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冒険者はまだ見ぬロマンを求めて  作者: 片山武琉
第一章 魔女と銀の笛

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第一章31 『迫る群れ』


 ――ゴォォォン!


 警鐘が鳴り響く。


 森の中にまで届くほどの、大きな音だった。


「急ぐぞ!」


「ああ!」


 ルイスとカイルは、木々の間を縫うように走っていた。


 向かう先はグランベル。


 先ほど巨大魔獣が進んでいった方角と同じだ。


「カイル!」


「何!」


「あいつ、どれくらいで街に着く!?」


「分からない!」


「分からないのかよ!」


「あんな魔獣、初めて見たんだから仕方ないだろ!」


 走りながらカイルが叫び返す。


「でも、あの速さなら……僕たちより先に着いてもおかしくない!」


「くそっ……!」


 ルイスはさらに足へ力を込めた。


 普通の魔獣の群れだけではない。


 あの巨大魔獣まで街へ向かっている。


 胸元で脈打っていた赤黒い光。


 異常な硬さ。


 そして。


 傷を塞いだ、あの不気味な再生。


「……」


 倒し方は分からない。


 けれど。


 あれが街へ到達すれば。


 ただでは済まない。


「もっと速く……!」


「無茶するな!」


「してない!」


「十分してる!」


 二人が言い合いながら森を駆け抜ける。


 その時。


 木々の向こうから、見覚えのある騎士たちが現れた。


 先ほどまで森で戦っていた騎士団だった。


「止まれ!」


 先頭を走る騎士が声を上げる。


 剣を構えた騎士たちが、一斉にルイスたちへ向けて警戒した。


「お前たち、まだここにいたのか!」


「俺はルイス!」


「カイル! 冒険者です!」


「冒険者?」


 先頭にいた騎士が眉をひそめる。


「こんな場所で何をしている!」


「それどころじゃない!」


 ルイスが叫ぶ。


「巨大魔獣が街へ向かった!」


「こちらも確認した! 全員撤退する!」


 カイルがすぐに続けた。


「森の中にいた魔獣の一部が、グランベルへ向かっています」


「一部?」


「はい。それに――」


 カイルが言葉を止める。


「どうした?」


「巨大な魔獣もいます」


「巨大な?」


 騎士の一人が聞き返した。


「どれくらいだ?」


「普通の魔獣とは比べものになりません」


 カイルの表情が険しくなる。


「魔力の量も異常でした。それに、傷を負わせても……」


「傷を負わせても?」


「再生しました」


「……!」


 騎士たちの間に緊張が走った。


「再生する魔獣だと?」


「俺たちも戦った!」


 ルイスが言う。


「でも、倒せなかった!」


「……」


 先頭の騎士。


 どうやら隊を率いている男が、険しい表情で森の奥を見る。


「それほどの個体が……街へ向かっているのか」


「ああ!」


 その瞬間。


 ――ゴォォォン!


 再び。


 遠くから警鐘が響いた。


 騎士たちが一斉に振り返る。


「……もう始まっている」


 騎士隊長が呟く。


「全員聞け!」


 大声が森へ響いた。


「調査を中止する!」


「はっ!」


「直ちにグランベルへ戻る!」


 騎士たちが武器を構え直す。


「森の魔獣はどうしますか!」


「今は街が先だ!」


 騎士隊長が答える。


「ここで戦い続けて街を失えば意味がない!」


「はっ!」


「動ける者は全員戻れ!」


 騎士たちが一斉に走り始めた。


「俺たちも行く!」


 ルイスも続こうとする。


 だが。


「待て!」


「え?」


 騎士隊長がルイスを止めた。


「お前、いくつだ?」


「十四!」


「十四!?」


 騎士の顔が引きつる。


「お前達も戻る気か?」


「もちろん!」


「……止めても行く顔だな」


「よく分かったな!」


「……分かる」


 カイルが割って入る。


「時間がありません!」


「……」


「それに、僕たちは巨大魔獣と実際に戦いました」


「……何?」


「あいつの特徴を知っているのは、今のところ僕たちです」


 騎士隊長が黙る。


「それにルイスは――」


 カイルが横を見る。


「止めても行きます」


「おい」


「違う?」


「……」


 ルイスが目を逸らした。


「……行く」


「ほら」


「お前な……」


 騎士隊長が額を押さえる。


 だが。


 警鐘がまた鳴る。


 ――ゴォォォン!


