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冒険者はまだ見ぬロマンを求めて  作者: 片山武琉
第一章 魔女と銀の笛

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第一章26 『復讐の始まり』


 西の森。


 時は少し戻る。


 セージと男が対峙していた頃。


 森の奥では。


「……」


 リュートが一人、木々の間を歩いていた。


 胸元には、いつもの笛。


 その周囲。


 木々の陰を縫うように。


 いくつもの魔獣が歩いている。


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 さらに奥にも。


 黄色く濁った瞳が、いくつも浮かんでいた。


 だが。


 魔獣たちはリュートへ襲いかからない。


 唸り声を上げることすらない。


 ただ。


 少年の歩みに合わせるように。


 静かについてきている。


「……今日は、こっち」


 リュートが足を止めた。


 森の中。


 木々に囲まれた場所で。


 ゆっくりと笛を口元へ運ぶ。


 ――ピィィィ……。


 短い音。


 すると。


 魔獣たちが一斉に顔を上げた。


「……」


 リュートはそれを確認すると。


 森のさらに奥へ視線を向ける。


 今日も。


 いつもと同じだった。


 セージに言われた場所へ魔獣を集める。


 街道へ近づきすぎたものを森へ戻すこともあれば。


 逆に。


 街道近くまで連れていくこともある。


 なぜそんなことをするのか。


 リュートは。


 すべてを聞かされているわけではなかった。


 ただ。


『必要なのです』


 そう言われれば。


 今までは従ってきた。


 セージは。


 自分を育ててくれた人だから。


「……」


 リュートが笛を下ろす。


 その時だった。


 ――ガサッ。


「……?」


 人の気配。


 リュートが振り返る。


 一人ではない。


 複数。


 足音が少しずつ近づいてくる。


「……人?」


 リュートはすぐに木陰へ身を隠した。


 そして。


 笛を口元へ運ぶ。


 ――ピィ。


 短く。


 低い音。


 それを合図に。


 魔獣たちも木々の奥へ散っていった。


 やがて。


「ここか?」


 男の声。


 五人の冒険者が姿を現した。


 全員。


 武器を携えている。


「地図じゃ、この辺りのはずだ」


 一人が手にした地図を確認する。


「保管区画跡ってやつか」


「そうだ」


「本当に何か残ってるのか?」


「だから俺たちが調べに来たんだろ」


 五人。


 グランベルから派遣された調査隊だった。


「……」


 リュートの表情が曇る。


 保管区画。


 その言葉には。


 聞き覚えがある。


 セージが。


 時折向かっている場所。


 そして。


『誰も近づけないでください』


 そう言われていた場所でもあった。


「……帰って」


 小さく呟く。


 もちろん。


 五人には届かない。


「ここから先には……来ないで」


 だが。


 調査隊は進んでいく。


「……」


 リュートは笛を握りしめる。


 追い返さなければならない。


 けれど。


 魔獣を襲わせれば。


 怪我をするかもしれない。


 最悪の場合。


 死ぬ。


「……」


 以前なら。


 ここまで考えなかったかもしれない。


 セージに言われたから。


 ただ。


 それだけで。


 でも。


 頭の中に浮かんだ。


 街道で出会った少年。


 燃えるような赤い髪。


 まっすぐな橙色の瞳。


『また会ったな!』


 何の疑いもなく。


 笑っていたルイス。


「……」


 もし。


 あそこにいるのが。


 ルイスだったら。


 自分は。


