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冒険者はまだ見ぬロマンを求めて  作者: 片山武琉
第一章 魔女と銀の笛

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第一章27 『そして動きだす』


 同じ夜。


 グランベル領主邸。


「……もう一度、最初から話してくれ」


 ジョージ・グランベルは、机の向こうに座る五人の冒険者を見ていた。


 西の森へ調査に向かった者たち。


 全員に疲労の色が濃い。


 そのうち一人は腕に包帯を巻いていた。


 幸い。


 命に関わるほどの重傷者はいなかった。


「はい」


 先頭に座る男が頷く。


「俺たちは、指示通り保管区画跡の周辺だけを調べていました」


「森の奥へは?」


「入っていません」


「続けてくれ」


「保管区画跡には、最近誰かが調べた形跡がありました」


 ジョージの眉が僅かに動く。


「それから、魔獣に囲まれました」


「数は?」


「正確には分かりません。最初に見えただけでも十体近く。その奥にも、まだ何体かいるようでした」


「すべて異常個体か?」


「いいえ」


 男が首を振る。


「普通に見える魔獣もいました。ただ……」


「ただ?」


「黒い筋が出ていた個体は、明らかに様子がおかしかったです」


「……」


「苦しんでいるように見えました。それに、途中から急に暴れ始めた」


 ジョージが机の上で指を組む。


「笛については?」


 五人の表情が変わる。


「聞きました」


「間違いないか?」


「はい」


「笛を吹いていた人物は見たか?」


「いいえ。姿までは確認できませんでした」


「だが、笛が鳴るたびに魔獣の動きが変わった?」


「はい。間違いありません」


「笛を吹くと?」


「最初の笛が鳴った直後、魔獣が一斉に動きました」


「襲ってきたのか?」


「はい。ただ、その後に別の音が鳴ると、今度は動きを止めました」


 ジョージが反応する。


「詳しく」


「……」


「ただ」


 男が続ける。


「魔獣の中には、他とは様子や反応が違うものがいました」


「異常個体か」


「おそらく……」


 ジョージはしばらく考え込む。


「……」


 部下が僅かに顔を上げる。


「領主様」


「……」


 西の森。


 残されていた保管区画。


 魔石に関わる研究記録。


 そして。


 笛に合わせて動く魔獣。


「偶然として片づけるには、重なりすぎている」


 ジョージが立ち上がる。


「明日、騎士団を動かす」


「領主様」


「今までより警戒を一段階上げろ」


「人数は?」


「三十」


 そこまで言って。


 ジョージは考える。


「いや」


「?」


「まず三十で森の外周と保管区画跡を押さえる」


「奥へは?」


「入らせるな」


 ジョージが部下を見る。


「何があるか分からない場所へ、大人数を無策で突っ込ませるつもりはない」


「……承知しました」


「魔獣の討伐が目的ではない」


 机の上に置かれた資料。


『魔石抽出エネルギー』


『生体投与』


『人体への使用記録あり』


「確認だ」


「確認?」


「あの森で何が起きているのか」


 そして。


「本当に」


 ジョージの目が細くなる。


「二十年前と繋がっているのかを」


 部下が深く頷いた。


「すぐ手配します」


「ギルドにも情報を共有しろ」


「はい」


 男たちが部屋を出ていく。


 一人になったジョージは。


 窓の向こう。


 西の森を見る。


「……セージ」


 自分は。


 確かに処刑を見た。


「まさかな……」


 それでも。


 胸の奥に生まれた疑いは。


 色濃くなっていた。


 ――――――――――


 翌朝


 西街道。


「人が倒れてるぞ!」


 巡回していた二人の兵士が走り出した。


「おい!」


 道脇の草の中。


 一人の男が倒れている。


「生きてる!」


「酷い傷だ」


「急いで運べ!」


 一人が男の肩へ触れる。


「……?」


 服装は酷く汚れている。


 使い込まれた外套。


 古い剣。


「冒険者か?」


「分からん」


「この傷……魔獣じゃないな」


「何?」


「見ろ」


 肩。


 裂かれたような傷ではない。


 鋭い何かが掠め。


 その周囲には僅かに焦げたような跡が残っている。


「魔法……?」


「とにかく治療が先だ!」


 二人で男を持ち上げる。


 その時。


 外套の内側から何かが落ちた。


 ――カラン。


