第一章10 『初めての魔法』
翌朝。
朝食を済ませたルイスは、いつものように冒険者ギルドへ向かっていた。
朝のグランベル。
昨日と同じように、街には多くの人が行き交っている。
店を開く商人。
荷物を運ぶ馬車。
依頼へ向かう冒険者たち。
「今日も人いっぱいだな」
ルイスは辺りを眺めながら歩いていた。
その途中。
「……ん?」
聞き慣れない声が耳に入った。
「もう一回やるぞ!」
少し先。
冒険者ギルドの近くにある小さな訓練場。
そこに何人かの人が集まっていた。
「なんだ?」
気になって近づく。
人だかりの中心にいたのは、一人の少年だった。
年齢はルイスと同じくらい。
少し長めの茶色い髪。
頭には、身体に対して少し大きな黒い三角帽子。
同じく黒いローブは袖が長く、手の甲まで隠れている。
首元には深い青色の布。
そして。
右手には一本の杖。
「……杖?」
ルイスが首を傾げる。
少年の前には、訓練用らしい土を固めた的が置かれていた。
「よし……」
少年が小さく息を吸う。
杖を構えた。
その足元に。
淡い光が浮かび上がる。
「……!」
ルイスの目が見開かれた。
光は円を描き。
その中に、細かな模様が走っていく。
「なんだ、あれ……?」
やがて。
杖の先へ赤い光が集まり始めた。
次の瞬間。
――ボッ!
炎が生まれた。
「……!」
小さな炎は形を変え。
拳ほどの火球になる。
「炎……!」
少年が杖を振った。
「行け!」
火球が飛ぶ。
――ボンッ!
訓練用の的へぶつかり、炎が弾けた。
「おお!」
周囲から声が上がる。
だが。
誰よりも目を輝かせている少年が一人。
「すっげぇぇぇ!」
「うわっ!」
いつの間にか。
ルイスが術者の目の前まで来ていた。
「今の何だ!?」
「な、何って……」
「炎!」
「魔法だけど」
「それ!」
「どれ!?」
少年が戸惑う。
「どうやって出した!?」
「どうやってって……魔法で」
「だから、その魔法をどうやったんだよ!」
「近い近い!」
少年がルイスの額を押して距離を取る。
「君、魔法を知らないのか?」
「知ってる!」
「なら何で聞くんだよ」
「知ってるけど、こんな近くでちゃんと見たのは初めてなんだ!」
「ああ……」
少年がようやく納得したように頷く。
ルイスはまだ、杖と地面に残った淡い光の跡を見ている。
「あそこ、光ってたよな?」
「術式だよ」
「術式?」
「魔法を使うために、魔力を形にするためのもの……って言えば分かるか?」
「形……」
ルイスが首を傾げる。
「よく分かんねぇ!」
「だろうな」
「でも炎出てた!」
「そこしか見てないだろ」
「ああ!」
「自信満々に言うなよ……」
少年がため息を吐く。
だが。
ルイスの目は真剣だった。
「なぁ」
「何?」
「俺にもできる?」
「魔法?」
「ああ!」
少年はルイスを上から下まで見る。
「魔力を扱えれば」
「魔力!」
昨日覚えたばかりの言葉だった。
「魔石の中にあるやつだろ?」
「……魔石?」
「ああ! 魔獣の中に魔力が集まってできるって教えてもらった!」
「へぇ」
少年が少しだけ感心する。
「なら話は早いな」
自分の胸元を指差す。
「魔石みたいに一か所へ固まってるわけじゃないけど、人間の身体にも魔力はある」
「俺にも?」
「普通ならね」
ルイスは自分の胸へ手を当てた。
「全然分かんねぇ」
「そりゃそうだろ」
「なんで?」
「意識したこともないんだろ?」
「ああ!」
「だったら、いきなり分かる方がおかしい」
「そうなのか?」
「そうなの」
少年は杖を肩へ担いだ。
「まずは身体の中にある魔力を感じるところから」
「それができたら炎出せる?」
「まだ」
「まだ!?」
「魔力を感じて」
指を一本立てる。
「動かせるようになって」
