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冒険者はまだ見ぬロマンを求めて  作者: 片山武琉
第一章 魔女と銀の笛

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第一章9 『忍び寄る影』


 ――翌朝。


「……ん」


 ルイスはゆっくりと目を開けた。


 窓から差し込む朝の光が、小さな部屋を照らしている。


「……朝か」


 ぼんやりと天井を見つめる。


 いつもなら、もう少し布団の中にいたかもしれない。


 だが。


「……!」


 昨日の出来事を思い出した。


 初めて依頼で魔獣を討伐したこと。


 新しく手に入れた短剣で戦ったこと。


 魔獣の体内から魔石を見つけたこと。


 そして。


「今日も依頼やるぞ!」


 ルイスは勢いよく起き上がった。


 ベッドから飛び降り、身支度を整える。


 腰には、昨日実戦で初めて使った短剣。


 鞘を軽く叩く。


「今日も頼むぞ、相棒!」


 当然。


 返事はない。


「…………」


 少し待つ。


「まぁ、喋らないよな」


 自分で言っておいて、ルイスは笑った。


 荷物をまとめ、部屋を出る。


 階段を降りると、月影亭の女将が朝食を用意していた。


「おはよう、ルイス」


「おはよう!」


「今日はちゃんと自分で起きたんだねぇ」


「俺だって起きれるぞ!」


「昨日は朝飯って言った途端に飛び起きてたじゃないか」


「…………」


 ルイスが目を逸らす。


「今日は自分で起きた!」


「はいはい」


 女将が楽しそうに笑う。


 テーブルには、パンと温かなスープ。


 昨夜に続き、簡素だが腹を満たすには十分な朝食が並んでいた。


「今日もいいのか?」


「ああ。昨日の残りを温めただけさ」


「ありがとう!」


 ルイスは嬉しそうに席につく。


「いただきます!」


 パンへ手を伸ばした。


「今日は何をするんだい?」


「依頼!」


「昨日も依頼だったじゃないか」


「今日も依頼!」


「好きだねぇ」


「だって冒険者だからな!」


 ルイスは胸を張る。


「昨日は短剣もちゃんと使えたし!」


「聞いたよ。ずいぶん楽しそうに話してたからねぇ」


「ああ!」


 そこでルイスは短剣へ手を添えた。


「でも、まだ全然慣れてねぇんだ」


「そうなのかい?」


「剣より短いし、近づかないと届かないからな」


 昨日の戦いを思い出す。


 最初の一撃。


 剣と同じ感覚で振り、まったく届かなかった。


「だから今日は、昨日より上手く使えるようになりたい!」


「……強い魔獣を探す、とか言わないだけ少し安心したよ」


「それも楽しそうだけどな!」


「ルイス」


「冗談だって!」


 本当かどうか分からない笑顔を浮かべながら、パンを口へ放り込む。


 女将は呆れたように息を吐いた。


「無茶だけはするんじゃないよ」


「分かってる!」


「危ないと思ったら?」


「逃げる!」


「よろしい」


「俺だって学習してるんだからな!」


「それなら安心だねぇ」


 朝食を食べ終える。


「ごちそうさま!」


「はいよ」


 ルイスは立ち上がった。


「行ってきます!」


「気をつけてね」


「おう!」


 月影亭を出る。


 朝のグランベル。


「……ん?」


 昨日よりも少し慌ただしい。


 大通りには荷物を運ぶ商人たち。


 街道へ向かう馬車。


 その中には、武器を携えた冒険者の姿も多かった。


「冒険者、多いな」


 何人かは同じ方向へ向かっている。


 西門。


「……西の街道か?」


 少し気になったものの。


「ギルド行けば分かるか!」


 ルイスは歩き出した。


 ――――――――――


 冒険者ギルド。


「おはよう!」


 勢いよく扉を開く。


「おはようございます、ルイスさん」


 いつもの受付嬢が迎えた。


「今日も早いですね」


「依頼やりに来た!」


「やっぱりですか」


「なんで分かったんだ?」


「ここ数日のルイスさんを見ていれば分かります」


「すげぇ!」


「褒められていると思います?」


「違うのか?」


「……まぁ、いいです」


 受付嬢が苦笑する。


「それで!」


 ルイスが掲示板を見る。


「今日は何がある?」


「そうですね……」


 受付嬢も依頼一覧へ目を向けた。


「魔獣討伐の依頼が、昨日より増えています」


「本当か?」


「はい」


 ルイスが掲示板へ近づく。


 昨日より明らかに多い。


 街道警備。


 魔獣討伐。


 目撃情報の収集。


 似た内容の依頼が、いくつも並んでいた。


「また増えたのか?」


「昨夜から今朝にかけても、複数の目撃報告が入っています」


「昨日の夜も?」


「はい」


 受付嬢の表情が少し真剣になる。


「特に西街道周辺ですね」


「…………」


 ルイスは昨日の魔獣を思い出した。


 街道脇から現れた一匹。


 さらにその前。


 西の森方面から街道へ続いていた複数の足跡。


「やっぱり、西の森から来てるのかな」


「その可能性は高いと考えられています」


「可能性?」


「まだ断定はできませんから」


「ああ、そうだったな」


 昨日までに学んだことを思い出す。


 一か所で見つけたものだけで。


 全部を決めつけない。


 他の情報と合わせる。


「今、ギルドでも他の目撃情報を集めています」


「森は調べないのか?」


「その準備も進めています」


「じゃあ俺も――」


「駄目です」


「まだ何も言ってない!」


「一緒に行きたい、と言うつもりだったでしょう?」


「……なんで分かったんだ?」