「……分かった」


 騎士隊長が息を吐いた。


「ただし勝手な行動はするな」


「分かった!」


「命令には従え」


「分かった!」


「絶対だぞ」


「分かったって!」


「……不安だ」


「僕もです」


「カイル!」


 騎士隊長が走り出す。


「行くぞ!」


「おう!」


 ルイスたちもその後を追った。


 ――――――――――


 グランベル。


 西側城壁。


「弓兵、配置につけ!」


「急げ!」


 兵士たちが城壁の上を走り回っている。


 眼下。


 平原の向こう。


 森から次々と魔獣が飛び出していた。


「まだ増えます!」


「数は!」


「確認できません!」


「何だと!」


 兵士が歯を食いしばる。


 魔獣は一つの群れではない。


 森の各所から現れた群れが。


 途中で合流し。


 さらに大きな群れとなっている。


「西門は!」


「閉鎖完了!」


「住民の避難は!」


「現在も継続中です!」


「冒険者ギルドへ伝令!」


「すでに向かわせています!」


 街中では。


 警鐘を聞いた住民たちが慌ただしく動いていた。


「早く!」


「こっちだ!」


 母親が子供の手を引く。


 商人が店の扉を閉める。


 荷物を抱えた住民が。


 兵士の誘導に従い、街の中心部へ向かっていく。


「西側から離れてください!」


「立ち止まらないで!」


 兵士たちが声を張り上げる。


 その一方。


 避難する人々とは逆方向へ走る者たちもいた。


 剣。


 槍。


 斧。


 様々な武器を持った冒険者たちだ。


「ギルドからだ!」


「西門へ向かえ!」


「防衛に参加できる奴は来い!」


 これまで。


 街へ近づく魔獣を減らすために集められていた冒険者たち。


 その力が。


 今度は街そのものを守るために集まり始めていた。


「……」


 城壁の上。


 その様子を見下ろす一人の男がいた。


 五十代半ば。


 整えられた黒髪には白髪が少し混じっている。


 豪華な装飾が施された重厚な鎧。


 腰には一本の剣。


 グランベルを治める領主。


 ジョージ・グランベル。


「状況は」


「はっ!」


 兵士が駆け寄る。


「西の森から多数の魔獣が接近中です!」


「数は」


「正確には確認できません! ですが――」


 兵士が言い淀む。


「百を超える可能性があります」


「……」


 ジョージは顔色一つ変えない。


「騎士団は」


「森の調査へ出ています!」


「伝令は」


「送っております!」


「戻るまでに間に合うか」


「……」


 兵士は答えられなかった。


 ジョージが平原を見る。


 魔獣の群れ。


 明らかにおかしい。


 野生の魔獣であれば。


 これほどの数が。


 同じ場所へ。


 同時に向かうことなど、まずない。


「……誘導されている」


「え?」


「いや」


 ジョージは小さく首を振る。


「弓兵へ伝えろ」


「はっ!」


「まだ撃つな」


「……よろしいのですか?」


「距離がある」


 ジョージが平原を見る。


「今撃っても矢を無駄にするだけだ」


「はっ!」


「十分に引きつけろ」


 兵士が走っていく。


 その時。


「領主様!」


 別の兵士が駆けてきた。


「どうした」


「冒険者ギルドから連絡です!」


「言え」


「動ける冒険者を西門へ集結させています!」


「分かった」


「それと――」


 兵士が続ける。


「街に残っていた騎士も、すでに配置につき始めています!」


「よし」


 ジョージが頷く。


「住民の避難を最優先にしろ」


「はっ!」


「門の周辺には一般人を近づけるな」


「はっ!」


 指示を出しながら。


 ジョージは魔獣の群れを見続ける。


「……」


 その目が。


 僅かに細くなった。


 魔獣の身体。


 遠くからでも分かる。


 通常より大きな個体が混ざっている。


 異様に膨れた筋肉。


 黒く変色した身体。


「……あれは」


 ジョージが呟く。


 以前から報告されていた。


 最近。


 西の森で確認され始めた異常な魔獣。


「やはり、同じか」


 偶然ではない。


 誰かが。


 何かをしている。


 その時。


「領主様!」


「今度は何だ」


「あれを!」


 一人の兵士が。


 震える指で森を指す。


「……?」


 ジョージが視線を向ける。


