第一章1 『まだ見ぬロマンを求めて』
丘を下りようとしていたクライのもとへ――。
「おーい!」
聞き覚えのある声がした。
クライが振り返る。
燃え盛る炎のような赤い髪を揺らしながら、一人の少年がこちらへ駆け戻ってきていた。
「ルイスさん?」
先ほど。
格好よく名乗り、颯爽と立ち去っていったはずのルイスだ。
そのルイスがクライの前まで来るなり――。
「なぁ! お前の家、今日泊めてくれないか! 頼む!」
勢いよく頭を下げた。
「えぇ!? どうして?」
「旅って意外と金がかかるんだよ……」
ルイスは気まずそうに視線を逸らす。
「さっき財布を見たら、空っぽだった……」
「…………」
先ほどまでの格好いい姿はどこへ行ったのだろう。
クライは呆気に取られた。
けれど。
すぐに吹き出す。
「僕の家でよかったら、全然いいよ!」
「マジで!?」
ぱっとルイスの顔が明るくなる。
「ありがとう!」
そして。
ふと気づいたように首を傾げた。
「そういや、俺は名乗ったけど、お前の名前聞いてなかったな」
「あ」
クライも今さら気づく。
「僕はクライ」
「クライか!」
ルイスは差し出された小さな手を握った。
「マジでありがとな、クライ!」
「う、うん!」
二人は並んで丘を下り始めた。
――――――――――
「ルイスさんって、冒険者になって長いの?」
歩きながら。
クライが尋ねる。
「いや。まだ一年も経ってねぇな」
「えぇ!? まだそんなに短いんだ!」
「おう!」
クライは目を丸くした。
先ほど三人をあっという間に追い払った姿から。
もっとずっと長く冒険者をしているのだと思っていた。
しばらく歩いたところで。
クライは少し迷ってから口を開く。
「じゃあ……なんでルイスさんは冒険者になろうと思ったの?」
「ん?」
「やっぱり……英雄になりたかったとか?」
クライが少し恥ずかしそうに尋ねる。
自分が読んでいる冒険物語では。
冒険者になる者の多くが、英雄や名声に憧れていた。
けれど。
「英雄?」
ルイスはあっさり答えた。
「そんなの興味ねぇよ」
「え?」
予想外だった。
ルイスは足を止める。
そして。
雲一つない青空を見上げた。
「俺は――」
少しだけ笑う。
「まだ見たことのない景色を、この目で見たいんだ」
「見たことのない景色?」
「ああ」
ルイスは遠くを見る。
「地図の端には何があるのか」
「その先には何があるのか」
「誰も知らない場所には、何が待ってるのか」
「そこで、どんな奴と出会えるのか」
風が吹く。
赤い髪が揺れた。
「世界は広いんだ」
その声は。
どこまでも楽しそうだった。
まるで。
まだ知らないものが世界に残っていることそのものを。
喜んでいるように。
「そんなこと……考えたこともなかった」
クライがぽつりと呟く。
「クライも冒険に興味あるんだろ?」
「う、うん!」
クライは少し照れながら頷いた。
「僕もいつか、冒険者になりたいんだ」
「じゃあ決まりだな」
「え?」
ルイスが笑う。
「どっちが先に世界の果てを見つけるか、勝負だ!」
「世界の果て!?」
「ああ!」
あまりにも大きな話に。
クライは一瞬、呆気に取られた。
けれど。
ルイスは本気だった。
だから。
「……うん!」
クライも笑って頷く。
「僕だって負けないよ!」
「言ったな!」
「言った!」
「じゃあ勝負だ!」
「うん!」
この時のクライには。
本当に世界の果てまで行けるのかなんて分からない。
それでも。
さっきまで本の中にしかなかった冒険が。
ほんの少しだけ。
自分の未来へ近づいた気がした。
――――――――――
二人は村の中を歩く。
「静かでいい村だな」
ルイスが辺りを見渡した。
広い畑。
小さな家々。
道を行き交う村人たち。
庭先で洗濯物を干す女性。
木陰で話し込む老人たち。
子供たちの笑い声。
クライにとっては。
生まれた時から見慣れた景色だった。
「へへへ。そうだね」
クライは少し照れたように笑う。
「ルイスさんが探してるようなものは、ここにはないかも」
「そんなことないぞ」
