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冒険者はまだ見ぬロマンを求めて  作者: 片山武琉
第一章 魔女と銀の笛

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第一章16 『笛の音』


 翌朝。


「明日!」


 グランベルの大通り。


 朝からルイスの声が響いた。


「何が?」


 隣を歩くカイルが聞き返す。


「昇級試験!」


「ああ」


「明日だぞ!」


「昨日から一日進んだんだから当然だろ」


「いよいよだな!」


「君、昨日も同じこと言ってたよ」


「昨日はあと二日だった!」


「うん」


「今日はあと一日!」


「そのままだね」


「緊張してきた!」


「え?」


 カイルが少し意外そうな顔をする。


「君でも緊張するんだ」


「するだろ!」


「絶対『余裕!』って言うと思ってた」


「受かるつもりではいる!」


「じゃあ緊張してないじゃん」


「それとこれは別!」


 ルイスは胸を張った。


「だって昇級試験なんだぞ!」


「そうだけど」


「FからEになる!」


「受かればね」


「なる!」


「はいはい」


 ルイスは冒険者証を取り出す。


 そこに刻まれているのは、まだFの文字。


「明日で見納めだな」


「落ちたら?」


「縁起悪いこと言うな!」


「試験なんだから落ちる可能性もあるだろ」


「絶対受かる!」


「結局それか」


 カイルが笑う。


 そのまま歩いていると。


 ルイスがふと右手を見る。


「…………」


「どうした?」


「炎」


「今は出すなよ」


「出さないって!」


「その顔は出そうとしてた」


「ちょっとだけ」


「駄目」


「昨日より長くできるか確かめたかったのに」


「街中で確かめるな!」


「分かってる!」


 昨日。


 何度も練習を繰り返した末。


 ルイスはようやく、指先に小さな炎を数秒だけ留めることができた。


 まだ安定しているとは言えない。


 魔力を上手く掴めず、炎が出ないこともある。


 出せても、すぐに消えてしまうこともあった。


「今日も帰ったらやるぞ!」


「試験前なんだから少しだけね」


「分かってる!」


「昨日もそれ言って、結構やっただろ」


「昨日は昨日!」


「意味分からないよ」


 二人は言い合いながら、冒険者ギルドへ向かった。


 ――――――――――


「おはよう!」


「おはようございます、ルイスさん、カイルさん」


 ギルドへ入る。


 受付嬢は、机の上に何枚もの報告書を並べていた。


「……増えてるな」


 ルイスが覗き込む。


「ええ……」


「紙!」


「そこですか?」


「違うの?」


 受付嬢が苦笑する。


「魔獣の目撃報告です」


「また増えた?」


「はい」


 ルイスとカイルの表情が少し変わった。


「昨日はほとんどいなかったのに」


「ルイスさんたちが巡回した範囲では、ですね」


「あ、そっか」


「他の場所では?」


 カイルが尋ねる。


「昨夜から今朝にかけて、何件か新しい報告が届きました」


「どこ?」


 受付嬢は地図を広げる。


 そこには、いくつもの印が書き込まれていた。


「…………」


 ルイスが地図を見る。


「これ……」


「お気づきになりましたか?」


「西ばっかりだ」


 印が集中しているのは、グランベルから伸びる西街道周辺。


 そして、西の森に近い地域。


「東は?」


「ほとんどありません」


「南は?」


「多少ありますが、平常時と大きく変わるほどではありません」


「じゃあ」


 ルイスが地図の西側を見る。


「やっぱ西だけ変なんだ」


「現時点では、そう考えられます」


 カイルも地図を覗き込んだ。


「森から出てきてるから?」


「その可能性は高いと思います」


「でも……」


 カイルが考え込む。


「何?」


「昨日」


 ルイスを見る。


「魔獣、ほとんどいなかっただろ?」


「ああ」


「その前の日は大量に出てきた」


「うん」


「途中で一斉に止まって」


「森へ帰った」


「そう」


 カイルは地図へ目を戻した。


「それで、また目撃が増えてる」


「…………」


 ルイスも考える。


「行ったり来たりしてる?」


「普通なら、そんな動き方をする理由が分からない」


