第一章37 『魔女の過去』
――――――――――
その日の夜。
グランベル領主館。
「……」
ルイスは。
大きな机の前に座りながら。
目の前に置かれた黒い塊を見つめていた。
巨大魔獣の胸から取り出されたもの。
表面には。
ルイスの炎によってできた。
いくつもの亀裂が残っている。
「近くで見ると」
ルイスが。
少しだけ顔を近づける。
「やっぱり魔石っぽいな」
「触らないでね」
すぐ隣から。
カイルの声が飛んだ。
「触らないって!」
「さっき手を伸ばしてた」
「見ようとしただけ!」
「君の『見る』は距離が近すぎるんだよ」
「そう?」
「そう」
二人の向かい。
ジョージは。
黙って黒い塊を見ていた。
戦場で着ていた鎧は。
すでに脱いでいる。
傷の手当ても。
最低限は済ませたらしい。
それでも。
顔には。
疲労が残っていた。
「……専門の者にも見せた」
ジョージが口を開く。
「何か分かった?」
「まだ詳しいことは分からん」
「そっか」
「ただ」
ジョージが。
黒い塊を見る。
「普通の魔石ではない可能性が高い」
「やっぱり?」
「ああ」
「魔石に似た性質はあるそうだ」
カイルが。
黒い塊を見る。
「魔力を蓄えていた?」
「それだけではない」
「……?」
「内部に残っていた魔力の流れが」
ジョージの表情が険しくなる。
「自然に形成された魔石とは、かなり違うらしい」
「違うって?」
「そこまではまだ分からん」
「……」
「だから」
ジョージは。
黒い塊から視線を外した。
「今から話すことも含め」
「これが何なのか」
「そして」
西の森。
窓の向こうに広がる暗闇を見る。
「セージが今、何をしているのか」
「改めて調べる必要がある」
「……うん」
ルイスが頷く。
「その前に」
ジョージは。
二人を見る。
「二十年前の話をしよう」
部屋の空気が。
少しだけ変わった。
「セージ・ナイトシェード」
ジョージが。
静かに。
その名を口にする。
「今でこそ」
「この街の古い記録には」
「魔女として名を残している」
「……」
「だが」
一度。
目を閉じる。
「最初から」
「そう呼ばれていたわけではない」
「え?」
ルイスが。
少し身を乗り出した。
「違うの?」
「ああ」
ジョージが頷く。
「むしろ」
ゆっくりと。
昔を思い出すように。
話し始めた。
「優秀な魔法使いだった」
――――――――――
二十年以上前。
まだ。
ジョージの父が。
グランベルを治めていた頃。
セージ・ナイトシェードは。
領主家に仕える魔法使いの一人だった。
「魔法使い?」
「ああ」
ジョージが答える。
「魔導具の研究」
「薬学」
「魔力に関する調査」
「そういった仕事を任されていた」
「……すごい人だったんだ」
「そうだ」
当時のセージは。
優秀だった。
知識が豊富で。
研究熱心。
魔法に関して。
彼女へ意見を求める者も多かったという。
「私も」
ジョージが。
少しだけ目を細める。
「何度か話したことがある」
「ジョージさんも?」
「ああ」
「その頃の私は」
小さく笑う。
「今のお前たちより少し年上だった」
「そんな時あったんだ」
「当たり前だ!」
「ルイス!」
カイルが。
すぐに肘で小突く。
「痛っ」
「続けてください」
「……まったく」
ジョージが。
僅かに息を吐いた。
「少なくとも」
再び。
真剣な表情になる。
「私が知っていた頃のセージは」
「人を傷つけて喜ぶような女ではなかった」
「……」
「むしろ」
「研究したものが街の役に立つことを」
「喜んでいたように見えた」
ルイスは。
少しだけ黙った。
森で。
リュートが話していたセージ。
命令に逆らえないほど。
彼にとって大切な人。
「じゃあ」
ルイスが聞く。
「なんで魔女になったの?」
「……」
ジョージは。
すぐには答えなかった。
「恐らく」
静かな声。
「始まりは」
「老いだった」
「老い?」
「ああ」
セージは。
当時。
決して若くはなかった。
優秀な魔法使いとして。
長い年月を。
研究に費やしていた。
「自分が積み上げてきた知識」
「これから知るはずだったもの」
「それらを残したまま」
「いずれ自分が死ぬ」
「……」
「それを」
ジョージが。
