第一章13 『異変の兆し』
「逃げろ!!」
西街道に、男の叫び声が響いた。
「魔獣だ!」
「荷馬車から離れろ!」
「早くしろ!」
街道を進んでいた商人たちが、慌てて荷馬車から離れていく。
馬たちも怯えたように嘶き、御者が必死に手綱を引いていた。
「なんだ!?」
少し離れた場所。
ルイスとカイルが声のした方へ振り向く。
「行くぞ!」
「待って!」
走り出そうとしたルイスの腕を、カイルが掴んだ。
「なんだよ!」
「まず見て!」
カイルの声がいつもより強い。
「…………」
ルイスは足を止めた。
街道の先。
そこに。
一頭の大きな魔獣が立っていた。
「でか……」
大人の男より一回りほど大きな身体。
四本の太い脚。
全身を覆う灰色の毛。
頭部からは、二本の太い角が前方へ突き出している。
「見たことない奴だ」
「僕も」
魔獣は低く唸っていた。
「グルルルル……」
だが。
「……あれ?」
ルイスが眉を寄せる。
「こっち見てない」
「うん」
カイルも気づいていた。
魔獣は。
逃げていく商人にも。
ルイスたちにも。
目を向けていない。
ただ。
西の森。
そちらだけを見ている。
「また森だ」
ルイスが小さく呟いた。
これまでにもあった。
戦いの途中で。
魔獣が突然、西の森を見ることが。
「何かあるのか?」
「分からない」
カイルが杖を握る。
「でも――」
そこで。
「グァァァァッ!!」
大型の魔獣が突然、大きく吠えた。
森へ向かって。
「……!」
次の瞬間。
――ガサガサガサッ!
森の木々が。
一斉に揺れた。
「なんだ!?」
ルイスが目を見開く。
森から。
一匹の魔獣が飛び出す。
続いて。
もう一匹。
「二匹!」
さらに。
三匹。
四匹。
「まだ来る!」
カイルが声を上げる。
犬型。
四足型。
小柄な個体。
形も大きさも違う魔獣が。
次々と西の森から街道へ姿を現した。
「なんだこれ……」
ルイスが言葉を失う。
これまで。
一度に複数体を見ることはあった。
だが。
今回は違う。
同じ種類の群れではない。
全く違う種類の魔獣たちが。
ほぼ同じタイミングで森から出てきている。
「こんなの普通なのか?」
「いや」
カイルがすぐに答えた。
「違う種類の魔獣が、こんなにまとまって動くなんて……」
「じゃあ」
ルイスが魔獣たちを見る。
「やっぱ何か変なんだな」
魔獣たちは街道へ広がっていく。
その先。
まだ逃げ切れていない商人たち。
「まずい!」
ルイスが短剣を抜いた。
「カイル!」
「分かってる!」
カイルも杖を構える。
「止めるぞ!」
「おう!」
ルイスが走った。
「こっちだ!」
一番近くにいた犬型の魔獣が振り向く。
「グルァッ!」
地面を蹴った。
「来い!」
牙が迫る。
ルイスは半歩横へ。
かわす。
すれ違う瞬間。
短剣を走らせた。
――ザシュッ!
「ギャンッ!」
魔獣の脇腹を切り裂く。
「一匹!」
「まだ!」
カイルの声。
右。
「――っ!」
別の魔獣が迫っている。
ルイスは後ろへ下がらず。
逆に踏み込んだ。
「はっ!」
顎へ拳。
魔獣の頭が跳ね上がる。
続けて。
身体を回す。
「おりゃ!」
回転蹴りが横腹へ直撃した。
「ギャッ!」
魔獣が倒れる。
「カイル!」
「任せろ!」
杖の先。
術式が光る。
「風よ――!」
空気が集まり。
「ウインドカッター!」
風の刃が走った。
――ザンッ!