「え?」
「俺は今日、初めてここに来たんだ」
ルイスは何でもないことのように答えた。
「俺にとっては、この村だって初めて見る場所だろ?」
「……」
「それに」
ルイスがクライを見る。
「どんな場所にだって、新しい出会いはあるしな」
「……そっか」
クライは少しだけ嬉しくなった。
何もないと思っていた村。
けれど。
外から来たルイスには。
ここも知らない場所の一つなのだ。
「……それに」
ルイスが突然、鼻をひくつかせた。
「なんか、めちゃくちゃいい匂いしねぇか?」
「ああ。すぐそこのパン屋さんだよ」
「パン……!」
その瞬間。
――ぐぅぅぅぅ。
大きな音が響いた。
「…………」
「…………」
二人が顔を見合わせる。
ルイスの顔がみるみる赤くなった。
「……今のは聞かなかったことにしてくれ」
「ふっ……」
「笑うなよ!」
「ハハハハ! ご、ごめん!」
クライの笑い声が村の中へ響く。
「くそぉ……」
ルイスは恥ずかしそうに腹を押さえた。
だが。
次の瞬間。
「おっ!」
突然、道端へ駆け寄る。
「どうしたの?」
ルイスが拾い上げたのは。
小さな石だった。
丸みを帯びた。
何の変哲もない、ごく普通の石。
「ルイスさん、そんな石どうするの?」
「こういうの好きなんだ!」
「ただの石なのに?」
クライが不思議そうに首を傾げる。
ルイスは手のひらの石を太陽へかざした。
「ただの石って言うけどさ」
橙色の瞳が細くなる。
「世界中探したって、まったく同じ石なんて一個もねぇだろ?」
「……」
クライも石を見る。
今までなら。
道端に落ちていても、気にも留めなかったもの。
けれど。
そう言われると。
欠けた場所も。
表面の模様も。
ほんの少しだけ特別に見えてくる。
「持っていくの?」
「ああ!」
ルイスは石を懐へ入れた。
「旅の記念!」
「そんなものまで記念になるんだ」
「なる!」
迷いのない返事に。
クライはまた笑った。
「おや、旅人かい?」
道の向こうから声が飛んできた。
村の女性が。
珍しそうにルイスを見ている。
「どこから来たんだい?」
「うーん……南の方」
「そんな大雑把に!?」
思わずクライが突っ込む。
だが。
女性は気にした様子もなく。
「あら、そうかい。ゆっくりしていきな」
「おう!」
「それでいいんだ……」
クライだけが首を傾げた。
「ああ、そうだ」
女性が足を止める。
「旅人さんなら、ちょうどいいかもしれないね」
「ん?」
「近くの街で魔獣が増えてるらしいんだよ」
「魔獣が?」
「ああ」
女性の表情が少し曇る。
「グランベルって街なんだけどね。領主様が冒険者を集めてるって話だよ」
「グランベル……」
ルイスがその名を口の中で繰り返した。
「そんなに増えてるのか?」
「詳しくは知らないけどね」
女性は心配そうに村の外へ続く道を見る。
「最近は街道でも見かけるって話だよ」
「街道にも?」
「ああ。旅人さんも、道中気をつけな」
「……分かった。ありがとな!」
ルイスは遠ざかっていく女性の背中を見送る。
「ちょっと怖いね」
クライが呟く。
「街にまで魔獣が来たりしないかな……」
「……」
ルイスはすぐには答えなかった。
ただ。
グランベルへ続く道を、一度だけ見た。
知らない街。
増えた魔獣。
冒険者を集める領主。
その先に何があるのか。
まだ。
何も分からない。
――――――――――
「ここが僕の家だよ!」
しばらく歩き。
一軒の家の前でクライが立ち止まった。
「おお! 着いたか!」
ルイスが嬉しそうに声を上げる。
それから振り返り。
村を見渡した。
「いい村だな」
「本当?」
「ああ」
ルイスは笑う。
「知らない場所に来るとさ」
「その場所で暮らしてる奴にとっては普通のことでも」
「俺には初めて見るものばっかりなんだ」
「……」
「これだから旅はやめられねぇ」
その横顔を見て。
クライは思った。
――この人は。
――本当に世界を見るのが好きなんだ。
「ほら、入って!」
「ああ!」
クライが扉を開ける。
「ただいま!」
「お邪魔しまーす!」