机の上へ視線を落とす。
「恐れていたらしい」
「死ぬのが怖かった?」
ルイスが聞く。
「それもあっただろう」
「だが」
「記録を読む限り」
ジョージは。
少しだけ言葉を選ぶ。
「それ以上に」
「自分の研究を終えられないことを恐れていたように思う」
「……」
「時間さえあれば」
「もっと知ることができる」
「もっと研究できる」
「もっと先へ行ける」
「そう考えていたのかもしれない」
カイルが。
静かに呟いた。
「……分からなくはないです」
「カイル?」
「魔法を研究している人なら」
カイルが。
少しだけ考える。
「知りたいことって」
「調べても調べても増えていくから」
「終わりなんてない」
「……」
「だから」
黒い塊を見る。
「時間が足りないって思う気持ちは」
「少しだけ分かる」
「そうか」
ジョージが頷く。
「だが」
声が。
僅かに低くなる。
「セージは」
「そこで止まらなかった」
――――――――――
彼女が。
目をつけたもの。
それが。
「魔石だった」
「……!」
ルイスが。
机の黒い塊を見る。
「魔石?」
「ああ」
「当時から」
ジョージが言う。
「魔石は様々な魔導具に利用されていた」
街灯。
照明。
暖房。
簡単な生活魔導具。
魔獣から取れる魔石は。
人々の生活を支える。
重要な資源だった。
「ただ」
「セージが興味を持ったのは」
「魔導具を動かす燃料としてではない」
「じゃあ何?」
「魔石そのものが」
ジョージが。
指先で。
机を軽く叩く。
「どうして魔力を蓄えられるのか」
「そして」
「その力を」
「生き物へ利用できないか」
「……生き物?」
カイルが。
眉をひそめる。
「魔力を直接?」
「ああ」
最初は。
普通の研究だったらしい。
魔石から。
内部のエネルギーを抽出する。
不純物を取り除く。
魔力を。
より扱いやすい形へ。
変える。
「そして」
「記録では」
ジョージが続ける。
「セージは」
「魔石から取り出したエネルギーを」
「結晶として安定させることに成功した」
「結晶……」
「それが」
カイルが。
黒い塊へ目を向ける。
「これと関係してる可能性がある?」
「分からん」
ジョージが。
即座に答える。
「二十年前の記録にあるものと」
「目の前のこれが」
「同じ技術から作られたとは」
「まだ断定できない」
「……」
「だが」
黒い塊を見る。
「無関係だとも思えん」
「そっか」
ルイスが。
黒い塊を見る。
「もっと調べないと分からないんだな」
「ああ」
「なら調べればいい!」
「簡単に言うな」
「でも分からないなら調べるしかないだろ?」
「……」
ジョージが。
一瞬だけ黙る。
「……まあ」
「それはそうだ」
「だろ!」
「なんで得意げなの?」
カイルが。
呆れたように言った。
「話を戻すぞ」
「はい!」
ジョージが。
再び過去を語る。
「抽出したエネルギーを」
「セージは」
「最初」
「小さな動物へ使った」
「……」
ルイスの表情が。
少しだけ変わる。
「実験?」
「ああ」
「怪我をした小動物」
「老いた小動物」
「弱ったもの」
「記録に残っている範囲では」
「そうした生き物を使っていた」
「結果は?」
カイルが聞く。
「成功した」
「……!」
「正確には」
ジョージが。
ゆっくりと答える。
「一時的に」
「衰えていた生命力が回復した」
「傷の治りが早くなり」
「身体機能も改善した」
「老いた個体が」
「若い頃に近い活力を取り戻した例もあったそうだ」
「……」
ルイスが。
巨大魔獣のことを思い出す。
「再生……」
ぽつりと。
呟いた。
「何?」
カイルが。
ルイスを見る。
「あのでかい魔獣」
「傷が治ってた」
「……!」
「それと」
机の上。
黒い塊を見る。
「関係あるのかな」
「……可能性はある」
カイルが。
慎重に答える。
「でも」
ジョージを見る。
「まだ決めつけない方がいい」
「ああ」
ジョージも頷いた。
「今は」
「似た特徴がある」
「それだけだ」
「分かった」
ルイスが。
素直に頷いた。
「続けて」
「……」
ジョージは。
一度。
深く息を吐いた。
「成功した」
「それが」
「セージにとって」
「最大の転機だったんだろう」