二本。
「術式を覚えて」
三本。
「そこから、自分が扱いやすい魔法を練習する」
「…………」
ルイスの顔から笑みが少しずつ消えていく。
「結構あるな」
「魔法を何だと思ってたんだよ」
「こう……」
両手を前へ出す。
「出ろ! ってやったらボォッ! って」
「出るわけないだろ!」
「駄目なのか!」
「普通はな!」
少年が呆れたように頭を押さえる。
「それに、魔法には向き不向きもある」
「向き不向き?」
「ああ。基本的には火、水、風、土みたいに、術式にも色々あるし、人によって扱いやすさが違う」
「へぇ!」
「同じ魔法使いでも、得意なものはそれぞれだ」
「じゃあ俺、火がいい!」
「だから、やってみないと分からないって」
「えぇ!?」
ルイスが少しだけ肩を落とす。
しかし。
すぐ顔を上げた。
「でも、やってみないと分かんないんだろ?」
「まぁ」
「ならやる!」
「即決かよ」
「だって!」
ルイスは先ほど火球が当たった的を見る。
僅かに焦げている。
「炎出せたら絶対面白いだろ!」
「……面白いから?」
「ああ!」
少年がしばらくルイスを見る。
そして。
「変な奴」
「なんだよ!」
「普通は強くなりたいとか、便利そうとか言うだろ」
「強くなるのもいいけどさ」
ルイスは笑う。
「できなかったことができるようになるのって、面白そうじゃん!」
「…………」
少年が僅かに目を丸くした。
「それに」
ルイスは自分の短剣へ手を置く。
「これだって、最初は剣と全然違って使いにくかったんだ」
「短剣?」
「ああ」
「でも戦ってみたら、蹴りとか拳と一緒に使えるって分かった」
柄を軽く叩く。
「魔法も覚えたら、何かできるかもしれないだろ?」
「……なるほど」
少年の目が少しだけ変わった。
「ただ撃ちたいわけじゃないんだな」
「撃つのもやりたい!」
「そこはやりたいんだな!」
「ああ!」
少年が吹き出した。
「ははっ……」
「何笑ってんだよ!」
「いや」
少年は手を差し出した。
「僕はカイル」
「カイル?」
「ああ。魔法使いだ」
ルイスもその手を握る。
「俺はルイス!」
「知ってる」
「え?」
「赤い髪の新人冒険者」
「……!」
「昨日、西街道で魔獣二匹から馬車を守った奴だろ?」
「なんで知ってんだ!?」
「ギルドで話してる奴がいた」
「俺、もう有名人!?」
「そこまでじゃない」
「なんだ」
「残念そうにするなよ」
カイルが苦笑する。
「それより、魔法を教えてほしいんだろ?」
「いいのか!?」
「基礎くらいなら」
「よっしゃ!」
「ただし」
カイルが人差し指を立てる。
「一日で使えるようになると思うなよ」
「え?」
「魔力を感じるだけで何日もかかる奴だっている」
「何日も?」
「ああ。それから先も練習が必要だ」
「…………」
ルイスは少し考え。
「じゃあ、できるまでやる!」
「簡単に言うなぁ……」
「やってみないと分かんねぇだろ!」
「まぁ、それはそうだけど」
カイルが笑う。
「じゃあ時間がある時に教えてやるよ」
「本当か!」
「ああ」
「ありがとう、カイル!」
「近いって!」
ルイスがまた距離を詰める。
カイルが顔を押し返した。
「そういえば」
カイルが尋ねる。
「こんな朝からどこへ行くところだったんだ?」
「あ」
ルイスが固まる。
「…………」
「忘れてた?」
「依頼!」
「忘れてたんだな」
「ギルド行くところだった!」
慌てて走り出そうとして。
止まる。
「カイル!」
「何?」
「一緒に行こうぜ!」
「なんで!?」
「魔法見たい!」
「さっき見ただろ!」
「戦ってる時のも見たい!」
「嫌だよ!」
「なんで!?」
「何の依頼なんだ?」
「魔獣討伐!」
「もっと嫌だ!」
「後ろから魔法使えばいいじゃん!」
「簡単に言うな!」