二人の声が家の中へ響いた。
「あら。おかえりなさい」
奥から一人の女性が姿を見せる。
クライによく似た。
優しそうな女性だった。
「あら、お客さん?」
「お母さん。この人、ルイスさん」
クライは少し嬉しそうに続ける。
「今日、丘で僕を助けてくれたんだ」
「まあ、そうなの?」
「それで……今日、家に泊めてあげてもいい?」
「あっ」
ルイスもすぐに頭を下げた。
「急にすみません!」
さらに深く頭を下げる。
「一晩だけ、お願いします!」
クライの母親は少し驚いたものの。
すぐに柔らかく笑った。
「いいわよ。泊まっていきなさい」
「本当ですか!?」
ルイスの顔が一気に明るくなる。
「ありがとうございます!」
「やったね、ルイスさん!」
「おう!」
二人の様子を見て。
母親がくすりと笑った。
「何か手伝えることありますか?」
ルイスが尋ねる。
「あら、優しい子ね」
母親はクライを見る。
「クライにも見習ってほしいわ」
「ぼ、僕だって手伝うよ!」
「ははは!」
クライが顔を赤くする横で。
ルイスが笑った。
「じゃあ二人とも、水汲みをお願いしてもいい?」
「任せてください!」
ルイスが胸を張る。
「力仕事なら俺に任せとけ!」
「ふふ。ルイス君は頼りになるわね」
「僕だって水汲みくらいできるよ!」
「よーし! 行くぞ、クライ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
ルイスが勢いよく家を飛び出す。
「井戸の場所知らないでしょ!」
「あっ」
「もう!」
クライも慌てて後を追った。
「……クライったら」
母親は。
遠ざかっていく二人を見つめた。
普段はあまり見せない。
楽しそうな息子の笑顔。
「同年代のお友達なんて、珍しいわね」
嬉しそうに微笑んだ。
――――――――――
「こっちだよ!」
クライに案内され。
二人は村の井戸へやってきた。
「へぇ」
ルイスが石造りの井戸を覗き込む。
「この村の井戸は石積みなんだな」
「え? 普通じゃないの?」
「村によるぞ」
ルイスは桶を下ろしながら答える。
「木で囲ってるところもあるし、川から直接水を汲んでる村もあったな」
「へぇ……」
クライにとって当たり前だったものが。
ルイスにとっては。
旅の中で見つけた一つの違い。
「村によって、そんなに違うんだ」
「違う違う」
ルイスが笑う。
「家の形も違うし、食うもんも違うし、喋り方が全然違うところもある」
「面白そう……」
「だろ?」
「うん!」
「だから旅は面白いんだよ」
ルイスは桶の縄を引く。
「よっと!」
水の入った桶を。
勢いよく持ち上げた。
「すごい!」
「まぁな!」
得意そうに笑うルイス。
「冒険者ならこれくらいできねぇとな!」
「やっぱりすごいなぁ……」
「そんなに褒めんなって」
少し照れながら歩き出した。
その時。
「おっと」
桶が傾く。
「あっ!」
――ばしゃっ。
跳ねた水が。
クライの服へ思い切りかかった。
「…………」
「…………」
ルイスが。
ゆっくりクライを見る。
「……わりぃ」
「さっきの格好いい台詞、返してよ」
「事故だ!」
「冒険者なのに?」
「冒険者でも水はこぼす!」
「そうなんだ……」
「そんな目で見るなよ!」
クライは袖についた水を払いながら。
堪えきれず笑った。
――――――――――
帰り道。
「……ねぇ、ルイスさん」
「ん?」
クライがぽつりと尋ねる。
「ルイスさんは、怖くないの?」
「何が?」
「知らない場所とか」
少し考えてから。
続ける。
「知らない人と会うこととか」
ルイスは少し黙った。
そして。
「怖くないって言ったら、嘘になるな」
「え?」
クライが意外そうに顔を上げる。
てっきり。
ルイスなら「怖くない」と言うと思っていた。
「知らない場所なら、何があるか分からねぇし」
ルイスは前を向いたまま続ける。
「強い魔獣がいるかもしれない」
「危ない土地かもしれない」
「知らない奴だって、みんな良い奴とは限らない」
「じゃあ……」
クライが尋ねる。
