこと」
「分かっていた!」
セージが叫ぶ。
「だから研究した!」
「だから二十年かけた!」
「だから――」
――ドクンッ!!
「うぁっ!」
セージの膝が床へ落ちる。
「セージ!」
リュートが思わず駆け出そうとする。
「来るな!」
セージが顔を上げた。
反射的に。
リュートへ手を伸ばす。
「……!」
その直後。
セージの表情が凍った。
リュートへ向けた掌。
そこへ。
赤黒い光が集まっている。
「リュート……」
「……?」
「逃げて」
「え?」
「逃げて!!」
――ドォン!!
「リュート!」
ルイスが地面を蹴った。
リュートの身体へ飛びつき、そのまま二人で横へ転がる。
直後。
二人が立っていた場所を。
赤黒い魔力が抉り取った。
――ズガァン!!
石床に。
大きな穴が開く。
「……っ!」
ルイスはリュートを庇った姿勢のまま、ゆっくり振り返った。
「今の……」
リュートも。
言葉を失う。
セージは。
自分の右手を左手で押さえながら震えていた。
「違う……」
セージの顔から血の気が引いている。
「違う……」
「私」
「リュートを」
「狙ってなんか……」
「分かってる!」
リュートが叫んだ。
「分かってるよ!」
「……」
「セージがやったんじゃないんだろ!」
「だったら」
リュートは立ち上がろうとする。
「僕は逃げない!」
「馬鹿!」
「馬鹿でもいい!」
「おい!」
ルイスが慌ててリュートの腕を掴んだ。
「離して!」
「今行ったら本当に危ないって!」
「でも!」
「だから!」
ルイスはリュートの両肩を掴み。
まっすぐ目を見る。
「助けるために」
「今は近づくな!」
「……!」
「セージだって」
ルイスは赤黒い魔力の向こうへ目を向ける。
「お前に来てほしくないから」
「逃げろって言ったんだろ!」
「……」
リュートは。
悔しそうに歯を食いしばった。
その間にも。
セージの周囲では。
赤黒い魔力が次々と弾けていく。
床を割り。
壁を削り。
天井を穿つ。
セージが誰かを狙っているわけではない。
もう。
そこに方向も。
意図もなかった。
ただ。
身体の中へ収まりきらない力が。
手当たり次第に外へ溢れている。
「このままじゃ……!」
カイルが天井を見上げる。
「施設が持たない!」
「あとどれくらいだ?」
ジョージが尋ねる。
「そんなの分からない!」
カイルが叫び返した。
その直後。
――バキッ。
「……!」
全員が同時に上を見る。
天井。
先ほどよりも。
遥かに大きな亀裂が走っている。
「……長くはなさそうだな」
ジョージが呟いた。
「そういう冷静な言い方しないでよ!」
カイルが思わず振り返る。
「ならどう言えばいい」
「今にも崩れそう!」
「余計に悪いだろ!」
「二人とも!」
リュートが叫んだ。
「セージはどうするの!?」
「……」
その言葉に。
ルイス。
カイル。
ジョージ。
三人が。
セージを見る。
「連れて出る」
最初に答えたのはルイスだった。
「どうやって?」
カイルが聞く。
「知らない!」
「またそれ!?」
「でも置いていくなんて無理だろ!」
「それは僕だってそうだけど!」
「だったら」
ルイスは短剣を構えた。
「近づけるようにするしかない!」
「……ルイス」
カイルが短剣へ目を向ける。
「炎を使うつもり?」
「ああ」
「でも」
カイルの表情が険しくなる。
「今までと同じようにはいかないよ」
「分かってる」
「今のセージから出てる魔力」
「量が全然違う」
「分かってるって」
「本当に?」
「本当に!」
ルイスは右手へ意識を集中する。
――ボッ。
炎が灯った。
以前より。
明らかに早い。
それでも。
今のルイスには。
まだ刃全体を自由に炎で覆うほどの制御はできない。