倒れた魔獣を切り裂く。
「よし!」
「後ろ!」
「!」
ルイスが振り返る。
三匹目。
「多いな!」
「楽しそうに言うな!」
「楽しくねぇよ!」
「顔!」
「今は真剣だって!」
牙をかわす。
短剣を走らせる。
だが。
「浅い!」
刃が僅かに入っただけ。
魔獣がすぐに振り返る。
「なら!」
もう一度。
ルイスは構え直す。
一匹だけを見るな。
周りを見る。
今。
自分の近くにいる魔獣。
三匹。
正面。
右。
少し離れて左。
「…………」
どれが先に動く。
「ルイス!」
「右!」
カイルと声が重なった。
「分かってる!」
右から来た一匹をかわす。
同時に。
「カイル、左!」
「見えてる!」
カイルの杖が向きを変える。
「ウインドバレット!」
風の弾が左の魔獣へ直撃した。
「グァッ!」
「今!」
ルイスが前へ出る。
正面の魔獣。
爪が振り下ろされる。
身体を沈め。
懐へ。
「そこ!」
前脚へ短剣を突き立てる。
「ギャンッ!」
体勢が崩れる。
「カイル!」
「はいはい!」
「なんで今だけ軽いんだよ!」
「君が元気そうだから!」
風の刃が走り、体勢を崩した魔獣を切り裂く。
魔獣が地面へ倒れた。
「よし!」
息を整える。
「連携、上手くなってきたな!」
「戦いながら言うことか!?」
「だって本当だろ!」
「……まぁ」
カイルも少し笑う。
「僕も君の動きが分かってきた」
「俺も!」
「なら――」
カイルの表情が変わる。
「次!」
「分かってる!」
また一匹。
森から現れた。
「まだ増えるのかよ……!」
今度はルイスも笑っていない。
数が多い。
しかも。
種類も違う。
何が得意なのか。
どんな攻撃をしてくるのか。
分からない個体までいる。
「無理そうなら下がるぞ!」
カイルが言った。
「ああ!」
「商人たちが逃げる時間だけ作ればいい!」
「分かった!」
以前なら。
全部倒そうとしたかもしれない。
けれど。
目的は。
依頼は。
街道を使う人間を守ること。
「おっさんたち!」
逃げる商人たちへ叫ぶ。
「そのまま街まで行け!」
「あ、ああ!」
「こっちは俺たちが止める!」
「無茶するなよ!」
「分かってる!」
商人たちが走っていく。
その背中を確認して。
「よし!」
ルイスが短剣を構え直す。
だが。
「……?」
何かがおかしい。
最初から。
街道の中央にいた大型の魔獣。
そいつだけが。
まだほとんど動いていない。
「カイル」
「何?」
「あのでかい奴」
視線を向ける。
「ずっと森見てる」
「…………」
カイルも見る。
大型の魔獣は。
周囲で戦いが起きても。
何度も。
西の森へ視線を向けていた。
「まただ」
ルイスが呟く。
「何か待ってるみたいだ」
「待ってる?」
「分かんねぇけど」
その時。
――ピィ……。
大型の魔獣の耳が僅かに動いた。
「……?」
ルイスの目が細くなる。
ほんの僅かに。
何か聞こえた気がした。
「グル……」
魔獣が顔を上げる。
次の瞬間。
初めて。
ルイスたちへ顔を向けた。
「来る!」
「――っ!」
巨体が地面を蹴った。
速い。
「なっ!?」
身体の大きさから想像していた速度を。
遥かに超えている。
「ルイス!」
角。
真正面。
避ける。
「――!」
左へ踏み込む。
だが。
間に合わない。
「くっ!」
「風よ!」
カイルが杖を振った。
――ドンッ!
横から強烈な風。
「うわっ!」
ルイスの身体が吹き飛ばされる。
地面を転がる。
直後。
――ドゴォン!!
太い角が。
さっきまでルイスがいた場所を抉った。
「…………!」
土が飛び散る。
「ルイス!」
「大丈夫!」
すぐに起き上がる。
「怪我は!?」
「ない!」
自分の身体を見る。
本当に傷はない。
「カイル!」
「……何?」
「助かった!」
「…………」
カイルの肩が大きく上下している。
今の魔法。
咄嗟に。
かなり強く放ったのだろう。
「ルイス」
「ん?」
「もう少し自分のことも考えて戦え!」
「……!」
いつもより。
明らかに強い声。
「相手の動きを見るって言ってただろ!」
「…………」
「今のだって、僕が間に合わなかったら――」
そこで。
カイルが言葉を止めた。
「……悪い」
ルイスが素直に言った。
「ちょっと近づきすぎた」
「…………」
「次はちゃんと見る」
「……本当に?」
「ああ」
ルイスは短剣を握る。
「俺だって、死にたいわけじゃない」
怖くないわけでもない。
さっきの角。
ほんの少し遅れていたら。
身体を貫かれていた。
背中に冷たいものが走る。
「でも」
それでも。
目の前の魔獣を見る。
「倒し方は見つけたい」
「……君は」
カイルがため息を吐いた。
「本当に変わらないな」
「悪い?」
「悪くない」
杖を構える。
「だから僕も見る」
「一緒に?」
「ああ」
カイルも魔獣を見る。
「二人で倒し方を探す」
「……!」
ルイスが笑った。
「それいいな!」
「だから突っ込むなって!」
「分かってる!」
大型魔獣が振り返る。
「来るぞ!」
「おう!」
再び突進。
今度は。
ルイスはすぐ動かない。
「…………」
見る。
角。
脚。
身体。
灰色の毛。
首。
腹。
「正面は駄目」
「うん!」
「横へ!」
「分かってる!」
魔獣が迫る。
直前。
ルイスは斜めへ大きく踏み込んだ。
角が横を通る。
「今!」
側面。
短剣を振る。
――ガッ!
