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7話

「……ここにいたんだ」

「はぁ……僕がどこにいようと別にいいだろ」


 ダンの家裏の十二畳程度の薄暗い小屋、その広さの割には声の響きはよく小声であったというのにシャロの耳へと届いていた。だが、すぐにはヴィルのところまで向かう事は出来ず、一歩一歩と小さく足を進めていた。


 それも仕方の無いことだろう。

 足場が無い程に床にはフラスコや小さな鍋等が転がっており、ランタン程度の明かりでは下まで視界を取る事は不可能だった。仮に転倒でもしようものなら横で嬉々として淡い光を放つ炉へと向かっていってしまうだろう。


「本当に意地悪だね。……変わってない」

「……作業中に集中を乱す人が来たら邪険に扱うのは当然だろ。ってか、作業の邪魔だからさっさと帰ってくれない」

「ヤダ……隣で見てる」

「はぁ……勝手にどうぞ」


 シャロはヴィルに負けない程の頑固者である。

 王都にいた頃から作業場自体はダンとギネの紹介状もあって、鍛冶師ギルドと薬師ギルドから借りる事が出来ていた。どちらのギルドも作業場というのは仕事の場であり、尚且つ自身の誇りを物へと宿す神聖な場所である。そんな空間にズケズケと毎度のように来ていたのは他でもないシャロであった。


 最初はギルドから突っ返されていたものの、次第に矛先はシャロから目的であるヴィルへと向かっていった。紹介状の前提はあれどもシャロが来て暴れ回るデメリットと比べれば、幾ら才ある者であっても邪魔としかならなかったのだ。それもあり結果として折れたのはヴィルだった。


 邪魔をしない事と他の人へは迷惑をかけないのならば、一緒にいて近くで見ていいという約束をしていた。そんな緩い条件を与えたのは単純作業を見ているだけでは飽きてくれると勝手に考えていたからだ。だが、願いとは裏腹にシャロは食いつく様に見詰め続け、低級のポーションであれば作れる程まで上達してしまった。


「……継続と即時、どっちも高等なんだ」

「見て分かるとは流石。ただ近いから離れて」

「ヤダ……ここは私の特等席」


 ヴィルの背中にフニと柔らかい感触がする。

 言っても無駄か、と溜め息を一つ吐くのと同時に眼前にある大鍋に視線を戻した。大きな竈が二つあり、どちらにもクツクツと煮え立った緑色の水の入った大鍋があった。それが引っ繰り返ろうものならば大火傷は待った無しだろう。猫背だった背中をピンと戻して近くにあるお玉で中身を掻き混ぜ始めた。


「……これで三十本ずつだよね。何本作る気なの」

「一人につき百本ずつ」

「本当におかしいね……ありがと」


 目の前にあるのは体力回復ポーションの即時的に回復する効果を持つ物と、そして継続的に少しずつ回復していく物の二つがあった。ポーションや武具等の道具には等級がある。それは下級、中級、上級という低ランクの薬師が作成する程度から、高ランクの薬師が作成する下等級、中等級、高等級、そして最上等級と続くものであった。


 眼前に煮え滾る両者共に上から二番目の高等級。

 小瓶一つに詰めて売れば金貨一枚、王都で一月は働かなくとも暮らせる金銭が稼げる代物だ。それらを最低でも百本ずつ、つまりは金貨二百枚ずつの代物を作り出そうとしていた。どれだけ目の前の少年に大切に思われているのかを実感するのと同時に些細な引け目を覚えた。


「眠いのか」

「……ちょっと、頑張り過ぎたかも」

「数分だけなら膝を貸すよ。後は煮込むだけだし」


 そう言ってヴィルはシャロをボロいベットに投げ捨てた。そのまま押し倒すように左肩にドンと手を当てたかと思うとニコリと笑ってみせた。ドギンドギンと嫌に思えてしまう程にシャロの鼓動が高まっていく。何をされるか期待に胸が溢れ、その首に両腕を絡ませた。


