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冒険者はまだ見ぬロマンを求めて  作者: 片山武琉
第一章 魔女と銀の笛

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第一章43話 『完璧な存在』

 

 翌朝。


 西の森。


「……」


 ルイスは。


 目の前に広がる森を見上げていた。


 何度か足を踏み入れた場所。


 けれど。


 今日は。


 今までとは違う。


「ルイス」


「ん?」


「もう一回確認するよ」


 隣に立つカイルが言う。


「今日は偵察」


「分かってる」


「何か見つけても」


「勝手に突っ込まない」


「分かってるって!」


「リュートを見つけても?」


「……」


「ルイス?」


「分かってる!」


「今、一瞬考えたよね」


「考えてない!」


「声が大きい」


「ごめん!」


「もっと小さく」


「……ごめん」


 ルイスが。


 小声で言い直す。


 そんな二人の前では。


 三人の騎士が。


 森の中へ続く道を確認していた。


「ここだ」


 一人が。


 草を掻き分ける。


「旧道は」


「この先へ続いている」


「これが?」


 ルイスが覗き込む。


 道。


 そう呼ばれても。


 すぐには分からなかった。


 地面は。


 草と苔に覆われている。


 木の根も。


 あちこちから伸びていた。


 けれど。


 よく見れば。


 木々の間だけ。


 僅かに幅が空いている。


「二十年前までは」


 騎士が説明する。


「荷車も通っていたらしい」


「今じゃ全然分かんないな」


「二十年あれば森も変わる」


「でも」


 カイルが。


 地面を見る。


「誰も使ってないわけじゃなさそう」


「え?」


 ルイスも見る。


 草の間。


 僅かに。


 葉が踏まれていた。


「足跡?」


「人のものだね」


 カイルがしゃがむ。


「かなり新しい」


「どれくらい?」


「少なくとも、何日も前って感じじゃない」


「……」


 騎士たちの表情が変わる。


「一人か?」


「分からない」


 カイルは。


 周囲を見る。


「足跡が重なってる」


「でも」


 指先が。


 地面を示す。


「少なくとも」


「何度か通ってる」


 ルイスの目が。


 森の奥へ向く。


「じゃあ」


「今も誰かが」


「この道を使ってる?」


「可能性は高い」


 騎士が答える。


「ここから先は慎重に進むぞ」


「おう!」


「声!」


「……おう」


 ルイスが。


 また小声になる。


 一行は。


 旧道を進み始めた。


 森の中。


 朝だというのに。


 辺りは薄暗い。


 高く伸びた木々が。


 日の光を遮っている。


 鳥の声。


 葉の擦れる音。


 遠く。


 何かが動く気配。


「……」


 ルイスは。


 歩きながら。


 周囲へ目を配る。


 短剣には。


 まだ手をかけない。


 けれど。


 いつでも抜けるように。


 意識だけは向けている。


「前より静かじゃない?」


 小さな声で尋ねる。


「僕も思ってた」


 カイルが答える。


「魔獣が増えてるのに?」


「だからこそ」


「かもしれない」


「?」


「普通の動物が」


「逃げてるんだと思う」


「……」


 言われて。


 ルイスは気づく。


 森なのに。


 小動物を。


 ほとんど見かけない。


「魔獣が増えたから?」


「それもある」


「でも」


 カイルが。


 少しだけ表情を曇らせる。


「他にも理由があるかもしれない」


「他?」


「昨日」


「魔獣の魔力が森の奥へ流れてただろ?」


「ああ」


「もし」


 カイルは。


 周囲を見る。


「同じことが」


「この辺り一帯で起きてるなら」


「……」


 ルイスも。


 森を見る。


 魔獣だけではない。


 森そのもの。


 その中に生きるもの全てが。


 何かを感じ取って。


 逃げている。


 そんな可能性。


「嫌な感じだな」


「うん」


 しばらく歩く。


 そして。


「止まれ」


 先頭の騎士が。


 拳を上げた。


 一行が止まる。


「何かいる」


「魔獣?」


「恐らく」


 低い唸り声。


「グルルル……」


 木々の向こう。


 一匹。


 魔獣が姿を現した。


 煤けた灰色の毛。


 黄色く濁った瞳。


 大型犬よりも。


 一回り大きな身体。


「一匹だけ?」


「油断するな」


 騎士たちが。


 剣を抜く。


 ルイスも。


 短剣を構える。


「……」


 しかし。


 魔獣は。


 襲ってこなかった。


「グ……」


 苦しそうに。


 身体を震わせている。


「まただ」


 ルイスが呟く。


 皮膚の下。