「硬っ!」
毛に阻まれた。
「じゃあ違う!」
すぐ離れる。
「通らなかった?」
「ああ!」
魔獣が方向を変える。
「どこなら通る……」
脚。
前脚。
その付け根。
動くたびに。
僅かに毛が開く。
「…………」
「ルイス!」
「見つけた!」
「どこ!?」
「前脚!」
ルイスが走る。
「動き止めて!」
「任せろ!」
カイルが杖を掲げる。
「ウインドバレット!」
風の弾。
顔。
角。
正面から魔獣へ叩き込まれる。
「グァァッ!」
大型魔獣が一瞬怯む。
「今!」
ルイスが懐へ飛び込んだ。
「そこだ!」
短剣を。
前脚の付け根へ。
――ザシュッ!
「グオオオッ!!」
「入った!」
魔獣が暴れる。
「離れて!」
すぐに後ろへ跳ぶ。
「カイル!」
「傷は!?」
「前脚!」
「分かった!」
カイルが狙いを合わせる。
ルイスが傷を作った場所。
「風よ――!」
魔力が杖へ集まる。
「ウインドカッター!」
風の刃が走った。
――ザンッ!!
傷ついた前脚へ。
「グァァァッ!!」
大型魔獣が大きく体勢を崩す。
「まだ!」
倒れない。
「もう一回いける!?」
「できる!」
だが。
カイルの息が荒い。
「…………」
ルイスはそれを見た。
魔法は。
無限には使えない。
以前聞いた。
魔力を使えば疲れる。
「カイル」
「何?」
「でかいのは俺が止める」
「え?」
「次の魔法で決めて!」
「…………」
「俺が隙作る!」
「また無茶する気?」
「違う!」
ルイスは魔獣を見る。
「ちゃんと見てやる!」
前脚。
傷。
重心。
角。
突進する時。
傷ついた脚を僅かに庇っている。
「今度はさっきと違う」
ルイスが笑った。
「どう動くか分かる」
「…………」
カイルが少し迷う。
そして。
「分かった」
杖を強く握った。
「任せる」
「おう!」
魔獣が動く。
「グオオオッ!」
突進。
「来い!」
ルイスは待つ。
一歩。
二歩。
迫る。
「…………」
傷ついた前脚。
踏み込む瞬間。
僅かに身体が傾く。
「今!」
横へ。
角をかわす。
そして。
倒すのではなく。
「はぁっ!」
傷ついた前脚へ。
蹴り。
「グァッ!」
巨体が大きく傾いた。
「カイル!」
「任せろ!」
杖先。
風が集まる。
「風よ――!」
術式が光る。
「ウインドカッター!」
風の刃。
倒れかけた魔獣の首元へ。
――ザンッ!!
