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冒険者はまだ見ぬロマンを求めて  作者: 片山武琉
第一章 魔女と銀の笛

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第一章47 『魔女の記憶』


 ――ゴォォォォォォッ!!


 赤黒い光が。


 研究室を埋め尽くした。


「ぐっ……!」


 ルイスは。


 片腕で顔を覆う。


 身体が。


 床を滑る。


「ルイス!」


「大丈夫!」


 すぐ隣。


 カイルも。


 杖を地面へ突き立てていた。


「――ウインドウォール!」


 風の壁。


 ルイス。


 リュート。


 そして。


 後ろにいた騎士たちを。


 何とか守る。


「くっ……!」


 それでも。


 勢いは強い。


「何だよこれ!」


「魔力だよ!」


「分かってる!」


「だったら聞かないでくれ!」


「どれくらいすごいかって意味だ!」


「説明してる余裕ない!」


「分かった!」


 その前。


「全員!」


 ジョージが叫ぶ。


「伏せろ!」


 ――ドンッ!!


「っ!」


 もう一度。


 衝撃。


 壁。


 棚。


 研究器具。


 次々と。


 音を立てる。


 そして。


「……」


 少しずつ。


 光が収まっていく。


「……終わった?」


 ルイスが。


 ゆっくり顔を上げる。


「いや」


 カイルが答える。


「違う」


「……?」


「まだ」


 杖を握る手。


 僅かに震えている。


「流れてる」


「どこに?」


 カイルの視線。


 研究室の中心へ。


「セージに」


「……!」


 全員が。


 同じ場所を見る。


 魔法陣。


 その中央。


「……っ」


 セージが。


 立っていた。


 いや。


 辛うじて。


 立っている。


 右手は。


 透明な容器へ触れたまま。


 赤黒い光が。


 細い流れとなって。


 腕へ。


 肩へ。


 胸へ。


 入り続けている。


 そして。


 黒い紋。


 手首から。


 腕。


 肩。


 首筋。


 頬。


 さっきよりも。


 明らかに広がっていた。


「セージ!」


 リュートが。


 結界へ駆け寄る。


「もうやめて!」


「……」


 返事がない。


「セージ!」


「聞こえてる……わ」


 声。


 掠れている。


「なら止めて!」


「まだ」


「……え?」


 セージが。


 ゆっくり顔を上げる。


「まだ……足りない」


「何言ってるんだよ!」


「リュート」


「身体を見てよ!」


 結界越し。


 リュートが叫ぶ。


「もう」


「こんなに黒い痕が広がってる!」


「……」


「それのどこが」


「大丈夫なんだよ!」


 セージが。


 自分の手を見る。


 黒い線。


 昔から。


 何度も見てきた。


 忌々しい。


 自分の研究が。


 まだ不完全であることを示す痕。


「……これくらい」


「セージ!」


「まだ」


 歯を食いしばる。


「制御できる」


「嘘だ!」


「……」


「さっき」


 リュートの声が。


 震える。


「僕に」


「来るなって言っただろ」


「……!」


 セージの瞳が。


 僅かに揺れた。


「危ないって」


「セージ自身が言った!」


「……」


「だったら」


「自分だって危ないって」


「分かってるんだろ!」


 言葉が。


 止まる。


 赤黒い光。


 その向こう。


 セージは。


 リュートを見る。


 銀色の髪。


 握られた笛。


 必死な顔。


「……」


 その姿が。


 遠い昔の記憶と。


 重なった。


――――――――――


 二十年以上前。


 グランベル。


 一つの研究室。


「……また」


 セージは。


 机に置かれた魔石を見る。


 失敗。


 今日も。


 同じだった。


 魔石。


 魔法陣。


 何冊もの資料。


 机の上には。


 書き込みだらけの紙。


「魔力だけじゃない」


 魔石を。


 光へ透かす。


「絶対に」


「何かある」


 魔獣が死ねば。


 残される魔石。


 そこには。


 大量の魔力が宿る。


 だが。


 調べれば調べるほど。


 セージは。


 それだけでは説明できない。


 何かを感じていた。


 魔石から。


 魔力を抜く。


 圧縮する。


 性質ごとに分ける。


 別の魔石へ移す。


 温度。


 量。


 魔法陣。


 方法を変える。


「違う」


 失敗。


「これも違う」


 失敗。


「なら」


 また。


 試す。


 それが。


 楽しかった。