「できないのか?」
「……できるけど」
「じゃあ行こう!」
「勝手に決めるな!」
ルイスはすでに歩き出している。
「ほら!」
「…………」
カイルはしばらくその背中を見る。
そして。
「……本当に変な奴だな」
小さく笑うと。
「待てよ!」
その後を追った。
――――――――――
冒険者ギルド。
「おはよう!」
「おはようございます、ルイスさん」
受付嬢がいつものように顔を上げる。
「今日は……」
ルイスの後ろを見る。
「お連れの方がいらっしゃるんですね」
「友達!」
「友達じゃない!」
カイルが即座に否定する。
「今知り合った!」
「それを友達って言わないだろ!」
「じゃあ今から友達!」
「勝手に決めるな!」
受付嬢が口元を押さえた。
「ふふっ」
「なんで笑うんですか……」
「いえ。仲がよろしいんですね」
「よくないです!」
「いいだろ!」
カイルが頭を抱える。
「それで!」
ルイスが受付へ向き直った。
「依頼!」
「はいはい」
受付嬢が笑いながら掲示板へ目を向ける。
「今日も西街道周辺の討伐依頼が出ています」
「それにする!」
「まだ内容を説明していませんよ」
「あ」
「少しは確認してください」
「はい」
受付嬢は一枚の依頼書を手に取る。
「昨日より少し西側。西の森に近い場所で、これまでとは違う種類の魔獣が目撃されています」
「違う種類?」
「はい」
「どんなの?」
「甲羅のような硬い外皮を持つ四足型、と報告されています」
「……!」
ルイスの目が輝く。
「見たことない奴!」
「その顔をすると思いました」
「行く!」
「最後まで聞いてください」
「はい」
「Fランクでも受注可能な個体ですが、硬い外皮を持つため、正面からの攻撃は通りにくいそうです」
「硬いのか」
ルイスが短剣を見る。
「なら、どこが柔らかいか探せばいいな」
受付嬢が少し目を丸くする。
「……そうですね」
「昨日みたいに、ちゃんと見る!」
「それならよろしいです」
今度はカイルを見る。
「お二人で受けられますか?」
「僕も?」
「行くんだろ?」
「……もう諦めた」
カイルがため息を吐く。
「僕も冒険者登録はしています」
「そうでしたか」
冒険者証を確認する。
「では、お二人で受注ということで」
「よし!」
「それから」
受付嬢の表情が少し真剣になる。
「最近の魔獣について、もう一つお願いがあります」
「なんだ?」
「討伐した場合、出現した方向や不自然な行動があれば覚えておいてください」
「あ」
ルイスは昨日のことを思い出した。
「森を見た、とか?」
「はい」
「二匹とも同時に見てた」
「その情報も記録してあります」
カイルが二人を見る。
「何の話?」
ルイスが簡単に説明した。
西の森から街道へ出てくる魔獣。
戦いの途中で森を気にしていた個体。
昨日は二匹が同時に同じ方向を向いたこと。
「……それは確かに変だな」
「だろ?」
「ですので」
受付嬢が続ける。
「今回は討伐だけでなく、何か気づいたことがあれば報告してください」
「分かった!」
「もちろん、危険を冒してまで調べる必要はありません」
「それも分かってる!」
「……本当に成長しましたね」
「だろ!」
胸を張る。
「じゃあ、行こうぜカイル!」
「はいはい」
二人は依頼書を受け取り、ギルドを出た。
――――――――――
西街道。
「なぁ、カイル」
「何?」
「魔力ってどうやって感じるんだ?」
「もう練習するのか?」
「ああ!」
「今、依頼中だぞ」
「歩いてるだけだし」
「だからって目を閉じるなよ」
「まだ閉じてない!」
「今から閉じようとしてただろ」
「……なんで分かった?」
「顔」
「顔!?」
カイルが呆れたように息を吐く。
「まずは安全な場所でやれ」
