第一章35 『三人の連携』
――ボッ。
ルイスの右手に。
再び。
赤い炎が灯った。
「今度は」
短剣を握る。
「もっと深くまで届かせる!」
「簡単に言うな!」
カイルが叫ぶ。
「さっきの一撃だって、かなり危なかったんだよ!」
「でも効いた!」
「だからって同じことがもう一度できるとは――」
「できる!」
「根拠は!?」
「今、一回できた!」
「それは根拠って言わない!」
「二人とも!」
ジョージの声が飛ぶ。
「話している暇があるなら構えろ!」
「はい!」
「おう!」
巨大魔獣が。
三人を睨んでいた。
「グルルルルル……」
その胸元。
ルイスの炎によって焼かれた傷だけが。
まだ塞がっていない。
――ドクン。
赤黒い光が脈打つ。
傷を治そうと。
黒い筋を通じて魔力が集まる。
――ゴォッ。
傷口が盛り上がる。
だが。
残った炎が。
再びそこを焼く。
塞がりかけた肉が崩れていく。
「やっぱりだ」
カイルが呟く。
「炎で焼かれてるところだけ、再生が追いついてない」
カイルが。
巨大魔獣の胸元を凝視する。
「たぶん、あの再生は胸の何かが関わってる」
「じゃあ」
ルイスが聞く。
「あそこを燃やせば倒せる?」
「……分からない」
「ええ?」
「まだ分からないものは分からない!」
カイルが言い返す。
「でも」
巨大魔獣を見る。
「他の場所をいくら斬っても再生した」
「……」
「胸を斬った時は反応が大きかった。それに、君の炎で焼かれたところだけ再生が追いついてない」
「だったら」
ジョージが口を開いた。
「試す価値はある」
「ジョージさん!」
「ただし」
ジョージは。
ルイスへ目を向ける。
「次は先ほどのように一人で飛び込むな」
「……」
「聞いているのか?」
「聞いてる!」
「返事だけはいいな」
「よく言われる!」
「自慢するな!」
カイルが横から叫んだ。
「グオオオオオオッ!」
巨大魔獣が。
咆哮した。
「来る!」
ジョージが。
真っ先に動いた。
「お前たちは下がれ!」
巨大魔獣の前脚が。
地面を蹴る。
――ドンッ!
一瞬。
巨体が消えたように見えた。
「――っ!」
ジョージが。
剣を横へ構える。
――ガァァン!
「ぐっ……!」
爪と剣が激突した。
足元の地面が。
大きく抉れる。
「領主様!」
周囲で戦う騎士たちが声を上げる。
「よそ見をするな!」
ジョージが叫んだ。
「自分の敵を見ろ!」
「……はっ!」
騎士たちが。
周囲の魔獣へ向き直る。
巨大魔獣は。
自分たちでは止められない。
なら。
せめて。
他の魔獣を近づけない。
「押し返せ!」
「領主様の周りを空けろ!」
「うおおおおっ!」
騎士たちが。
通常の魔獣へぶつかっていく。
その間。
「ぐ……!」
ジョージは。
巨大魔獣の爪を受け続けていた。
力が。
先ほどより明らかに強い。
「……まったく」
腕が軋む。
「年寄りには……」
さらに。
力がかかる。
「少々きついな!」
ジョージが。
剣を斜めに傾けた。
「グォッ!?」
爪が滑る。
その勢いのまま。
巨大魔獣の身体が前へ流れた。
「今だ!」
ジョージが。
胸元へ踏み込む。
――ザンッ!
「グオオオッ!」
剣が。
胸の傷をさらに広げた。
赤黒い血が飛ぶ。
だが。
――ドクン!
すぐさま。
赤黒い魔力が集まる。
「ルイス!」
「分かってる!」
走る。
右手には。
炎。
――ボッ。
「……」
消すな。
焦るな。
カイルに何度も言われた。
大きくすることより。
まず。
維持する。
「グルァァッ!」
一匹の魔獣が。
横からルイスへ向かってくる。
「邪魔!」
「ルイス、そのまま!」
「え?」
「僕がやる!」
カイルが杖を向ける。
「――ウインドバレット!」
――ドンッ!