右手に灯した炎を。
短剣の根元へ添える。
「俺が前をこじ開ける」
ルイスはセージを取り巻く赤黒い魔力を睨む。
「道ができれば」
ルイスは笑った。
「走れる!」
「……君らしいね」
「褒めてる?」
「半分だけ」
「残り半分は?」
「無茶」
「よし!」
「何がよしなの!?」
「カイル」
ジョージが二人の会話へ割って入った。
「ルイス一人を行かせるな」
「もちろん」
「私も出る」
「ジョージも?」
ルイスが見る。
「ああ」
ジョージは剣を構える。
「私がセージから溢れる魔力を逸らす」
「カイルは私とルイスの援護を」
「分かった」
そして。
ジョージはリュートへ目を向けた。
「リュート」
「……僕は?」
「お前は」
ジョージは少しだけ言葉を止めた。
「セージを見ていろ」
「……?」
「今」
「あの女が自分自身を見失いかけている中で」
「お前の声だけは」
「まだ届いている」
「……!」
リュートが目を見開く。
「無理に近づく必要はない」
「だが」
「呼び続けろ」
「……うん」
リュートは笛を握り直した。
「分かった」
「行くぞ!」
ジョージが床を蹴った。
「おう!」
ルイスも続く。
「二人とも!」
カイルが杖を向ける。
「――風よ!」
追い風が。
ルイスとジョージの背中を押した。
二人の速度が一気に上がる。
「セージ!」
ジョージが走りながら叫ぶ。
「こちらを見ろ!」
「……っ!」
セージが顔を上げる。
その瞬間。
彼女の周囲に浮いていた魔力が反応した。
――ズドドドドッ!!
「来る!」
何本もの赤黒い槍が。
ルイスとジョージへ飛ぶ。
「右だ!」
「分かってる!」
ジョージは一本目へ剣を合わせ。
真正面から受けず。
横へ弾き飛ばす。
ルイスはその横を駆け抜けた。
二本目。
「ルイス!」
「――っ!」
カイルの声に反応し。
ルイスが身体を低くする。
赤黒い槍が。
頭上を通り過ぎた。
だが。
三本目。
正面。
「邪魔だ!」
ルイスが短剣を振り抜く。
――ジュッ!!
短剣を叩きつける。
炎と魔力が激しく弾ける。
槍の軌道が僅かに逸れた。
「いける!」
しかし。
全部ではない。
「っ!」
逸らしきれなかった魔力が、ルイスの肩を掠めた。
――バシュッ!
「ぐっ!」
「ルイス!」
「止まるな!」
ルイスは自分自身へ言い聞かせるように叫び、そのまま走り続けた。
肩が熱い。
服も裂けている。
それでも。
セージまで。
もう遠くない。
「セージ!」
後方から。
リュートの声が響いた。
「僕だよ!」
「……リュート」
セージの顔が。
僅かにリュートの方へ動く。
「戻ってきてよ!」
「……!」
赤黒い瞳が揺れる。
その瞬間。
セージの周囲を覆っていた魔力が僅かに弱まった。
「今だ!」
ジョージが叫ぶ。
「おう!」
ルイスが一気に加速する。
セージまで。
あと数歩。
「ルイス!」
「分かってる!」
狙うのは。
セージの身体ではない。
彼女を覆っている。
赤黒い魔力。
「――燃えろ!」
短剣の根元に灯る炎が強くなる。
「おおおおっ!」
――ザンッ!!
短剣と。
渦巻く赤黒い魔力が。
激しくぶつかる。
「ぐっ……!」
押し返されそうになる。
それでも。
ルイスは踏み込んだ。
「どけぇっ!!」
炎が弾ける。
赤黒い魔力の流れが。
一瞬だけ。
左右へ押し退けられた。
「開いた!」
カイルが叫ぶ。
「ジョージ!」
「任せろ!」
ルイスが作った隙間へ。
ジョージが踏み込む。
「セージ!」
「……!」
ジョージが手を伸ばす。
あと少し。
指先が届く。
その直前だった。
――ドクンッ!!
「っ――!」
セージの身体が大きく跳ねた。
「しまっ――」
――ドォォォン!!
