8話
おかげさまで多くの方々から読まれているようで大変、励みとなっております。作者の好みを前回にしたような作品でありますが、どうぞ、お暇潰し程度に読んでいただけると嬉しい限りです。
「本当に面倒くさい事をするね」
「まぁ、こうでもしないと均等に冷えないから」
最上段の棚を戻しながらシャルは呟いた。
いつも行う、こだわりに近い行為……面倒な方法とは口にしたものの意味のある行動である事は彼女にもよく分かってはいた。ヴィルの作るポーションはどれを取っても高値で売れる。それは別に工夫無くして行える事でもない。
薬草の配分、磨り潰し方、水との合わせ……初手の段階で決まった手順を踏まなければ、質は見て分かる程に劣化してしまう。現に基礎的な知識を得ているシャロが下級より上のポーションを作れない一番の理由がそこにあった。
その前提があった上で専用の魔道具を使用しながら均等な熱を加えて煮込んでいく。その熱が沸騰する程煮込んでしまえば質が焦げとなり、弱過ぎると効果を最大限まで引き出す事が出来ずに終わってしまう。そして最後の平皿に移す行為こそ、ヴィルにとっての隠し味のようなものでもある。
「瞬時に冷却すれば質が一辺倒になるし、ゆっくり冷やし過ぎても混ざっていたポーションが分離してしまう……こういう細かいところが出来ないとモテないでしょ」
「うん……普段の細かい言動は好きじゃないけど」
「まぁ、いいや。ほら……おいで」
シャロの言葉に頬を掻く事しか出来無かった。
普段から言われていた事でもある。だが、それを曲げるという手はヴィルには無い。こだわるという事はそれだけ自信があり、曲げられたくない信念があるという事でもある。少なくとも理由無くヴィルは考えを曲げる気は無い。
それを理解してくれる存在は目の前にいる。
沈黙、そのせいで余計にヴィルの中の感情が掻き混ぜられた。もしも、彼女が他の男と共にしていたら……そのような勝手な嫉妬心までもが心の奥底から込み上げてくるのだ。大切、助けたい……そこまで考えが至るのと同時に理解する。助けていたのと同時に自身も助けられていたのだ、と。
「少しは休めているかな」
「ん……さすがは私の特等席」
ヴィルの膝上に頭を乗せて我が物顔な不遜者。
ベシと広めの額に右手の中指を当てたい欲が湧いてくるが小さな深呼吸と共に消した。頭の位置を変えるために動いた時、フワと香った何かの前では些細な欲等は食われるしかないものであった。埋める姿も、スヤスヤと眠る姿も……信用して乙女がしてはいけない顔をする姿すらも等しく同じ感情が湧いてしまうのだ。
愛おしい、その言葉の意味は未だに分からない。
それでも誰かに取られたくないという考えが浮かぶ時点で結果などは分かっていた。いいや、それを拒んでいただけなのかもしれない。自分にそれだけの力があるのかと疑心暗鬼に陥り、成果を得られるのを待っていただけの臆病者が、ただ暗闇に隠れ続けていた日陰者がいただけだった。
だからこそ、近場のランタンが二人の間へと移動された。多少ばかり手元が明るくなり、鍋の下にある薬草等が目に見えて分かる程にはなった。足元までは未だに見えずにいたが……膝上にいる異性の顔くらいならクッキリと見える。
「好きだよ」
「……へ?」
「シャロの事、一人の女性として好きだ」
逃げられはしない、が、逃げ道もとうに無い。
どちらを選んでも先が見えなくなる可能性があるのならば選ぶ理由は単純で良かった。……自身がどちらに進みたいかという、単純明快な理由だけが今のヴィルの心臓であるかのように鼓動して動かし続ける。
「さてと、そろそろ、中身を軽く混ぜないといけないね。ほら、何を惚けているんだよ。失敗したら手伝いの意味なんて無いだろ」
「な、何を……ふ、普通は……!」
「はは、シャロでもそうなるんだね。初めて見たからビックリしちゃった。……だけど、本当に可愛くて守りたいって思っちゃうな」
その言葉の何処にも嘘は無かった。
心の底からの本音、だが、素で口にするには精神的にダメージの大きな言葉でもある。膝から下ろして作業を始めてからというもののヴィルは彼女の顔を見れずにいた。それは嬉し過ぎる真実を伝えられなかったシャロも同様だった。
長い沈黙、漂う匂いすら不思議と甘くなった。