「ギャウッ!」
魔獣が。
横へ吹き飛んだ。
「走って!」
「おう!」
ルイスは。
炎を消さず。
その横を通り抜ける。
「右!」
ジョージの声。
「っ!」
巨大魔獣の尾。
横薙ぎ。
ルイスが地面を蹴る。
――ブォン!
「うわっ!」
頭のすぐ上を。
巨大な尾が通過した。
風圧だけで。
身体が揺れる。
「危なっ!」
「止まるな!」
「分かってる!」
ルイスは。
そのまま前へ。
しかし。
「グオオオッ!」
巨大魔獣が。
今度はルイスを捉えた。
「……!」
濁った赤い瞳。
明らかに。
こちらを見ている。
「さっきので覚えられた?」
ルイスが。
少しだけ顔を引きつらせる。
「当たり前だ!」
カイルが叫ぶ。
「自分の再生を止めた相手なんだから!」
「そっか!」
「納得してる場合!?」
巨大魔獣が。
ルイスへ踏み出した。
――ドンッ!
「来る!」
「ルイス、下がれ!」
ジョージが叫ぶ。
だが。
ルイスは。
巨大魔獣を見たまま。
動かなかった。
「……」
胸。
傷。
そこに。
まだ小さく炎が残っている。
「ルイス!」
巨大な爪が。
振り上げられる。
「……まだ」
もっと。
近く。
「ルイス!」
「まだ!」
「何を――」
巨大魔獣が。
爪を振り下ろした。
「今!」
ルイスが。
横へ跳ぶ。
――ズガァァン!
地面が砕ける。
「――っ!」
飛び散る土。
石。
身体へ当たる。
痛い。
それでも。
ルイスは。
巨大魔獣の前脚へ向かって走った。
「まさか……!」
カイルが。
目を見開く。
「登る気!?」
「胸まで届かないから!」
「だからって!」
ルイスが。
前脚へ飛びつく。
「よっ!」
黒い毛を掴む。
「グォッ!?」
巨大魔獣が。
身体を振った。
「うわっ!」
「ルイス!」
「まだ!」
左手で。
必死に毛を掴む。
右手。
短剣。
炎。
消えていない。
「……!」
上を見る。
胸元まで。
あと少し。
「この……!」
身体を引き上げる。
だが。
「グオオオオオッ!」
巨大魔獣が。
さらに激しく暴れた。
「うわっ!」
指が。
離れそうになる。
「くそっ……!」
「ルイス!」
カイルが。
杖を構える。
「掴まって!」
「え?」
「――ウインドバースト!」
下から。
風が吹き上がった。
「うわぁっ!?」
ルイスの身体が。
風に押し上げられる。
「カイル!?」
「行け!」
「おう!」
胸元。
目の前。
ジョージがつけた。
大きな傷。
その奥。
赤黒い光。
「……見えた」
傷のさらに奥。
肉の中。
何か。
黒いものがある。
「なんだ……あれ?」
石。
いや。
普通の魔石とは。
何かが違う。
黒い塊。
その中心に。
赤黒い光が脈打っている。
――ドクン。
「……!」
それに合わせて。
身体中の黒い筋が。
一斉に震えた。
「やっぱり!」
ルイスが叫ぶ。
「あそこに何かある!」
「何!?」
ジョージが。
ルイスを見る。
「胸の中!」
「……!」
「黒い何かがある!」
ジョージの表情が変わった。
「それが中心か!」
「たぶん!」
「たぶん!?」
「見た感じ!」
「お前は!」
言いながらも。
ジョージは。
即座に動いた。
「なら確かめる!」
地面を蹴る。
「はあああっ!」
――ザンッ!
もう一度。
胸の傷へ。
剣を叩き込む。
「グオオオオッ!」
傷が。
さらに開く。
「ルイス!」
「おう!」
「そこへ炎を入れろ!」
「任せろ!」
ルイスが。
右手の短剣を握り直す。
炎。
まだ。
消えていない。
「もっと……!」
右手へ。
魔力を流す。
――ゴォッ!