「分かります」


 ルイスが悔しそうに口を尖らせる。


「森の状態が分からない以上、今は経験のある冒険者や騎士を中心に調査する予定です」


「俺だって戦えるぞ?」


「戦えることと、安全に調査できることは別です」


「…………」


 ルイスが言葉に詰まる。


「それにルイスさんは、まだFランクでしょう?」


「ぐっ……!」


 弱点を突かれた。


「昨日も言っただろ。これから上げるんだ!」


「でしたら、まずは今受けられる依頼を確実にこなしてください」


「……それもそうか」


 意外にも素直に頷いた。


 そして。


「じゃあ街道の依頼!」


「切り替えが早いですね」


 掲示板を見る。


「あっ」


 一枚の依頼書を見つける。


『西街道周辺・魔獣討伐』


「これ!」


 受付嬢が内容を確認する。


「昨日より少し、西の森に近い場所ですね」


「受けられる?」


「Fランクでも受注可能です」


「よし!」


「ただし」


 受付嬢がルイスを見る。


「最近の目撃数を考えると、複数体と遭遇する可能性があります」


「複数……」


 ルイスは腰の短剣へ手を置いた。


 一匹なら昨日倒した。


 二匹なら。


 どう戦う。


「…………」


「ルイスさん?」


「いや」


 少し考えてから。


「もし多すぎたら逃げる」


 受付嬢が少し目を丸くする。


「昨日、一匹と戦って短剣の距離も分かったし」


 短剣の鞘を軽く叩く。


「二、三匹ならやってみる。でも無理そうなら戻る」


「……そうしてください」


 受付嬢が柔らかく笑った。


「少しずつ冒険者らしくなってきましたね」


「だろ!」


「そこで調子に乗らなければ、もっといいんですけど」


「乗ってない!」


「そういうことにしておきます」


「なんだよ!」


 依頼書を受け取る。


「じゃあ行ってくる!」


「はい。お気をつけて」


 ルイスはギルドを飛び出していった。


 ――――――――――


 同じ頃。


 グランベル領主館。


 静かな執務室。


 ジョージ・グランベルは、机の上に並べられた報告書へ目を通していた。


「……また増えたか」


「はい」


 近くに控えていた部下が答える。


「昨夜だけでも、西街道周辺で複数の目撃報告が上がっています」


「被害は?」


「今のところ、大きな被害はありません」


「今のところ、か」


 ジョージは報告書をめくる。


 街道付近で増え続ける魔獣。


 本来の生息域を外れて現れる個体。


 西の森方面から街道へ伸びていた、複数の足跡。


 さらに。


 戦闘中にも森を気にしていたという報告。


「単に数が増えただけなら、まだ説明はつく」


「はい」


「だが――」


 指先で報告書を軽く叩く。


「動きがおかしい」


 窓の外へ目を向ける。


 遠くに広がる西の森。


「何かに追われているのか」


 小さく呟く。


「それとも……別の理由があるのか」


「調査隊についてですが」


 部下が口を開く。


「明日には準備が整う予定です」


「分かった」


 ジョージが頷く。


「まずは森の入口と、その周辺を確認させろ」


「奥へは?」


「まだ入るな」


「承知しました」


「何がいるのかも分からない状態で、いきなり奥まで入る必要はない」


 報告書を閉じる。


「それと、街道の警備を増やせ」


「はい」


「商人の行き来が止まれば、この街そのものに影響が出る」


「すぐに手配します」


 部下が頭を下げた。


「…………」


 ジョージは再び西の森を見る。


 まだ。


 異変の正体は見えない。


 だからこそ。


「急げ」


 灰色の瞳が鋭くなる。


「被害が出てからでは遅い」


 ――――――――――


 西街道。


「よし」


 ルイスは一人、街道を歩いていた。


 昨日よりも、西の森が近い。


 右手はいつでも短剣へ伸ばせる位置。


「昨日は……」


 短剣を少しだけ抜く。


 刃を確認する。


「剣みたいに振って届かなかった」


 鞘へ戻す。


「近づいて」


 一歩踏み込む。


「蹴って」


 軽く身体を回す。


「そこで短剣」


 昨日の動きを再確認する。


「……うん」


 今度は最初から間合いを間違えない。


「それに――」


 辺りを見る。


 一匹だけとは限らない。


 目の前だけ見ていれば。


 別の魔獣に横から襲われるかもしれない。


「ちゃんと周りも見ないとな」


 歩き出す。


 その時。


 遠くから馬車の音が聞こえてきた。


「ん?」


 道の端へ寄る。


 数台の馬車。


 グランベルへ向かって走っているようだ。


 先頭。


 二台目。


 そして。


「……?」


 最後の一台だけが妙に遅い。


 馬が何度も首を振っている。


「なんだ?」


 ルイスの目が細くなる。


 馬車ではない。


 馬が何かを怖がっている。


「…………」


 西の森。


 街道。


 その間にある草むら。


 ――ガサッ。


「!」


 黒い影が飛び出した。


「魔獣だ!」


 御者が叫ぶ。


 一匹。


 続いて。


 もう一匹。


「二匹!」


 煤けた灰色の毛。


 黄色く濁った瞳。


 昨日と同じ犬型の魔獣。


 二匹が馬車へ向かって走る。


「まずい!」


 ルイスは地面を蹴った。


 一匹目が馬車の後方へ飛びかかる。


「させるか!」


 横から割り込む。


 だが。


 短剣を振る前に。


「――こっちだ!」


 魔獣の横腹へ蹴りを叩き込んだ。


「ギャンッ!」


 身体が横へ流れる。


「今!」


 一歩。


 懐へ入る。


 短剣を走らせた。


 ――ザシュッ!