「じゃあ今夜?」
「依頼から戻った後ならな」
「よし!」
「元気だなぁ……」
二人は歩き続ける。
「でも少しくらい教えてくれ!」
「仕方ないな」
カイルが自分の胸元へ手を当てる。
「魔力は身体の中にある」
「血みたいに?」
「似たような考え方でもいい」
「へぇ」
「最初から炎を出そうとするんじゃなくて、まずは身体の内側に意識を向ける」
「内側……」
「呼吸とか、心臓の鼓動とか」
ルイスも自分の胸へ手を置いた。
「そこから、普段は意識してない感覚を探す」
「…………」
「分かる?」
「全然!」
「即答だな」
「何もねぇ!」
「あるはずなんだけどな……」
カイルが苦笑する。
「ほら」
足を止めた。
「少しだけ見せる」
「おお!」
杖を握る。
目を閉じる。
呼吸がゆっくりと整う。
すると。
杖の先に淡い光が集まり始めた。
「……!」
ルイスが目を見開く。
「さっきの術式は?」
「まだ組んでない」
「じゃあこれが?」
「身体の中の魔力を、杖の先へ集めてるだけ」
「すげぇ……」
ルイスは杖先の光へ顔を近づける。
「こんな感じなのか」
「見え方は人によって多少違うけどな」
「俺もやる!」
「今はやめろって」
「ちょっとだけ!」
「仕方ないな……」
二人は街道の端。
見通しのいい場所へ移動した。
「ここならいいか」
「よし!」
「座れ」
「座るの?」
「集中するんだから」
「分かった!」
ルイスはその場へ座った。
目を閉じる。
「まず呼吸」
「…………」
息を吸う。
吐く。
「心臓」
胸の鼓動を意識する。
ドクン。
ドクン。
「そのもっと奥」
「…………」
血が流れる感覚。
身体の熱。
呼吸。
その中から。
普段は気にも留めない何かを探す。
「…………?」
「どう?」
「……分かんねぇ」
「だろうな」
「早くない!?」
「最初からできると思ってたのか?」
「ちょっと思ってた」
「そんな簡単じゃないって言っただろ」
「くそぉ……」
「焦るなよ」
カイルが笑った。
「何日か続けてれば、少しずつ分かるかもしれない」
「何日か……」
「ああ」
ルイスは目を開ける。
自分の右手を見る。
「じゃあ毎日やる」
「本当にやりそうだな」
「やるぞ!」
「……分かったよ」
カイルが立ち上がる。
「時間がある時は付き合ってやる」
「本当か!」
「ああ」
「よっしゃ!」
ルイスも勢いよく立ち上がる。
「まずは魔力を感じる!」
「そう」
「それから動かす!」
「そう」
「それから炎!」
「炎になるかどうかは、まだ分からないけどな」
「絶対炎がいい!」
「それは僕に言われても知らない」
「なんとかしてくれ!」
「無茶言うな!」
二人の声が街道へ響く。
その時だった。
――ガサッ。
「……!」
ルイスの表情が変わった。
右手が短剣へ伸びる。
カイルもすぐに杖を構えた。
「今の」
「ああ」
草むら。
何かがいる。
――ガサッ。
今度は大きく揺れた。
「来るぞ」
「うん」
次の瞬間。
一匹の魔獣が姿を現した。
「……なんだ、あれ」
ルイスが目を丸くする。
これまで戦ってきた犬型とは、まるで違う。
四本の太い脚。
背中を覆う、大きく硬そうな甲羅。
頭部には一本の角。
低い姿勢で、二人を睨んでいる。
「依頼に書いてあった奴だ」
カイルが呟く。
「見たことある?」
「ない」
「俺も!」
「なんで嬉しそうなんだよ!」
「初めて見るから!」
「今から襲われるんだぞ!」
魔獣が前脚で地面を掻いた。
「来る!」
ルイスが前へ出る。
「カイルは後ろ!」
「分かってる!」
魔獣が地面を蹴った。
巨体からは想像できない速さ。
「速っ!」
ルイスは横へ飛ぶ。
角がすぐ横を通り過ぎた。
そのまま魔獣の側面へ回る。
「まず――!」
短剣を振る。
――キンッ!