炎が。
刃を包む。
「行くぞ!」
だが。
その瞬間。
「グオオオオオオオッ!!」
「――っ!」
巨大魔獣が。
狂ったように身体を振った。
「うわっ!」
ルイスの左手が。
毛から外れる。
「ルイス!」
身体が。
宙へ投げ出された。
「くそっ!」
胸から。
離れていく。
届かない。
「――風よ!」
カイルの声。
――ゴォッ!
横から。
風が。
ルイスの背中を押した。
「……!」
落下していた身体が。
再び。
巨大魔獣へ向かう。
「カイル!」
「今!」
「おう!」
ルイスが。
空中で身体を捻る。
右手。
炎。
短剣。
そして。
胸の傷。
その奥。
黒い塊。
「そこだああああっ!」
――ズブッ!
今までとは。
違った。
硬い皮膚ではない。
ジョージが開いた傷口。
そこへ。
短剣が深く入る。
「グオオオオオオオオッ!!」
巨大魔獣の咆哮。
ルイスの腕に。
凄まじい振動が伝わる。
「まだ!」
刃先。
その先に。
黒い塊。
「あと……少し!」
押す。
だが。
――ガキッ!
「……!」
止まった。
短剣の先が。
黒い塊へ触れた。
硬い。
「くっ……!」
これ以上。
入らない。
「ルイス!」
カイルの声。
「炎!」
「……!」
「刃じゃない!」
カイルが叫ぶ。
「君の炎なら届く!」
「……そうか」
ルイスの目が。
大きく開いた。
短剣では。
届かない。
さっき。
そう思った。
でも。
炎なら。
「……行け」
右手へ。
意識を集める。
「行け……!」
短剣を伝って。
炎が。
傷の奥へ。
――ゴォッ。
「……!」
赤い炎が。
肉の隙間へ入り込む。
「もっと!」
炎が。
黒い塊へ触れた。
その瞬間。
――ドクン!!
「っ!?」
巨大魔獣の身体が。
大きく跳ねた。
「グォォォォォォォォッ!!」
今までで。
最も大きな咆哮。
耳が痛む。
身体が震える。
それでも。
「離すか!」
ルイスは。
短剣を握り続ける。
黒い塊。
その表面へ。
炎が広がる。
――パキッ。
「……?」
小さな音。
黒い塊に。
一本。
亀裂が走った。
「ルイス!」
カイルが気づく。
「ひびが!」
「見えてる!」
――ドクン!
赤黒い魔力が。
暴れ始めた。
巨大魔獣の身体中を。
黒い筋が。
激しく脈打つ。
「何だ!?」
ジョージが。
距離を取る。
「魔力が乱れてる!」
カイルが叫ぶ。
「あれが壊れ始めてるんだ!」
「だったら!」
ルイスが。
歯を食いしばる。
「もっと燃えろ!」
――ゴォォォォッ!!
赤い炎が。
一気に大きくなった。
「……!」
ルイス自身が。
一瞬。
驚いた。
今まで。
練習で出したどの炎よりも。
大きい。
熱い。
強い。
「ルイス!」
カイルが。
その炎を見て。
表情を変えた。
炎が。
ルイスの右腕を包む。
赤。
いや。
深い。
真紅。
「……これ」
ルイスは。
炎を見る。
心臓が。
強く鳴っている。
――ドクン。
巨大魔獣ではない。
自分の。
鼓動。
そして。
胸の奥に。
何か。
熱いものがある。
「……」
一瞬だけ。
胸の奥が。
かっと熱くなった。
「……?」
自分で魔力を増やしたつもりはない。
なのに。
炎が。
さらに大きくなる。
「ルイス!」
「っ!」
カイルの声で。
我に返る。
「炎が大きすぎる!」
「……!」
「抑えて!」
「分かった!」
ルイスは。
右手へ意識を戻す。
違う。
今は。
大きくするんじゃない。
逃がさない。
狙った場所へ。
留める。
「……ここだけ」
黒い塊。
「ここを燃やす!」
炎が。
僅かに縮む。
だが。
その分。
傷口の奥へ集中していく。
「……!」
カイルが。
息を呑む。
「できてる……」
何日も。
失敗した。
何度も。
消えた。
走れば消えた。
短剣を振れば消えた。
大きくしようとすれば。
制御できなくなった。
だから。
分かった。
「大きければいいんじゃない……!」
必要な場所に。
必要なだけ。
「そこにいろ!」
炎が。
黒い塊だけを。
包み込む。
――パキッ。
亀裂。
もう一本。
――パキパキッ!
