第一章33話 『領主の剣』
――ドォォン!
「領主様!」
兵士たちの叫びが、城壁の上から響いた。
その声を背に。
ジョージは。
城壁から飛び降りていた。
地面までの距離が。
一気に縮まる。
そして。
着地の寸前。
身体を捻り。
受け身を取る。
――ズンッ!
重い音とともに着地した。
両足が地面へ沈み込む。
膝へ走った衝撃を逃がしながら、ジョージは立ち上がった。
砂埃が舞い上がる。
「……」
手には。
一本の剣。
「領主様! お戻りください!」
城壁の兵士が叫ぶ。
「ここは我々が!」
「お前たちは自分の役目を果たせ!」
ジョージは振り返らない。
「弓兵と魔法兵は通常の魔獣を抑えろ!」
「ですが!」
「こいつまで相手にしていたら、他が抜ける!」
「……!」
兵士が言葉を失う。
その間にも。
「グルルルル……」
巨大魔獣が。
ゆっくりとジョージへ顔を向けた。
濁った赤い瞳。
黒く硬い毛。
その隙間から覗く赤黒い皮膚。
身体中を走る黒い筋。
そして。
胸元。
――ドクン。
赤黒い光が脈打つ。
「……随分と」
ジョージが剣を構えた。
「物騒な客だな」
「グルルルル……」
巨大魔獣が身を低くする。
「来るか」
次の瞬間。
――ドンッ!
巨体が地面を蹴った。
「速い……!」
城壁の上で。
誰かが息を呑む。
あれだけの身体。
それなのに。
巨大魔獣は一瞬でジョージとの距離を詰めた。
「グオオオオッ!」
巨大な爪が振り下ろされる。
――ズガァン!
地面が砕けた。
土が弾け飛ぶ。
「領主様!」
だが。
「遅い」
ジョージは。
すでにそこにはいなかった。
爪が振り下ろされる直前。
一歩。
横へ。
最小限の動きで攻撃をかわしていた。
そのまま。
巨大魔獣の側面へ回り込む。
「――はっ!」
剣を振り抜いた。
――ザンッ!
「グォッ!」
黒い毛が斬り裂かれる。
その下の皮膚に。
一本の傷が走った。
「……浅いか」
ジョージが眉をひそめる。
剣は入った。
だが。
手応えが硬い。
まるで。
分厚い革と鉄を同時に斬ったようだった。
「グルァァッ!」
巨大魔獣が振り返る。
前脚が横薙ぎに振るわれた。
「――っ!」
ジョージが剣を立てる。
――ギィィン!
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃。
両足が。
地面の上を滑った。
「領主様が押された……!」
城壁上がざわめく。
「……なるほど」
ジョージは。
僅かに痺れた腕を動かした。
「力も桁違いか」
普通の魔獣とは。
何もかもが違う。
速さ。
硬さ。
力。
それだけではない。
「……!」
先ほど斬った場所。
その傷口の周囲へ。
黒い筋が集まっていく。
そして。
ゆっくりと。
傷が塞がり始めた。
「……再生」
ジョージの目が細くなる。
報告は聞いていた。
それでも。
実際に目の前で見るのとでは違う。
「厄介だな」
――ドクン。
胸元の光が強く脈打った。
それに呼応するように。
黒い筋まで濃くなる。
「……」
ジョージの視線が。
一瞬だけ胸元へ向く。
森から戻った少年たちの報告。
『胸元だけ、異常なほど魔力が集まっています』
「……あれか」
だが。
確かめるには。
近づかなければならない。
「グオオオオッ!」
巨大魔獣が再び突進する。
「来い!」
ジョージも地面を蹴った。
正面から。
剣と爪が激突する。
――ギィィィン!
「ぐっ……!」
腕が軋む。
肩に。
凄まじい重圧がかかる。
「はぁぁっ!」
ジョージが爪を剣で逸らす。
身体を回転させ。
巨大魔獣の横へ抜けた。
「そこだ!」
――ザシュッ!
後ろ脚を斬る。
「グォォッ!」
魔獣の身体が僅かに沈んだ。
だが。
ジョージは止まらない。
一歩。
踏み込む。
さらに一撃。
――ザンッ!
腹部。
さらに。
――ザシュッ!
