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冒険者はまだ見ぬロマンを求めて  作者: 片山武琉
第一章 魔女と銀の笛

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第一章40 『悩みの種』


 翌朝。


 グランベル領主館。


「森には入るな」


「分かってるって」


「絶対にだぞ」


「分かってる!」


「本当か?」


「なんでそんなに信用ないんだよ!」


 ルイスの声が部屋に響く。


 その向かいでは。


 ジョージが腕を組んだまま、じっとルイスを睨んでいた。


「昨日の夜、お前は『森の奥へ行けばいい』と言った人間だからだ」


「でも、その後ちゃんと分かったって言っただろ!」


「その返事が信用ならん」


「ひどくないか!?」


「日頃の行いだね」


「カイルまで!?」


 隣に立つカイルが小さく笑う。


 そんな二人の前。


 机の上には、一枚の地図が広げられていた。


 グランベル。


 そこから伸びる街道。


 そして。


 西に広がる大きな森。


 ジョージは、その地図の一箇所を指差した。


「昨日、黒い筋の入った魔石が回収されたのはこの辺りだ」


 西街道。


 グランベルから、それほど遠くない場所。


「騎士団からも報告が入っている」


「何かあったのか?」


「ああ」


 ジョージが頷く。


「昨夜から今朝にかけて、西街道周辺で魔獣の目撃が増えている」


「また?」


「しかも、そのほとんどが西の森に近い場所だ」


「……」


 ルイスとカイルが地図を見る。


 昨日。


 巨大魔獣の胸から出てきた黒い塊。


 そして。


 普通の魔獣から回収された。


 黒い筋の入った魔石。


 どちらも。


 西の森との繋がりを疑わせるものだった。


「だから調べに行くんだな!」


「西街道までだ」


 ジョージが念を押す。


「街道周辺の魔獣を調べろ。森の中には入るな」


「分かったって!」


「それから」


 ジョージが視線を動かす。


 部屋の壁際。


 そこには。


 鎧を身につけた三人の騎士が立っていた。


「今日は騎士団の者も同行させる」


「えっ」


「なんだ、その顔は」


「いや……別に」


「露骨に嫌そうな顔をするな」


「だってさ」


 ルイスが騎士たちを見る。


「俺たちだけでも――」


「森には入るな」


「まだ言ってない!」


「言おうとしただろう」


「……」


「図星だね」


「カイル!」


 騎士の一人が。


 堪えきれず、小さく笑った。


「とにかく」


 ジョージが咳払いをする。


「街道周辺を調査し、異常のある魔獣を見つけた場合は討伐する」


「おう!」


「そして」


 ジョージの表情が険しくなる。


「魔石は必ず回収しろ」


「昨日のやつと比べるため?」


「ああ」


 ジョージは机の端を見る。


 そこには。


 布に包まれた黒い塊が置かれていた。


「まだ分からんことが多すぎる」


 黒い魔石。


 セージ・ナイトシェード。


 西の森。


 異常な魔獣。


 そして。


 リュート。


「だからこそ」


 ジョージは言う。


「今は一つずつ確かめるしかない」


「……」


 ルイスは少しだけ黙った。


 やがて。


「分かった」


 そう答える。


 今度は。


 さっきまでとは違う。


 真剣な声だった。


「行ってくる」


「ああ」


 ジョージが頷く。


「無茶はするな」


「任せろ!」


「そこは『分かった』と言え!」


「分かった!」


 ルイスは笑うと。


 カイルたちと共に部屋を出ていった。


 扉が閉じる。


「……」


 ジョージは。


 一人、机に残された黒い塊を見る。


 二十年前。


 魔石から力を取り出そうとしていた。


 一人の魔法使い。


 あの研究と。


 今起きていることが。


 どこまで繋がっているのか。


「セージ……」


 その名が。


 静かな部屋に落ちた。


 ――――――――――


 西街道。


 グランベルを出てから。


 しばらく歩いた頃。


「なぁ、カイル」


「何?」


「これって」


 ルイスが周囲を見る。


「調査っていうより、散歩じゃないか?」