「来る!」
カイルが叫ぶ。
「ルイス、離れろ!」
「あと少し!」
「もう壊れる!」
「だから!」
ルイスが。
短剣を。
さらに押し込む。
「最後まで!」
――バキンッ!!
黒い塊が。
割れた。
「――ッ!」
瞬間。
音が消えた。
巨大魔獣の身体が。
止まる。
「……?」
ルイスが。
目を見開く。
――ドク……。
胸元の。
赤黒い光が。
弱く。
一度だけ。
脈打った。
そして。
――フッ。
消えた。
「……」
身体中を走っていた。
黒い筋。
そこから。
光が消えていく。
「やった……?」
ルイスが呟いた。
次の瞬間。
「ルイス、離れろ!」
ジョージの怒声。
「え?」
巨大魔獣の身体が。
傾いた。
「うわっ!」
落ちる。
巨体そのものが。
「ルイス!」
ジョージが。
地面を蹴った。
巨大魔獣の下。
落下するルイスへ。
「――っ!」
腕を伸ばす。
掴む。
「うおっ!?」
そのまま。
二人で。
地面を転がった。
直後。
――ズゥゥゥゥン!!
巨大魔獣が。
倒れた。
地面が。
大きく揺れる。
土煙が。
一気に舞い上がった。
「……」
誰も。
すぐには動かなかった。
「……げほっ」
土煙の中。
ルイスが。
咳をする。
「痛てて……」
「……お前は」
下から。
低い声。
「ん?」
「いつまで私の上に乗っている」
「……あ」
ルイスが。
自分の下を見る。
ジョージ。
「ごめん!」
慌てて退く。
「まったく……」
ジョージが。
ゆっくり起き上がる。
「最後まで無茶ばかりする」
「でも倒せた!」
「結果が良ければ何をしてもいいわけではない!」
「はい!」
「分かっていない返事だな!」
「ルイス!」
カイルが。
駆け寄ってきた。
「大丈夫!?」
「大丈夫!」
「手!」
「え?」
「右手!」
ルイスが。
右手を見る。
「……」
炎。
消えている。
皮膚にも。
火傷はない。
「大丈夫みたい」
「そうじゃなくて……」
カイルが。
安堵したように息を吐いた。
「さっきの炎」
「ん?」
「急に大きくなっただろ」
「……ああ」
ルイスも。
思い出す。
あの瞬間。
自分で。
大きくしようとしたわけではない。
「なんか」
右手を握る。
「勝手に……っていうか」
「勝手に?」
「もっと燃やせって思ったら」
ルイスが。
少し考える。
「急に出た」
「……」
カイルの表情が。
僅かに険しくなる。
「何?」
「いや」
カイルが。
首を振る。
「今はいい」
「?」
「でも」
ルイスを見る。
「今度、ちゃんと調べよう」
「炎を?」
「うん」
カイルは。
もう一度。
ルイスの右手を見る。
「君の炎、まだ僕にも分からないことが多いから」
「そっか!」
「そんな嬉しそうにすること?」
「だって」
ルイスが笑う。
「まだ分からないことがあるんだろ?」
「……」
「面白そうじゃん!」
カイルは。
一瞬。
呆れたような顔をした。
そして。
「……君は本当に」
小さく笑う。
「そういう奴だね」
「?」
ルイスが首を傾げた。
「領主様!」
騎士の声。
三人が振り返る。
「終わったのですか!?」
「ああ」
ジョージが。
倒れた巨大魔獣を見る。
「……恐らくな」
巨大魔獣は。
もう動かない。
傷も。
塞がらない。
胸元から。
赤黒い魔力が漏れ出すこともなかった。
「本当に……」
兵士が。
ゆっくり息を吐く。
「倒した……」
その言葉が。
周囲へ広がった。
「巨大魔獣が倒れたぞ!」
「領主様がやった!」
「違う!」
ジョージが即座に訂正する。
「え?」
「あれを壊したのは」