 知らなかったことが。


 一つ。


 分かる。


 分かれば。


 その先に。


 また知らないものが現れる。


「……面白い」


 気づけば。


 夜。


 そんな日も。


 珍しくなかった。


 セージ・ナイトシェード。


 当時。


 グランベル領主に仕える。


 一人の魔法使い。


 研究者として。


 その名を知られていた。


 最初から。


 人を傷つけたかったわけではない。


 誰かへ復讐したかったわけでもない。


 ただ。


「知りたい」


 それだけだった。


 けれど。


 時間は。


 止まってくれなかった。


 ――ある朝。


「……」


 セージは。


 鏡の前で。


 一本の髪を摘まんでいた。


 黒い髪。


 その中に。


 混じった。


 白。


「……また」


 少しずつ。


 増えている。


 目元。


 昔はなかった。


 細い皺。


 朝。


 起きる時。


 感じる。


 身体の重さ。


「……」


 手を見る。


 昨日までは。


 気にしなかった。


 いや。


 気づかないふりをしていた。


 知識は。


 増えている。


 できることも。


 増えている。


 なのに。


 身体は。


 反対に。


 できないことが。


 少しずつ増えていく。


「どうして」


 セージは。


 研究室を見回した。


 資料。


 本。


 書きかけの研究。


 まだ。


 途中。


 魔石だけではない。


 魔法。


 魔獣。


 生命。


 この世界には。


 知らないことが。


 いくらでもある。


「こんなに」


「知らないことがあるのに」


 なのに。


 自分の時間だけが。


 減っていく。


「……嫌」


 初めて。


 はっきりと。


 思った。


「まだ死にたくない」


 老いること。


 それ自体ではない。


 老いの先に。


 必ず。


 終わりがある。


「私が死んだら」


 積み上げた知識。


 考えてきたこと。


 まだ。


 辿り着いていない答え。


「全部」


「そこで終わる」


 耐えられなかった。


 だから。


 研究の向きが。


 少しずつ。


 変わった。


 ――そして。


 ある日。


「……!」


 小さな容器。


 ほんの僅かな。


 透明に近い光。


「できた……?」


 魔石から。


 魔力そのものとは違う。


 何かを。


 取り出した。


 セージは。


 それを。


 弱った小動物へ。


 ほんの少しだけ。


 与えた。


「……」


 動かない。


 失敗。


 そう思った。


 次の瞬間。


 ――ピクリ。


「……!」


 脚が動いた。


 弱々しかった呼吸が。


 少しずつ。


 整っていく。


「回復してる……?」


 セージの指が。


 震える。


 何度も。


 確認する。


 間違いではない。


「生命に」


「作用してる」


 ただの。


 魔力補給ではない。


 衰えた身体。


 失われた力。


 それを。


 補っている。


「これなら」


 自分の手を見る。


「老いも」


 そこまで言って。


 止まる。


「……」


 胸が。


 早くなる。


「戻せる?」


 そこから。


 研究は。


 急速に進んだ。


 小動物。


 魔獣。


 量を変える。


 濃度を変える。


 力を抽出する。


 余計な性質を取り除く。


 そして。


「……私なら」


 ある夜。


 セージは。


 小さな容器を。


 自分の腕へ当てた。


「自分の身体なら」


「誰にも迷惑はかからない」


 少量。


 ほんの僅か。


「……っ!」


 熱い。


 身体の内側を。


 何かが駆け巡る。


「くっ……!」


 痛い。


 けれど。


 耐える。


 やがて。


「……?」


 身体が。


 軽い。


 鏡を見る。


「……」


 一日。


 二日。


 一週間。


 量を慎重に増やしていった。


 そして。


 少しずつ。


 目元の皺が。


 薄くなった。


 白かった髪が。


 黒さを取り戻す。


 重かった身体が。


 若い頃のように。


 動く。


「……成功した」


 鏡の前。


 セージは。


 笑った。


「できた」


「私は」


「老いに勝てる」


 その時。


 そう思った。


 ――けれど。


「……?」


 腕。


 一本の。


 薄い黒い線。


「何……?」


 小さな異常。


 当時のセージは。


 まだ。


 知らなかった。


 若さは。


 戻った。


 だが。


 身体が。


 その力を。


 完全に受け入れたわけではない。


 そして。


 もう一つ。


 問題があった。