――――――――――
自分の研究が。
老いに。
抗えるかもしれない。
衰えた肉体を。
戻せるかもしれない。
自分に。
もっと時間を与えられるかもしれない。
セージは。
自分自身へ。
それを使った。
「自分に?」
ルイスが聞き返した。
「ああ」
「大丈夫だったの?」
「結果だけを言えば」
ジョージが。
目を細める。
「成功した」
「……!」
「数週間」
「数か月」
「詳しい経過は」
「今残っている記録だけでは分からん」
「だが」
「セージの身体は」
「明らかに若返った」
「……」
カイルの顔から。
表情が消える。
「じゃあ」
ルイスが。
治療所で聞いた。
アルバートの言葉を思い出す。
『若いままだ』
『何も変わっていない』
「二十年前と姿が変わってないのも」
「その研究?」
「可能性は高い」
「……」
「当時」
ジョージが言う。
「セージは」
「五十を過ぎていたはずだ」
「五十!?」
ルイスが。
目を丸くする。
「今の見た目は?」
「アルバートの話が正しいなら」
「三十代ほど」
「……」
「二十年前」
「すでに」
「その程度まで若返っていた」
「すご……」
ルイスが。
思わず言いかける。
だが。
ジョージの表情を見て。
言葉を止めた。
「……」
「それだけなら」
ジョージが言う。
「もしかすると」
「歴史に名を残す研究になったかもしれない」
「……え?」
「老化を遅らせる」
「怪我を早く治す」
「失われた体力を戻す」
「安全に使える技術になっていたなら」
「救われる人間は」
「大勢いたはずだ」
「……」
「だが」
ジョージの声が。
重くなる。
「人間の身体で」
「同じ結果が得られるとは限らない」
「……」
「セージも」
「それは分かっていた」
――――――――――
人間への適用。
それは。
最初から。
誰かを攫って始まったわけではなかった。
「……え?」
ルイスが。
顔を上げる。
「違うの?」
「ああ」
ジョージが。
ゆっくり頷く。
「残っている初期の記録では」
「人間への適用は」
「治療の一つとして始められている」
「治療?」
「病に苦しむ者」
「重い怪我を負った者」
「従来の治療では」
「回復が難しいとされた者」
「……」
「そうした者の中から」
「本人が望み」
「必要であれば家族とも話した上で」
「試みられていた」
「ちゃんと」
ルイスが聞く。
「危ないってことも言ってたの?」
「ああ」
「少なくとも」
「初期の記録には」
「安全性が確認されていないこと」
「予想できない副作用が起こる可能性」
「死亡する危険まで」
「書かれている」
「……」
カイルが。
少しだけ表情を曇らせる。
「それでも」
「受けたい人がいたんだ」
「他に」
ジョージが答える。
「治る方法がないと言われれば」
「僅かな可能性に賭けたいと考える者もいる」
「……」
ルイスは。
何も言わなかった。
「最初のセージも」
ジョージが続ける。
「恐らく」
「治療へ使える技術にしようとしていた」
「動物で確認できた生命力の回復を」
「人間にも使えれば」
「救える命が増える」
「……」
「だが」
声が。
少しずつ重くなる。
「結果は」
「望んだものではなかった」
「……助かった人は?」
ルイスが聞く。
「確認されている限り」
ジョージが。
僅かに目を伏せる。
「いない」
「……」
「一時的に」
「傷が塞がった者もいたらしい」
「体力を取り戻した者もいた」
「だが」
「長くは続かなかった」
「……」
「身体が」
「取り込んだ力に耐えられなかった」
「ある者は」
「全身の魔力が乱れ」
「ある者は」
「身体そのものが変質し」
「そして」
「精神にも」
「異常が出たと記録されている」
「精神……」
カイルが。
低く呟く。
「全員?」
ルイスが聞く。
「……ああ」
ジョージが。
短く答えた。
「最終的には」
「全員が死亡した」
「……」
部屋が。
静かになる。
自分で。
治療を望んだ。
それでも。
結果は。
死。
「そんなことが続いたら」
ルイスが。
ゆっくり口を開く。
「もう誰も」
「やりたくないよな」
「当然だ」
ジョージが頷く。
「死者が出た」
「その噂も」
「街へ広がった」
「……」