「どうして旅を続けられるの?」
その問いに。
ルイスは笑った。
「それ以上に見たいからだよ」
「……」
「怖いものがあるのは嫌だけどさ」
「だからって」
少しだけ空を見上げる。
「見たいものまで諦める方が、俺は嫌だ」
「……!」
「もっといろんな場所を」
「もっといろんな景色を」
「もっと知らないものを」
橙色の瞳が輝く。
「自分の目で見てみたい」
そして。
ルイスは何でもないことのように笑った。
「だから行く!」
「……そっか」
クライは俯く。
「僕には、まだ勇気が足りないや」
「そんなことねぇよ」
「え?」
「さっき」
ルイスがクライを見る。
「三人に囲まれても、あいつらに立ち向かっただろ?」
「……!」
「怖かったんだろ?」
「うん……」
「でも動いた」
クライは。
丘でのことを思い出す。
足は震えていた。
逃げたかった。
それでも。
夢を笑われたことが悔しくて。
相手を押し返した。
「それって」
ルイスが笑う。
「十分、勇気あるんじゃねぇの?」
「……」
「怖くない奴だけが勇気あるんじゃないだろ」
「怖くても」
「それでも何かしたいって思って、一歩動けたなら」
「俺はそれでいいと思うけどな」
「……ルイスさん」
「まあ」
すぐにいつもの笑顔へ戻る。
「次は殴られる前に逃げた方がいいけどな!」
「そこは逃げるの!?」
「三対一なら逃げてもいいだろ!」
「さっきルイスさん戦ってたじゃん!」
「俺は勝てそうだったから!」
「そんな理由!?」
二人は顔を見合わせる。
そして。
同時に笑った。
――――――――――
「ただいま!」
「ただいまー!」
「おかえりなさい。二人ともありがとう」
家へ戻ると。
食卓からいい匂いが漂っていた。
「ちょうどご飯ができたところよ」
「飯!?」
ルイスの反応は誰よりも早かった。
「やったー! もう腹減りすぎて死ぬところだったぜ……」
椅子に座るなり。
テーブルへ突っ伏す。
「ずっとお腹鳴ってたもんね」
「言うなよ……」
ほどなくして。
料理が運ばれてくる。
温かなスープ。
焼いた肉。
野菜。
そして。
昼間に匂いを嗅いでいたものと同じ。
村のパン屋で焼かれたパン。
「さあ、二人とも召し上がれ」
「うおおお! うまそー!」
ルイスが勢いよく顔を上げる。
「ルイスさん」
「ん?」
「よだれ垂れてるよ」
「えっ!?」
慌てて口元を拭うルイス。
クライの母親が楽しそうに笑った。
「ふふふ」
「笑わないでくださいよ!」
「いただきます!」
「いただきます」
賑やかな食事が始まった。
「うまっ!」
一口食べた瞬間。
ルイスが目を輝かせる。
「これ、めちゃくちゃうまいです!」
「あら、ありがとう」
「このスープ何入ってるんですか!?」
「村で採れた野菜よ」
「へぇ!」
ルイスは料理を食べながら。
一つ一つ。
珍しそうに眺めている。
クライにはいつもの夕食。
けれど。
ルイスにとっては。
これも旅先で初めて食べる料理だった。
「……」
クライはそれを見て。
少しだけ笑った。
「そういえば」
母親が少し心配そうな表情を浮かべる。
「最近、近くの街が大変らしいのよ」
ルイスが料理を頬張ったまま顔を上げた。
「やっぱり魔獣?」
「ええ」
クライも頷く。
「昼間、村の人も言ってたよね」
「グランベルのこと?」
「そうよ」
母親が答える。
「領主様が冒険者を集めているそうなの」
「やっぱり本当なんだな」
「かなり困ってるみたい」
母親は続ける。
「報酬も、ずいぶん出すって話よ」
「…………」
その瞬間。
ルイスの動きが止まった。
スプーンを持ったまま。
完全に固まっている。
「……ルイスさん?」
しばしの沈黙。
やがて。
ルイスがゆっくり顔を上げた。
「……いくらだ?」
「お金目当て!?」
クライが思わず叫ぶ。
ルイスは神妙な顔をした。
「クライ」
「な、何?」
「旅にはな……」
妙に重々しい声。
「金も必要なんだ」
「さっき財布空っぽだったもんね!」
「言うな!」
クライの母親がくすくす笑う。
「でも」