「ん?」


 一人が拾う。


 古びた金属製の徽章。


「これ……」


「どうした?」


「昔の騎士団章じゃないか?」


「騎士団?」


「今のものとは形が違うが……」


 兵士は男を見る。


「なんでこんなものを?」


 答えはない。


 男は意識を失ったまま。


「後で調べよう」


「ああ」


 そして。


 二人は男をグランベルへ運んでいった。


 ――――――――――


 グランベル冒険者ギルド。


「騎士団が出るの?」


「ああ」


 カイルが頷いた。


「さっき正式に連絡が来た」


「森へ?」


「保管区画跡の周辺まで」


「……」


 ルイスはいつものように喜ばなかった。


「やっぱり、笛で魔獣が動いてたんだな」


「調査隊の五人も確認してる。そこはもう偶然とは考えにくいね」


「……リュート」


「まだ彼だと決まったわけじゃないよ」


「分かってる。でも……」


 ルイスは机へ肘をついた。


 ルイスの頭には。


 街で会ったリュートの姿が浮かんでいる。


 馬車で出会った時も。


 街で再会した時も。


 普通の少年に見えた。


「でも」


「何?」


「もし、リュートだとしたら?」


 ルイスが顔を上げる。


「あいつ、俺たちの敵なのかな」


「……」


 カイルは少し考える。


「分からない」


「だよな……」


「でも」


 カイルが続ける。


「もしそうだとしたら、今までと同じだと思わない方がいい」


「……」


 ルイスは拳を握る。


「分かった」


「珍しく素直だね」


「今は冗談いいって」


「ごめん」


 カイルも表情を戻す。


「騎士団が動くなら」


「俺たちは?」


「今は街で待機」


「……またか」


「今度は不満?」


「不満」


 即答だった。


「でも」


 ルイスは窓の外を見る。


「勝手には行かない」


「……」


「だから」


 橙色の瞳が西を向く。


「必要になったら絶対呼べよ」


「僕が決めることじゃないけどね」


「じゃあ受付のお姉さんに言っとく!」


「それも困らせるだけだと思う」


「じゃあ誰に言えばいいんだよ!」


 少しだけ。


 いつもの空気が戻る。


 だが。


 ルイスの視線は。


 何度も西の方角へ向いていた。


 ――――――――――


 西の森。


 古びた小屋。


「……昨日の人たちは帰りました」


 リュートが呟いた。


「ええ」


 セージは机の上に並ぶ資料を見ている。


「街へ報告するでしょうね」


「……僕の笛のことも」


「恐らく」


「……」


 リュートは拳を握る。


「昨日の人たちが報告すれば、騎士団が動くかもしれません」


「そうですね」


「怖くないんですか?」


「多少は」


 意外な返答に。


 リュートが顔を上げる。


「ですが」


 セージは資料を一枚持ち上げる。


「起こると分かっていたことです」


「……」


「いつまでも隠れて研究できるとは思っていません」


 記録には。


『継続投与個体――反応低下』


『魔力経路異常の進行』


『外部刺激への反応不安定』


 とある。


「昨日の魔獣たち」


 リュートが言う。


「……」


「……前より、止めるのに時間がかかる子もいました」


「それに!僕が伝えてもないのに無理に襲う子も!」


「ええ」


「前はそんなことなかった」


「分かっています」


「だったら!」


 セージの手が止まる。


「……」


 リュート自身も。


 声を上げたことに驚いていた。


「だったら……」


 少し声が弱くなる。


「もうやめた方がいいんじゃないですか」


「何をです?」


「実験です」


 沈黙。


「魔獣たち、苦しんでます」


「……」


「昨日も」


 笛を聞かせても。


 すぐには反応しない魔獣がいた。


「前より、反応が遅かった」


「ちゃんと音は届いてたはずなのに……」


「あの子……」


 リュートが唇を噛む。


「僕を見てた」


「……」


「なのに身体が言うことを聞かなかった」


「でしょうね……」


「あれが」


 リュートがセージを見る。


「研究の結果なんですか?」


 セージは否定しなかった。


「現在の方法では」


「……」


「個体ごとの差が大きすぎます」


「そんな話じゃない!」


 今度こそ。


 はっきりと声を上げた。


「苦しんでるんです!」


「……」


「死んだ子もいる!」


「ええ」


「なんでそんなに普通に――」


「リュート」


 静かな一言。


 それだけで。