 黒い筋。


 だが。


 昨日よりも。


 濃い。


「カイル」


「うん」


 カイルが。


 杖を構えたまま。


 意識を集中させる。


「魔力が」


「かなり少ない」


「やっぱり吸われてる?」


「たぶん」


「でも」


 カイルの眉が。


 僅かに寄った。


「昨日より速い」


「何が?」


「減る速度」


「……!」


 ルイスが。


 魔獣を見る。


「グゥ……!」


 黒い筋が。


 脈打つ。


 ――ドクン。


 魔獣の脚が。


 崩れた。


「おい!」


 ルイスが。


 一歩進む。


「待て!」


 騎士が止める。


「でも!」


「異常がある」


「触るな」


「……」


 ルイスは。


 足を止める。


 魔獣は。


 倒れたまま。


 荒い呼吸を繰り返している。


「カイル」


「どこに流れてる?」


「……」


 カイルが目を閉じる。


 そして。


 ゆっくりと。


 腕を上げた。


「こっち」


 森の奥。


 旧道の先。


「やっぱり」


「同じ方向か」


 騎士が呟く。


「いや」


 カイルが言う。


「昨日より」


「分かりやすい」


「え?」


「近づいてるんだと思う」


「……!」


 森の奥にある。


 何かへ。


 少しずつ。


 距離が縮まっている。


「なら」


 ルイスが。


 その先を見る。


「この道で合ってる」


「ああ」


 騎士も頷く。


 だが。


「ここから先は」


「さらに警戒する」


 一行は。


 倒れた魔獣から。


 慎重に距離を取る。


 そして。


 再び歩き始めた。


 ――――――――――


 それから。


 しばらくして。


「……待って」


 今度は。


 ルイスが止まった。


「どうした?」


「これ」


 道の脇。


 一本の木。


 その幹に。


 傷がついていた。


「刃物?」


 カイルが見る。


「たぶん」


 騎士が。


 手を近づける。


「比較的新しい」


「誰かが目印にした?」


「可能性はある」


 ルイスは。


 周りの木を見る。


「……あっちにもあるぞ」


 少し先。


 別の木。


 そこにも。


 同じような傷。


「こっちにも」


 一定の間隔で。


 木に刻まれた印が続いていた。


「旧道の目印か?」


「いや」


 騎士が首を振る。


「二十年前のものなら」


「こんなに新しく残っているはずがない」


「じゃあ」


「今使ってる誰かが」


「付けた?」


「そう考えるのが自然だ」


「……」


 ルイスが。


 少し笑う。


「近づいてるな」


「楽しそうに言わない」


「でもさ」


 声を抑えながら。


 ルイスは答える。


「こういうの」


「冒険って感じしない?」


「……」


 カイルが。


 一瞬黙る。


「君は」


「こういう時でも変わらないな」


「だって」


 ルイスは。


 森の奥を見る。


「誰も使ってないと思われてた道が」


「実は今も使われてて」


「その先に」


「見つからなかった研究場所があるかもしれないんだぞ?」


 橙色の瞳が。


 輝いている。


「気になるだろ!」


「気持ちは分かるけど」


「今は危険な場所だからね」


「分かってる!」


「だから声」


「……分かってる」


 騎士の一人が。


 小さく笑った。


 けれど。


 その直後。


「……止まれ」


 笑みが消える。


 前方。


 道が。


 突然途切れていた。


「行き止まり?」


 ルイスが見る。


 巨大な岩。


 その周囲には。


 太い木々。


 旧道は。


 そこで完全に塞がれている。


「地図では」


 騎士が。


 持っていた紙を確認する。


「このまま先へ続いているはずだ」


「でも」


「道ないぞ?」


「二十年で崩れたのか?」


 カイルが。


 周囲を見回す。


「……」


「どうした?」


「静かすぎる」


「え?」


 全員が。


 耳を澄ます。


「……」


 鳥。


 風。


 葉。


 それまで聞こえていた音が。


 ほとんどない。


「本当だ」


 ルイスが呟く。


 そして。


「それに」


 カイルが。


 岩へ近づく。


「魔力がある」


「岩に?」


「違う」


 手をかざす。


「岩の前」


「……?」


 何もない空間。


 しかし。


 カイルには。


 何かが見えているようだった。


「薄いけど」


「魔法が残ってる」


「どんな?」


「何かを見えにくくするための術式みたいだ」


「……!」


 騎士たちが。


 周囲を警戒する。


「幻覚?」


「近い」


 カイルが。


 杖の先を向ける。


「でも」


「完全な幻じゃない」


「どういうこと?」


「本当に岩があるように」


「見せてるだけだと思う」