「グ……ァ……」
巨体が揺れる。
そして。
地面へ倒れた。
――ズンッ。
「…………」
ルイスはすぐには近づかなかった。
短剣を構え。
魔獣を見る。
「動く?」
「……いや」
数秒。
完全に動かなくなった。
「……倒した」
「うん」
「倒した!」
ルイスが拳を握る。
「やった!」
「はぁ……」
カイルはその場へ座り込んだ。
「カイル!?」
「大丈夫」
息を整える。
「ちょっと魔力使いすぎただけ」
「…………」
ルイスはカイルを見る。
「魔法ってやっぱ疲れるんだな」
「だから何回も言ってるだろ……」
「ごめん」
「なんで謝る?」
「結構撃たせたから」
「…………」
カイルが少し驚いた顔をした。
「別に」
「でも助かった!」
「……ならいい」
ルイスも横へ座る。
「やっぱ一人だったら無理だったな」
「僕も」
「カイルも?」
「あんなの一人で近づかれたら困る」
「じゃあ」
ルイスが笑う。
「やっぱ二人でちょうどいいな!」
「……そうかもね」
カイルも小さく笑った。
その時。
「……ん?」
ルイスが顔を上げる。
「どうした?」
「静かになった」
「え?」
さっきまで。
周囲には。
いくつもの魔獣の唸り声。
足音。
木々が揺れる音。
それが。
急に。
消えている。
「…………」
二人が辺りを見る。
街道にいた魔獣たち。
まだ何匹か残っている。
だが。
その全てが。
同じように。
動きを止めていた。
「……なんだ?」
一匹。
顔を上げる。
西の森。
もう一匹も。
西の森。
そして。
まるで示し合わせたように。
「……!」
魔獣たちが一斉に走り出した。
「来る!?」
ルイスが短剣を構える。
「違う!」
カイルが叫ぶ。
魔獣たちは。
ルイスたちへ向かってこない。
街へも向かわない。
「森へ……」
全て。
同じ方向。
西の森へ。
次々と姿を消していく。
「…………」
ルイスは呆然と見送った。
「なんだ今の」
「分からない……」
カイルも。
いつになく真剣な表情で森を見る。
「一斉に……」
「ああ」
「急に出てきて」
ルイスが言う。
「急に帰った」
「……うん」
「これ」
森を見る。
「絶対おかしいだろ」
「僕もそう思う」
カイルが杖を握る。
「それに」
「魔力?」
「ああ」
西の森へ意識を向ける。
「さっきまで感じてた、森の奥からの魔力の気配が……弱くなった」
「魔獣が戻ったのと同時に?」
「たぶん」
「…………」
ルイスは眉を寄せた。
魔獣が出てきた。
何かを待つように森を見ていた。
微かな音が響いた。
そして。
一斉に動きを変えた。
「まるで」
ルイスが小さく呟く。
「誰かに呼ばれたみたいだな」
「…………」
「どうした?」
「いや」
カイルも森を見る。
「僕も、ちょっとそう思った」
二人はしばらく。
何も言わず。
西の森を見つめていた。
――――――――――
夕方。
冒険者ギルド。
「……そんなに多くの魔獣が?」
受付嬢の表情が変わった。
「ああ」
ルイスが頷く。
「種類もバラバラだった」
「大型個体も?」
「いた」
「二人で討伐しました」
カイルが補足する。
受付嬢はすぐに報告書へ書き込んでいく。
「他の魔獣は?」
「それが変なんだ!」
ルイスが身を乗り出した。
「途中でいきなり止まった!」
「止まった?」
「ああ」
「何匹も同時にです」
カイルが言う。
「その後、全て西の森へ戻りました」
「…………」
受付嬢のペンが止まる。
「全て?」
「俺たちが見た範囲では」
「何かに怯えていた様子は?」
「分かんない」
ルイスが少し考える。
「でも逃げてる感じとは違った」
「どう違いました?」
「なんていうか……」
思い出す。
一斉に止まり。
一斉に森を見て。
同じ方向へ走った。
「合図されたみたいだった」
「合図……」
「僕もそう見えました」
カイルも頷く。
「それに、魔獣が動きを変えた頃、森の奥から感じていた魔力の気配も弱くなりました」
「森そのものの魔力ではなく?」
「はい」
カイルははっきりと頷く。
「昨日と同じです。森の中のどこかに、何か魔力の発生源があるように感じます。ただ、距離も遠いので、それが何なのかまでは分かりません」
「…………」
受付嬢の表情がさらに真剣になる。
「分かりました」
報告書を閉じる。
「この内容は、すぐ上へ回します」
「領主にも?」
「必要であれば」
受付嬢が頷く。
「それだけ重大な情報です」
「…………」
ルイスは少しだけ西の方角を見る。
「森で何か起きてるんだな」
「その可能性は、以前より高くなりました」
「調査する?」
「ギルドだけでは判断できません」
受付嬢は首を振る。
「騎士団や領主様側とも相談になるでしょう」
「俺たちは?」
「今はこれ以上近づかないでください」
「…………」
少しだけ残念そうな顔。
「ルイスさん」
「分かってる!」
すぐに答えた。
「勝手に行かない」
受付嬢が少し驚く。
そして。
「ありがとうございます」
「でも」