 同じように魔獣を襲わせられるのだろうか。


「何考えてるんだろ……僕」


 リュートは首を振った。


 その時。


「止まれ」


 調査隊の一人が声を上げた。


 全員が足を止める。


「どうした?」


「……何かいる」


 剣を抜く。


 周囲。


 木々の奥から。


 低い唸り声が聞こえていた。


「魔獣か?」


「一匹じゃないぞ」


 五人が背中合わせになる。


「囲まれてる……!」


 木々の間。


 一匹の魔獣が姿を現した。


 煤けた灰色の毛。


 黄色く濁った瞳。


 さらに。


 反対側からも。


 もう一匹。


「二匹……」


「いや」


 さらに奥。


 三匹。


 四匹。


「多いぞ!」


 調査隊が武器を構える。


 だが。


 魔獣は襲わない。


 ただ。


 五人を囲んでいる。


「……何だ?」


「なんで来ない?」


「警戒しろ!」


 木陰から。


 リュートはその様子を見ていた。


「……これなら」


 襲わせなくても。


 逃げてくれるかもしれない。


 そう思った。


「後退するぞ」


 先頭の男が言う。


「調査は?」


「この数を相手にしながら続けられるか」


「……分かった」


 五人がゆっくりと下がる。


「……」


 リュートの肩から。


 僅かに力が抜けた。


 だが。


 次の瞬間だった。


「待って」


 一人の女が足を止める。


「どうした?」


「あそこ」


 指差した先。


 木々の間から。


 僅かに石造りの壁が見えていた。


「……あれ」


「区画跡じゃないか?」


「多分そうだ」


「ここまで来て帰るのか?」


 先頭の男が迷う。


「少しだけ確認する」


「おい!」


「外から見るだけだ」


 調査隊が。


 再び奥へ進み始める。


「……駄目」


 リュートの手に力が入る。


「そっちは……駄目だよ」


 セージの言葉。


『近づけさせないでください』


 頭の中で。


 何度も響く。


「……ごめん」


 リュートは。


 笛を口元へ運んだ。


 ――ピィィィィィッ!


 森に。


 鋭い笛の音が響いた。


「……!」


 調査隊が足を止める。


 同時に。


 魔獣たちが一斉に動いた。


「来るぞ!」


「構えろ!」


 一匹が地面を蹴る。


「はぁっ!」


 男が剣を振るう。


 魔獣が横へ飛ぶ。


 別の一匹が。


 背後から迫る。


「後ろ!」


「っ!」


 盾が牙を受け止める。


 ――ガンッ!


「くっ……!」


 男の身体が後ろへ押される。


「多すぎる!」


「まともに戦うな!」


「撤退しろ!」


 だが。


 魔獣は。


 逃げ道まで塞いでいた。


「くそっ!」


 剣が振るわれる。


 魔獣の肩を浅く斬る。


 しかし。


 倒れない。


「何なんだ、こいつら!」


 魔獣たちは。


 まるで連携しているように動いている。


 一匹が攻めれば。


 別の一匹が進路を塞ぐ。


 そして。


 隙ができれば。


 また別の魔獣が飛び込んでくる。


「……」


 リュートは。


 その様子を見つめていた。


 胸の奥が。


 苦しい。


「……もういい」


 誰にも聞こえない声。


「帰ってよ……」


 だが。


 戦いは止まらない。


「うあっ!」


「っ!」


 一人が吹き飛ばされた。


「大丈夫か!」


「あ、ああ……!」


 腕から血が流れている。


「くそ!」


「このままだと本当にまずいぞ!」


「……!」


 リュートの目が見開かれる。


 怪我をした。


 自分が。


 やらせた。


「……違う」


 殺したいわけじゃない。


「僕は……」


 ただ。


 追い返したいだけ。


 その瞬間。


 リュートは大きく息を吸った。


 そして。


 ――ピィィィィィッ!