「やがて」
「治療へ協力する者は」
「いなくなった」
「なら」
ルイスが。
少しだけ安心したように。
「そこで終わった?」
「……」
ジョージは。
答えなかった。
「ジョージさん?」
「そこで」
ジョージの拳が。
ゆっくりと握られる。
「セージが研究を止めていれば」
「魔女と呼ばれることも」
「なかったかもしれん」
「……」
ルイスの表情が。
変わる。
「止めなかったんだ」
「ああ」
失敗した。
なら。
なぜ失敗したのか。
量か。
濃度か。
魔石の種類か。
術式か。
人間の魔力との相性か。
原因を。
突き止めればいい。
次なら。
成功するかもしれない。
その次なら。
もっと。
「セージは」
ジョージが言う。
「研究を」
「諦められなかった」
「……」
「協力する人間がいなくなっても」
「人間で確かめなければ」
「完成には辿り着けないと」
「そう考えたのだろう」
「……まさか」
カイルが。
眉をひそめる。
ジョージは。
ゆっくり頷いた。
「そこからだ」
「街で」
「人が消え始めた」
――――――――――
一人。
また一人。
身寄りの少ない者。
一人暮らしの者。
街の外から来た者。
最初は。
ただの失踪として扱われた。
だが。
数が増えた。
「セージが……?」
ルイスが。
小さく聞く。
「ああ」
攫った。
薬で眠らせた。
騙して連れ込んだ。
逃げられないように。
拘束した。
そして。
本人の意思とは関係なく。
魔石から抽出した力を。
人間へ使った。
「……」
「最初は」
カイルが。
苦い表情で言う。
「本人に危険も説明して」
「同意も取ってたのに」
「ああ」
「それなのに……」
「いつからか」
ジョージが続ける。
「研究を完成させることが」
「何よりも優先されるようになった」
「……」
「救うために始めた研究で」
ルイスが。
俯く。
「人を攫うようになった」
「……そうだ」
短い答え。
「セージ自身は?」
カイルが聞く。
「同じ力を」
「ずっと自分にも使っていたんですよね?」
「ああ」
「なら」
カイルが。
少しだけ考える。
「精神への影響が」
「セージ自身にも出ていた可能性は?」
「分からない」
ジョージは。
すぐに答えた。
「当時」
「セージ自身にも」
「魔石由来の力による異常が出ていたのか」
「それとも」
「研究への執着だけで」
「そこまで変わってしまったのか」
「今となっては」
「確かめようがない」
「……」
「ただ」
ジョージが。
昔を思い出すように。
静かに続ける。
「後半の研究記録は」
「明らかに」
「初期とは違っていた」
「違う?」
「最初は」
「安全性」
「効率」
「副作用」
「被験者の状態」
「使用した量」
「そうしたことが」
「細かく書かれていた」
「だが」
「後になるほど」
「成功」
「若返り」
「維持」
「そういった言葉ばかりが増えた」
「……」
「まるで」
ジョージが。
拳を握る。
「成功させることしか」
「見えなくなっていったようにな」
「……」
ルイスは。
机の上にある。
黒い塊を見る。
最初から。
人を傷つけたかったわけではない。
治したかった。
救えるものを増やしたかった。
自分自身も。
老いから逃れたかった。
けれど。
失敗して。
止まれなくなって。
やがて。
人を。
無理やり研究へ使った。
「……」
「でも」
ルイスが。
静かに言う。
「最初が何だったとしても」
「人を攫ったのは」
「駄目だよな」
「ああ」
ジョージが。
はっきりと頷く。
「たとえ」
「どんな理由があったとしても」
「本人の意思を奪い」
「命を実験に使ったという事実は」
「消えない」
「……うん」
「だが」
ジョージは。
少しだけ目を細める。
「最初から」
「全てが同じだったわけでもない」
「……」
「そこを間違えて見る必要もない」
ルイスが。
僅かに顔を上げる。
「最初は治そうとしてた」
「ああ」
「途中から」
「止まれなくなった」
「そういうことだ」
「……そっか」
ルイスは。
それ以上。
何も言わなかった。
――――――――――
やがて。
住民の失踪と。
セージの研究が。
繋がった。
「住民失踪を調べた結果、セージの街の研究施設に調査に入った」