「じゃあ」


 ルイスが。


 岩を見る。


「本当は」


「ここに道がある?」


「たぶんね」


 カイルは。


 目を閉じる。


 ゆっくり。


 魔力を流す。


「――風よ」


 弱い風。


 攻撃ではない。


 空間を。


 撫でるように吹く。


「……」


 すると。


 岩の輪郭が。


 一瞬だけ。


 揺らいだ。


「!」


 ルイスの目が見開かれる。


「今!」


「見えた」


 岩。


 その一部が。


 透けた。


 ほんの一瞬。


 奥には。


 細い道。


「やっぱり」


 カイルが呟く。


「隠されてる」


「……」


 騎士たちが。


 顔を見合わせる。


「つまり」


 ルイスが言う。


「ここから先に」


「何かある」


「そういうことになる」


「よし!」


「待て」


「まだ何もしてない!」


「顔が行く気だった」


「なんで分かるんだよ!」


「分かりやすいからだ」


 ルイスは。


 不満そうに口を尖らせる。


「でも」


 カイルも。


 岩の向こうを見る。


「これは」


「かなり大きいよ」


「ああ」


 騎士が頷く。


「二十年前の術式が」


「これだけ明瞭に残っているなら」


「最近も誰かが手を入れている可能性が高い」


「つまり?」


「誰かが」


 騎士は。


 岩を見る。


「今も維持している」


「……」


 全員が。


 同じことを考えた。


 セージ。


「戻るぞ」


「ええ!?」


「ルイス」


「でも」


「約束しただろ」


「……」


 岩。


 いや。


 その向こう。


 ルイスは。


 じっと見つめた。


 もう。


 すぐそこまで来ている。


 けれど。


「……分かった」


 短剣から。


 手を離した。


「戻ろう」


「珍しい」


「俺だって約束は守る!」


「昨日までは?」


「今は守ってるだろ!」


「はいはい」


 一行は。


 来た道を戻り始める。


 その時。


「……?」


 ルイスが。


 一度だけ振り返った。


「どうした?」


「いや」


 森の奥。


 岩の向こう。


「なんか」


「音がした気がした」


「音?」


「……」


 耳を澄ます。


 しかし。


 聞こえない。


「気のせいかな」


「何の音?」


 カイルが尋ねる。


「笛」


「……!」


 一瞬。


 カイルの表情が変わった。


 ルイスは。


 岩の向こうを見る。


「リュート」


 そこにいる。


 ほとんど。


 確信に近かった。


「……行こう」


 ルイスが。


 自分から背を向ける。


「今は」


「戻る」


 カイルが。


 僅かに笑う。


「うん」


 そして。


 一行は。


 森を後にした。


 ――――――――――


 同じ頃。


 岩に隠された道の先。


「……」


 リュートは。


 一本の木の陰に立っていた。


 少し前まで。


 魔獣を呼び戻すために吹いていた笛を。


 リュートは胸元へ下ろす。


「今の……」


 遠く。


 人の気配。


 ここまで。


 誰かが来ていた。


 セージが張っている。


 隠蔽の術式。


 そのすぐ手前まで。


「まさか」


 リュートの胸が。


 高鳴る。


 森で。


 何度も聞いた声。


 あの声を。


 聞き間違えるはずがない。


「ルイス……?」


 リュートは。


 一歩。


 道の方へ進む。


 けれど。


 そこで止まった。


「……」


 会いたい。


 そう思った。


 直接。


 話したい。


 昨日から。


 ずっと。


 答えが出なかったこと。


 自分が。


 どうしたいのか。


 ルイスなら。


 何か言ってくれるかもしれない。


「……違う」


 リュートが。


 首を振る。


「それじゃ駄目だ」


 ルイスに。


 答えを決めてもらうのではない。


 自分で。


 決めなければならない。


 セージに育ててもらった。


 恩がある。


 大切な人だ。


 それは。


 変わらない。


 けれど。


 だからといって。


 何をしても。


 従わなければいけないのか。


「……」


 昨日。


 セージが言った。


 グランベルを。


 許していない。


 研究が完成したとしても。


 それで終わりではない。


「僕は」


 リュートが。


 笛を握る。


「どうしたいんだろう」


 その時。


「リュート」


「……!」


 背後。


 セージが立っていた。


「何をしているの?」


「……」


「誰か来ていた?」


 リュートの身体が。


 僅かに強張る。


「……いや」


 短い返事。


 初めて。


 セージに。


 嘘をついた。


「そう」


 セージは。


 それ以上。


 追及しなかった。


「戻るわよ」