肩口。
連続して。
剣が巨大魔獣の身体を斬り裂いていく。
「すごい……」
西門の内側。
ルイスは。
城壁へ続く階段の上から、その戦いを見ていた。
一撃の重さでは。
巨大魔獣が圧倒的に上。
それでも。
技量。
経験。
動きの正確さ。
それら全てで。
ジョージは食らいついている。
「領主様が押してるぞ!」
城壁の上から歓声が上がる。
「いける!」
だが。
「違う」
ルイスの隣で。
カイルが呟いた。
「え?」
「ジョージさんは押してない」
「でも、攻撃は当たってるぞ」
「当たってるだけだ」
「……?」
「見て」
ルイスが。
もう一度巨大魔獣を見る。
「……あ」
ジョージが斬った傷。
その周囲で。
黒い筋が濃く脈打っている。
そして。
塞がる。
「また……」
「うん」
どれだけ斬っても。
傷が残らない。
「それに」
カイルが杖を握りしめる。
「ジョージさんは攻撃をかわし続けないといけない」
「……」
「あの魔獣は、一回や二回斬られたって止まらない。でもジョージさんは――」
一度。
まともに喰らえば。
どうなるか分からない。
「……まずいな」
「うん」
その時。
――ドォォン!
「っ!」
二人が振り返る。
ジョージの身体が。
地面の上を弾き飛ばされていた。
「ジョージさん!」
――ゴロッ!
――ゴロゴロッ!
何度も地面を転がる。
「領主様!」
兵士たちが叫ぶ。
「……っ」
ジョージは。
剣を地面へ突き立てた。
滑る身体を止める。
「……痛いな」
ゆっくりと立ち上がる。
口元を拭う。
手の甲に。
血が付いた。
「領主様! 撤退を!」
「まだだ」
「ですが!」
「まだ城壁から離れていない」
ジョージが剣を構え直す。
「ここで私が退けば、あいつはまた壁を殴る」
「……!」
「なら」
ジョージは巨大魔獣を睨む。
「私が相手をしている方がいい」
「グルルルル……」
巨大魔獣が。
ゆっくりと近づいてくる。
――ドクン。
胸元。
赤黒い光が激しく脈打っている。
「……」
ジョージは。
その光を見る。
そして。
足元へ視線を移した。
先ほど斬った後ろ脚。
傷は。
すでにほとんど消えている。
「傷をつける」
胸が光る。
「黒い筋が脈打つ」
傷が治る。
「……やはり」
何かある。
あの胸に。
「ならば」
確かめる。
ジョージが。
剣を下段へ構えた。
「グオオオオオッ!」
巨大魔獣が走る。
真正面。
ジョージも。
動かない。
「領主様!」
距離が縮まる。
十歩。
五歩。
三歩。
巨大な爪が振り上げられる。
「――今だ!」
ジョージが。
一気に身体を沈めた。
爪の下へ潜る。
「グォッ!?」
巨大魔獣の懐。
胸元。
赤黒い光が。
目の前にある。
「ここだ!」
剣を振り上げる。
――ザンッ!
「グオオオオオオッ!」
初めて。
巨大魔獣が大きく仰け反った。
赤黒い血が。
宙へ飛び散る。
「入った!」
城壁から歓声が上がった。
ジョージも。
すぐに後方へ飛ぶ。
距離を取る。
「……」
胸元。
今までよりも深い傷。
「どうだ」
――ドクン。
光る。
「……!」
黒い筋が。
一斉に胸元へ集まった。
まるで。
傷を守るかのように。
赤黒い魔力が溢れ出す。
そして。
「……やはりか」
傷が塞がり始める。
だが。
ジョージは。
その様子を見ていた。
「胸を斬った時だけ……」
先ほどまでよりも。
黒い筋の脈動が激しかった。
「やはり、あそこが何かに関わっているか」
だが。
「剣だけでは届かんか」
表面を斬ることはできる。
だが。
奥にある何かへ。
刃が届いていない。
さらに。
傷を広げても。
その前に再生される。
「……面倒な」
巨大魔獣が。
再び咆哮した。
「グオオオオオオオッ!」
――ドクン!