真実を口にされた相手はどのような顔をしているのだろうか、真実を口にした相手の顔はどのようになっているのだろうか……正反対の事を考える二人ではあったが共通の答えは一緒だった。カチリと金属音がすると同時にヴィルは振り返る。
「ガォー! 襲っちゃうぞ!」
「ふっ……してくれない癖に」
「調子に乗っていたら襲うからな! 本当に!」
冗談交じりにガァッとシャロに顔を向ける。
両手を上げて今にも襲いかかるクマのようなポーズを取りながら笑顔を見せた。だが、久方振りに出会った時の表情に比べて笑顔に艶がなく、美しい顔立ちすらも薄明かりのせいか、見るに堪えない。誰もが死なないように、大切な人達を守れるようにと三日も眠らずに働き続けていたのだ。
「……頑張って偉い!」
「ばーか……ばかシャロの癖に……!」
抱き締められ撫でられた瞬間に何かが弾けた。
甘え、忘れていたはずの感情……どれだけ、その感情に支配されたかっただろうか。夢のために独りで戦い続けていた彼の乾いた心に確かな理由が流れ始めてきたのだ。フワと吹く風がランタンの火をより強く輝かせる。見えたシャロの頬は闇に慣れた目のせいか、いつもより赤く感じられた。
だからこそ、その覚悟をヴィルはより強める。
「シャロ、僕には嘘をつかないで欲しい」
「……ん、分かってるよ」
「なら、答えは何……教えて」
「多分……誰かは死ぬ、と思う……」
重い言葉、シャロから出たからこそ余計に、だ。
皆と一緒にいる時に見せたシャロの姿、あの姿は戦闘時にしか見せないものだった。白をモチーフとしたパーティカラーに対して、返り血が残らないように黒と定めた確かな覚悟の象徴……それを着ている時点で何も無かった等とはヴィルには思えなかった。
一人で話に出たダンジョンへ足を踏み入れた。
その事実と総評は間違いなく彼女の証言の正しさを強調するものでもある。ヴィル視点で見てもダンとギネは前線を引いた今ですら、SSランク冒険者の中でも一つ前を進んでいた。だが、シャロの鳩を殺す程のダンジョンともなれば話は大きく変わってしまう。確かに攻略の際にはSSランク冒険者を伴って行うと決まっている。
それでもシャロの強さをヴィルは知っていた。
仮に一人であろうと内部に入ったともなれば、二人の参加を聞いてすら浮かばない表情というのには違和感があったのだ。本来ならば英雄級の二人の参加であった状況下で、まるで微かな希望に手をかけようとするかのように判断したとしか思えなかった。
「シャロ、あの時の約束は忘れていないよね」
「うん……先に破ったのはそっち。私は一回も……破っていないよ」
「うん……だから、もう一度、約束したいんだ」
ただ死ぬ覚悟を定めたかっただけだろう。
死にたくないという思いは皆等しく感じるものではある。だが、時として騎士は、人は死ぬ覚悟を持って生き残るために戦わなくてはいけない時があるのだ。少なくともヴィルにとってはシャロこそが死ねるための理由でもあった。
それがシャロにも分かるからこそ、何も言わずに右手の小指を差し出す。そこにヴィルは同じく右手の小指を絡ませて口を大きく開いた。心からの宣言、二度と違えたくないと願う些かな思いでもある。
「僕は絶対にシャロを守るとここに誓うよ。代わりにシャロは僕の事を本気で守って欲しい。少しくらいは無茶をしてしまうかもしれないけど……大好きな君を守るためだと納得して欲しいんだ」
「……ズルい。そう言われたら何も」
「返すのは帰って来てから、だろ。そのためにも今は重要なんだ。君が死んだら僕が頑張る意味が無くなってしまう。そう───」
風が吹く、火が消える……無情な空間が続いた。
その世界に負けたかのように小さな深呼吸の音が聞こえるのと同時に微かな金属音が鳴る。夜空には自身を失った月が一部だけ姿を表していた。小さな絹の擦れる音、柔らかな音……同時に微かな寝息だけが夜空に響いた。消えていた姿を少しだけ月は思い出せたようだ。
次回、元仲間達との出会い。その次が戦闘会となっております。ハピエンか、バドエンかは未だに決めかねていますが楽しく書ける方にしたいとは思っておりますので、よろしければご愛読の程、お願い致します!
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