「そこで」
ジョージが。
ゆっくりと。
息を吐く。
「全てが発覚した」
研究記録。
実験器具。
魔石。
薬品。
そして。
人間を使った実験の痕跡。
「セージは?」
「拘束された」
「抵抗した?」
「……」
ジョージが。
少しだけ遠くを見る。
「少なくとも」
「私が聞いている範囲では」
「大きな抵抗はしなかった」
「え?」
「捕まること」
「分かってたのかな」
「分からん」
「ただ」
「裁判の間も」
「自分の研究そのものを」
「否定しなかったそうだ」
「……」
「間違ってないって?」
「正確な言葉は残っていない」
「だが」
「記録では」
ジョージが。
低い声で続ける。
「研究を完成させれば」
「死を遠ざけることができる」
「大勢を救える」
「そう主張していた」
「……」
「でも」
ルイスが。
小さく言う。
「そのために」
「人が死んだ」
「ああ」
短い。
それでも。
重い答え。
「結果」
「セージ・ナイトシェードには」
「極刑が言い渡された」
「……処刑」
ルイスが。
治療所のアルバートを思い出す。
「ああ」
「私も」
ジョージが。
静かに続ける。
「処刑の日」
「その場にいた」
――――――――――
広場。
集まった住民。
騎士。
役人。
そして。
中央に。
拘束された。
セージ・ナイトシェード。
「……」
ジョージは。
その時の光景を。
今でも覚えている。
「どんな感じだった?」
ルイスが聞く。
「……静かだった」
「静か?」
「ああ」
「泣き叫ぶことも」
「命乞いすることもなかった」
「怒っても?」
「少なくとも」
「私には」
「そう見えなかった」
ただ。
何かを。
考えている。
そんな顔だった。
「……」
「そして」
刑は執行された。
「……死んだ?」
「ああ」
ジョージが。
一度。
はっきりと頷く。
「少なくとも」
「その場にいた誰もが」
「死んだと思った」
「……」
「私もだ」
「でも」
ルイスが。
すぐに聞く。
「生きてた」
「……そうらしい」
「どうやって?」
「分からん」
ジョージが答える。
「ここから先は」
「今の私にも分からない」
「処刑後」
「遺体は」
「街の外へ運ばれた」
「どこへ?」
カイルが聞く。
「西の森だ」
「……!」
二人の表情が変わる。
「なんで森に?」
「当時は」
ジョージが。
少しだけ苦い顔をする。
「重罪人の遺体を」
「共同墓地へ入れないこともあった」
「セージも」
「その扱いを受けた」
「……」
「ただし」
ジョージが。
はっきり言う。
「私は」
「森へ運ばれたあとを」
「直接見ていない」
「……!」
「つまり」
カイルが。
身を乗り出す。
「処刑は見た」
「でも」
「遺体が森に捨てられたあとまでは」
「確認してない?」
「ああ」
「当時」
「そこまで疑う理由がなかった」
「……」
「処刑された」
「息もなかった」
「その後」
「遺体が処理された」
「それで」
「終わったと思っていた」
「二十年間」
ルイスが呟く。
「ああ」
ジョージが。
窓を見る。
「二十年間」
「誰も」
「セージ・ナイトシェードが生きているとは」
「考えなかった」
だが。
今。
森には。
セージと呼ばれる女がいる。
二十年前と。
変わらない姿で。
リュートを育て。
魔獣の異常な変化に関わり。
そして。
リュートへ指示を出し。
魔獣をグランベルの方へ向かわせた。
「……」
ジョージが。
ゆっくりと目を閉じる。
「私は」
「今日まで」
「あり得ないと思っていた」
「……」
「だが」
目を開く。
「もう」
「そうは言っていられない」
「セージは生きている」
断言。
迷いはなかった。
「そして」
「二十年前に行っていた研究を」
机。
黒い塊へ。
視線を落とす。
「今も」
「続けている可能性が高い」
「……」
「それどころか」
カイルが。
黒い塊を見る。
「二十年前より」
「進んでる」
「恐らくな」
「だって」
ルイスが。
巨大魔獣を思い出す。
「人間じゃなくて」
「今度は魔獣まで変えてたんだろ?」
「うん」
カイルが頷く。
「傷を再生するほどの力」
「異常な身体能力」
「それを」
「ある程度」
「意図的に作れるところまで来てるのかもしれない」