「餌を探してるとか?」


「それなら」


 カイルが首を振る。


「違う種類の魔獣まで、同じようなタイミングで動く理由にはならない」


「…………」


 その言葉を聞いた瞬間。


 ルイスの頭に、一つの音が浮かんだ。


 ――ピィ……。


「笛」


「え?」


「この前から聞こえる音」


 受付嬢がルイスを見る。


「笛ですか?」


「ああ」


「何度か聞いたの?」


「何回か」


 ルイスは指を折る。


「最初は遠くで」


 一つ。


「それから、魔獣がいっぱい出てきた時にも」


 二つ。


「…………」


 そこで指が止まった。


 カイルも黙って考え込む。


「カイル?」


「いや」


 少し間を置いてから。


「偶然かもしれない」


「うん」


「でも」


 カイルの表情が真剣になる。


「無視しない方がいいと思う」


「だよな」


 受付嬢が報告書を引き寄せる。


「笛のような音が聞こえた時間帯は覚えていますか?」


「大体なら」


「お願いします」


 ルイスは、覚えている範囲で伝えていく。


「ありがとうございます。これも他の報告と照らし合わせてみます」


「役に立つ?」


「まだ分かりません」


「そっか」


「ですが」


 受付嬢が笑う。


「分からないからこそ、記録するんです」


「……!」


「また一つ勉強になりましたね」


「おう!」


 ルイスが頷く。


「じゃあ今日の依頼!」


「切り替えが早いな」


 カイルが呟く。


「明日試験だからな!」


「今日の依頼と関係ある?」


「ある!」


「どこが?」


「最後のFランク依頼になるかもしれない!」


「…………」


 カイルが受付嬢を見る。


「こういう時、どう返すんですか?」


「笑っておけばいいと思います」


「ひどくない!?」


 受付嬢は笑いながら、一枚の依頼書を取り出した。


「では、こちらはいかがでしょう?」


「何?」


「護衛依頼です」


「護衛!?」


 ルイスの目が輝いた。


「やる!」


「まだ説明してません」


「でも護衛だろ!?」


「はい」


「冒険者っぽい!」


「今までの依頼も全部、冒険者の仕事ですよ」


「それはそうだけど!」


 ルイスは依頼書を覗き込む。


「誰を守るの?」


「西街道を通る商人の一団です」


「西街道……」


 その言葉に、表情が少し真剣になる。


「最近の魔獣増加で、不安を感じているそうです」


「何台?」


「荷馬車が三台」


「人数は?」


「商人と御者を合わせて六人です」


「どこまで?」


「グランベルから西へ向かい、街道上の分岐点まで」


「森には?」


「入りません」


「よし!」


「そこを最初に確認するんですね……」


 受付嬢が少し感心したように笑う。


「成長してるだろ!」


「はい」


「カイル!」


「何?」


「行く?」


「もちろん」


「即答した!」


「護衛なら二人の方がいいだろ」


「そうですね」


 受付嬢が頷く。


「ルイスさんが前方。カイルさんは荷馬車付近から周囲を見る形がいいでしょう」


「おう!」


「それと」


 受付嬢の目が少し鋭くなる。


「明日は昇級試験です」


「分かってる!」


「無茶をして怪我をしないこと」


「分かってる!」


「森へ入らないこと」


「分かってる!」


「依頼主を守ることが最優先」


「分かってる!」


「魔獣が逃げた場合、追いかけない」


「…………」


「ルイスさん?」


「分かってる!」


「今ちょっと遅かったよ」


「カイル!」


「事実だろ」


「でも追わない!」


「ならよし」


「なんでカイルが試験官みたいになってんだ!」


 受付嬢が笑う。


「では、お願いします」


「任せろ!」


 二人は依頼書を持ち、ギルドを出た。


 ――――――――――


 グランベル西門。


 三台の荷馬車が並んでいた。


「君たちが護衛の冒険者かい?」


 声をかけてきたのは、優しそうな顔をした初老の商人だった。


「はい!」


 ルイスが元気よく答える。


「俺がルイス!」


「カイルです」


「若いんだねぇ」


 商人が少し驚く。


「大丈夫ですよ!」


「自分で言うの?」


「大丈夫!」


「二回言った……」


 カイルが頭を抱える。


 商人は楽しそうに笑った。


「ははは。元気なのは頼もしい」