ルイスは少しだけ真面目な顔になる。
「魔獣が本当に増えてるなら」
「冒険者を集めるくらいには、何か起きてるってことだよな」
「……そうね」
「だったら」
ルイスは昼間見た。
村の外へ続く道を思い出す。
知らない街。
増えた魔獣。
その理由。
「ちょうどいいや」
「何が?」
「次に行く場所」
ルイスが笑う。
「グランベルにする!」
「報酬があるから?」
「それもある!」
「やっぱり!」
「でも」
ルイスはパンを一つ取る。
「何で魔獣が増えてるのかも気になるしな」
「……」
「知らないことがあるなら」
楽しそうに笑った。
「見に行きたい!」
クライは。
やっぱりこの人らしいと思った。
「そうと決まったら――」
ルイスが再び勢いよく料理をかき込み始める。
「明日の朝、出発だ!」
「早っ!」
「善は急げ!」
「お金目当ても入ってるけどね!」
「それはそれ!」
笑い声が。
食卓へ響いた。
――――――――――
その夜。
クライはなかなか眠れずにいた。
昼間の出来事が。
何度も頭の中に浮かぶ。
丘で出会った。
一人の冒険者。
まだ十四歳。
冒険者になって一年にも満たない。
それなのに。
自分の知らない場所をいくつも知っている。
窓の外を見る。
「……ん?」
庭に誰かいる。
ルイスだった。
一人。
月明かりの下で。
夜空を見上げている。
クライは窓を少し開いた。
夜風が部屋へ入り込む。
そして。
小さな声が聞こえた。
「……まだまだ」
ルイスは。
空の向こうを見つめている。
「見たい景色がある」
昼間と似た言葉。
けれど。
今度は誰かに聞かせるためではない。
ただ。
自分の胸の内から零れた言葉だった。
「地図の先も」
「海の向こうも」
「山の向こうも……」
少しだけ笑う。
「全部、自分の目で見てぇな」
月明かりに照らされた赤い髪が。
夜風に揺れる。
クライは。
その姿をじっと見つめていた。
――やっぱり。
――この人は本当に、世界を旅している人なんだ。
そして。
いつか。
自分も。
――――――――――
翌朝。
まだ村に朝靄が残る頃。
「本当にもう行くの?」
家の前。
クライの母親が心配そうにルイスを見る。
「ああ!」
ルイスは荷物を背負った。
「昨日は本当にお世話になりました!」
深く頭を下げる。
「ご飯も、めちゃくちゃうまかったです!」
「ふふ。そう言ってもらえると嬉しいわ」
「気をつけるのよ」
「最近は物騒なんだから」
「はい!」
そして。
クライが一歩前へ出る。
「ルイスさん」
「ん?」
「……また会える?」
ルイスが。
少しだけ目を丸くした。
クライの顔には。
不安と寂しさが浮かんでいる。
昨日出会ったばかり。
それなのに。
もうずっと前から知っているような気がしていた。
「……」
ルイスは少しだけ考える。
そして。
ニッと笑った。
「会えるだろ!」
「本当?」
「ああ!」
「だって」
村の外へ続く道を指差す。
「俺はこれからも旅する」
「クライも、いつか村を出るんだろ?」
「……うん!」
「だったら」
ルイスは歩き出す。
「いつかどっかで会える!」
「……!」
そして。
数歩進んだところで振り返った。
「忘れんなよ!」
「何を?」
「世界の果て!」
クライの目が大きくなる。
「勝負だろ!」
「……うん!」
クライは。
力いっぱい笑った。
「絶対、僕も行く!」
「おう!」
ルイスは再び前を向く。
歩き出しながら。
片手を大きく振った。
「じゃあな、クライ!」
「またね、ルイスさん!」
「世界のどっかでな!」
「うん!」
クライはその背中を見つめた。
小さくなっていく。
村を出て。
街道の向こうへ。
まだ見たことのない世界へ。
それでも。
最後まで目を逸らさなかった。
いつか。
自分も。
あの道を歩く。
今日より少しだけ強くなって。
もっと遠くへ行けるようになって。
そして。
世界のどこかで。
もう一度。
「……負けないからね」
小さく呟く。
返事はない。
けれど。
クライには。
遠ざかっていく赤髪の少年が。
笑ったような気がした。