 脇腹へ深い傷を刻む。


 魔獣が地面を転がった。


「一匹!」


 だが。


「――っ!」


 背後。


 気配。


 ルイスは反射的にその場から飛び退いた。


 直後。


 二匹目の牙が、さっきまで首のあった位置を通り過ぎる。


「あっぶねぇ!」


 二匹目が着地する。


「やっぱ一匹の時とは違うな……!」


 一匹へ集中すれば、もう一匹に狙われる。


 ルイスは二匹を同時に視界へ入れられるよう、立ち位置を変えた。


 一匹目も立ち上がる。


 傷は深い。


 だが、まだ動ける。


「二匹とも見る……」


 短剣を構える。


「どっちが先に来る?」


 二匹の魔獣が低く唸った。


 その時。


 ふいに。


 二匹が、ほとんど同時に顔を動かした。


「……?」


 西の森。


 ほんの一瞬。


 二匹とも。


 同じ方向を見た。


「なんだ?」


 次の瞬間。


「グルァッ!」


 二匹が同時にルイスへ飛びかかった。


「うおっ!」


 一匹目を横へかわす。


 二匹目が、その先へ回り込んでくる。


「だったら!」


 ルイスは逃げずに、逆に前へ出た。


 間合いを潰す。


「近い方が――!」


 二匹目の顎へ拳を叩き込む。


「やりやすい!」


 頭が跳ね上がる。


 そのまま身体を回し。


「はっ!」


 脇腹へ回転蹴り。


 魔獣が吹き飛ぶ。


 だが。


 一匹目が背後から迫る。


「分かってる!」


 足音を聞いていた。


 振り返らず、一歩横へ。


 牙をかわす。


 すれ違った瞬間。


「そこ!」


 短剣で首元を切り裂いた。


「ギャウッ!」


 一匹目が倒れる。


「次!」


 すぐに二匹目を見る。


 起き上がろうとしている。


 待たない。


 一気に距離を詰める。


「これで――!」


 起き上がり際の魔獣へ飛び込み。


 短剣を突き立てた。


「終わりだ!」


 魔獣の身体が大きく震える。


 そして。


 動かなくなった。


「…………」


 ルイスは短剣を構えたまま、周囲を見る。


 右。


 左。


 森。


 草むら。


「……いないな」


 ようやく息を吐いた。


「ふぅ……」


 二匹。


 昨日より増えた。


 けれど。


「やれた!」


 昨日とは違った。


 短剣だけに頼らなかった。


 相手を蹴りで崩す。


 拳で動きを止める。


 その隙に短剣を使う。


「こいつ」


 短剣を見る。


「やっぱ俺の戦い方と結構合ってるかもな」


 少し笑う。


 だが。


 すぐに魔獣たちへ視線を戻した。


「……それより」


 戦っている途中。


 二匹が同時に森を見た。


「なんだったんだ?」


 以前聞いた話を思い出す。


 戦いの途中で何度も森を気にしていた魔獣。


 そして今回は。


 二匹が。


 同じ瞬間に。


 同じ場所を見た。


「…………」


 ルイスも西の森を見る。


 風が木々を揺らしている。


 それ以外。


 何も見えない。


「何かいるのか?」


 耳を澄ませる。


 けれど。


 聞こえるのは風と木々の音だけ。


「……分かんねぇ」


 今は考えても答えは出ない。


「後で報告しとくか」


 そう決めてから。


 ようやく馬車の方を思い出した。


「あっ!」


 振り返る。


「大丈夫か!?」


 遅れていた馬車が少し先で止まっていた。


「お兄ちゃん!」


 荷台から、小さな子供が顔を出す。