「任せてください!」


 ルイスが胸を張る。


「魔獣が出たら俺が――」


「まず荷馬車を守る」


 カイルが横から割り込む。


「……分かってる!」


「今絶対『倒す』って言おうとしただろ」


「でも守るために倒すのも必要だろ!」


「必要ならね」


 商人が二人を見ながら笑う。


「仲がいいんだねぇ」


「友達だからな!」


「はいはい」


「最近否定しなくなったよな!」


「出発するよ!」


「誤魔化した!」


 御者たちからも笑い声が上がる。


 やがて。


 三台の荷馬車が、ゆっくりと西門を出ていった。


 ――――――――――


 西街道。


 ルイスは先頭の荷馬車より少し前を歩いていた。


 カイルは二台目付近。


 前方。


 左右の草むら。


 荷馬車の周囲。


 そして、西の森。


「…………」


 いつも以上に視線を動かす。


「ルイス」


「ん?」


「どう?」


 少し後ろからカイルが聞く。


「何もいない!」


「ならいい」


「でも」


 ルイスはもう一度周囲を見回した。


「護衛って結構忙しいな」


「まだ何も起きてないよ?」


「だからだよ!」


「え?」


「いつ出てくるか分かんないだろ?」


「ああ」


「一人なら自分の周りだけ見ればいいけど」


 荷馬車を見る。


「今は後ろも見ないと」


「……そうだね」


「前だけ見てたら、荷馬車の横から来るかもしれない」


「うん」


「三台あるし」


「ちゃんと考えてるじゃないか」


「当たり前だろ!」


 ルイスは少し得意げになる。


「俺、明日Eランクになる男だからな!」


「まだF!」


「明日!」


「試験に受かったら!」


「受かる!」


 後ろから商人たちの笑い声が聞こえた。


「聞こえてるぞ!」


「元気でいいじゃないか!」


「応援してるよ!」


「ありがとう!」


 ルイスが大きく手を振る。


「前見て!」


「あっ!」


 慌てて前へ向き直る。


「やっぱり心配だ……」


 カイルの声が聞こえた。


 しばらく。


 何も起こらなかった。


 青い空。


 広い草原。


 時折吹き抜ける風。


「……平和だな」


 ルイスが呟く。


「護衛としては平和が一番だろ?」


「護衛としてはな!」


「また余計なこと言いそう」


「でも最近ずっと魔獣ばっかだったからさ」


「確かに」


「今日は何も起きなさそうだな!」


「そういうこと言うと――」


 ――ガサッ。


「…………」


「…………」


 二人が同時に止まった。


「ほら!」


「俺のせい!?」


「いいから前!」


 街道脇。


 草むら。


 ルイスの右手が短剣の柄へ伸びる。


「止まって!」


 後ろへ声を飛ばす。


 三台の荷馬車が止まった。


 カイルも杖を構える。


「何匹?」


「分かんない」


 ――ガサッ。


「来る」


 ルイスが短剣を抜く。


 直後。


 草むらから一匹の魔獣が姿を現した。


「……ん?」


 ルイスが眉を寄せる。


 小柄な犬型。


 これまで何度も見てきたものと同じ種類。


 煤けた灰色の毛。


 黄色く濁った瞳。


「一匹だけ?」


「今のところは」


 魔獣がルイスを見る。


「…………」


 ルイスは短剣を構える。


 だが。


「グル……」


 魔獣は襲ってこない。


「……?」


 一歩。


 後ろへ下がる。


 そして突然。


 顔を西へ向けた。


「また森……」


 その耳が僅かに動く。


「…………!」


 ルイスの目が細くなった。


「今」


「何?」


「耳、動いた」


「音?」


「分かんない」


 ルイスも耳を澄ませる。


 風。


 荷馬車の軋む音。


 馬の息遣い。


「…………」


 それ以外は何も聞こえない。


 次の瞬間。


 魔獣は身を翻した。


「逃げる!」


 森の方向へ走り出す。


 ルイスが反射的に一歩踏み出す。


「…………」


 けれど。


 そこで止まった。


「追わないの?」


 カイルが聞く。


「護衛だからな」


 ルイスは短剣を鞘へ戻した。


「荷馬車から離れたら意味ない」


「……!」


 カイルが少し驚く。


「何だよ?」


「いや」


 小さく笑う。


「何でもない」


「絶対何かあるだろ!」


「成長したなって思っただけ」