 森。


 魔獣たちが次々と飛び出してくる、そのさらに奥。


 木々が揺れている。


 いや。


 揺れているのではない。


「……倒れている?」


 一本。


 また一本。


 大きな木が横へ倒れていく。


 ――ズン。


 僅かに。


 城壁まで振動が届いた。


「地震か?」


「違います!」


 兵士が叫ぶ。


「森の中からです!」


 ――ズン。


 もう一度。


 何かが。


 近づいている。


 魔獣の群れの後ろから。


「……」


 ジョージの表情が変わった。


「全員警戒しろ」


「はっ!」


「何か来る」


 城壁の上の兵士たちが。


 一斉に森へ目を向ける。


 だが。


 まだ。


 正体は見えない。


 その時。


「矢の準備完了!」


 弓兵の声が響いた。


 魔獣の群れは。


 もう。


 城壁からはっきりと見える距離まで迫っている。


「領主様!」


「まだだ」


「ですが!」


「まだ引きつけろ」


 ジョージは冷静に答える。


 魔獣たちは。


 止まらない。


 百。


 あるいはそれ以上。


 蹄。


 爪。


 足音が重なり。


 地面そのものが震えているようだった。


「……」


 城壁の上。


 誰かが息を呑む。


 恐怖。


 それは。


 兵士たちにも確かにあった。


 だが。


「聞け!」


 ジョージの声が響く。


 兵士たちが振り返る。


「後ろには街がある!」


 住民がいる。


 家族がいる。


 戦えない者がいる。


「ここを越えさせるな!」


「――はっ!」


 兵士たちの声が重なる。


 ジョージは再び前を見る。


「弓兵!」


 魔獣の群れが。


 射程へ入った。


「構え!」


 一斉に。


 弓が引かれる。


 数十本の矢。


「狙え!」


 魔獣たちが走る。


 さらに近づく。


 ジョージが剣を抜いた。


「放て!」


 ――ヒュンッ!


 無数の矢が。


 空を埋め尽くした。


 そして。


 ――ザザザザザッ!


 魔獣の群れへ降り注ぐ。


「ギャウッ!」


「グァッ!」


 何匹もの魔獣が倒れた。


「次!」


「はっ!」


 すぐに次の矢が番えられる。


「放て!」


 再び。


 矢の雨。


 魔獣たちが次々と倒れていく。


「効いてる!」


 一人の兵士が声を上げる。


 だが。


「いや」


 ジョージが呟く。


 倒れた魔獣を踏み越え。


 後ろからさらに別の魔獣が現れる。


「数が多すぎる」


「……!」


 二射。


 三射。


 矢を浴びせても。


 群れの勢いが止まらない。


「門前の部隊へ伝えろ!」


「はっ!」


「接触に備えろ!」


 兵士が走り出す。


 その時。


 ――ドォォォン!


「っ!?」


 大きな音が響いた。


 西の森。


 木々が大量に倒れ。


 土煙が上がる。


「何だ!?」


 兵士たちがざわめく。


 そして。


 土煙の向こう。


 森の中から。


 巨大な影が現れた。


「……」


 ジョージが目を見開く。


 四本の脚。


 黒く硬い毛。


 その隙間から覗く赤黒い皮膚。


 身体中を走る黒い筋。


 普通の魔獣とは。


 比べることすらできない巨体。


「……なんだ」


 兵士の声が震える。


「あれは……」


 巨大魔獣が。


 ゆっくりと顔を上げる。


 そして。


 胸元。


 赤黒い光が。


 心臓のように脈打った。


 ――ドクン。


「……!」


 ジョージの目が。


 その光を捉える。


「……あの胸は何だ」


 胸元で脈打つ赤黒い光。


 そこから。


 全身の黒い筋が脈打っているように見えた。


 巨大魔獣が。


 グランベルを見る。


「グルルルルル……」


 低い唸り声。


 城壁の上まで。


 空気が震えた。


「……」


 兵士たちが言葉を失う。


 だが。


 ジョージだけは。


 巨大魔獣から目を逸らさなかった。


「総員」


 剣を握る。


「戦闘準備」


「……はっ!」


 巨大魔獣が。


 一歩。


 踏み出した。


 ――ズン!


 地面が揺れる。


 そして。


 グランベルへ向けて。


 歩き始めた。


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