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冒険者はまだ見ぬロマンを求めて  作者: 片山武琉
第一章 魔女と銀の笛

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第一章2 『仕事を求めて』

 

 早朝。


 ウェルム村を後にしたルイスは、グランベルを目指して歩いていた。


 村を出てしばらくは、まだ街道とも呼べない細い野道が続いている。


 見渡す限りの草原。


 その上を、朝の澄んだ風が吹き抜けていく。


「いやー……」


 ルイスは歩きながら、大きく伸びをした。


「平和だなぁ」


 辺りを見回す。


 草。


 草。


 少し離れた場所にも草。


 遠くには森が見えるものの、特に変わったものはない。


 魔獣の気配もなければ、旅人の姿もない。


 どこまでも穏やかな旅路だった。


「……平和なのはいいんだけど」


 ルイスは少しだけ肩を落とす。


「なんか面白いもんねぇかな」


 昨夜。


 クライに語ったばかりだ。


 見たことのない景色。


 知らない場所。


 知らない人との出会い。


 それを求めて旅をしている。


 とはいえ。


 目の前に広がっているのは――。


「草ばっかだな」


 しゃがみ込み。


 一本の草を摘んでみる。


「……これ、昨日の村の近くにもあったな」


 少し眺めて。


 そっと地面へ戻した。


「まあ」


 ルイスは再び歩き出す。


「こういう何もない道の先に、何があるか分かんねぇのも旅か」


 グランベル。


 昨日、ウェルム村で初めて聞いた街の名前。


 魔獣が増え。


 領主が冒険者を集めているという。


 何が起きているのか。


 まだ何も知らない。


「報酬も出るしな!」


 途端に。


 ――ぐぅぅぅ。


「……」


 腹が鳴った。


 ルイスは足を止める。


「……腹減った」


 昨日食べた料理を思い出す。


 温かなスープ。


 焼いた肉。


 焼きたてのパン。


「クライん家の飯が、もう恋しいぜ……」


 まだ村を出て、それほど経っていない。


 ルイスは腹を押さえながら歩き続けた。


 その時。

 