「子供扱いすんな!」


「同い年くらいだって!」


 商人が荷馬車から顔を出す。


「もう大丈夫かい?」


「ああ!」


 ルイスが振り返る。


「襲ってこなかった!」


「魔獣が?」


「森に戻った」


「…………」


 商人の顔が少し曇る。


「最近、本当におかしいねぇ」


「前は?」


「この街道を長く使っているが」


 商人は西の森を見る。


「昔から魔獣が全く出なかったわけじゃない」


「うん」


「だが、最近のように種類も数も不安定なのは珍しい」


「不安定……」


「多い日もあれば」


 商人が続ける。


「今日のように、こちらを襲わず戻っていく奴までいる」


「他でも?」


「ああ」


「……!」


 ルイスとカイルが顔を見合わせる。


「襲ってこなかった魔獣、他にもいるの?」


「商人仲間から聞いたことがあるよ」


「いつ頃?」


「ここ数日だね」


「……ここ数日」


 カイルが小さく呟く。


「笛の音が聞こえ始めた頃と……」


「カイル?」


「いや」


 すぐに首を振る。


「まだ何も分からない」


「ああ」


 ルイスも頷いた。


「帰ったら報告しよう」


「そうだね」


「では」


 商人が尋ねる。


「進んでも大丈夫かな?」


「大丈夫です!」


 ルイスは前方を見る。


「でも、もう少し警戒していきましょう!」


「頼もしいね」


「任せろ!」


「ルイス」


「何?」


「声は頼もしいけど、ちゃんと周り見てね」


「見てるって!」


 一行は再び街道を進み始めた。


 ――――――――――


 それから。


 大きな問題は起きなかった。


「ここが分岐点か」


 三台の荷馬車が止まる。


「ああ」


 初老の商人が荷台から降りた。


「護衛ありがとう」


「何もしてないけどな!」


「何も起きなかったなら、それが一番だよ」


「…………」


 ルイスが少し考える。


「確かに」


「護衛は魔獣を倒した数を競う依頼じゃないからね」


 カイルが言う。


「ちゃんと無事にここまで来た。それで達成」


「なるほど」


 ルイスは荷馬車を見る。


 商人。


 御者。


 馬。


 全員無事。


「……これも冒険者の仕事か」


「そういうこと」


「結構いいな!」


「何が?」


「誰も怪我しなかった!」


「…………」


 カイルが少しだけ笑う。


「そうだね」


 商人から依頼達成の証明を受け取る。


「帰り道も気をつけてね」


「おう!」


「明日の昇級試験、頑張りな」


「え!?」


「さっきから何回も聞こえてたよ」


「…………」


「絶対Eになるってね」


 商人が笑う。


「頑張れ」


「……おう!」


 ルイスも笑った。


「絶対なる!」


「だから試験受かってから言えって」


「いいんだよ!」


 二人は商人たちと別れ、グランベルへ戻り始めた。


 ――――――――――


 帰り道。


「なぁ」


「何?」


 ルイスがカイルを見る。


「さっきの魔獣」


「うん」


「耳、動いたよな」


「僕も見た」


「何か聞いてた?」


「可能性はあると思う」


「…………」


 ルイスは森を見る。


「笛」


「またそれ?」


「ああ」


「どうして?」


「だってさ」


 ルイスは指を折る。


「魔獣が急に動く」


 一つ。


「同じ方向を見る」


 二つ。


「耳を動かす」


 三つ。


「その頃に、笛みたいな音が聞こえる」


 四つ。


「…………」


「全部偶然かもしれない」


「うん」


「でも」


 ルイスは森を見たまま言う。


「なんか繋がってる気がする」


「…………」


 カイルはしばらく何も言わなかった。


「カイル?」


「僕も」


 杖を握る。


「同じこと考えてた」


「やっぱり?」


「ただ」


 すぐに続ける。


「笛の音が魔獣を動かしてる、とまではまだ言えない」


「分かってる!」


「それならいい」


「でもさ」


「うん」


「もし本当に笛で魔獣を動かしてるなら」


 ルイスが首を傾げる。


「誰が吹いてるんだ?」


「…………」


 二人の視線が。


 同時に西の森へ向いた。


「分からない」


「ああ」


「でも」


 カイルの表情が少しだけ険しくなる。


「もし誰かが意図的にやっているなら」


「うん」