「まだ何も見つかってないだけだよ」


「でもさー」


 街道の両脇には。


 広い草原が続いている。


 朝の風が。


 草を揺らしていた。


 いくつかの馬車も行き交っている。


 巨大魔獣に襲われたばかりとは思えないほど。


 一見すると。


 穏やかな風景だった。


「魔獣いないな」


「いない方がいいだろ」


 後ろを歩いていた騎士が言う。


「それはそうだけど」


 ルイスが頭の後ろで手を組む。


「せっかく来たんだから、何か見つけたいだろ?」


「目的を忘れてない?」


「調査!」


「ならいいけど」


 カイルは苦笑する。


 その時。


「……」


 ふと。


 足を止めた。


「ん?」


 ルイスも止まる。


「どうした?」


「ちょっと待って」


 カイルは目を閉じる。


 風が吹く。


 草が揺れる。


 馬車の車輪が。


 遠くで音を立てている。


 その中で。


 カイルは。


 静かに意識を集中させた。


「……ある」


「何が?」


「魔力」


 カイルが目を開く。


「すごく薄いけど」


「どこだ?」


 カイルは。


 街道の脇を見る。


「こっち」


 そのまま。


 草むらへ向かって歩き出した。


「行ってみよう!」


「待て」


 騎士がルイスの肩を掴む。


「俺たちが先だ」


「えー」


「護衛をつけられた意味を考えろ」


「俺、護衛されるほど弱くないぞ?」


「強い弱いの話ではない」


「ルイス」


「はいはい」


 騎士たちを先頭に。


 一行は街道を外れる。


 草を掻き分け。


 しばらく進む。


 すると。


「……あれ」


 ルイスが足を止めた。


 少し先。


 草の間に。


 何かが倒れている。


「魔獣だ」


 騎士たちが剣を抜く。


 しかし。


 反応はない。


 一人の騎士が慎重に近づき。


 身体を確認する。


「……死んでいる」


「いつ頃?」


「それほど時間は経っていないようだ」


 ルイスたちも近づく。


 大型犬より一回りほど大きな身体。


 煤けた灰色の毛。


 長い牙。


 これまでにも何度も見た魔獣だった。


 だが。


「……」


 ルイスの表情が変わる。


「カイル」


「うん」


 二人とも。


 同じ場所を見ていた。


 魔獣の胸元。


 毛の隙間から見える皮膚に。


 細い。


 黒い線が浮かんでいる。


「昨日と同じだ」


 ルイスが呟く。


「騎士さん」


 カイルがしゃがみ込む。


「身体を調べてもいいですか?」


「ああ」


 カイルが魔獣へ手をかざす。


 目を閉じ。


 残された魔力を探る。


「……変だ」


「どうした?」


「魔力がほとんど残ってない」


「死んだからじゃないのか?」


「死ねば少しずつ散っていく。でも」


 カイルが眉を寄せる。


「これは早すぎる」


「どういうこと?」


「分からない」


 カイルは。


 魔獣の胸へ意識を集中させる。


「ただ……」


「ただ?」


「外へ抜けたっていうより」


 ゆっくり目を開く。


「何かに吸われたみたいだ」


「吸われた?」


「うん」


 ルイスは。


 魔獣の身体を見る。


 黒い筋。


 抜け落ちた魔力。


 昨日見た。


 黒い魔石。


「……あれと関係あるのかな」


「僕もそう思う」


「中を確認するぞ」


 騎士の一人が。


 魔獣の胸元へ短い刃を入れる。


 しばらくして。


 取り出されたもの。


「魔石だ」


 普通の魔石。


 そう見えた。


 けれど。


「……やっぱり」


 カイルが呟く。


 その内部には。


 細い黒い筋が走っていた。


「同じだ」


 ルイスが言う。


「昨日、ジョージが見せてくれたやつと」


「ああ」


 騎士も険しい顔になる。


「回収する」


「頼む」


 魔石が。


 慎重に布へ包まれる。


「でも」


 ルイスが周囲を見る。


「こいつ、なんで死んでたんだ?」


「傷がある」


 騎士が答える。


 確かに。


 魔獣の身体には。


 いくつもの傷が残っている。


 しかし。


「他の魔獣と争ったのかな」


「可能性はあるね」


「……」


 カイルは。


 地面を見る。


「待って」


「今度は何だ?」


「これ」