「……ん?」


 ルイスの足が止まった。


 風が吹く。


 草原が波打つ。


 その中に――。


 ――ピィ……。


 かすかな音が混じった。


「……?」


 ルイスが顔を上げる。


 耳を澄ませた。


「…………」


 風。


 草の擦れる音。


 それから――。


 ――ピィ……。


 もう一度。


 確かに聞こえた。


「……笛?」


 遠くから聞こえてくる。


 誰かが吹いているのだろうか。


「まあ、街道の方なら誰かいるか」


 ルイスは再び歩き出した。


 けれど。


 数分もしないうちに、別の音が聞こえてきた。


「……ん?」


 今度は笛じゃない。


 低い。


 獣の唸り声。


 そして――。


「誰か! 助けてくれぇ!」


 人の叫び声。


「魔獣だ! 囲まれてる!」


「……!」


 ルイスの表情が変わった。


 次の瞬間。


 地面を強く蹴る。


 声のした方へ、一気に駆け出した。


 ――――――――――


 草原を抜けた先。


 街道の上に、一台の馬車が止まっていた。


「マジかよ……」


 ルイスが足を止める。


 馬車の周囲には――。


 五匹。


 獣の姿があった。


 馬は怯え、何度も前脚で地面を蹴っている。


 そして五匹の魔獣は、逃げ道を塞ぐように馬車を取り囲んでいた。


「おい!」


 ルイスが声を上げる。


「こっちだ!」


 五匹の視線が、一斉にルイスへ向いた。


「お……」


 獣たちが動きを止める。


 ルイスも、その姿を観察した。


 犬に似ている。


 だが。


 犬と呼ぶには、あまりにも大きい。


 大型犬より一回りほど大きな身体。


 細く引き締まった四肢には、獲物を追うための筋肉が浮き上がっている。


 全身を覆うのは、煤けた灰色の毛。


 特に首元だけが異様に長く。


 風もないのに、ざわざわと揺れていた。


 黄色く濁った瞳。


 その奥で細い瞳孔が、じっとルイスを捉えている。


 口元からは、長い牙。


「……犬?」


 ルイスが首を傾げる。


「グルルルル……」


 魔獣が低く唸った。


 口が開く。


 並んだ鋭い牙が露わになる。


「……いや」


 ルイスは拳を握った。


「犬にしちゃ、物騒すぎるな」


 次の瞬間。


 五匹のうち一匹が地面を蹴った。


「来るか!」


 真っ直ぐルイスへ飛びかかってくる。


 大きく開いた口。


 鋭い牙。


 それでも、ルイスは動かない。


 一歩。


 さらに半歩。


 牙が目前まで迫った――。


「――今だ!」


 身体を横へ滑らせる。


 魔獣の牙が肩先を掠めた。


「あっぶねぇ!」


 すれ違う、その一瞬。


 ルイスは身体を捻った。


 握った拳を――。


「よっと!」


 魔獣の脇腹へ叩き込む。


 ――ドンッ!


「ギャウッ!」


 魔獣の身体が横へ吹き飛ぶ。


 草の上を何度も転がり、そのまま動かなくなった。


「一匹!」


 だが。


 残りの魔獣たちは止まらない。


 左右から二匹。


 さらに背後から一匹。


「おいおい!」


 ルイスが笑う。


「ちゃんと順番に来いって!」


 左から振るわれた爪。


 身を低くしてかわす。


 頭上を爪が通り過ぎた。


 そのまま地面へ片手をつき――身体を捻る。


「――よっ!」


 回転の勢いを乗せた蹴り。


 踵が魔獣の顎を捉えた。


「ギャインッ!」


 獣の身体が宙へ浮く。


 地面へ叩きつけられる。


 けれど。


「っ!」


 右側。


 もう一匹。


 ルイスの死角へ回り込んでいた魔獣が。


 背後から飛びかかる。


 振り返った時には。


 すでに目前。


「間に合わねぇ!」


 避けられない。


 なら。


「真正面から――」


 右足を踏み込む。


 腰を落とす。


 拳を強く握った。


「ぶっ飛ばす!」


 振り抜く。


 ――ドンッ!!