 効果は。


 永遠ではなかった。


「……減ってる?」


 長い時間が経てば。


 取り込んだ力は。


 少しずつ失われていく。


 身体も。


 ごく僅かに。


 また変化を始める。


「なら」


「また補えばいい」


 最初は。


 それだけだった。


 しかし。


 回数を重ねれば。


 黒い痕は。


 僅かずつ増える。


 量を増やせば。


 身体への負担も増える。


「……まだ」


「不完全」


 なら。


 完成させる。


 そのために。


 もっと。


 実験が必要だった。


 そして。


 セージは。


 一線を越えた。


――――――――――


「お願いします!」


 研究室。


 一人の男が。


 セージへ頭を下げていた。


「妻を」


「助けてください!」


 寝台。


 一人の女性。


 病によって。


 酷く弱っている。


「医者には」


「もう……」


 男の声が。


 震える。


「あなたの研究なら」


「治せるかもしれないって……」


「……」


 セージは。


 女性を見る。


 まだ。


 人間へ。


 十分に試したことはない。


 危険性もある。


「成功する保証はありません」


「それでも!」


 男が叫ぶ。


「このままでも」


「妻は……!」


「……」


 最初は。


 そんな始まりだった。


 救えるかもしれない。


 そして。


 人間で。


 結果を確認できる。


 両方が。


 頭にあった。


「……分かりました」


 セージは。


 実験を行った。


 結果。


 女性は。


 死んだ。


「……」


 寝台。


 動かない身体。


「そんな……」


 泣き崩れる男。


 セージも。


 震えていた。


「違う」


「量が……」


「適合が」


 失敗。


 人が。


 死んだ。


 本来なら。


 そこで。


 止まるべきだった。


 けれど。


「原因を」


「調べないと」


 次は。


 成功できるかもしれない。


 その考えが。


 浮かんだ。


 そして。


 次。


 さらに次。


 最初は。


 治療を望む者。


 生きたいと願う者。


 その本人と。


 家族の同意を得て。


 危険性を伝えたうえで。


 試みていた。


 だが。


 失敗を重ね。


 死者が増え。


 街で噂が広がると。


 協力する人間は。


 いなくなっていった。


「……まだ」


 答えには。


 届いていない。


 だから。


 セージは。


 そこで止まらなかった。


 やがて。


 同意すら。


 必要ないと。


 自分へ言い聞かせた。


 薬で眠らせ。


 連れ去り。


 拘束し。


 許可を得ず。


 人へ力を与えた。


 研究が。


 完成すれば。


 今まで失われた命も。


 無駄ではなくなる。


 いつか。


 もっと多くの人間を。


 救えるようになる。


 そんな理屈を。


 自分へ言い聞かせた。


 けれど。


 本当は。


 分かっていた。


 やってはいけないことだと。


 それでも。


 止めなかった。


 止めることより。


 答えへ。


 届くことを選んだ。


 やがて。


 次々と消える人間。


 不審な研究。


 街が。


 気づく。


「セージ・ナイトシェード!」


 扉が。


 破られた。


「抵抗するな!」


 騎士たち。


「……」


 セージは。


 机の上。


 研究記録を見る。


「あと少しなのに」


 止められた。


 捕らえられた。


 そして。


 人を使った実験。


 複数の死。


 誘拐。


 拘束。


 許されるはずもなく。


 裁かれた。


――――――――――


 処刑の日。


 広場。


 大勢の人間。


 怒り。


 恐怖。


 嫌悪。


 その全てが。


 セージへ向けられていた。


「……」


 視線の中。


 当時の領主。


 その隣には。


 まだ若かった。


 ジョージもいた。


「……」


 セージは。


 何も言わなかった。


 自分が。


 何をしたのか。


 理解していた。


 人を使った。


 死なせた。


 罪を犯した。


 だから。


 処刑される理由も。


 理解できた。


 けれど。


「……」


 納得は。


 できなかった。


 視線の先。


 人々。


 自分の研究を。


 恐れる者。


 否定する者。


「誰も」


 小さく。


 呟く。


「見ようともしない」


 自分が。


 何を見つけたのか。


 何ができるところまで。


 来ていたのか。


「私は」


「間違えた」


 人を使った。


 そのことは。


「でも」


 研究そのものまで。


「全部」


