第一章45 『森の奥へ』
西の森。
隠されていた旧道の先。
そこには。
二十年前の捜索でも。
見つけることのできなかった。
一つの施設があった。
「……」
ルイスは。
建物を見上げる。
古びた石壁。
ひび割れた窓。
蔦に覆われた屋根。
長い間。
誰にも使われていなかったように見える。
けれど。
入口付近の土には。
新しい足跡が残っていた。
人。
そして。
魔獣。
「間違いないな」
ジョージが呟く。
「ここだ」
「二十年前も?」
「いや」
「この場所は知らん」
「当時見つかった保管区画は、この手前までだ」
「なら……」
「ああ」
「これが、当時見つけられなかった場所なのかもしれん」
「……」
ルイスは。
もう一度。
研究施設を見る。
「じゃあ」
「セージは」
「二十年前からここを隠してたのか?」
「恐らくな」
ジョージが。
剣を抜く。
「全員」
「ここからはさらに警戒しろ」
「正面だけを見るな」
「魔法による罠も考えろ」
「はっ!」
騎士たちが。
一斉に武器を構える。
「カイル」
「うん」
「何か分かる?」
「待って」
カイルが。
杖へ手を添える。
目を閉じ。
意識を集中させる。
「……」
しばらくして。
「魔力はある」
「やっぱり?」
「でも」
カイルが眉を寄せる。
「多すぎる」
「多すぎる?」
「建物の中だけじゃない」
杖の先を。
地面へ向ける。
「下にもある」
「地下?」
「たぶん」
昨日まで感じていた。
森の奥へ向かう。
細い魔力の流れ。
そのほとんどが。
ここへ集まっている。
「それに」
カイルが。
研究施設の奥を見る。
「さっきから」
「強くなったり」
「弱くなったりしてる」
「……脈打ってるみたいに?」
ルイスが尋ねる。
「そう」
――ドクン。
「……!」
その瞬間。
足元から。
僅かな振動。
「今の!」
「同じだ」
カイルが。
杖を握る。
「魔力が動いた」
ジョージが。
すぐに振り返る。
「後方班」
「入口を確保しろ」
「何かあれば」
「すぐ退けるようにしておけ」
「はっ!」
数人の騎士と冒険者が。
その場へ残る。
「残りは」
ジョージが。
入口を見る。
「入るぞ」
――ギィィ……。
古い扉が。
ゆっくり開いた。
――――――――――
施設内部。
「……暗いな」
ルイスが呟く。
「足元に気をつけて」
カイルが。
杖を掲げる。
「――灯れ」
杖の先に。
淡い光が生まれた。
「おお」
「見るところそこ?」
「だって便利じゃん」
「君も火を出せるだろ」
「俺の火」
「明かりにしたら熱いぞ?」
「それは練習不足」
「ぐっ……」
「おい」
前を歩くジョージが。
振り返る。
「遠足ではないぞ」
「分かってるって」
「声を落とせ」
「……分かってる」
ルイスが。
小さな声に変える。
廊下。
両側には。
いくつもの扉。
ほとんどは。
朽ちている。
だが。
「ここ」
一人の騎士が。
足を止める。
扉。
その取っ手だけが。
妙に新しい。
「使われてるな」
ジョージが。
扉を開ける。
中には。
長い机。
棚。
そして。
「……魔石?」
ルイスが。
目を見開く。
何十個もの魔石が。
並べられていた。
普通のもの。
黒い筋が入ったもの。
完全に黒く染まったもの。
ひび割れ。
砕けたもの。
「こんなに……」
騎士たちが。
室内へ視線を走らせる。
「触るな」
ジョージが言う。
「何が仕込まれているか分からん」
「分かってる」
そう答えながら。
ルイスが。
手を引っ込める。
「……今」
カイルが。
じっとルイスを見る。
「触ろうとした?」
「触ってないだろ!」
「触ろうとはしたんだね」
「見ようとしただけ!」
「前にも聞いたな、その言い訳」
「二人とも」
ジョージが。
低い声を出す。
「……ごめんなさい」
「すみません」
今度は。
二人とも素直だった。
「それより」
カイルが。
机へ近づく。
触れない距離で。
魔石を見る。
「これ」
「街で回収したものと同じだ」
「黒い筋?」
「うん」
細い。
黒い線。
魔石内部を。
血管のように走っている。
「でも」