 衝撃で周囲の草が揺れた。


 魔獣の身体が大きく弾き飛ばされ、何度も地面を転がっていく。


「ふぅ……」


 ルイスは拳を軽く振った。


「ったく。硬ぇ頭だな」


 残る二匹。


「グルルル……」


 低く唸っている。


 けれど。


 さっきまでとは何かが違った。


 二匹はすぐに襲ってこない。


 ルイスを見ながら、僅かに後ずさる。


「ん?」


 ルイスは首を傾げた。


「どうした?」


 一匹が唸る。


 もう一匹も、それに続く。


 そして。


 二匹はほぼ同時に身を翻した。


「お?」


 そのまま草原の向こうへ走り去っていく。


「…………」


 ルイスは追わなかった。


 遠ざかっていく二匹を、ただ見送る。


「逃げた……?」


 少しだけ眉を寄せる。


 あれほど馬車へ群がっていたのに。


 急に興味を失ったように去っていった。


「……なんだったんだ、あいつら?」


「まあ」


 ルイスは肩を竦める。


「逃げてくれたならいいか」


 今は。


 馬車の方が先だ。


「大丈夫かー!」


 振り返り。


 馬車へ声をかける。


「……もう、いないのか?」


 御者台の男が。


 恐る恐る顔を上げる。


「ああ!」


「三匹は倒した!」


「残りは逃げた!」


「た、助かったぁぁ……!」


 男が。


 全身の力を抜いたように御者台へ座り込んだ。


 そして。


「リュート!」


 馬車の中へ声をかける。


「もう大丈夫だ!」


「……はい」


 中から。


 若い声が返った。


「……?」


 ルイスが馬車を見る。


 ゆっくり。


 扉が開く。


 最初に降りてきたのは。


 御者台にいた男だった。


 四十代半ばほど。


 短く切った茶色の髪。


 日に焼けた顔。


 頬には無精髭。


 がっしりとした身体。


 使い込まれた革のベストに。


 旅の汚れが残るシャツ。


 見るからに。


 長い街道を何度も往復してきたような男だった。


「いやぁ、本当に助かった!」


 男はルイスへ近づくなり。


 両肩を掴んだ。


「坊主! 命の恩人だ!」


「ぼ、坊主……」


 ルイスの眉がぴくりと動く。


「俺、十四なんだけど」


「十四!?」


「そんな驚く!?」


「いや、てっきり十二くらいかと……」


「……」


「わ、悪かった!」


「謝るなよ!」


 そんな二人の後ろから。


 もう一人。


 馬車を降りてくる。


「本当に……ありがとうございました」


「……」


 ルイスの視線が、そちらへ向く。


 自分と同じくらいの年頃の少年だった。


 細身の身体。


 灰色の外套。


 肩まで伸びた、淡い銀色の髪。


 前髪の隙間から覗く瞳は穏やかで、どこか落ち着いた雰囲気を纏っている。


 腰には小さな革袋。


 そして。


 胸元には――。


 一本の笛が吊るされていた。


「そんなに感謝されると、逆に困るな」


 ルイスは頭を掻いた。


「たまたま通りかかっただけだし」


 銀髪の少年が、小さく笑った。


「それでも、僕たちにとっては命の恩人ですよ」


「そうか?」


「ええ」


 少年は丁寧に頭を下げる。


 その拍子に。


 胸元の笛が、小さく揺れた。


「いやぁ、本当に助かったぞ!」


 中年の男が豪快に笑う。


「俺はオリバー! 街で店をやってる商人だ!」


 自分の胸をどんと叩く。


 そして隣の少年を指した。


「こいつとは道中で知り合ってな! 街まで乗せてくれって頼まれたんだ!」


「僕はリュートです」


 銀髪の少年――リュートが穏やかに笑う。


「改めて、本当にありがとうございました」


「俺はルイスだ!」


 ルイスも笑顔を返した。


「よろしくな!」


「おう!」


 オリバーが頷く。


 三人の間に、ようやく緊張の抜けた空気が戻った。


「しかし……」


 オリバーが腕を組み、先ほど魔獣が消えていった草原を見る。


「最近、この辺りは本当に物騒になったな」


「最近?」


 ルイスが聞き返した。


「前から魔獣が多かったわけじゃないのか?」


「いや」


 オリバーが首を振る。


「昔はこの辺で魔獣なんて、滅多に見なかったんだがな」


「じゃあ、本当に増えてるのか」


「ああ」


 オリバーの表情が少し曇る。


「領主様が傭兵を募集するくらいだからな。街でも最近は、その話ばっかりだ」


「やっぱり……」


 ルイスが顎へ手を当てる。


 ウェルム村で聞いた話。


 どうやら噂ではなかったらしい。


「そういやルイス」


 オリバーが尋ねる。


「お前、街に向かってたんだろ?」


「ああ」


「なら――」


 オリバーが馬車を指差した。


「乗ってくか?」


「えっ」


 ルイスの目が輝く。


「いいのか!?」


「もちろんだ!」


 オリバーが豪快に笑った。


「命の恩人を歩かせるほど薄情じゃねぇよ!」


「助かる!」


 ルイスは即答した。


「ぜひ乗せてくれ!」


「おうよ!」


 オリバーが親指を立てる。


 隣ではリュートも微笑んでいた。


「では、僕も改めてよろしくお願いします。ルイスさん」


「さん付けなんていらねぇよ」


「え?」


「俺たち、同じくらいの歳だろ?」


 リュートが少し目を丸くする。


 それから。


「……そうですね」


 小さく笑った。


「じゃあ――ルイス」


「おう! リュート!」


「よし!」


 オリバーが御者台へ向かう。


「そんじゃあ二人とも、乗ってくれ!」


「おう!」


 ルイスが先に荷台へ足をかけた。


「よっと」


 そのまま乗り込む。


 続いてリュートも荷台へ上がろうとした――。


 そのとき。


 胸元に吊るされた笛が、外套へ引っかかった。


 ――ピィ……。


 ほんの短い音。


「……?」


 ルイスが振り返った。


 どこかで。


 聞いたような――。


「…………」


 けれど。


 リュートは何事もなかったように荷台へ乗り込んでいる。


「ルイス?」


「ん?」


「どうかしました?」


「いや……」


 ルイスは一瞬だけ、リュートの胸元を見る。


 一本の笛。


「……なんでもねぇ!」


 そう答え、荷台へ腰を下ろした。


「それじゃあ、出発するぞ!」


 オリバーの声が響く。


 馬が歩き出す。


 車輪がゆっくり回り始めた。


 ルイスを乗せた馬車は――。


 魔獣が増え始めた街。


 グランベルへ向かって進んでいった。


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