「魔獣が勝手に増えてるだけより、ずっと厄介だ」


「…………」


 ルイスもその意味を考える。


「じゃあ」


 短剣へ手を置く。


「絶対調べないとな」


「勝手に行くなよ」


「行かねぇって!」


「本当に?」


「明日試験なんだぞ!」


「理由そこ?」


「それもある!」


「それも、ね……」


 二人は西の森を気にしながら、グランベルへ戻った。


 ――――――――――


 夕方。


 冒険者ギルド。


「お疲れ様でした」


「ただいま!」


 ルイスが依頼達成の証明を受付へ置く。


「全員無事!」


「それは何よりです」


「魔獣一匹いたけど」


「討伐されたんですか?」


「いや」


 ルイスは首を振った。


「襲ってこなかった」


「…………」


 受付嬢の手が止まる。


「詳しくお願いします」


「草むらから出てきて」


 ルイスが説明する。


「俺たちを見た」


「はい」


「でも襲ってこなかった」


「はい」


「その後、森の方を見た」


「またですか」


「ああ」


「耳も動いてた」


 カイルが補足する。


「何かを聞いたようにも見えました」


「音は?」


「僕には聞こえませんでした」


「俺も」


 ルイスが答える。


「でも」


「はい?」


「最近聞こえてる笛と、関係あるかもしれないって思った」


「…………」


「まだ分かんないけど」


 受付嬢が頷く。


「その言い方なら十分です」


「どういう意味?」


「断定せずに、気づいたこととして報告できています」


「……!」


「成長しましたね」


「だろ!」


 カイルが小さく笑う。


「すぐ調子に乗るところは変わらないけど」


「いいだろ!」


「それから」


 受付嬢が一枚の報告書を取る。


「商人からも似た話を聞きました」


「襲ってこない魔獣?」


「はい」


「ここ数日、だって」


「それも記録しておきます」


「笛の音と同じ頃かな」


「時間帯も含め、これまでの報告と照らし合わせてみます」


「頼む!」


「本来はこちらがお願いする側なんですが……」


「気になるから!」


「そうでしたね」


 受付嬢が微笑む。


「依頼については、問題なく達成です」


「よっしゃ!」


「初めての護衛依頼、お疲れ様でした」


「結局戦わなかったけどな」


「それでいいんです」


「カイルと同じこと言った!」


「護衛ですから」


「そういうもんなのか」


 少し考えて。


「でも」


「はい?」


「誰も怪我しなかったから」


 ルイスは笑った。


「成功ってことでいいな!」


「もちろんです」


 依頼を終え、報酬を受け取る。


 そして。


「それから」


「ん?」


「明日ですね」


 ルイスが固まる。


「…………」


「昇級試験」


「……!」


 次の瞬間。


「明日!」


「さっきまで忘れてた?」


「忘れてない!」


「本当ですか?」


「絶対覚えてた!」


 冒険者証を取り出す。


「明日でF卒業!」


「だからまだ――」


「絶対受かる!」


「はいはい」


 カイルが笑う。


 受付嬢も苦笑した。


「今日は早めに休んでくださいね」


「…………」


「ルイスさん」


「練習したい」


「やっぱり」


 カイルが頭を抱える。


「炎!」


「少しだけ」


「いいの!?」


「止めても宿で一人でやりそうだから」


「やらない!」


「本当?」


「……たぶん」


「ほら!」


「じゃあ一緒にやれば安全!」


「最初からそれが狙いだろ」


 カイルがため息を吐く。


「少しだけだぞ」


「よし!」


「明日試験だからね」


「分かってる!」


 二人はギルドを出た。


 ――――――――――


 街外れの広場。


「今日は復習だけ」


「おう!」


「大きくしない」


「分かってる!」


「時間も伸ばそうとしない」


「えぇ」


「明日試験」


「……分かった!」


 ルイスは右手を見る。


 呼吸を整える。


「…………」


 胸の奥。


 そこにある魔力を探す。


 以前よりも、見つけるまでの時間は短くなっていた。


 意識を胸から肩へ。


 肩から腕へ。


 手首。


 そして、指先へ。


「…………」


 淡い赤色の光が指先に集まる。


「出た」


「そのまま」


 術式を組んだわけではない。


 今はまだ。