カイルが。
別の魔石を見る。
「こっちは」
完全な黒。
「巨大魔獣の胸にあったものに近い」
「……」
ジョージの表情が。
険しくなる。
「つまり」
「ここで」
「作っていた?」
ルイスが尋ねる。
「可能性は高い」
ジョージが答える。
その時。
「領主様」
騎士の一人が。
壁際から声を上げた。
「これを」
紙。
何枚もの研究記録。
古いものもあれば。
新しいものもある。
「読める?」
ルイスが覗き込む。
「……難しい」
カイルが答える。
「魔石の構造式」
「魔力の流路」
「生体への影響……」
紙の端。
魔獣の身体が描かれている。
胸。
そこへ。
魔石。
さらに。
そこから伸びる線。
「これ」
ルイスが。
指を近づける。
「巨大魔獣と同じじゃない?」
「……」
カイルの顔が。
変わる。
「そうかもしれない」
「胸の魔石を中心に」
「全身へ力を流す」
「だから」
巨大化。
再生。
異常な力。
「でも」
カイルが。
別の紙へ目を移す。
「こっちは逆だ」
「逆?」
「身体から」
「魔石へ」
矢印。
「……」
ルイスも。
そこを見る。
「魔獣の魔力を」
「取り出してる?」
「たぶん」
「じゃあ」
ルイスの表情が。
険しくなる。
「弱ってた魔獣は」
「ああ」
ジョージが答える。
「これだろうな」
強化するために。
力を送り込まれた魔獣。
反対に。
力を奪われた魔獣。
その両方が。
同じ研究から生まれている。
「セージが」
ルイスが呟く。
「やってるんだ」
「今のところ」
カイルが。
静かに答える。
「そう考えるのが一番自然だね」
「……」
ルイスは。
紙を見る。
そして。
もう一つ。
気づいた。
「これ」
「?」
「真ん中」
いくつもの魔獣から。
線が伸びている。
最後に。
全てが。
一つの円へ集まっている。
「これって」
「今の」
カイルも。
気づく。
「森中から集まってる魔力……?」
「……」
ジョージが。
紙を見つめる。
「なら」
「この施設のどこかに」
その円。
力を集める中心。
「装置がある」
――ドクン。
「!」
再び。
地面が揺れた。
今度は。
先ほどよりも強い。
机の上。
魔石が。
カタカタと音を立てる。
「カイル!」
「下!」
カイルが。
即答する。
「地下から!」
「行くぞ!」
ジョージが。
部屋を出る。
ルイスたちも。
その後を追った。
――――――――――
廊下の奥。
「階段!」
一人の騎士が。
声を上げる。
地下へ。
続いている。
「止まれ」
ジョージが。
全員を止める。
「先頭は私だ」
「ジョージが?」
「当然だ」
「でも」
「私は領主である前に」
剣を構える。
「この事件を」
「二十年前から知っている人間だ」
「……」
ルイスは。
何も言わなかった。
「カイル」
「はい」
「魔法を警戒しろ」
「分かりました」
「ルイス」
「分かってる」
「まだ何も言っていない」
「勝手に先に行くな、だろ?」
「……その通りだ」
「ほら!」
「得意げになるな」
ジョージが。
小さく息を吐く。
そして。
階段を下りる。
一段。
一段。
下へ行くほど。
空気が変わっていく。
「……重い」
ルイスが。
胸元を押さえる。
「分かる?」
カイルが尋ねる。
「ああ」
「なんか」
「息しづらい」
「魔力が濃すぎる」
「これが?」
「うん」
魔法使いではないルイスにも。
感じられる。
それほど。
大量の力。
「前の巨大魔獣より?」
「比べられない」
「そんなに?」
「一体の中にある力と」
「今ここへ集まってる力じゃ」
「規模が違う」
「……」
ルイスの顔から。
少し笑みが消える。
「セージ」
「こんなの」
「何に使うつもりなんだ」
答えは。
ない。
ただ。
階段の下から。
――ドクン。
脈動だけが。
返ってきた。
やがて。
階段が終わる。
その先。
長い地下通路。
「……」
ルイスが。
足を止めた。
少し先。
人影。
銀色の髪。
灰色の外套。
胸元には。
一本の笛。
「……リュート」
名前が。
自然と口から出た。
「……」
少年が。
ゆっくり。