「間違いだったことには」


「ならない」


 処刑。


 意識が。


 途切れた。


 そして。


 身体は。


 森へ捨てられた。


――――――――――


 どれだけ。


 時間が過ぎたのか。


「……」


 指。


 動いた。


「……っ」


 痛い。


 何も。


 見えない。


 何も。


 聞こえない。


 それでも。


 身体の中。


 残っていた。


 力。


 過去に。


 何度も取り込んだ。


 魔石から抽出した力。


 それが。


 少しずつ。


 壊れた身体を。


 修復していた。


「……生き」


 声。


 出ない。


 長い時間。


 ただ。


 耐えた。


 少しずつ。


 身体を動かせるようになった。


 森の奥へ。


 這うように。


 進んだ。


 誰にも。


 見つからない場所。


 そこで。


 研究を。


 もう一度。


 始めた。


「……終わってない」


 死ねなかった。


 なら。


「証明する」


 自分の研究が。


 間違いではなかったことを。


 そして。


 自分を。


 処刑し。


 全てを奪ったグランベルを。


「……忘れない」


 研究は。


 終わっていない。


 そして。


 グランベルへの感情も。


 消えてはいなかった。


 ――それから。


 さらに。


 数年。


 森の中。


「……?」


 小さな。


 泣き声。


「赤子?」


 セージが。


 木々を抜ける。


 そこには。


 一人の赤子がいた。


 どうして。


 こんな森の奥にいるのか。


 分からない。


 近くに。


 親らしい人間もいない。


 代わりに。


 数匹の魔獣が。


 離れた場所から。


 こちらを見ていた。


「……」


 普通なら。


 人間の赤子など。


 すぐに襲われても。


 おかしくない。


 なのに。


 魔獣たちは。


 近づかない。


 それどころか。


 守るように。


 周囲にいる。


「どういうこと……?」


 籠の中には。


 笛が一本。


 そして。


 赤子。


 セージが。


 赤子を抱き上げる。


「……」


 泣いていた赤子が。


 少しずつ。


 静かになる。


「変な子」


 セージは。


 魔力を調べる。


 普通とは。


 どこか違う。


 魔獣たちが。


 警戒しない理由も。


 そこにあるのかもしれない。


「興味深い……」


 最初。


 確かに。


 研究者として。


 そう思った。


 けれど。


「……」


 赤子が。


 セージの指を。


 小さな手で掴んだ。


「……何?」


 離そうとしない。


 ただ。


 握っている。


「……」


 セージは。


 少し困ったように。


 赤子を見る。


「仕方ないわね」


 その日。


 赤子を。


 森へ置いていくことはできなかった。


――――――――――


 それから。


 日々が過ぎた。


「食べなさい」


「やだ」


「食べないと大きくならないわ」


「これにがい」


「薬草なんだから当然でしょう」


「セージも食べて」


「嫌よ」


「ずるい」


「大人だからいいの」


「ずるい!」


「うるさいわね……」


 最初は。


 一時的なつもりだった。


 安全な場所が。


 見つかるまで。


 少しだけ。


 育てる。


 そのつもりだった。


 けれど。


 歩けるようになった。


 初めて。


 言葉を話した。


 森で転び。


 泣きながら。


 帰ってきた。


 熱を出した夜。


 何度も。


 額へ手を当てた。


「セージ」


「何?」


「見て!」


 少年が。


 走ってくる。


「危ないわよ」


「大丈夫!」


「そう言って」


「昨日も転んだでしょう」


「今日は転ばない!」


「……」


 そして。


 転んだ。


「うわっ!」


「……ほら」


「痛い……」


「だから言ったでしょう」


 セージが。


 しゃがむ。


 膝。


 擦り傷。


「じっとして」


「うん」


 治療の魔法。


 淡い光。


「……もう大丈夫」


「ありがとう!」


「次からは走らないこと」


「分かった!」


 数秒後。


 走っていった。


「……」


 セージは。


 額へ手を当てる。


「全然」


「分かってないじゃない」


 けれど。


 口元は。


 僅かに。


 笑っていた。


 いつの間にか。


 研究対象として。


 少年を見ることは。


 少なくなっていた。


 気づけば。


「リュート」


 そう。


 呼んでいた。


 どこから来たのか。


 本当の親は誰なのか。


 分からない。


 だから。


 セージが。