胸元の光が。
これまで以上に強く脈打った。
同時に。
全身の黒い筋が濃く浮かび上がる。
「何だ……?」
ジョージが。
僅かに目を見開いた。
「魔力が増えた?」
城壁の上で。
魔法兵が叫ぶ。
「領主様! あの個体の魔力が上昇しています!」
「見れば分かる!」
巨大魔獣が。
地面へ前脚を叩きつけた。
――ドォォン!
土が爆ぜる。
そのまま。
突進。
「速――」
先ほどより。
速い。
ジョージが。
咄嗟に剣を構える。
――ガァァン!
「ぐっ……!」
受け止めきれない。
身体が浮く。
「――っ!」
ジョージが。
再び吹き飛ばされた。
「領主様!」
地面へ叩きつけられる。
――ドサッ!
「ぐ……」
すぐに立とうとする。
だが。
片膝をついた。
「……これは」
腕が震えている。
握った剣も。
小さく揺れていた。
「少し……厳しいな」
巨大魔獣が。
ゆっくりと向きを変える。
その先。
ジョージ。
そして。
その後ろ。
グランベルの城壁。
「……させるか」
ジョージが。
もう一度立ち上がった。
「お前の相手は私だ」
その時。
「グルァァァッ!」
別の咆哮が響いた。
「……!」
城壁上の兵士が振り返る。
巨大魔獣との戦いに気を取られている間にも。
通常の魔獣たちは。
止まっていなかった。
「西門前に魔獣が集中しています!」
「弓兵、撃て!」
「魔法兵も援護しろ!」
――ヒュヒュヒュッ!
――ドォン!
城壁から。
矢と魔法が降り注ぐ。
何匹もの魔獣が倒れる。
だが。
後方から。
さらに別の個体が押し寄せる。
「数が多すぎる!」
兵士が叫ぶ。
「このままでは門前まで埋め尽くされます!」
西門の内側。
騎士団長が。
険しい顔で状況を見上げていた。
「……」
城壁の外。
ジョージが一人。
巨大魔獣を食い止めている。
その周囲へ。
通常の魔獣まで近づき始めていた。
「団長!」
「このままでは領主様が囲まれます!」
「分かっている!」
騎士団長が歯を食いしばる。
門を開けば。
魔獣が入り込む危険がある。
だが。
このまま閉じ籠もっていれば。
ジョージ一人に。
巨大魔獣だけでなく。
他の魔獣まで押しつけることになる。
「……門前の数だけでも減らす」
「団長?」
「全員で出る必要はない」
騎士団長が振り返る。
「動ける騎士を二隊!」
「はっ!」
「近接戦ができる冒険者も集めろ!」
「外へ出るのですか!?」
「ああ」
騎士団長が剣を抜く。
「門前だけを押し返す」
「……!」
「深追いはしない! 城壁からの援護が届く範囲を絶対に離れるな!」
「はっ!」
「魔法使いと弓使いは城内に残れ! 城壁上の部隊と合わせて援護に回れ!」
冒険者たちが動き始める。
「門を開ける時間は最小限だ!」
「了解!」
「外へ出たら左右へ展開! 正面を空けろ!」
「正面を?」
騎士の一人が聞く。
騎士団長は。
巨大魔獣を見る。
「領主様とあいつの間に入るな」
「……!」
「あの戦いに巻き込まれれば、俺たちではひとたまりもない」
その言葉に。
周囲が静まった。
「俺たちの役目は」
騎士団長が。
西門を叩く魔獣を見る。
「他の魔獣を領主様へ近づけないことだ!」
「――はっ!」
声が重なる。
「ルイス」
「ん?」
カイルが。
隣を見る。
案の定。
ルイスはすでに短剣を握っていた。
「……行く気?」
「行く」
「だと思った」
「止める?」
「止めても行くだろ」
「ああ!」
「嬉しそうに言うなよ……」
カイルが息を吐く。
「でも」
ルイスを見る。
「団長の言ったことは守る」
「分かってる」
「巨大魔獣には近づかない」
「……」
「ルイス」
「分かったって!」
「今の間は何?」
「気のせい!」
「絶対違う」
「開門準備!」
騎士団長の声が響く。
「全員、構えろ!」
騎士たちが。
剣と盾を握る。
冒険者たちも。
武器を構えた。
ルイスは短剣。
カイルは杖。
「開けろ!」
――ゴゴゴゴゴッ!