「……」
「それに」
ジョージが表情を険しくする。
「お前たちの話では、セージは魔獣を街の方へ向かわせた」
「そして、リュートにも知らせていなかった巨大個体まで現れた」
「……」
「なら」
「単に」
「昔の研究を続けているだけではない」
「グランベルへの感情も」
「絡んでいる可能性がある」
「復讐?」
ルイスが聞く。
「分からん」
「だが」
ジョージは。
否定しない。
「自分を処刑した街」
「研究を奪った領主家」
「そう考えている可能性はある」
「……」
ルイスは。
少しだけ俯いた。
「でも」
「ん?」
「リュートは」
「セージのこと」
「家族みたいに思ってる」
「……」
「もし」
ルイスが。
ゆっくりと言葉を探す。
「本当に」
「昔からずっと悪い人だったなら」
「リュートが」
「あんなふうになるかなって」
「ルイス」
カイルが。
隣を見る。
「いや」
ルイスが。
首を振る。
「セージが悪くないって言いたいんじゃない」
「人を攫ったのも」
「街へ魔獣送ったのも」
「駄目だと思う」
「……」
「でも」
拳を握る。
「何でそうなったのか」
「ちゃんと知りたい」
「……」
「リュートのことも」
「セージのことも」
「知らないまま」
「全部悪い奴って決めるの」
「なんか違う気がする」
部屋が。
少しだけ静かになった。
「……」
ジョージは。
しばらく。
ルイスを見ていた。
「甘いな」
「え?」
「お前は」
「かなり甘い」
「そう?」
「ああ」
「でも」
ジョージが。
僅かに目を細める。
「嫌いではない」
「?」
「人間を裁く時」
「何をしたかは」
「もちろん重要だ」
「だが」
「なぜそうしたのか」
「それを知ることにも」
「意味はある」
「……」
「ただし」
ジョージの声が。
強くなる。
「理由を知ることと」
「罪を許すことは」
「同じではない」
「……うん」
ルイスが。
しっかり頷いた。
「分かった」
「ならいい」
「ジョージさん」
カイルが聞く。
「これから」
「どうするんですか?」
「……」
ジョージは。
窓の外。
西の森を見た。
「まず」
「街の防備を立て直す」
「負傷者の治療」
「城壁の修復」
「周辺の警戒」
「それが先だ」
「うん」
「その上で」
机の上。
黒い塊を見る。
「これを調べる」
「そして」
「二十年前の記録を」
「もう一度」
「洗い直す」
「記録?」
「ああ」
「当時」
「セージが使っていた研究施設」
「押収された資料」
「処刑後の記録」
「残っているものは」
「全て調べる」
「研究施設って」
カイルが。
何かを思い出したように。
顔を上げる。
「森で見つけた場所……」
「何?」
ジョージが。
カイルを見る。
「僕たち」
カイルが。
ルイスを見る。
「森で」
「古い施設みたいな場所を見ました」
「……!」
ジョージの目が。
鋭くなる。
「詳しく話せ」
「中までは」
「全部調べられてないです」
「でも」
ルイスが続ける。
「古い建物があった」
「研究してたみたいな」
「変な場所」
「……」
「場所は?」
「たぶん案内できる」
「分かった」
ジョージが。
即座に答える。
「今夜は行かん」
「え?」
「当たり前だ!」
「いや、行くのかと思って」
「今のお前たちを森へ連れて行けるか!」
「俺、歩けるぞ!」
「歩けるかどうかの問題ではない!」
「ルイス」
カイルが。
ため息をつく。
「僕も今日は無理」
「……じゃあ明日?」
「休めと言っている!」
「分かったって!」
「本当か?」
「たぶん!」
「本当に不安だ……」
ジョージが。
額を押さえる。
「とにかく」
表情を戻す。
「森の施設については」
「明日以降」
「改めて確認する」
「その前に」
「古い記録も調べる」
「……」
ジョージは。
一度。
黒い塊へ視線を落とした。
「私の記憶では」
「セージが使っていた研究場所は、街の施設だけではなかった可能性がある」
「可能性?」
ルイスとカイルが。
同時に顔を上げる。
「一つは」
ジョージが。
グランベルの街中を示すように。
視線を向ける。
「領主家の管理下にあった」
「比較的」
「表向きの研究を行う場所」
「そして」
窓の外。