ルイスを見る。
「この少年だ」
「……俺?」
「お前以外に誰がいる」
「でもジョージさんが胸を斬ってくれたからだろ」
「カイルも風で飛ばしてくれた!」
「……」
ジョージが。
僅かに目を丸くする。
「なら」
ルイスが笑う。
「三人で倒した!」
「……」
カイルも。
思わず笑った。
「それでいいんじゃない?」
「だろ!」
「まったく」
ジョージが。
小さく息を吐く。
「好きにしろ」
だが。
その口元にも。
僅かな笑みがあった。
しかし。
戦いは。
まだ終わっていなかった。
「グルァァァッ!」
「……!」
通常の魔獣。
巨大魔獣が倒れても。
周囲では。
まだ戦闘が続いている。
「そうだった!」
ルイスが。
短剣を構える。
「まだいる!」
「待て!」
ジョージが。
その肩を掴んだ。
「何!?」
「お前は少し休め!」
「まだ戦える!」
「その台詞を何回言うつもりだ!」
「でも!」
「右手を見ろ」
「……?」
握った手。
僅かに。
震えている。
「……」
「炎を使いすぎたんだろう」
ジョージが言う。
「自分で気づいていないだけで、身体は限界に近い」
「……」
「ここからは」
ジョージが。
剣を構える。
「大人に任せろ」
「俺だって冒険者だ!」
「十四歳だろう!」
「それ関係ある!?」
「ある!」
「二人とも!」
カイルが。
額を押さえる。
「今やる話じゃない!」
「……それもそうだな」
「うん!」
「お前は納得が早すぎる!」
その時。
――ピィィィィ……。
「……?」
西の森。
かなり遠く。
その奥から。
微かな笛の音が戦場に届いた。
「今の……」
ルイスの表情が変わる。
風に乗って。
遠くから。
聞こえてくる。
細い。
笛の音。
「リュート……?」
カイルも。
森を見る。
「この音……」
――ピィィィ……。
もう一度。
笛が鳴る。
すると。
「グル……?」
一匹の魔獣が。
動きを止めた。
「……!」
騎士が。
剣を構えたまま警戒する。
魔獣は。
こちらを見ている。
だが。
襲ってこない。
「グルル……」
ゆっくり。
向きを変える。
森へ。
「何だ?」
別の魔獣も。
動きを止める。
すぐには動かない個体もいた。
黒い筋を持つ魔獣の中には。
低く唸り続けるものもいる。
それでも。
笛が繰り返されるたび。
一匹。
また一匹と。
森へ向きを変えていった。
「まさか」
ルイスが呟く。
「呼び戻してる?」
――ピィィィィ……。
笛の音。
それに導かれるように。
魔獣たちが。
森へ歩き始める。
「追いますか!?」
騎士の一人が。
ジョージを見る。
「いや!」
ジョージが止める。
「追うな!」
「ですが!」
「こちらにも負傷者がいる!」
ジョージは。
森へ戻っていく魔獣たちを見る。
「今は街を守ることが先だ」
「……はっ!」
「全員、警戒を解くな!」
騎士たちは。
武器を構えたまま。
後退する魔獣を見送る。
ルイスは。
森の向こうを見つめていた。
「……リュート」
「たぶんね」
カイルが答える。
「彼が呼び戻したんだと思う」
「……」
あの時。
森で。
リュートは言った。
セージに言われて。
魔獣を街へ向かわせたと。
そして。
最後には。
『……死なないで』
小さく。
そう言っていた。
「……」
ルイスは。
森を見つめる。
少しだけ。
拳を握る。
「やっぱりリュート、街を襲わせたかったわけじゃない」
「……」
「たぶん」
「……そうかもしれないね」
カイルも。
森へ目を向けた。
笛の音は。
もう。
聞こえなくなっていた。