 ただ身体の内側にある魔力を、指先へ集めて外へ出しているだけ。


 それでも。


 ルイスの魔力は。


 最初から赤く。


 僅かな熱を帯びていた。


「…………」


 さらに集中する。


 ――パチッ。


 小さな火花が弾ける。


「そのまま」


「…………!」


 ふっ。


 指先に、小さな炎が灯った。


「一」


 カイルが数える。


「二」


 炎が揺れる。


「三」


「…………」


「四」


「……!」


「五」


 ――フッ。


 炎が消えた。


「五秒!」


 ルイスの顔が輝く。


「昨日より伸びた!」


「うん」


「もう一回!」


「今日は終わり」


「なんで!?」


「言っただろ」


「でも五秒!」


「だからこそ」


 カイルはルイスの右手を見る。


「今日の成功した感覚を覚えて終わり」


「…………」


「明日は試験」


「……はい」


「いい返事」


「でも終わったら練習!」


「試験に受かったらね」


「受かる!」


「分かった分かった」


 ルイスは右手を握った。


 五秒。


 まだ、それだけ。


 戦闘で使えるようなものではない。


 けれど。


「少しずつ伸びてる」


「ああ」


「短剣も最初は全然分かんなかった」


「そうなの?」


「最初、剣と同じ距離で振って届かなかった!」


「……見たかったな、それ」


「笑うなよ!」


「ごめんごめん」


 ルイスは腰の短剣を見る。


「でも使ってるうちに分かった」


 そして。


 右手を見る。


「こっちも同じだな」


「焦らなければね」


「ああ!」


 ルイスは笑った。


「いつか絶対、戦いでも使えるようにする!」


「まずは明日」


「Eランク!」


「そう」


「よし!」


 拳を握る。


「明日絶対受かる!」


 夕暮れの広場へ。


 ルイスの声が響いた。


 ――――――――――


 その夜。


 月影亭。


「…………」


 ルイスはベッドの上で、冒険者証を眺めていた。


 F。


 冒険者になった時。


 一番下から始まったランク。


 ここ数日。


 色々な依頼をやった。


 調査。


 魔獣討伐。


 薬草採取。


 街道巡回。


 そして。


 今日の護衛。


「結構やったな」


 ただ依頼を終わらせるだけではなく。


 見ること。


 考えること。


 無理をしないこと。


 情報を持ち帰ること。


 依頼主を守ること。


 少しずつ。


 冒険者として必要なことを覚えてきた。


「…………」


 冒険者証を握る。


「明日」


 笑う。


「Eランクになる」


 そして。


 ふと頭に浮かんだのは、西の森。


 最近何度も聞こえる笛の音。


 不自然な動きを見せる魔獣たち。


「…………」


 ルイスは窓の外を見る。


 グランベルの街灯。


 その向こう。


 夜の闇に沈む西の森。


「笛……」


 その言葉から。


 ふと、一人の少年の姿が頭をよぎった。


 淡い銀色の髪。


 灰色の外套。


 そして。


 胸元に下げられていた一本の笛。


「…………」


 リュート。


「……いや」


 ルイスはすぐに首を振った。


「何考えてんだ、俺」


 笛を持っている。


 ただそれだけだ。


 それだけで、リュートと今の異変を結びつける理由なんてない。


「…………」


 それでも。


 なぜか頭の片隅に残った。


「今度会ったら」


 天井を見る。


「笛のこと、もっと聞いてみるか」


 疑っているわけではない。


 何の証拠もない。


 ただ。


 今まで気にも留めていなかった、小さな疑問。


 それが初めて。


 ルイスの中に残った。


 その時。


 遠く。


 西の森の方角から。


 風に混じって。


 ――ピィ……。


「…………!」


 ルイスが起き上がった。


 窓へ駆け寄る。


「今の……!」


 耳を澄ます。


 けれど。


 二度目の音は聞こえない。


「…………」


 森を見る。


 暗い。


 何も見えない。


 それでも。


 今度は聞き間違いではないと思った。


「……笛」


 ルイスは。


 夜の西の森を見つめながら。


 静かに呟いた。


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