顔を上げる。
「ルイス」
リュートだった。
「やっぱり」
ルイスは。
一歩前へ出る。
「ここにいたんだな」
「……うん」
リュートは。
逃げなかった。
笛も。
構えなかった。
ただ。
その場に立っている。
「止まれ」
騎士たちが。
武器を構える。
「その少年が?」
「ああ」
ジョージが。
リュートを見る。
「魔獣を操っていたという少年だ」
「……」
リュートの身体が。
僅かに強張る。
「待って」
ルイスが。
騎士たちの前へ出る。
「ルイス……」
「話すだけ」
ジョージを見る。
「約束しただろ?」
「勝手に追わない」
「勝手に戦わない」
「だから」
「ここで話す」
「……」
ジョージは。
しばらくルイスを見る。
そして。
「少しだけだ」
「ありがとう」
ルイスは。
リュートへ向き直る。
「なあ」
「リュート」
「……」
「俺」
「ずっと聞きたかった」
「うん」
「なんで」
少し。
言葉を探す。
「魔獣を操ってるんだ?」
「……」
「なんで」
「街へ向かわせた?」
リュートが。
目を伏せる。
「……僕が」
小さな声。
「やった」
「うん」
「笛を吹いて」
「魔獣を動かした」
「……」
騎士たちの空気が。
少し張り詰める。
けれど。
ルイスは。
何も言わない。
「セージに」
リュートが続ける。
「言われたんだ」
「魔獣を集めて」
「決められた場所へ連れていけって」
「最初は」
「それだけだと思ってた」
「それだけ?」
「研究に必要だからって」
「魔獣を集めるように言われた」
リュートの手が。
笛へ触れる。
「僕は」
「ずっと」
「セージの研究を手伝ってた」
「……」
「森にいる魔獣を探して」
「笛で呼んで」
「連れてきた」
「でも」
声が。
少し震える。
「だんだん」
「魔獣たちがおかしくなった」
「弱ったり」
「苦しんだり」
「今までより凶暴になったり」
「……」
ルイスは。
黙って聞く。
「巨大な魔獣も?」
「……違う」
リュートは首を振った。
「あれは僕も知らなかった」
「僕が動かしたのは、それより前の魔獣たちだけ」
「セージに言われて、街の方へ向かわせた」
「でも……街を襲わせるなんて、聞いてなかった」
「……!」
騎士の一人が。
一歩前へ出る。
「貴様!」
「待て!」
ルイスが。
すぐに声を上げる。
「でも」
騎士が言う。
「あの襲撃で」
「街には被害が出た!」
「分かってる!」
「だったら!」
「だから聞いてるんだ!」
ルイスが。
振り返る。
「どうしてやったのか!」
「……」
「本人が」
「今話してる!」
騎士が。
言葉を止める。
「続けろ」
ジョージが。
静かに言った。
視線は。
リュートへ向いている。
「……はい」
騎士が下がる。
リュートは。
ルイスを見る。
「怒らないの?」
「怒ってないとは言ってない」
「……」
「街を壊された」
「怪我した人もいる」
「巨大魔獣に」
「俺たちだって殺されかけた」
「……ごめん」
「でも」
ルイスが。
まっすぐ。
リュートを見る。
「それと」
「お前がどういう奴なのかは」
「別だろ?」
「……!」
リュートの目が。
大きくなる。
「俺は」
「まだ全部聞いてない」
「だから」
「勝手に決めない」
「……」
以前。
森で。
言ったことと。
同じだった。
「それに」
ルイスは。
少しだけ笑う。
「お前」
「嫌だったんだろ?」
「……」
「魔獣が苦しむの」
「……うん」
「街を襲わせるのも?」
「……うん」
「じゃあ」
「なんでやめなかった?」
「……」
その問い。
リュートが。
答えるまで。
少し時間がかかった。
「セージは」
やがて。
口を開く。
「僕を育ててくれた人なんだ」
「……」
ジョージの眉が。
僅かに動く。
「僕が」
「赤ん坊だった頃」
「森で拾ってくれた」
「食べさせてくれた」
「魔獣のことも」
「森のことも」
「笛の使い方も」
「全部」
「セージが教えてくれた」
胸元。
笛を握る。
「僕にとって」
「セージは」
「……家族みたいな人なんだ」
「……」
ルイスの表情が。
少しだけ変わる。