――――――――――
しばらくして。
「領主様!」
「何だ」
騎士が。
倒れた巨大魔獣のそばへ駆け寄ってくる。
「胸部を確認していた者から報告です!」
「胸?」
「はい」
ジョージ。
ルイス。
カイル。
三人が。
巨大魔獣へ目を向ける。
胸元。
炎に焼かれ。
大きく裂けた傷。
その奥。
「何かあるのか?」
「……これを」
騎士が。
布に包んだものを差し出す。
「?」
ジョージが。
受け取る。
布を。
ゆっくり開いた。
「……」
そこにあったのは。
黒い塊。
手のひらほどの大きさ。
形は。
歪。
表面には。
焼けたような亀裂が走っている。
「これ……」
ルイスが。
身を乗り出す。
「俺が燃やしたやつ?」
「恐らく」
カイルが。
じっと見る。
「巨大魔獣の胸にあったものだ」
「魔石?」
ルイスが聞く。
「……似てはいる」
カイルが。
眉をひそめる。
「でも」
「違う?」
「普通の魔石とは……何か違う」
魔獣の体内にある魔石。
それ自体は。
珍しいものではない。
魔力を蓄える性質があり。
街の魔導具にも。
広く使われている。
だが。
目の前のものは。
違う。
色。
魔力。
何より。
「……気持ち悪い」
ルイスが。
率直に言った。
「僕も同感」
カイルも。
僅かに顔をしかめる。
割れている。
力を失っているはずなのに。
微かに。
嫌な魔力が残っている。
「これが」
ジョージが。
黒い塊を見つめる。
「あの魔獣を変えたものか」
「たぶん」
カイルが答える。
「少なくとも、再生の中心だったのは間違いないと思います」
「……」
ジョージが。
静かに目を細める。
強化された魔獣。
異常な再生能力。
意図的に街へ向かってきた群れ。
そして。
巨大魔獣の胸部にあった。
異常な魔石。
「偶然ではないな」
「うん」
ルイスが答える。
「誰かが作った」
「……少なくとも」
カイルが黒い塊を見る。
「自然にこうなったとは考えにくいね」
ジョージは。
何も答えなかった。
ただ。
黒い塊を見る。
「……保管しろ」
騎士へ渡す。
「専門の者にも調べさせる」
「はっ!」
「扱いには気をつけろ。素手で触れるな」
「了解しました!」
騎士が。
慎重に黒い塊を包み直す。
そして。
街へ向かっていった。
「……」
ジョージは。
その背中を見送る。
その表情から。
先ほどまでの。
僅かな安堵が消えていた。
「ジョージさん?」
ルイスが。
顔を覗き込む。
「どうした?」
「いや」
ジョージは。
森を見る。
「ただの魔獣の襲撃なら」
低い声。
「これで終わったと言えたんだがな」
「……」
「だが」
森。
その向こう。
「どうやら」
ジョージの目が。
鋭くなる。
「始まりに過ぎないらしい」
ルイスも。
森を見る。
リュート。
笛。
セージ。
巨大魔獣。
黒い塊。
まだ。
分からないことばかりだ。
そして。
ルイスは。
自分の右手を見る。
「……」
こちらにも。
まだ。
分からないことがある。
先ほど。
一瞬だけ。
制御するより先に。
膨れ上がった炎。
胸の奥から湧いた。
あの。
奇妙な熱。
「……まあ」
右手を握る。
「分からないなら」
ルイスが。
小さく笑った。
「これから分かればいいか」
「……君は」
カイルが。
呆れたような顔をする。
「本当に何でも楽しそうだね」
「だって」
ルイスは。
西の森を見つめる。
「知らないことがある方が面白いだろ?」
夕暮れの森。
その奥には。
まだ。
彼らの知らない何かが。
確かに残っていた。