 名を与えた。


 リュート。


 それが。


 少年の名前になった。


 ――ある日。


「セージ!」


「今度は何?」


「この子」


 リュートの隣。


 一匹の魔獣。


「怪我してる」


「……近づいたの?」


「うん」


「襲われるかもしれないでしょう」


「この子は大丈夫」


「どうして分かるの?」


「分かるから」


「……」


 リュートが。


 魔獣へ。


 何かを話しかける。


 魔獣も。


 小さく鳴く。


「……」


 セージは。


 それを見ていた。


 以前から。


 分かっていた。


 リュートには。


 魔獣の感情を。


 感じ取るような。


 特殊な性質がある。


「言葉が」


「分かるの?」


「言葉?」


「その魔獣が何を言っているか」


「うーん」


 リュートが。


 首を傾げる。


「言葉じゃない」


「なんとなく」


「怖いとか」


「痛いとか」


「嬉しいとか」


「分かる」


「……なるほど」


 セージは。


 考える。


 そして。


 ふと。


 以前から気になっていたことを。


 思い出す。


「リュート」


「何?」


「その子に」


「もう一度話しかけてみなさい」


「?」


「何でもいいわ」


「うん」


 リュートが。


 魔獣へ顔を向ける。


「痛い?」


「クゥ……」


「もうちょっと待ってね」


 その声を。


 セージは。


 じっと聞いていた。


「……やっぱり」


「何?」


「もう一回」


「何を?」


「今と同じように話しかけて」


「うん?」


 言われた通り。


 リュートが声をかける。


 すると。


 ほんの僅か。


 少年の魔力が。


 声とともに揺れた。


「……」


 術式ではない。


 セージが知る。


 普通の魔法とも違う。


 けれど。


 確かに。


 音と一緒に。


 リュートの魔力が。


 相手へ届いている。


「あなた」


「無意識にやっていたのね」


「何を?」


「……いえ」


 セージは。


 考える。


 リュート自身も。


 そのやり方を。


 理解していない。


 なら。


 意識して。


 同じことを。


 再現できるようになれば。


「リュート」


「何?」


「少し」


「試してみましょうか」


「何を?」


「あなたが」


「今やっていること」


「僕が?」


「ええ」


 数日後。


 セージは。


 あの日。


 赤子とともに籠へ入っていた笛を。


 リュートへ差し出した。


「笛?」


「そう」


「あなたと一緒にあったものよ」


「これ」


「僕の?」


「少なくとも」


「あなたがここへ来た時から」


「一緒にあったわ」


「吹いていい?」


「好きにしなさい」


「うん!」


 リュートが。


 口元へ運ぶ。


 ――プスッ。


「……」


「……」


「今の何?」


「笛!」


「音すら出てないわ」


「もう一回!」


 ――プスッ。


「……」


「難しい!」


「でしょうね」


 それから。


 何度も。


 吹いた。


 息の強さを変え。


 口の形を変え。


 ようやく。


 ――ピィ……。


 細い音。


「出た!」


「ええ」


「セージ! 出た!」


「聞こえてるわ」


「もう一回!」


「好きにしなさい」


 何度も。


 音を鳴らす。


 そのうち。


「……?」


 近くにいた魔獣が。


 顔を上げた。


「セージ」


「今」


「この子」


「私も見てたわ」


 リュートが。


 もう一度。


 笛を吹く。


 ――ピィ……。


 そして。


 魔獣へ向かって。


 来て。


 そう思う。


「……!」


 その瞬間。


 笛の音とともに。


 リュートの魔力が。


 僅かに広がった。


「クゥ……」


 魔獣が。


 一歩。


 近づく。


「来た!」


「もう一度」


「うん!」


 リュートは。


 嬉しそうに。


 何度も試した。


 成功する時。


 何も起きない時。


 音は鳴っていても。


 意思が届かない時。


 セージは。


 その違いを。


 横で観察した。


「リュート」


「何?」


「今の感覚」


「覚えてる?」


「どれ?」


「その子が動いた時」


「うーん……」


 リュートは。


 笛を握ったまま。


 考える。


「この子に」


「来てって思った」


「その時」


「身体の中で何か感じなかった?」


「……」


「なんか」


「胸から」


「笛の方に」


「流れた気がする」


「それよ」


「これ?」


「ええ」


 セージが。


 魔力の流れを。


 一つずつ。


 確認させる。


「あなたは」


「元々それをやっていた」