「頑張って偉いね。ってか、頑張り過ぎだよ」

「……ん、ヴィルのためだから」


 期待外れ、それで済ませられれば楽だった。

 だが、その言葉に鼓動は余計に高まる。求めていた事とは違っていたが優しく抱き締められた事も、悩み過ぎる頭を撫でられた事も……そして努力の全てを認められた事の何もかもが嬉しくて仕方がないのだ。こうして貸された膝に素直に頭を乗せてしまうのも当然の事なのだろう。


「ヴィルは……私の事、どう思っているの」

「……どういう事?」


 唐突な質問、だが、無視は出来る訳も無い。

 即座に返答出来る程の余裕はヴィルには無かった。とはいえ、素直に返すにしても上手い言葉が見付からないのもまた事実である。だからこそ、時間稼ぎのために軽くはぐらかしてみせた。今の雰囲気に流されただけの事……そんなヴィルの気持ちとは対照的にシャロの視線は鋭い。


「別に……王都を見捨てるのは分かっていた事だったよ。だけど、私を置いていくなんて少しも考えていなかったから」

「それ、は……」


 嘘をつけるのならば幾らでも口に出来た。

 それでも視線すら合わせずに、年頃の少女のように恥じらいながら聞く姿に毒気等は持てやしなかった。素直な事を言うのは同等に恥ずかしさを負うものだろう。ただ、膝の上で寛ぐ愛らしい女性を思えば些事たる事だった。


「僕が迷い子だとして、そこらで暴れ回る蛇だとしても似たように返せたかな。……白の角蛇、その最後の部分は僕だったはずだ」

「そうだね……でも、その回答には自信を持って言えるよ。私は、私だけはヴィルがどんなにワガママを言っても着いて行った。だって、大好きだもん」


 純粋な好意、ただただ輝かしくて仕方が無い。

 今のヴィルには失われた感情、純粋に何かを好きだと言える大切な思いだ。確かに大切だと、好きだと言えるものは多くあるだろう。それでも純粋無垢なままで言えるものは手元に残ってはいなかったのだ。剰え、心のどこかでは好きなはずの少女にすら怪訝な視線を向けていた。


「……どうして、そう言えるんだろうねぇ」

「好きに理由なんているの?」

「いや……そりゃあ、そっか」


 お玉を皿に戻して左側のお玉を手に取る。

 右側よりもドロドロとした大鍋の中身を掻き混ぜながらヴィルは静かに深呼吸をした。先程までは感じていなかった鼓動が早鐘のように早く感じる。ドクドクと生の音色が小さく泡立ち弾け続けるポーション音に食われていた。


「さっきの答え、聞きたい?」

「うん!」

「なら、少し手伝って。そっちの鍋の湯を皿に移すだけでいいから。それが終われば……冷ますまでの時間を取れると思うし」


 そう言ってヴィルは横の同じ背丈程度の三段の棚の一番下の銀の取っ手を引いた。そこには直径二十三センチ程度の平皿が五つ並んでおり、片手鍋へ三分の一程度のポーションを移してから、手馴れた手つきで四杯だけ平皿に入れる。


「むー……そうやって、いつもはぐらかすもん」

「今日は違うよ」


 いつもと変わらない返事、だが、確かに違う。

 胸の中で蠢く感情は今までのようなナアナアと済ませたい感情ではなく、どちらかと言えば逃げ出したくない賛否の感情に分かれていた。口にしていいのだろうか等と甘えてしまう心も確かにいはする。だが、ここで口にしなければいけないという何かがヴィルの口だけを動かした。


「聞きたくないなら今度でいいや」

「やる! やらないとは言ってないし!」


 シャロも近場の片手鍋を手に取り、ヴィルと同じ要領で右側の棚の皿へと四杯ずつ移していく。一番下の段が終わると真ん中を開き、同様に四杯ずつ五つの皿へ移してから一番上の段に入れた。

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