 先ほどとは。


 僅かに違う音。


 魔獣たちが。


 動きを止めた。


「……?」


 調査隊が戸惑う。


「止まった……?」


「今だ!」


 先頭の男が叫ぶ。


「撤退するぞ!」


「負傷者を支えろ!」


「分かった!」


 五人が一斉に走り出す。


 魔獣たちは。


 追わない。


「……」


 リュートは。


 遠ざかっていく背中を見つめていた。


 五人。


 全員いる。


 誰も死んでいない。


「……よかった」


 無意識に。


 言葉が漏れた。


「……え?」


 リュート自身が。


 その言葉に戸惑う。


 セージの命令は守った。


 保管区画には近づけさせなかった。


 だから。


 これでいい。


 はずなのに。


 どうして。


 人間が無事だったことに。


 こんなにも安心しているのだろう。


「……」


 自分でも分からなかった。


 その時。


 森のさらに奥から。


 鈍い衝撃音が響いた。


「……セージ?」


 何か。


 起きている。


 リュートが小屋の方向を見る。


 先ほど吹いた笛。


 いつもより。


 ずっと大きな音だった。


「……聞こえたかな」


 けれど。


 今は。


 調査隊を追わせないことの方が重要だった。


 リュートはもう一度。


 短く笛を吹く。


 魔獣たちがゆっくりと森の奥へ戻っていく。


「……帰ろう」


 リュートも。


 小屋へ向かって歩き始めた。


 自分の笛が。


 別の場所で。


 一人の男に逃げる隙を与えたことなど。


 知らないまま。


 ――――――――――


「はぁ……はぁ……!」


 同じ頃。


 西の森の別の場所。


 男は走り続けていた。


 肩の傷から。


 血が滲んでいる。


「くっ……」


 枝を払い。


 木の根を飛び越える。


 止まれば。


 追いつかれるかもしれない。


 セージは。


 リュートの方へ向かった。


 それは分かっている。


 だが。


 いつ。


 こちらへ追手を回すかは分からない。


「急がないと……」


 グランベルへ。


 伝えなければならない。


 セージ・ナイトシェードは生きている。


 研究を続けている。


 そして。


 魔獣を動かす銀髪の少年がいる。


「……ジョージ」


 男は呟く。


 今。


 グランベルを治めている男。


 二十年前。


 同じ事件を知っている者。


「お前に……伝えないとな」


 だが。


 身体は。


 少しずつ限界へ近づいていた。


 肩の傷。


 流れ続ける血。


 森を走り続けた疲労。


 身体が重い。


「くそ……」


 足がもつれる。


 転ぶ。


「ぐっ!」


 地面へ手をつく。


「……まだだ」


 立ち上がる。


 一歩。


 また一歩。


 森の中を進む。


 どれほど走ったのか。


 分からない。


 やがて。


 木々の向こうが。


 僅かに明るくなった。


「……!」


 森の外。


「やっと……」


 男は。


 残った力を振り絞って走った。


 木々を抜ける。


 そして。


 目の前に現れたのは。


 一本の街道だった。


「……出た」


 男の足が。


 街道へ踏み出す。


「これで……」


 グランベルへ。


 行ける。


 そう思った瞬間。


 視界が揺れた。


「……?」


 足から力が抜ける。


「まずい……」


 膝をつく。


 肩から流れ続けていた血が。


 地面へ落ちた。


「ここで……倒れるわけには……」


 腕に力を入れる。


 だが。


 もう。


 身体が動かない。


「ジョー……ジ……」


 掠れた声。


 そして。


 男は。


 街道脇へ倒れ込んだ。


「……」


 意識が遠ざかる。


 最後に。


 口が僅かに動く。


「セージ……」


 それだけを残し。


 男の意識は完全に途切れた。


 ――――――――――


 西の森。


「急げ!」


「もう少しで森を抜ける!」


 五人の調査隊が走っていた。


 負傷した一人を。


 二人が左右から支えている。


「追ってきてるか!?」


 最後尾の男が振り返る。


「……いや!」


 魔獣の姿はない。


「来てない!」


「止まるな!」


 先頭の男が叫ぶ。


「森を出るまで走れ!」


 そして。


 数分後。


 五人は。


 西の森を抜けた。


「はぁ……はぁ……!」


 一人が地面へ座り込む。


「全員いるな?」


「ああ」


「こっちも大丈夫だ」


「怪我は?」


「腕をやられた。でも深くない」


「よかった……」


 五人。


 全員。


 生きている。


 だが。


 誰も。


 安堵しきることはできなかった。


「……なあ」


 一人が呟く。


「さっきの」


「何だ?」


「笛だ」


「……」


 全員が黙る。


「最初に鳴った時」


 男が森を見る。


「魔獣が動いた」


「……ああ」


「二回目もだ」


「偶然じゃないよな?」


「俺もそう思う」


 一人の女が。


 険しい表情で森を見つめる。


「誰かが」


 少し間を置く。


「魔獣を動かしている」


「……」


「報告しよう」


 先頭の男が言った。


「保管区画のことだけじゃない」


 森。


 魔獣。


 そして。


 笛の音。


「この森で起きていることを、全部だ」


 誰も。


 異論を挟まなかった。


 五人は負傷した仲間を支えながら。


 グランベルへ向かって歩き始めた。


 その背後。


 西の森は。


 何事もなかったかのように。


 静かに佇んでいた。


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