至近距離で。
赤黒い魔力が爆発した。
「ジョージ!」
「ルイス!」
二人の身体が吹き飛ぶ。
「ぐっ!」
ルイスは石床を何度も転がった。
肺から空気が抜ける。
視界が揺れた。
「ルイス!」
カイルが駆け寄る。
「大丈夫!?」
「……たぶん」
「その返事は嫌いだ!」
「俺も……」
ルイスは痛む身体を起こす。
「ジョージは?」
「ここだ」
「……!」
少し離れた場所。
ジョージも剣を杖代わりに立ち上がっていた。
額から。
血が一筋流れている。
「ジョージ、大丈夫なの?」
「この程度ならな……」
「絶対強がってる」
「お前に言われたくはない」
「……それはそう」
ルイスは反論できなかった。
だが。
すぐに。
全員の視線がセージへ戻る。
「……何」
セージは。
自分の身体を見ていた。
右腕が震えている。
左腕も止まらない。
赤黒い魔力は。
腕だけではなく。
肩から。
背中から。
足元から。
次々と噴き出していた。
「何なのよ……」
セージの声へ。
初めて。
隠しきれない恐怖が混じった。
「止まりなさい」
自分の右手を握る。
「止まりなさい!」
――バチッ!
「っ!」
「止まれ!!」
だが。
――ドクンッ!!
セージの命令とは逆に。
力はさらに膨れ上がる。
「何で……」
セージが一歩後ずさる。
「私は」
「ここまで」
「やったのに」
両手を見る。
「二十年……」
「ずっと」
「このために……」
「成功するはずだった」
「私は」
赤黒い瞳が大きく見開かれる。
「死なないために」
「時間を失わないために」
「この力を作ったのに」
セージは。
自分の身体へ視線を落とした。
「これじゃ……」
震える声。
「私が」
「この力に」
「壊される……?」
「セージ!」
リュートの声が響いた。
「まだ間に合う!」
「……」
「もう研究なんていい!」
「今は」
「セージが生きることだけ考えて!」
「……」
「怖いって言っただろ!」
セージの瞳が揺れる。
以前。
自分自身で口にした言葉。
死ぬことが怖い。
時間を失うことが怖い。
世界について。
魔法について。
生命について。
まだ知りたい。
その途中で終わることが。
怖い。
「だったら!」
リュートが一歩前へ出る。
「ここで死んだら駄目だよ!」
「……リュート」
「お願いだから!」
リュートの瞳に涙が浮かぶ。
「戻ってきてよ……!」
「……」
セージの唇が。
僅かに震えた。
だが。
返事をするよりも早く。
――ドクン。
「っ!」
セージの周囲を漂っていた赤黒い魔力が。
急に動きを変えた。
「カイル?」
異変に気づいたルイスがカイルを見る。
「……まずい」
「またか?」
「違う」
カイルの顔が青ざめる。
「今まで外へ漏れてた魔力が」
「一ヶ所に集まってる」
「どこに?」
「セージの胸の辺り」
「……!」
ルイスたちは。
一斉にセージを見る。
確かに。
セージの胸元。
黒い紋の中心へ。
周囲に散っていた赤黒い光が収束し始めている。
「何が起きる?」
ジョージが尋ねる。
「分からない」
カイルは首を振った。
「でも」
杖を強く握る。
「絶対に」
「いいことじゃない」
「全員!」
ジョージの声が響く。
「下がれ!」
「リュート!」
ルイスも叫んだ。
「こっちに来い!」
「……」
だが。
リュートは。
動かなかった。
「リュート!」
「……嫌だ」
「え?」
「また」
リュートはセージを見たまま呟く。
「また」
「離れたところで」
「見てるだけなんて」
「嫌だ」
「……」
リュートの手が。
笛を強く握る。
「僕が」
その瞳は。
赤黒い魔力の中心にいるセージだけを見つめていた。
「何かしないと」
「セージが」
「いなくなる」
「……リュート」
ルイスは。
何も言えなかった。
そして。
リュートは。
ゆっくりと。
笛を持ち上げた。
今まで。
セージに言われて吹いてきた笛。
魔獣を導くために。
研究を手伝うために。
使ってきた笛。
けれど今。
リュートがそれを握る理由は。
もう。
以前とは違っていた。
セージを助けたい。
ただ。
そのために。
リュートは笛を持ち上げた。
――その手は。
もう。
震えていなかった。