「怪我してないか?」


「うん!」


 御者の男も、ようやく安堵したように息を吐いた。


「助かった……ありがとう」


「怪我は?」


「俺も大丈夫だ。馬も……なんとか無事みたいだ」


「よかった!」


 ルイスが笑う。


 男は倒れた魔獣を見る。


「しかし……またか」


「また?」


「ああ」


 男の表情が曇る。


「俺は長いことこの街道を使ってるが、少し前まではこんな場所で魔獣を見ることなんて滅多になかった」


「やっぱり?」


「最近は商人仲間でも、この辺りで魔獣を見たって話が増えてる」


 男は西の森を見る。


「このままじゃ、街道を使うのも怖くなるな」


「…………」


 ルイスも同じ方向を見る。


 昨日。


 今日。


 少しずつ。


 魔獣の姿が、街へ近い場所でも確認され始めている。


 もし。


 街道を使う人が減ったら。


 商人も来なくなる。


 街へ物も届きにくくなる。


 昨日知ったばかりの。


 魔獣から得られる魔石も。


 人々の暮らしの中で使われている。


 この異変は。


 ただ魔獣が増えた。


 それだけでは済まないのかもしれない。


「……西の森」


 ルイスは小さく呟いた。


「やっぱり、何かあるな」


「ん?」


「いや!」


 すぐに御者へ振り返る。


「グランベルまで行くんだろ?」


「ああ」


「なら気をつけろよ!」


「君は?」


「俺は依頼の途中!」


 胸を張る。


「この辺の魔獣を倒す依頼だからな!」


「そうか」


 男が笑った。


「本当に助かった。ギルドにも君のことを伝えておくよ」


「おう!」


 馬車が再び動き始める。


「お兄ちゃん、ありがとー!」


「おう! 気をつけろよー!」


 子供へ大きく手を振る。


 馬車が遠ざかっていく。


「…………」


 ルイスは倒した二匹へ戻った。


「今度は忘れねぇぞ」


 昨日覚えたばかりの知識。


 魔石。


 買い取ってもらえる素材。


「まず魔石!」


 昨日より少し手間取りながらも、二匹の身体から魔石を取り出す。


「これが街灯とかに使われるんだよな……」


 手の中の小さな石を見る。


「不思議だな」


 布へ包む。


「牙も……」


 持ち運べる分だけ、使えそうな素材を回収する。


「よし!」


 討伐地点。


 二匹。


 西の森から現れたこと。


 そして。


「戦ってる途中で、二匹とも同時に森を見た」


 忘れないよう、頭の中で繰り返す。


「これは絶対言っとかないとな」


 少し前なら。


 倒したことだけで満足していたかもしれない。


 けれど。


 今は少し違う。


 戦う。


 見る。


 気づく。


 そして。


 持ち帰る。


「これも冒険者の仕事、だよな」


 ルイスは笑った。


 腰の短剣へ手を置く。


「よし、相棒!」


 西街道の先を見る。


「もう少し調べてから帰るぞ!」


 歩き出す。


 その背後。


 遠く離れた西の森から。


 風が吹いた。


 木々が揺れる。


「…………」


 ルイスは一度だけ振り返った。


 何も見えない。


 誰の姿も。


 魔獣の姿も。


 それでも。


 なぜか。


 ほんの一瞬だけ。


 誰かに見られていたような気がした。


「……気のせいか?」


 首を傾げる。


 そして。


 再び街道を歩き始めた。


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