 草の下。


 土の表面に。


 黒い跡が残っていた。


 細く。


 長く。


 まるで。


 何かを引きずったような跡。


 ルイスがしゃがむ。


「うん」


 カイルが頷く。


 黒い跡は。


 草原の向こうへ続いている。


 一行は。


 慎重に跡を追った。


 そして。


「……いた」


 騎士が剣を抜く。


 少し離れた場所。


 草むらの向こうに。


 三匹の魔獣がいた。


 身体には。


 やはり。


 黒い筋。


「グルルル……」


 黄色く濁った瞳が。


 一斉にこちらを向く。


「来る!」


 魔獣が駆け出した。


「俺が行く!」


「ルイス!」


 短剣を抜き。


 ルイスが駆ける。


 一匹目が。


 地面を蹴った。


「っ!」


 大きく開いた口。


 鋭い牙。


 ルイスは身体を横へ滑らせる。


 牙が。


 鼻先を掠めた。


「おらっ!」


 そのまま。


 短剣を振る。


 前脚を切り裂かれ。


 魔獣の体勢が崩れる。


「今だ!」


 騎士が一気に距離を詰め。


 剣を振り下ろした。


「グギャッ!」


 一匹。


「右から来るよ!」


「分かってる!」


 二匹目が。


 横から飛びかかる。


 ルイスは振り返り。


 左足を踏み込んだ。


「ふっ!」


 身体を回転させ。


 魔獣の横腹へ。


 蹴りを叩き込む。


「ギャウッ!」


 巨体が横へ逸れる。


 そこへ。


「――風よ!」


 カイルが杖を振る。


 突風。


 魔獣の身体が。


 さらに吹き飛ばされた。


「行くぞ!」


 騎士が走る。


 二匹目も。


 地面へ倒れる。


「残り一匹!」


 だが。


 最後の魔獣は。


 こちらへ来なかった。


「……?」


 ルイスが眉を寄せる。


 魔獣は。


 その場で立ち尽くしている。


「グ……ッ」


 身体が震える。


「どうしたんだ?」


「近づくな」


 騎士が止める。


 魔獣の皮膚。


 黒い筋が。


 先ほどよりも。


 濃く浮かび上がっていく。


「グル……」


「苦しんでる?」


 ルイスが呟く。


 魔獣は。


 地面を引っ掻く。


 口から。


 荒い息が漏れている。


「カイル」


「分かってる」


 カイルも。


 その様子を見つめていた。


「魔力が……減ってる」


「今も?」


「うん」


「どこへ?」


「分からない。でも」


 カイルは。


 顔を上げる。


「流れてる」


「流れてる?」


「こっち」


 指差した方向。


 全員の視線が。


 そちらへ向く。


 その先にあるのは。


 西の森。


「……」


「昨日と同じだ」


 カイルが呟く。


「はっきりとは分からない。でも……森側に偏ってる気がする」


「じゃあ」


 ルイスは。


 苦しむ魔獣と。


 森を交互に見る。


「こいつらの魔力を、森の何かが吸ってる?」


「まだ分からない」


「でも、あり得るんだろ?」


「……うん」


 その時。


 魔獣が。


 突然顔を上げた。


「――ッ!」


「来るぞ!」


 しかし。


 襲いかかってはこない。


 耳を立て。


 森の方を見る。


「……なんだ?」


 ルイスも耳を澄ます。


 風。


 草の擦れる音。


 そして。


 その向こうから。


 微かに。


 音がした。


 ――ピィ……。


「……!」


 ルイスの目が見開かれる。


「今の」


 カイルも気づいた。


「笛……?」


 遠い。


 ほんの僅かな音。


 聞き間違いかと思うほど。


 小さな音だった。


 けれど。


 ルイスは。


 知っている。


 その音を。


「リュート……?」


 直後。


「グルッ!」


 魔獣が動いた。


「!」


 だが。


 こちらではない。


 森へ。


 背を向け。


 走り出す。


「待て!」


 ルイスも追おうとする。


「ルイス!」


 騎士が腕を掴んだ。


「離せ!」


「森へ入る気か!」


「でも!」


「領主様の命令を忘れたか!」


「……っ」


 ルイスの足が止まる。


 魔獣は。


 そのまま。


 草むらを抜け。


 森の中へ消えていった。


「……」


 静かになる。