「僕が?」


「声で」


「魔獣へ話しかける時にも」


「無意識にね」


「…………」


「私は」


「それを見つけただけ」


 セージは。


 笛を見る。


「この笛を使うと」


「声よりも」


「遠くへ届かせやすいみたいね」


「じゃあ」


「もっと遠くの子とも話せる?」


「練習すれば」


「できるかもしれない」


「やる!」


「即答ね」


「だって」


 リュートが笑う。


「もっと話せたら」


「楽しそうだから!」


「……そう」


 それから。


 リュートは。


 毎日のように。


 笛を吹いた。


 短い音。


 長い音。


 高い音。


 低い音。


 同じ音でも。


 魔力の込め方を変えれば。


 伝わるものが変わる。


 やがて。


 来て。


 止まって。


 待って。


 離れて。


 単純な意思なら。


 以前より。


 はっきりと。


 魔獣へ届けられるようになった。


 それは。


 セージが。


 リュートへ与えた力ではない。


 最初から。


 少年の中にあった。


 自分でも知らなかった。


 不思議な性質。


 セージは。


 それを見つけ。


 どうすれば扱えるのか。


 リュートと一緒に。


 試していっただけだった。


「セージ!」


「何?」


「見て!」


 ――ピィ、ピィ……。


 二つの音。


 一匹の魔獣が。


 その場へ座る。


「できた!」


「ええ」


「すごいだろ!」


「何回失敗したと思ってるの?」


「でもできた!」


「……そうね」


 確かに。


 この力は。


 研究にも。


 使える。


 森の魔獣を。


 無理に捕らえなくても。


 リュートなら。


 近くまで誘導できる。


 そう考えたのも。


 事実だった。


 けれど。


 それが。


 リュートを育てた理由ではない。


 もう。


 その頃には。


 少年が。


 研究に役立つかどうかなど。


 関係なく。


 この場所にいることが。


 当たり前になっていた。


「セージ!」


「何?」


「聞いてる!?」


「聞いてるわ」


「絶対聞いてなかった!」


「聞いてるって言ってるでしょう」


 そんな。


 日々が。


 続いた。


――――――――――


 現在。


「……」


 セージが。


 目を開ける。


 目の前。


「セージ!」


 結界越し。


 リュートがいる。


 もう。


 赤子ではない。


 小さな子供でもない。


 自分へ。


 やめてくれと。


 叫んでいる。


「……」


 昔。


 熱を出したリュートを。


 一晩中。


 見ていた。


 怪我をすれば。


 治した。


 初めて笛の音が鳴った時。


 ほんの少し。


 嬉しかった。


 それなのに。


 今。


 そのリュートを。


 自分は。


 何度も。


 苦しませている。


「セージ!」


「……うるさいわね」


「え?」


「昔から」


 掠れた声。


「あなたは」


「人の言うことを」


「聞かない」


「……」


 リュートの目が。


 大きくなる。


「それ」


「セージが言う?」


「……」


 一瞬。


 セージが。


 止まる。


「セージの方が」


「絶対聞かないだろ」


「……」


「何回」


「やめてって言ったと思ってるの」


「……」


 ルイスが。


 横で。


 小さく呟く。


「似てるな」


「何が?」


 カイルが尋ねる。


「二人」


「今言う?」


「だって」


「ルイス」


「静かに」


「……はい」


 その声。


 セージにも。


 聞こえた。


「……ふっ」


「!」


 リュートが。


 目を見開く。


 セージが。


 笑った。


 ほんの。


 一瞬だけ。


 昔と。


 同じように。


 けれど。


「……もう」


 その笑みが。


 消える。


「ここまで来たのよ」


「なんで?」


「……」


「やめればいいだろ!」


 リュートが。


 結界へ手をつく。


「研究を止めて」


「街の人たちに」


「ちゃんと償って」


「……」


「また」


 言葉が。


 一瞬。


 詰まる。


「また」


「一緒に」


「森で暮らせばいい」


「……!」


 セージの瞳が。


 揺れる。


「僕」


「怒ってるよ」


「セージがやったこと」


「許せないこともある」


「でも」


 笛を。


 握る。


「それでも」


「いなくなってほしいわけじゃない」


「……」


「僕は」


「セージに」


「生きててほしい」


 静寂。


「……」


 セージの唇が。


 僅かに動く。


 けれど。


 言葉になる前に。


 ――ドクン!!