「だから」
リュートは。
俯いた。
「嫌だと思っても」
「言うことを聞かなきゃって」
「思ってた」
「恩を返さなきゃって」
「でも」
昨日。
そして。
今日。
「もう」
「分からなくなった」
「何が?」
ルイスが聞く。
「言うことを聞くことが」
「本当に」
「恩を返すことなのか」
「……」
静かな地下通路。
「セージは」
「悪いことをしてる」
「僕にも」
「もう分かる」
「でも」
「だからって」
「嫌いになれるわけじゃない」
「助けてもらったことまで」
「嘘になるわけじゃない」
「……」
リュートの拳が。
震える。
「僕」
「どうすればいいのか」
「ずっと分からないんだ」
その言葉を聞いて。
ルイスは。
少し考えた。
「じゃあ」
「……?」
「嫌いになる必要」
「ないんじゃない?」
「え?」
「だって」
ルイスが。
首を傾げる。
「セージが大事なのと」
「セージがやってることを止めたいのって」
「別じゃん」
「……」
リュートが。
固まる。
「大事な奴が」
「間違ったことしてたら」
「止めたらいいだろ?」
「……そんな簡単に」
「簡単じゃないと思う」
ルイスは。
すぐに答えた。
「でも」
「嫌なのに」
「ずっと手伝う方が」
「もっと変じゃない?」
「……」
「それで」
「セージがもっと酷いことしたら」
「お前」
「絶対後悔するだろ?」
「……」
リュートは。
答えなかった。
答えられなかった。
それでも。
その言葉は。
胸へ残った。
「ルイス」
カイルが。
静かに声をかける。
「そろそろ」
「うん」
ルイスも。
分かっている。
ここへ。
話をしに来ただけではない。
「リュート」
「……何?」
「この先に」
「セージがいる?」
「……」
リュートが。
地下通路の奥を見る。
「いる」
「装置も?」
「うん」
「森中の魔獣から」
「力を集めてる」
ジョージの表情が。
変わった。
「何のためだ?」
初めて。
ジョージが直接尋ねる。
リュートは。
彼を見る。
「自分に使うため」
「……!」
「集めた力を」
「自分の身体へ取り込もうとしてる」
「老いない身体を」
「作るために」
「……」
ジョージが。
黙り込む。
二十年前。
聞いた。
セージの研究。
若さ。
魔石。
人体実験。
「やはり」
低く。
呟く。
「同じ研究の続きを……」
「でも」
リュートが。
すぐに続ける。
「今のセージ」
「おかしい」
「おかしい?」
カイルが尋ねる。
「腕に」
「黒い痕が出てる」
「昨日より」
「すごく広がってる」
「……!」
カイルの表情が変わる。
「どこまで?」
「さっき見た時は」
「腕の上まで」
「それって」
ルイスが。
自分の腕を見る。
「あの魔獣と同じ?」
「完全に同じかは分からない」
カイルが答える。
「でも」
「可能性はある」
外から。
無理やり。
大量の力を取り込む。
巨大魔獣は。
その結果。
肉体そのものが変質した。
「セージにも」
ルイスが呟く。
「同じことが起きてる?」
「……」
カイルが。
杖を握る。
「あり得る」
「リュート」
ジョージが。
今度は。
真っ直ぐ少年を見る。
「案内できるか?」
「……」
リュートの身体が。
僅かに震える。
この先へ。
彼らを連れていく。
それは。
セージを。
裏切ることになる。
「……」
胸元の笛。
セージに教わった。
大切なもの。
「僕は……」
その時。
――ドクン!!
「っ!?」
施設全体が。
大きく揺れた。
「何だ!?」
「伏せろ!」
天井から。
石の欠片が落ちる。
「カイル!」
「魔力が!」
杖を構える。
「一気に増えた!」
「セージ!」
リュートが。
奥を見る。
「まさか」
「もう始めたのか?」
――ドクン!!
二度目。
「うっ……!」
ルイスが。
胸を押さえる。
空気が。
さらに重くなる。
「これ」
「ヤバい……!」
「ルイス!」
「大丈夫!」
けれど。
その瞬間。
リュートが。
顔を上げた。
「来る!」
「何が!?」
「下がって!」
リュートが。
笛を手に取る。
――ピィィィィィ……!