「うわっ!」
刃が甲羅に弾かれた。
「硬っ!」
「だから硬いって言われただろ!」
「どれくらいか試したんだよ!」
「今やる必要あった!?」
魔獣が振り返る。
「来るぞ!」
再び突進。
ルイスは短剣を構えた。
だが。
今度はすぐに攻撃しない。
「…………」
見る。
角。
頭。
甲羅。
脚。
腹。
甲羅は硬い。
なら。
「柔らかいところ……」
魔獣が迫る。
「ルイス!」
「分かってる!」
寸前で横へ。
角をかわす。
そのまま低く身体を沈めた。
「ここだ!」
短剣を走らせる。
――ザッ!
刃が前脚へ入った。
「グァッ!」
魔獣が体勢を崩す。
「通った!」
「ルイス、離れて!」
「!」
声を聞いた瞬間。
ルイスが後ろへ跳ぶ。
カイルの杖先。
淡い光。
そして。
空気が集まる。
「風よ――!」
術式が淡く光る。
「ウインドカッター!」
――ザンッ!
風の刃が飛ぶ。
狙ったのは甲羅ではない。
先ほどルイスが傷つけた前脚。
「グァァッ!」
同じ場所へ風の刃が食い込んだ。
魔獣が大きく傾く。
「おお!」
「見とれてる場合じゃない!」
「分かってる!」
ルイスは地面を蹴った。
動きの鈍った魔獣へ近づく。
「甲羅が硬いなら!」
横から回り込む。
「そこ以外を狙えばいい!」
後脚へ蹴りを叩き込む。
「はっ!」
傾いた巨体の下から、柔らかな腹部が覗く。
「そこ!」
ルイスが短剣を突き出した。
――ザシュッ!
「グァァァッ!」
魔獣が暴れる。
「うわっ!」
ルイスはすぐに距離を取る。
「まだだ!」
「もう一発いく!」
カイルが杖を構える。
「待って!」
「え?」
「今度は――」
ルイスが魔獣の動きを見る。
傷ついた前脚。
短剣を突き立てた腹。
硬い甲羅。
「腹!」
「分かった!」
カイルの周囲に風が集まる。
「ウインドカッター!」
風の刃が放たれた。
倒れかけた魔獣の腹部へ。
――ザンッ!
直撃。
魔獣の身体が大きく震える。
そして。
地面へ倒れた。
「…………」
二人ともすぐには近づかない。
「動いてる?」
「いや」
少し待つ。
「……止まった」
「よし!」
ルイスが拳を握った。
「倒した!」
「ふぅ……」
カイルも肩の力を抜く。
ルイスは倒れた魔獣へ近づきながら、その姿を見回した。
「こいつ、すげぇな」
「何が?」
「甲羅」
短剣で軽く叩く。
――コン。
「全然刃通らなかった」
「普通、そこで感心する?」
「だって本当に硬かったぞ!」
「分かったから刃を傷めるなよ」
「あ」
短剣を見る。
「……大丈夫かな」
「後でちゃんと手入れしろよ」
「分かった」
ルイスはしゃがみ込んだ。
甲羅。
脚。
腹。
「同じ魔獣でも、戦い方全然違うんだな」
「そりゃそうだろ」
「犬みたいな奴なら懐入ればよかったけど」
甲羅を見る。
「こいつは場所選ばないと刃が通らなかった」
「だから相手を見るのも大事なんだよ」
「相手を見る……」
ルイスは少し考える。
「なるほど!」
ルイスの顔が明るくなる。
「じゃあ知らない魔獣と戦うのって、やっぱ面白いな!」
「なんでそうなるんだよ!」
「どうやったら倒せるか考えるの楽しいだろ?」
「命懸けなんだけど……」
カイルが呆れたように笑った。
「君、本当に変わってるな」
「そうか?」
「褒めてない」
「まぁいいや!」
ルイスは魔獣の身体を調べる。
「魔石、取らないとな」
「知ってるんだ」
「昨日教えてもらった!」
「そういえば魔石の話してたな」
「街灯とかにも使うんだって!」
「ああ。魔道具には欠かせないからな」