「ぐっ……!」


「セージ!」


 身体が。


 大きく揺れる。


「っ……!」


 胸。


 押さえる。


 赤黒い力。


 身体の内側。


 荒れ狂う。


「カイル!」


「分かってる!」


 カイルが。


 セージを見る。


「受け入れ切れてない!」


「何が!?」


「集めた力!」


 杖を握る。


「量が大きすぎる!」


「セージの身体が」


「力に追いついてない!」


「なら止めれば!」


「装置を止めないと!」


「どうやって!?」


 リュートが。


 振り返る。


「奥!」


「え?」


「装置の後ろに」


「制御盤がある!」


「止められる?」


「分からない!」


「でも」


「集める流れを切れば!」


「よし!」


 ルイスが。


 動こうとする。


「待て!」


 ジョージが叫ぶ。


「結界がある!」


「だったら壊す!」


「ルイス!」


 カイルも。


 杖を構える。


「さっきの続き!」


「おう!」


 二人。


 同時に。


 構える。


「セージ!」


 リュートが。


 叫ぶ。


「今」


「止めるから!」


「……」


 セージが。


 苦しそうに。


 顔を上げる。


「……勝手に」


「するんじゃ」


「ないわよ……」


「する!」


 即答。


「セージが」


「聞かないから!」


「……」


 もう一度。


 セージの口元が。


 ほんの僅かに。


 緩んだ。


「……本当に」


「言うことを」


「聞かない子」


「セージに」


「育てられたから!」


「……」


 その言葉に。


 セージは。


 何も返せなかった。


 そして。


「行くよ!」


 カイルの風。


 ルイスの炎。


 二つの力が。


 再び。


 結界へ向かう。


「――風よ!」


「燃えろ!!」


 ――ドォン!!


 結界。


 大きな亀裂。


「もう一回!」


「おう!」


「待って!」


 リュートが叫ぶ。


「何!?」


「今」


「魔法陣の流れが変わった!」


「どういうこと!?」


 床。


 黒い線。


 今まで。


 セージへ向かっていた。


 それが。


 一瞬。


 逆流する。


「セージ!」


「……!」


 セージも。


 気づいた。


 装置。


 異音。


 ――バチッ。


 ――バチバチッ。


「何だ?」


 ジョージが。


 目を細める。


「制御が」


 カイルの顔色が。


 変わる。


「崩れ始めてる」


「じゃあ止まる?」


「違う!」


 カイルが叫ぶ。


「溜め込んだ力の」


「行き場がなくなる!」


「……!」


「このままだと」


「装置か、セージか」


「どっちかが耐えられなくなる!」


「っ!」


 リュートが。


 結界へ向き直る。


「セージ!」


「今すぐ離れて!」


「……」


 セージは。


 透明な容器を見る。


 これまで。


 二十年。


 積み重ねたもの。


 研究。


 時間。


 失敗。


 犠牲。


 そして。


 ようやく。


 ここまで。


「……」


 手を。


 離せば。


 止められるかもしれない。


 でも。


「……あと少し」


「セージ?」


「あと少しなの」


「何言ってるんだよ!」


「ここまで来て」


 セージの指が。


 容器を。


 強く掴む。


「今さら」


「手放せるわけ」


「ないでしょう!」


「セージ!!」


 ――ドクン!!


 黒い紋が。


 頬へ。


 さらに伸びる。


「っ……!」


 赤黒い魔力。


 再び。


 膨れ上がる。


「セージ!」


 リュートの声。


 けれど。


 その声より。


 今。


 セージの耳には。


 別の記憶が。


 蘇っていた。


 ――セージ!


 幼い。


 リュートの声。


 初めて。


 自分の名前を呼んだ日。


 ――見て!


 笛を。


 上手く吹けた日。


 ――ありがとう!


 傷を。


 治した日。


「……」


 ほんの一瞬。


 セージの手から。


 力が抜ける。


 しかし。


 装置は。


 もう。


 止まらなかった。


 ――バチィッ!!


「……!」


 赤黒い光が。


 セージの腕へ。


 強引に流れ込む。


「ぐっ……あぁっ!」


「セージ!!」


 初めて。


 セージの口から。


 明確な悲鳴が漏れた。


 そして。


 黒い紋が。


 頬を越え。


 目元へ向かって。


 ゆっくりと。


 伸び始めた。


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