高い音。
「!」
ルイスたちが。
一瞬身構える。
しかし。
魔獣は現れない。
代わりに。
通路の奥。
「グルルルル……!」
複数の唸り声。
「魔獣!」
騎士たちが。
武器を構える。
暗闇から。
一匹。
二匹。
三匹。
姿を現す。
黒い筋。
全身へ。
広がっている。
けれど。
「止まった?」
ルイスが。
目を見開く。
魔獣たちは。
こちらへ走ってこない。
リュートの笛。
その音を聞き。
必死に。
その場へ踏みとどまっている。
「リュート?」
笛を吹きながら。
リュートの額に。
汗が滲む。
「……!」
魔獣たちの身体が。
震える。
奥へ。
こちらへ。
何か。
別の力に。
引っ張られるように。
「どうなってる!?」
「セージ!」
音の合間。
リュートが叫ぶ。
「違う!」
「この子たち、自分で動いてない!」
「黒いものに……身体を引っ張られてる!」
「僕の笛じゃない!」
――ドクン!
魔獣の黒い筋が。
一斉に濃くなる。
「グァァァァッ!!」
魔獣たちが。
前へ出る。
「っ!」
リュートが。
さらに強く笛を吹く。
――ピィィィィィィィ!!
足が。
止まる。
一歩。
また。
一歩。
せめぎ合う。
「……リュート」
ルイスが。
その姿を見る。
今。
リュートは。
ルイスたちを止めているのではない。
守っている。
「長くは無理!」
リュートが叫ぶ。
「この子たち」
「自分で動いてない!」
「黒い魔石に」
「引っ張られてる!」
「……!」
カイルが。
魔獣を見る。
「吸い上げる術式の出力が上がって、魔石そのものが身体に干渉してるのか……!」
笛。
そして。
黒い魔石。
別のもの。
リュートは。
笛で魔獣へ意思を伝える。
だが。
黒い魔石は。
もっと強引に。
身体そのものを動かしている。
「ルイス!」
カイルが叫ぶ。
「倒すなら」
「胸の魔石を狙って!」
「分かった!」
ルイスが。
短剣を抜く。
「リュート!」
「何!?」
「少しだけ」
「止められるか!?」
「やってる!」
「じゃあ十分!」
地面を蹴る。
一匹目。
「――っ!」
魔獣が。
抵抗する。
けれど。
リュートの笛で。
動きが僅かに鈍る。
そこへ。
ルイスが。
滑り込む。
胸元。
黒い筋。
「ここ!」
――ザンッ!
短剣。
硬い。
「くっ!」
刃が。
魔石までは届かない。
「ルイス!」
カイルの声。
「炎!」
「!」
ルイスが。
右手を見る。
巨大魔獣。
あの時。
炎で焼いた傷だけは。
再生が追いつかなかった。
「……よし」
息を吸う。
力を。
手のひらへ。
今までより。
ずっと早く。
「燃えろ!」
――ボッ!
炎。
右手へ。
生まれる。
そのまま。
短剣を持つ手元へ近づける。
「ルイス!?」
カイルが驚く。
「ちょっと試す!」
「今!?」
「今しかないだろ!」
炎を。
刃全体へ纏わせるのではない。
そんな制御は。
まだできない。
だから。
刃の根元。
僅かに。
炎を添える。
「はぁぁっ!」
――ザシュッ!
「ギャァァッ!」
今度は。
刃が入った。
「いけた!」
「喜んでる場合じゃない!」
「分かってる!」
傷口。
黒い筋の走る肉が。
炎に焼かれる。
塞がろうとした傷が。
そこで止まった。
「カイル!」
「見えた!」
「再生が遅くなった!」
「じゃあ!」
もう一度。
ルイスが構える。
「胸を開ける!」
「その後は僕が!」
「おう!」
――ピィィィィィ!
リュートの笛。
魔獣の動きが。
また止まる。
「今!」
ルイス。
踏み込む。
「――はぁっ!」
短剣。
炎。
胸。
――ザンッ!!