西の森を見る。
「処刑後の捜索で」
「森からいくつかの保管区画も見つかった」
「保管区画?」
「研究資料や薬品」
「実験器具の一部が置かれていた場所だ」
「じゃあ」
ルイスが聞く。
「俺たちが見つけたところも?」
「可能性はある」
ジョージが答える。
「だが」
「当時見つかった場所だけで」
「全てだったとは考えにくい」
「なんで?」
「セージは」
「研究の全てを領主家へ報告していたわけではなかった」
「森に施設を持っていたこと自体」
「事件が発覚するまで」
「ほとんど知られていなかった」
「……」
「それに」
ジョージが続ける。
「西の森は広い」
「魔獣もいる」
「当時は住民の保護」
「失踪者の捜索」
「押収した研究資料の確認」
「他にもやるべきことが山ほどあった」
「……」
「捜索に使える人数にも」
「時間にも限りがあった」
「じゃあ」
カイルが。
静かに聞く。
「見つからなかった施設が」
「まだ森の中にあった可能性がある?」
「ああ」
ジョージが。
はっきり頷く。
「入口を偽装していた場所があったとしても」
「不思議ではない」
「……」
ルイスが。
西の森を見る。
これまで。
何度も。
足を踏み入れた森。
そのどこかに。
二十年前から。
誰にも見つかっていない場所が。
残っているかもしれない。
「……面白そう」
「ルイス」
「分かってる!」
カイルが。
呆れた顔をする前に。
ルイスが答えた。
「危ないってことも!」
「その顔が分かってる顔じゃないんだよ!」
「でも気になるだろ!」
「それは……」
カイルも。
少しだけ黙る。
「気になるけど」
「だろ!」
「だからって勝手に行くな!」
「行かないって!」
「本当に?」
「……たぶん」
「やっぱり信用できない!」
「とにかく」
ジョージの低い声で。
二人が口を閉じる。
「明日以降」
「騎士団とも情報を共有して」
「森の再調査を進める」
「……」
「二十年前に」
「見つけられなかったものがあるなら」
西の森へ。
鋭い視線を向ける。
「今度こそ」
「見つけ出す」
ルイスは。
その言葉を聞きながら。
森で見た。
薄暗い施設を思い出す。
古い。
忘れられたような場所。
あそこにも。
二十年前の事件へ繋がる何かが。
残っているのかもしれない。
「……」
「ルイス?」
「いや」
ルイスは。
窓の向こう。
見えない森を見る。
「もっと」
「知りたくなった」
「……」
「二十年前に何があったのか」
「セージが今」
「何をしようとしてるのか」
「それから」
銀色の髪。
笛を持つ少年。
「リュートが」
「本当はどうしたいのか」
「……」
ジョージが。
静かにルイスを見る。
「お前は」
「この件に」
「最後まで関わるつもりか?」
「うん」
即答だった。
「……」
「だって」
ルイスが。
少しだけ笑う。
「まだ何も分かってないから」
「……そうか」
ジョージは。
それ以上。
止めなかった。
「なら」
「覚えておけ」
「何?」
「今日話したことは」
「二十年前」
「私が見たこと」
「後から記録で知ったこと」
「その範囲だ」
「……」
「セージ本人が」
「何を考え」
「どこで」
「何をして生き延びたのか」
「それは」
西の森を見る。
「まだ誰にも分からない」
「……うん」
「だからこそ」
ジョージが。
低く言う。
「今度こそ」
「確かめなければならない」
――――――――――
その頃。
西の森。
月明かりすら届きにくい。
木々の奥。
――ピィ……。
一度だけ。
細い笛の音が鳴った。
「……」
銀髪の少年が。
森の奥へ。
ゆっくりと歩いていく。
その手には。
笛。
だが。
いつものように。
迷いなく握られてはいない。
何度も。
何度も。
指先が震えていた。
「……セージ」
リュートは。
小さく。
その名を呼ぶ。
巨大魔獣。
自分には。
何も知らされていなかった。
街へ向かわせた魔獣。
戦い。
そして。
あの巨大な個体。
「……どうして」
答えは。
まだ。
分からない。
だから。
聞かなければならない。
自分を拾った人に。
自分を育てた人に。
自分にとって。
たった一人だった人に。
リュートは。
暗い森の奥へ。
消えていった。