 遠くから。


 もう一度。


 笛の音。


 ――ピィ……。


「……リュート」


 ルイスは。


 森を見つめた。


「やっぱり、あそこにいる」


「恐らくね」


 カイルが答える。


「でも」


「うん?」


「さっきの魔獣」


 カイルは。


 魔獣が消えた場所を見る。


「笛を聞くまで、森へ戻ろうとしてなかった」


「……」


「つまり」


 ルイスが言う。


「黒い魔石と、リュートの笛は別ってこと?」


「少なくとも」


 カイルは考える。


「同じものではないと思う」


 黒い筋。


 失われていく魔力。


 森へ向かう魔力。


 そして。


 魔獣を動かす笛。


「誰かが魔獣に何かをして」


 カイルが言う。


「その魔獣を、リュートが動かしている」


「……」


 ルイスの拳が。


 ゆっくりと握られる。


「だったら」


「?」


「やっぱりリュートが全部やってるわけじゃない」


 カイルは。


 何も言わなかった。


 ルイスは。


 森を見つめ続ける。


「俺」


 静かに口を開く。


「ちゃんと聞きたい」


「リュートに?」


「ああ」


 森で会った時。


 何も答えてくれなかった。


 それでも。


 ルイスには。


 どうしても。


 あの時のリュートが。


 自分から望んで魔獣を操っていたようには思えなかった。


「何をしてるのか」


「なんであそこにいるのか」


「何を考えてるのか」


 ルイスは拳を握る。


「本人から聞く」


「……うん」


 カイルが頷く。


 騎士たちは。


 そんな二人を見た後。


「今日はここまでだ」


「え?」


「これ以上は森に近づく」


「もう少しだけ!」


「駄目だ」


「ちょっとくらい!」


「駄目だ」


「固いなぁ!」


「命令だからな」


 ルイスは。


 不満そうに頬を膨らませた。


「それに」


 騎士が。


 先ほど回収した魔石を見る。


「十分な収穫はあった」


 黒い筋の入った魔石。


 森側へ偏っているように感じた魔力。


 そして。


 笛の音。


「領主様に報告する」


「……分かった」


 ルイスは。


 もう一度だけ。


 森を見る。


「待ってろよ、リュート」


 小さく。


 そう呟いた。


 ――――――――――


 同じ頃。


 西の森。


 深い木々の奥。


 人の目が届かない場所で。


 澄んだ笛の音が響いていた。


 ――ピィ……。


 音に導かれるように。


 魔獣たちが歩く。


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 その身体には。


 どれも。


 黒い筋が浮かんでいる。


「……」


 その前に立つのは。


 銀色の髪をした少年。


 リュート。


 胸元には。


 いつもの笛。


 しかし。


 その表情に。


 笑みはなかった。


 笛から口を離す。


「……ごめん」


 誰にも聞こえないほど。


 小さな声。


 魔獣の一匹が。


 苦しそうに身体を震わせた。


「グ……」


「……」


 リュートの手が止まる。


 黒い筋。


 荒い呼吸。


 以前より。


 明らかに苦しむ時間が長くなっている。


「もう……」


 笛を握る指に。


 力が入る。


「もう十分じゃ……」


「リュート」


「……!」


 背後から。


 女の声がした。


 リュートの身体が強張る。


 ゆっくり振り返る。


 木々の間。


 黒いローブを纏った女が立っていた。


 長い黒髪。


 白い肌。


 紫がかった瞳。


 セージ・ナイトシェード。


「どうしたの?」


「……いえ」


「笛が止まっていたわ」


「……」


 セージの目が。


 魔獣たちへ向く。


「続きを」


「……はい」


 リュートは。


 もう一度。


 笛を口元へ近づける。


 だが。


 音は出ない。


「……」


「リュート?」


「……セージ」


「何?」


 リュートは。


 魔獣を見る。


「昨日、言ったよね」


「もう、あんなことはしたくないって」


「……ええ」


「だったら僕は……もう、この子たちを苦しませたくない」


「……」


 森から。


 音が消えた。