西門が。
ゆっくりと開いていく。
外の光が差し込む。
同時に。
「グルァァァッ!」
魔獣たちの咆哮が。
これまで以上に近く響いた。
「来るぞ!」
「盾!」
騎士たちが前へ出る。
「今だ!」
「押し返せ!」
西門が開き切る前に。
騎士団が外へ飛び出した。
冒険者たちも続く。
「行くぞ、カイル!」
「勝手に前に出るなよ!」
「分かってる!」
二人も。
初めて。
西門の外へ飛び出した。
――――――――――
「グルァァッ!」
一匹の魔獣が。
騎士の盾へ激突する。
「ぐっ!」
「押し返せ!」
隣の騎士が。
剣を振るう。
――ザシュッ!
魔獣が倒れる。
「左右へ展開!」
「門の正面を空けろ!」
「城壁上!」
「援護します!」
――ヒュンッ!
矢が。
騎士たちの頭上を越える。
――ザシュッ!
「ギャウッ!」
後方の魔獣へ突き刺さった。
「よし!」
「そのまま押せ!」
城壁。
騎士団。
冒険者。
それぞれが。
役割を分けて戦っている。
だが。
数が多い。
「ルイス、左!」
「おう!」
魔獣が飛びかかる。
ルイスが身体を低くした。
爪が頭上を通過する。
「そこ!」
懐へ潜り込み。
短剣を喉元へ突き込む。
――ズブッ!
「グァッ……!」
魔獣が倒れる。
「後ろ!」
「――ウインドカッター!」
カイルの風の刃が。
背後から迫っていた魔獣を切り裂く。
「助かった!」
「だから周りを見ろって!」
「見てる!」
「見てない!」
「次来るぞ!」
今度は。
二匹。
「一匹任せた!」
「勝手に決めるな!」
そう言いながら。
カイルは杖を向ける。
「――ウインドバレット!」
圧縮された風が。
一匹の脚へ直撃する。
「ギャウッ!」
体勢を崩す。
その横を。
ルイスが駆け抜けた。
「はあっ!」
――ザシュッ!
もう一匹の首元を斬る。
振り返る。
「次!」
転倒した魔獣へ。
短剣を突き立てる。
「グァッ!」
「よし!」
「ルイス!」
「何!」
「前に出すぎ!」
「まだ門見えてる!」
「そういう意味じゃない!」
カイルが叫ぶ。
だが。
ルイスはすでに。
次の魔獣を見ていた。
――――――――――
その少し先。
「グオオオオオッ!」
巨大魔獣の爪が。
再びジョージへ迫る。
「――っ!」
ジョージが。
紙一重でかわした。
その直後。
剣を振るう。
――ザンッ!
胸元。
再び。
赤黒い血が飛ぶ。
「グォォォッ!」
だが。
――ドクン。
また。
光る。
傷が塞がる。
「……何度やっても同じか」
ジョージが。
息を吐く。
呼吸が。
先ほどより荒くなっていた。
一方。
巨大魔獣は。
傷を負うたび。
胸の力で。
それを埋めていく。
「こちらだけが削られていく……か」
その時。
「グルァッ!」
横から。
一匹の魔獣がジョージへ飛びかかった。
「……!」
巨大魔獣だけではない。
群れから抜けた一匹。
だが。
ジョージが振り向くより早く。
――ザシュッ!
「ギャウッ!」
魔獣の身体が。
横へ倒れた。
「……?」
その向こう。
騎士が。
剣を振り抜いている。
「領主様!」
「お前たち……」
「周りは我々が!」
さらに。
別の魔獣へ。
冒険者が斬りかかる。
「巨大な奴だけ見ていてください!」
「……」
ジョージが。
一瞬だけ城門を見る。
開いた西門。
そこから。
騎士と冒険者たちが。
次々に外へ出てきている。
「勝手なことを」
ジョージが。
僅かに笑った。
「誰に似たんだか」
だが。
そのおかげで。
巨大魔獣だけに集中できる。
「なら」
剣を構える。
「こちらも役目を果たさねばな」
「グオオオオオッ!」
巨大魔獣が咆哮した。
――――――――――
「くそっ!」
ルイスが。
魔獣の爪をかわす。
「はあっ!」
短剣を振る。
――ザシュッ!