ルイスは笑う。
「調べられるようになったら絶対行く!」
「その時は、きちんと許可された依頼としてお願いします」
「おう!」
「それから」
受付嬢が別の書類を取り出した。
「ルイスさんに、もう一つお伝えすることがあります」
「俺?」
「はい」
ルイスは首を傾げる。
「何?」
「ここ数日の活動記録についてです」
「…………」
「調査依頼」
受付嬢が一枚目をめくる。
「魔獣討伐」
もう一枚。
「一般人の救助」
「おっ」
「異変に関する継続的な報告」
「おお」
「依頼の指示を守って撤退した記録」
「…………」
ルイスが少し得意げになる。
「そして今回」
受付嬢が続ける。
「街道を利用していた商人を避難させ、カイルさんと協力して大型魔獣を討伐」
「…………」
「十分な実績が積み上がりました」
「……!」
ルイスの身体が前へ出る。
「それって!」
「はい」
受付嬢が微笑んだ。
「Eランクへの昇級試験を受けるための条件を満たしました」
「…………」
一瞬。
ルイスが固まる。
「…………」
「ルイス?」
カイルが横を見る。
「…………」
「どうしました?」
そして。
「よっしゃああああ!」
ギルド中へ声が響いた。
「うるさっ!」
カイルが耳を押さえる。
「Eランク!」
「まだです!」
「え?」
受付嬢がすぐ止めた。
「試験を受ける資格を得ただけです」
「…………」
ルイスが固まる。
「まだF?」
「まだFです」
「…………」
「そんなに落ち込む!?」
カイルが思わず笑う。
「でも!」
ルイスが顔を上げる。
「試験受かったらEだろ!?」
「はい」
「じゃあ受ける!」
「もちろん受験できます」
「いつ!?」
「日程を確認して――」
「明日!」
「話を聞いてください!」
「早く受けたい!」
「分かりましたから!」
受付嬢が苦笑する。
「詳細は改めて説明します」
「絶対だぞ!」
「はい」
「よし!」
ルイスは自分の冒険者証を見る。
そこに刻まれている。
F。
最初は。
ただ一番下のランクだった。
早く上げたい。
それだけだった。
でも。
今は。
「…………」
ここまでにやったことを思い出す。
調査した。
魔獣を倒した。
馬車を助けた。
知らないことを覚えた。
危ない時には引いた。
カイルと一緒に戦った。
「これ全部」
冒険者証を見る。
「ちゃんと見てもらえてたんだな」
「当然です」
受付嬢が言う。
「冒険者の実績は、ただ魔獣を何匹倒したかだけではありませんから」
「…………」
「依頼を達成して」
「うん」
「人から信用されて」
「うん」
「自分で考えて、無事に帰ってくる」
「…………」
「その積み重ねです」
ルイスは少しだけ笑った。
「そっか」
冒険者証を握る。
「じゃあ」
橙色の瞳が輝く。
「絶対受かる!」
「頑張ってください」
「カイル!」
「何?」
「俺、Eになる!」
「まだ試験前だろ」
「なる!」
「はいはい」
「応援しろよ!」
「……頑張れ」
「小さい!」
「頑張れ!」
「よし!」
受付嬢が笑う。
「本当に仲がいいですね」
「だろ!」
「否定しないの?」
カイルが一瞬黙る。
「…………」
そして。
「まぁ」
少しだけ笑った。
「最近はね」
「最近じゃなくて友達!」
「うるさい!」
二人の声がギルドへ響いた。
――――――――――
その夜。
月影亭。
「…………」
ルイスはベッドに横になり。
右手を天井へ伸ばしていた。
「Eランクか」
まだ。
なってはいない。
けれど。
「もうちょっとだな」
笑う。
その手を下ろそうとして。
「…………」
ふと。
昼間のことを思い出した。
大型魔獣。
カイルの魔法。
何度も放たれた風。
「魔力……」
胸元へ手を置く。
昨日感じた、身体の奥を流れる僅かな感覚。
「…………」
目を閉じる。
呼吸。
鼓動。
身体の熱。
その奥。
「…………」
探す。
すぐには分からない。
「焦らない」
カイルに言われた。
「何日もやればいい」
ゆっくり。
呼吸する。
「…………!」
ほんの僅か。
胸の奥。
あの感覚。
「あった」
今日は。
すぐに消えない。
ルイスは追いかけず。
ただ。
そこにあるものを感じる。
「…………」
胸から。
肩。
腕。
そして。
右手。
「…………?」
指先が。
ほんの少し。
温かい。
「これ……」
目を開ける。
右手を見る。
何も出ていない。
光も。
炎も。
ない。
でも。
「昨日より分かる」
少し笑う。
「進んでるな」
Eランク。
魔力。
西の森。
知らないこと。
やりたいこと。
また増えた。
「……忙しいな」
そう言いながら。
どこか嬉しそうだった。
――――――――――
同じ頃。
西の森。
月明かりの届きにくい木々の奥。
どこか遠くから。
かすかな音が響いた。
――ピィ……。
ほんの一音。
風に紛れれば。
聞き逃してしまうほど小さな音。
その直後。
森の中で。
いくつもの黄色く濁った瞳が。
同時に。
ゆっくりと同じ方向を向いた。