 セージが。


 ゆっくりとリュートを見る。


「何を?」


「この魔獣たちです」


 リュートの声は。


 僅かに震えていた。


「苦しんでいます」


「そうね」


「昨日も」


 リュートが拳を握る。


「たくさん死にました」


「……」


「街でも」


「森でも」


「もう……何匹も」


 セージは。


 何も答えない。


 ただ。


 静かにリュートを見つめている。


「これ以上やったら」


 リュートは続ける。


「もっと死にます」


「だから?」


「……!」


 冷たい声だった。


「研究には必要よ」


「でも!」


「リュート」


「……」


 名前を呼ばれただけで。


 リュートの言葉が止まる。


「あなたは」


 セージが一歩近づく。


「私が研究を続けていることは、分かっているでしょう?」


「……でも」


「リュート」


「……」


「今は、必要なの」


「……」


 リュートは。

 すぐには頷かなかった。


 それでも。


「……分かった」


 セージは。


 それ以上何も言わず。


 森のさらに奥へ。


 静かに歩いていった。


「……」


 残されたリュートは。


 笛を見る。


 ずっと使ってきた笛。


 セージに教えてもらった音。


 魔獣へ意思を伝えるための音。


 それは。


 いつの間にか。


 魔獣を苦しむ場所へ向かわせるためのものになっていた。


「……」


 リュートの頭に。


 一人の少年が浮かぶ。


 燃えるような赤い髪。


 橙色の瞳。


 何も知らずに。


 笑いかけてきた少年。


『また会ったな!』


 街で。


 そう言って笑った。


 そして。


 森では。


 敵として向かい合った。


 それなのに。


 ルイスは。


 最後まで。


 自分を憎むような目では見なかった。


「……ルイス」


 名前を口にする。


 胸が。


 痛んだ。


 もし。


 次に会った時。


 自分は。


 何を言えばいいのだろう。


 魔獣を操っていたこと。


 街へ向かわせていたこと。


 セージのために。


 ずっと手伝ってきたこと。


 全部話せば。


 きっと。


「……嫌われちゃうよね」


 小さく。


 笑う。


 でも。


 その笑みは。


 すぐに消えた。


 魔獣が。


 また苦しそうに鳴く。


「グゥ……」


「……」


 リュートは。


 魔獣へ近づいた。


 そっと。


 その頭へ手を置く。


「ごめん」


 もう一度。


 謝る。


「僕が……」


 そこで。


 言葉が止まった。


 悪い。


 そう続けようとした。


 けれど。


 本当に。


 それだけなのだろうか。


 自分は。


 セージに拾われた。


 育ててもらった。


 生きる術を教えてもらった。


 だから。


 恩を返したかった。


 セージが望むことなら。


 何でも手伝いたかった。


 今までは。


 それでよかった。


 なのに。


「……なんでだよ」


 ルイスと出会ってから。


 迷うことが。


 増えた。


 自分がしていることを。


 本当にこれでいいのかと。


 考えるようになった。


「……」


 リュートは。


 笛を握る。


 吹けば。


 魔獣たちは動く。


 命令した場所へ向かう。


 けれど。


 今日は。


 すぐには吹けなかった。


「リュート」


 遠くから。


 セージの声が聞こえる。


「……はい」


 それでも。


 リュートは。


 笛を口元へ運ぶ。


 ――ピィ……。


 澄んだ音が。


 森の奥へ響く。


 魔獣たちが。


 ゆっくりと歩き出した。


 その背中を。


 リュートは見つめる。


「……ごめん」


 今度の言葉は。


 魔獣へ向けたものだった。


 けれど。


 胸の奥では。


 別の名前が浮かんでいる。


 ルイス。


 次に会った時。


 また。


 笑ってくれるだろうか。


 それとも。


 今度こそ。


 敵として。


 剣を向けられるのだろうか。


 リュートには。


 まだ。


 答えが出せなかった。


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