「ギャウッ!」
一匹が倒れる。
「ルイス、右!」
「分かってる!」
右から。
別の魔獣。
ルイスは。
身体を低く沈めた。
爪を避け。
懐へ潜る。
「そこ!」
――ズブッ!
短剣を喉元へ突き込む。
「グァッ……!」
倒れる。
「次!」
「待って!」
カイルの声。
「え?」
「少し下がって!」
「まだいける!」
「そうじゃない!」
「――ウインドバースト!」
風圧が。
周囲の魔獣を一気に押し返した。
「今!」
二人が。
騎士たちの防衛線まで下がる。
「何だよ!」
「君、息上がってるだろ!」
「カイルだって!」
「僕もだから言ってる!」
「……」
ルイスが。
荒い呼吸を整える。
「はぁ……はぁ……」
森で戦った。
街まで走った。
そして。
今も。
魔獣を倒し続けている。
「……多すぎる」
倒しても。
次が来る。
その次を倒しても。
また来る。
周囲では。
騎士。
冒険者。
誰もが戦っていた。
それでも。
城壁から離れすぎないよう。
少しずつ。
少しずつ。
魔獣の群れを押し返している。
「くそっ……」
ルイスが短剣を見る。
刃には。
魔獣の黒い血。
「……」
まだ。
戦える。
腕も動く。
足も動く。
けれど。
視線の先。
巨大魔獣。
ジョージの剣が。
何度も傷をつけている。
それでも。
倒れない。
「ジョージさん……」
ジョージは。
また。
巨大魔獣の攻撃をかわしていた。
「あんなに斬ってるのに……」
「再生が速すぎる」
カイルが答える。
「しかも」
胸元を見る。
――ドクン。
赤黒い光。
「あそこだ」
ルイスが呟く。
「やっぱり、あそこだ」
「うん」
森で見た時から。
気になっていた。
他とは違う。
そこだけ。
魔力が集まっている。
そして今。
ジョージが胸元を斬った時。
身体中の魔力が。
一気にそこへ集まった。
「あそこに何かある」
「たぶんね」
「だったら」
ルイスが。
短剣を握った。
「俺が――」
「待って」
「またかよ!」
「見て」
カイルが。
ルイスの短剣を指差す。
「……?」
刃先。
森で巨大魔獣へ攻撃した時についた傷。
さらに。
今までの戦闘で。
小さな欠けが増えている。
「その短剣で、ジョージさんの剣より深く刺せると思う?」
「……」
何も言えない。
「ジョージさんの剣でも、表面を斬るだけで精一杯なんだ」
「……分かってる」
「だったら――」
「分かってるよ!」
ルイスが。
思わず声を上げる。
「……」
短剣を見る。
「分かってる……」
悔しい。
目の前に。
狙う場所はある。
やるべきことも。
少しずつ分かってきている。
なのに。
届かない。
「これだけじゃ……」
短剣を握る。
「届かない」
その言葉が。
自分の中へ。
重く落ちた。
剣を失ってから。
短剣で戦ってきた。
使い慣れていないはずなのに。
身体は。
思った以上に動いてくれた。
魔獣も倒せた。
けれど。
目の前の敵には。
足りない。
「……」
なら。
どうする。
もっと鋭い剣が必要か。
もっと強い力が必要か。
何か。
何かないのか。
自分が。
今持っているもの。
「……あ」
その時。
ルイスの頭の中に。
一つの光景が浮かんだ。
右手。
小さな炎。
何度消えても。
何度失敗しても。
繰り返した。
あの日々。
『力を出すだけじゃ駄目だよ』
カイルの声。
『出した炎を、自分の思った場所に留める』
『それができなきゃ、実戦じゃ使えない』
「……」
ルイスが。
自分の右手を見る。
「ルイス?」
「カイル」
「何?」
「俺さ」
右手を。
ゆっくりと握る。
「まだ一回も」
顔を上げる。
巨大魔獣。
胸元。
赤黒い光。
「戦いで炎を使ってないよな」
「……!」
カイルが。
目を見開いた。
――ドクン。
巨大魔獣の胸元が。
再び。
大きく脈打った。