「……うん」


 セージが。


 先に歩き出す。


 リュートは。


 その背中を見る。


 そして。


 もう一度だけ。


 岩の向こうへ視線を向けた。


「……」


 ルイスたちは。


 もういない。


 それでも。


「また来る」


 小さく。


 そう呟いた。


 なぜそう思ったのか。


 自分でも分からない。


 ただ。


 次に会う時は。


 もう。


 何も答えないまま。


 逃げることはできない。


 そんな気がした。


「リュート?」


「今行く」


 セージの背中を。


 追いかける。


 けれど。


 その手は。


 胸元の笛から。


 最後まで離れなかった。


 ――――――――――


 グランベル領主館。


 夕方。


「見つけた」


 ルイスが。


 勢いよく机へ手をついた。


「正確には」


 カイルが横から付け加える。


「見つけた可能性が高い、だけどね」


「ほぼ見つけただろ!」


「まだ中を見てない」


「でも隠してた!」


「そうだけど」


「なら絶対何かある!」


「落ち着け」


 ジョージが。


 額へ手を当てる。


「順番に話せ」


「俺が!」


「カイル」


「なんで!?」


「話が早い」


「ひどい!」


 カイルが苦笑する。


 そして。


 森で見たものを。


 一つずつ説明した。


 新しい足跡。


 木へ刻まれた目印。


 異常な魔獣。


 森の奥へ流れる魔力。


 そして。


 旧道を塞ぐ。


 隠蔽の術式。


「……」


 話を聞くほど。


 ジョージの表情が険しくなっていく。


「場所は?」


「ここ」


 カイルが。


 地図を指差した。


「……」


 ジョージの目が止まる。


「やっぱり知ってる場所?」


 ルイスが尋ねる。


「ああ」


 ジョージが。


 低い声で答える。


「間違いない」


「?」


「二十年前」


 その指が。


 地図上の一点へ置かれる。


「保管区画が見つかった地域の、さらに奥だ」


「……!」


 ルイスが。


 大きく目を見開いた。


「じゃあ!」


「ああ」


「当時、最後まで調べ切れなかった場所に近い」


「もしセージが、あの頃からここを隠していたなら……」


 ジョージの手が。


 ゆっくりと握られる。


「二十年前から」


「ここを隠し続けていた可能性がある」


「……」


「そして」


「恐らく」


「今もそこで」


 ジョージは。


 地図を見る。


「研究を続けている」


 部屋が。


 静かになる。


「ジョージ」


 ルイスが。


 まっすぐ見る。


「次は?」


「……」


「もう場所は分かった」


「なら」


「いつ行く?」


 ジョージは。


 すぐには答えなかった。


 巨大魔獣。


 黒い魔石。


 異常な再生。


 魔獣から吸い上げられる力。


 そして。


 二十年前から続く。


 セージの研究。


「明日」


「!」


「騎士団を集める」


 ジョージが答えた。


「今度は偵察ではない」


「……」


 ルイスの表情が変わる。


「研究施設へ入る」


「おお!」


「ただし!」


「分かってる!」


「まだ言ってない!」


「勝手に行動するな、だろ?」


「……」


「合ってる?」


「合っている」


「よし!」


「喜ぶところか?」


 カイルが笑う。


 しかし。


 ジョージは。


 笑わなかった。


「ルイス」


「ん?」


「明日は」


 その声が。


 いつもより重い。


「何が出てくるか」


「本当に分からん」


「……」


「お前が」


「あの巨大魔獣を倒したのは事実だ」


「だが」


「その力を過信するな」


 ルイスは。


 黙って聞く。


「一人で倒そうとする必要はない」


「騎士団がいる」


「カイルもいる」


「私も行く」


「ジョージも?」


「ああ」


 ルイスの目が。


 少しだけ丸くなる。


「二十年前」


 ジョージは。


 地図を見る。


「終わったと思っていたことだ」


「なら」


「今度こそ」


 拳を握る。


「私自身が」


「終わらせる」


「……」


 ルイスは。


 そんなジョージを見る。


 そして。


 小さく笑った。


「分かった」


「明日は」


 短剣の柄へ手を置く。


「一緒に行こう」


「ああ」


 その夜。


 グランベルでは。


 騎士たちが。


 静かに動き始めた。


 森へ入るための装備。


 地図。


 治療道具。


 魔獣への備え。


 そして。


 魔法への対策。


 誰も。


 明日。


 何が起こるのかは知らない。


 ただ。


 長く続いていた異変の中心へ。


 ついに。


 足を踏み入れようとしていた。


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