肉が裂ける。
黒い魔石が露出する。
「カイル!」
「――風よ!」
露出した魔石。
その表面。
黒い筋が集まった部分だけを。
カイルの風が削り飛ばす。
「もう一発!」
ルイスの炎。
そこへ。
叩き込む。
――ボォッ!!
黒い筋が。
一気に焼ける。
「ギャァァァァッ!」
魔獣が。
大きく身体を震わせ。
そして。
倒れた。
「……!」
ルイスは。
一瞬。
固まる。
「死んだ?」
「待って」
カイルが。
すぐに確認する。
「……生きてる」
「ほんと!?」
「うん」
「魔力は弱いけど」
「呼吸してる」
「……よかった」
ルイスが。
僅かに息を吐く。
巨大魔獣の時とは違う。
核を。
完全に焼き切る必要はない。
黒い異常部分だけを。
壊せば。
助けられる可能性がある。
「ルイス!」
「!」
残り二匹。
「来る!」
「分かってる!」
ルイスが。
再び立つ。
「騎士団!」
ジョージが叫ぶ。
「胸の黒い部分を狙え!」
「可能なら殺すな!」
「はっ!」
騎士たちが。
一斉に動いた。
カイルの風。
ルイスの短剣。
そして。
リュートの笛。
今まで。
敵として向き合っていた三人が。
初めて。
同じ相手へ。
力を合わせる。
――数分後。
「はぁ……」
ルイスが。
地面へ座り込んだ。
「疲れた……」
「座ってる場合?」
「ちょっとだけ!」
通路には。
三匹の魔獣。
どれも。
倒れている。
けれど。
息はある。
黒い筋も。
少しずつ。
薄くなっていた。
「……」
リュートが。
その一匹へ近づく。
頭へ。
手を置く。
「よかった……」
小さな声。
「助かったな」
ルイスが言う。
「……うん」
「お前のおかげだぞ」
「え?」
「笛で止めてくれなかったら」
「もっと大変だった」
「……」
リュートは。
笛を見る。
今まで。
魔獣を。
セージのために動かす道具だった。
でも。
今は。
魔獣を救うために。
使えた。
「……」
「リュート?」
「僕」
笛を。
握る。
「決めた」
「?」
リュートが。
立ち上がる。
そして。
施設の奥を見る。
「セージを」
「止める」
声は。
震えていた。
けれど。
今度は。
俯かなかった。
「嫌いだからじゃない」
「うん」
「今までしてくれたことも」
「忘れない」
「うん」
「でも」
拳を握る。
「だからこそ」
「これ以上」
「間違ってほしくない」
ルイスが。
笑った。
「じゃあ」
手を差し出す。
「一緒に行こう」
「……」
リュートが。
その手を見る。
「僕も?」
「当たり前だろ?」
「……」
「だって」
ルイスは。
いつものように笑う。
「セージのところ」
「お前が一番詳しいじゃん」
「……そこ?」
「大事だろ!」
リュートが。
一瞬。
呆気に取られる。
そして。
ほんの少しだけ。
笑った。
「……うん」
手を取る。
「行こう」
「おう!」
けれど。
その瞬間。
――ドクン!!
「……!」
研究施設全体が。
今までで。
最も大きく揺れた。
「っ!」
壁。
床。
天井。
至るところに。
黒い線が走る。
「カイル!」
「まずい!」
カイルが。
奥を見る。
「魔力が」
「急激に集まってる!」
「セージが!?」
「分からない!」
「でも」
杖を握る。
「さっきまでとは」
「全然違う!」
リュートの顔から。
血の気が引く。
「急いで」
「リュート?」
「この先!」
走り出す。
「一番奥に」
「装置がある!」
「セージもそこにいる!」
「おい!」
ルイスも。
すぐに追う。
「勝手に行くな!」
ジョージの声。
「あっ!」
ルイスが。
慌てて止まる。
「……」
ジョージが。
じっと見る。
「ごめん」
「……今度は」
ジョージが。
剣を構える。
「全員で行く」
「!」
「案内しろ」
リュートを見る。
「……うん」
リュートが。
頷いた。
その先。
地下の最深部。
――ドクン。
――ドクン。
巨大な心臓のように。
装置が。
脈を打っている。
そして。
その中心。
「……」
セージは。
一人。
立っていた。
右腕。
肩。
そして。
首筋。
黒い紋が。
少しずつ。
その身体を。
侵食し始めていた。