「カイルの杖にも使ってる?」
「これは補助用の小さな魔石が入ってる」
「え!?」
ルイスの目が杖へ移る。
「どこ!?」
「食いつくなぁ……」
カイルが柄の根元を見せる。
小さな金属の留め具。
その内側に、小粒の魔石が埋め込まれていた。
「これは、僕の魔力を術式へ流しやすくするための補助だよ」
「魔力を増やすんじゃないのか?」
「ああ。杖や魔道具によって役割は違う」
「へぇ……」
ルイスは顔を近づける。
「同じ魔石でも、使い方いっぱいあるんだな」
「加工の仕方次第ではな」
「面白ぇ!」
ルイスが笑う。
「魔法も魔道具も、知らないことだらけだ!」
「楽しそうだな」
「楽しいぞ!」
即答だった。
カイルは一瞬だけルイスを見る。
そして。
小さく笑った。
「……そうみたいだな」
魔獣から魔石と必要な素材を回収する。
「よし」
ルイスが立ち上がる。
「帰るか!」
「依頼範囲、もう少し確認しなくていいの?」
「あ」
「忘れてただろ」
「忘れてない!」
「じゃあ何で帰ろうとしたんだよ」
「……勢い?」
「やっぱり忘れてるじゃないか!」
「もうちょっと見てから帰る!」
二人は街道を歩き始めた。
「なぁ、カイル」
「今度は何?」
「さっきの魔法!」
「風?」
「ああ!」
「どうした?」
「俺が脚切ったところ狙っただろ?」
「そりゃ、傷がある方が通りやすいと思ったから」
「やっぱり!」
ルイスの目が輝く。
「じゃあさ!」
腰の短剣へ手を置く。
「俺が動き止めて、カイルが魔法当てるって結構強くない?」
「……まぁ」
カイルも考える。
「僕一人だと、あいつに近づかれたら面倒だったし」
「だろ!」
「君が前にいるなら、魔法に集中しやすい」
「じゃあ相性いいな!」
「一回戦っただけで決める?」
「いいじゃん!」
「…………」
カイルが苦笑する。
「本当に勝手だな」
「でも楽しかっただろ?」
「…………」
「カイル?」
「……まぁ」
少しだけ顔を逸らす。
「一人よりは」
「だろ!」
「うるさい!」
ルイスが笑う。
その隣を。
カイルが歩く。
まだ出会ったばかりの二人。
けれど。
短剣と魔法。
前衛と後衛。
互いに違う戦い方だからこそ。
噛み合うものもあった。
その時。
「……ん?」
ルイスが足を止める。
「どうした?」
「いや」
胸元へ手を当てた。
ほんの一瞬。
身体の奥。
何かが流れたような。
熱とも。
鼓動とも違う。
僅かな感覚。
「…………」
「ルイス?」
「……今」
自分の手を見る。
「なんかあった気がした」
「魔力?」
「分かんねぇ」
「どんな感じ?」
「こう……」
考える。
「一瞬だけ、身体の奥が動いたみたいな」
「…………」
カイルが少し真剣な顔になる。
「無理に追おうとするな」
「え?」
「最初に感じた感覚って、意識しすぎると逆に分からなくなることもある」
「そうなのか?」
「ああ」
「じゃあ」
ルイスが笑う。
「また後でやればいいな!」
「切り替え早いな」
「だって何日もかかるんだろ?」
「まぁ」
「なら焦っても仕方ねぇ!」
「…………」
カイルが少し驚いたように笑った。
「そうだな」
「帰ったら練習付き合ってくれよ!」
「依頼終わったらな」
「約束!」
「はいはい」
二人は再び歩き始めた。
その背後。
遠く離れた西の森。
木々の隙間。
誰かが。
二人の姿を静かに見つめていた。
「…………」
風が吹く。
枝葉が揺れ。
次にその場所が見えた時には。
そこにはもう。
誰の姿もなかった。