 リュートの言葉が止まった。


「私は」


 セージが魔石を見る。


「二十年前」


「……」


「途中で研究を奪われました」


「知ってます」


「答えに届く前に」


「……」


「すべてを止められた」


 紫がかった瞳に。


 僅かな執着が宿る。


「同じところで」


 セージは静かに言った。


「もう一度諦めるつもりはありません」


「……」


 リュートは何も言えない。


「もし騎士団が来たら」


 セージが続ける。


「森の奥へ入れないようにしてください」


「……魔獣で?」


「ええ」


「また戦わせるんですか」


「追い返せれば、それで構いません」


「……」


「ですが」


 セージの目が細くなる。


「こちらへ来るのなら」


「……」


「止めなければなりません」


 リュートは胸元の笛へ触れた。


「分かりました」


 その返事は。


 以前よりずっと重かった。


 ――――――――――


 その日の昼。


 西の森。


「隊列を崩すな!」


 鎧の音が森へ響く。


 三十名ほどの騎士。


 先頭には騎士団長。


 そして。


 森周辺に詳しい案内役が同行している。


「この先が石碑です」


「止まれ!」


 全員が足を止める。


 古びた石碑。


『――この地より先、立入を禁ず』


「これか」


「はい」


「ここから保管区画跡まで?」


「それほど遠くありません」


 騎士団長が森を見る。


「魔獣の痕跡は?」


「多いです」


 案内役が地面を見る。


「昨日よりも」


「……」


「かなり」


 騎士団長の手が剣へ伸びる。


「全員警戒」


 ――ガサッ。


「……!」


 騎士たちが一斉に構えた。


 茂みの奥。


 一匹の魔獣が現れる。


「待て!」


 騎士団長が手を上げる。


 誰も攻撃しない。


 さらに。


 二匹。


 三匹。


 別の方向からも。


「囲まれてる……」


「数は?」


「十……いや」


 さらに奥。


 木々の隙間に。


 黄色い瞳が次々と浮かぶ。


「二十……いや、それ以上いるぞ!」


「……」


 だが。


 襲ってこない。


 魔獣たちは。


 ただ。


 騎士団を見つめている。


「昨日の報告と同じだ」


 騎士団長が呟く。


「笛が鳴るまで動かなかった、と」


 その言葉が終わるのと。


 ほぼ同時。


 ――ピィィィ……。


「……!」


 騎士たちの視線が一斉に森へ向く。


「笛!」


「位置は!」


「右奥!」


 木々の陰。


 灰色の外套。


 肩まで伸びた淡い銀髪。


 胸元には小さな笛。


 リュートが立っていた。


「……」


「お前!」


 一人の騎士が叫ぶ。


「その笛……お前が吹いているのか!」


 リュートは答えない。


「名を名乗れ!」


「……帰ってください」


「何?」


「ここから先へは」


 リュートが笛を握る。


「来ないでください」


 騎士団長が前へ出る。


「我々はグランベル騎士団だ」


「……」


「西の森で起きている異変を確認するために来た」


「……」


「邪魔をするなら」


 剣へ手を添える。


「拘束する」


 リュートの肩が僅かに揺れた。


「僕は……」


 ルイスの顔が浮かぶ。


 昨日の冒険者たち。


 苦しんでいた魔獣。


 そして。


 自分を育ててくれたセージ。


「……」


 どちらにも。


 進めない。


「帰って」


 もう一度。


 言った。


「それはできない」


 騎士団長が答える。


「進むぞ」


「待って!」


 騎士が一歩。


 石碑を越える。


「……っ」


 リュートは。


 笛を口元へ運んだ。


 ――ピィィィィ……。


 低く。


 長い音。


 魔獣たちが動く。


「来るぞ!」


「構えろ!」


 だが。


 魔獣は。


 騎士たちへ一斉に飛びかからなかった。


 前へ進み。


 道を塞ぐ。


「……壁?」


「進路を塞いでいるだけだ!」


 二十を超える魔獣へ。


 同時に意思を届ける。


 それだけでも。


 いつも以上の集中が必要だった。


 笛を吹くリュートの額に。


 薄く汗が滲む。


 リュートが笛を吹き続ける。


「戻って……」


 それが。


 彼の意図だった。


 戦わせたいわけではない。


 ただ。


 森から追い返したい。


「退け!」


 騎士の一人が剣を抜く。


「待て!」


 騎士団長が止める。


 しかし。


 その瞬間だった。


 ――グルルルル……!


「……!」


 一匹の魔獣。


 身体には。


 濃い黒い筋。


「まずい……」


 リュートの顔色が変わる。


「その子から離れて!」


「何?」


 ――ガァァァァッ!


「……!」


 魔獣が突然。


 騎士へ飛びかかった。


「くっ!」


 盾で受ける。


 ――ガンッ!


「攻撃された!」


「迎撃!」


「待って!」


 リュートが笛を鳴らす。


 ――ピィィィッ!


「戻って!」


 魔獣が一瞬だけ。


 身体を止める。


「そう……そのまま」


 だが。


 黒い筋が。


 脈打った。


 ――ガァァァァッ!


「……!」


 再び暴れる。


 さらに。


 別の異常個体まで。


 苦しそうに頭を振り始めた。


「駄目……」


 リュートの手が震える。


 昨日は。


 時間がかかっても、最後には止まった。


 なのに。


 今は――。


「動きがおかしいぞ!」


「異常個体を優先しろ!」


 騎士団長が叫ぶ。


「正常な個体は後回しでいい!」


「はい!」


 統率された動き。


 騎士たちは。


 暴走した魔獣だけを迎撃する。


 だが。


 一匹が暴れれば。


 周囲の魔獣も興奮する。


 唸り声。


 剣戟。


 怒号。


 笛。


 静かだった森が。


 一気に騒がしくなる。


「やめて……!」


 リュートが必死に笛を鳴らす。


「戻って!」


 ――ピィィィッ!


「戦わなくていい!」


 だが。


 もう。


 すべてには届かない。


「なんで……!」


 そして。


 リュートは。


 初めてはっきりと理解した。


 これは。


 自分が魔獣を操れなくなったのではない。


「セージの研究が……」


 魔獣そのものを。


 壊し始めている。


「……」


 笛を握る手が。


 震えた。


 目の前では。


 グランベルの騎士と。


 自分が長く接してきた魔獣たちが。


 戦い始めている。


「僕は……」


 何をしているのだろう。


 ――――――――――


 グランベル。


 治療所。


「……」


 西街道で発見された男は。


 まだ眠っていた。


「容体は?」


 兵士が治療師へ尋ねる。


「命は助かると思います」


「意識は?」


「まだ」


「そうか」


「ただ」


 治療師が男の肩を見る。


「この傷」


「やっぱり魔獣じゃない?」


「ええ」


 鋭い魔力が掠めたような傷。


「おそらく魔法です」


「……」


 兵士が。


 拾った古い徽章を見る。


「これについても調べないとな」


 今のものとは形が違う。


 古びたグランベル騎士団の徽章。


「いったい」


 眠る男を見る。


「何者なんだ……」


 その時。


「……う……」


「!」


「今、声が」


 二人が近づく。


「聞こえますか?」


「……」


 男の唇が。


 僅かに動いた。


「……森……」


「森?」


「……セー……」


「何です?」


 だが。


 そこまでだった。


 再び。


 深い眠りへ落ちる。


「……」


 二人は顔を見合わせた。


「今」


「ああ」


「セー……って」


「聞こえた」


 だが。


 それが。


 何を意味するのか。


 まだ。


 誰にも分からなかった。


 ――――――――――


 西の森。


 剣と牙がぶつかる音が。


 木々の間へ響き続けていた。


 そして。


 その戦いの中心。


 リュートは。


 笛を握ったまま。


 動けずに立っていた。


「……セージ」


 小さく。


 名前を呼ぶ。


 今まで。


 自分を育ててくれた人。


 ずっと。


 信じてきた人。


 それでも。


 目の前で苦しむ魔獣を見て。


 初めて。


 心の奥に浮かんだ。


 ――本当に。


 このままでいいのだろうか。


 その疑問は。


 もう。


 消すことができなくなっていた。


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