6話
「何日くらいで仲間が来るんだ」
「二日後……でも、攻略する気は無い。近くを通っただけで鳩が死んだ。私達の魔力に慣れている鳩が死ぬくらいの魔素だから……きっと、攻略なんて不可能だと思う」
「だろうな。でも、言わなきゃ行くだろ」
鳩とは冒険者が卵から育てる魔物の事だ。
ホワイトバード、過去に異世界から転移した勇者が鳩と呼んだ事から討伐対処と聞き分けるためにそう呼ばれていた。卵から孵化させる事で育てる人の魔力を与え続け、言う事を聞かせる事が出来るという特異な魔物でもある。その鳩の強さは魔力を与えたもののステータスによって上下する。
シャロで言えば、Bランクの魔物と戦える程度。
場合によっては囮等にも扱えていた程の存在が近くを通っただけで死んでしまったのだ。最低でAランク上位、最悪はSSランクにすら至るレベルだった。そんな事はシャロにもよく分かっている。だが、ダンの言葉をその場しのぎであっても否定する事は出来なかった。
「死ぬ気か……勇気と無謀は違うぞ」
「分かっている……けど、私達はヴィルから学んだの。守ってくれる人がいないから冒険者になった私達だからこそ、出来る事があるって」
「それは……まぁ、そうなるか」
ヴィルに当てられた、一目見てそう感じた。
ヴィルが良い意味で成長していたように、彼女もまたヴィルと関わる事で良くも悪くも成長してしまったのだ。もしも目の前の少女がヴィルなら何をするのか等、想像に容易い事だった。だからこそ、ギネは察して口を開く。
「俺からすれば誰が死のうとどうでもいい話だ。その範囲に大切な人はいないからな。……だが、死にたいと思ってもいない存在を放ってやれる程の優しさは無い」
「……死なないで済むのなら、それでどれだけの人達が死んできたか知っているの。少なくとも私の両親は騎士が逃げたから死んだ。今、ここから逃げた時に何が起こるか分からないなら力がある人でどうにかするしかない」
力強く返す、その両足は小さく震えていた。
如何に言おうと所詮は雄弁に留まってしまう。否定されるのを望んでいる、止められるのを望んですらいる……だが、その内心では恐怖すらも凌駕する信念があった。それらを察する事が出来る二人だからこそ、良い返しが思い付かなかった。
「ヴィル、お前はどうしたい」
「……なんで、僕に聞いたの」
「どうせ、聞かなかったら一人で突っ込んでいただろ。シャロとかいう子の言葉は勇気だが、お前が一人で向かうのはただの無謀でしかない」
その言葉にヴィルは俯いてしまうだけだった。
図星、目の前の少女へ強い感情を持っている事は誰が見ても明白なのだ。ヴィルが話に入って来ないという事は思考を張り巡らせているのと同義である。そんな彼なら被害が起こる前に突っ走ってしまうのは目に見えていた。
「悪いけど……シャロは、皆は大切な仲間なんだ。一緒に行くとしても、その前にするべき事もあるだろ。仮に無謀だとしても止められる筋合いは無い」
「誰が止めるって言ったんだ。なぁ、ギネ」
「そうだな。ただ覚悟を聞いただけだ」
裏切ってしまった事には間違いは無い。
だが、その内面では誰よりも大切に思えてしまうのだ。素直に『着いてきて欲しい』等と無責任に言えればどれ程、ヴィルも楽だっただろうか。自分の居場所は無いからと逃げた手段すらも小さな勇気だったのだ。ダンとギネは目を見合わせて大声で笑った。考えている事は同じである、と一瞬で分かったからだ。
「ヴィル、良い機会だ。一緒にやるぞ」
「……本気で言ってるの?」
「俺はつまんねぇ嘘はつかねぇよ」
声に呼応して多くの鳥の群れが空へ羽ばたく。
晴天の中にまるで雲のように飛び交う鳥達の影はヴィルだけを覆ってしまう。ダンとギネを信用していない訳ではない。ただ、それを素直に受け取ってよいのかが今の彼には分からないのだ。
「せっかくなら今のSランク冒険者ってのも見ておきてぇからな。それに鈍っちまった体を動かすには悪くない話だ」
「はぁ……本当に勝手な話だな。まぁ、気持ちとしては同じだ。村の近くで起こった問題なら他人事にはしたくない。して、嬢ちゃんは問題ないか」
ヴィルに話を振り続けたところで傷付けるだけ。
それならば、とギネはシャロへ話を振った。トラウマが花開く前にするべき事がある。ダンとギネにも師としての強い矜恃があった。それと同時に親友の子供を守らなければいけないという、父性に似た覚悟すらもある。
「むしろ、すごく助かる。私としてもそうだし、白の角蛇の皆も喜ぶと思う。ヴィルと一緒に戦えるし、ヴィルの師匠から教えて貰えるなんて光栄な事は無いから」
「らしいぞ。バカ弟子」
答え等、最初から決まっているようなものだ。
少しずつ少しずつヴィルの逃げ場を奪っていき、覆われた影の中へと一本の太く逞しい腕を伸ばしてみせた。それを取るのは勇気だが、それを取らない選択肢もまた勇気である……だが、ヴィルが選びたいと感じたのは純粋な胸の奥に仕舞われていた覚悟だった。
「分かったよ。でも、やるからには準備を整えてからだ。申し訳ないけどジーナさん達を借りるからね。二人にも揃えて欲しいものがあるし」
その言葉に全員が笑いながら首を縦に振った。
それを見てヴィルは笑い返してしまう。無意識に心の底から込み上げてきたであろう感情だった。鳥の群れは既にいない。自身の師匠の強さは誰よりも知っているのだ。……最初から悲観的に考える事なんてありはしない。
「やるのなら入念に。少しの油断もなく、完璧に整えてから入るよ。高ランク冒険者としての意地をみせてやろう」
攻略したところで功績を奪われるのがオチだ。
そんな事は誰もが分かっている事でしかない。自身の故郷の周辺で現れている等と感情が揺さぶられる理由が無ければ、誰もが見て見ぬ振りをするだろう。とはいえ、既に逃げられない状況であるのならば進む道は最初から決まっていた。
「具体的に、何をするんだ」
「うーん……詳細は帰ってからにするかな。それにやると決めたからには日が昇っている内に済ませておきたい事もあるし」
「はーん、なるほどな。なら、素材関係は俺とギネに任せてくれ。ヴィルと嬢ちゃんは薬草採取を頼むな。日が暮れるまでには戻って来いよ、色男」
「なんでそうなるの!?」
ヴィルとシャロは頬を真っ赤に染めた。
一瞬ではあったが過ぎった感情、それと同時に大切な思い出が二人の脳内を埋め尽くした。逃げて正解だった等とは言える道理は無いだろう。だが、煌々たる道が確かにヴィルの眼前へ現れていた。既に踵を返す甘え等は微塵も残ってはいない。
「でも、確かに効率的なのはそれだと思う。任せてもいいかな」
「おう! 行くぞ、ギネ!」
「お前が仕切るな!」
コントのような会話にヴィルの口角が上がる。
何度も聞いてきた言葉ではあったが今だからこそ、その言葉と優しさに感謝してしまう。味の無くなった補助食を強く噛んで地面へと吐き出す。地面を歩く小さなアリ達がまるで贅沢品を運ぶかのように持ちあげる様に、ヴィルは一瞬だけ見蕩れてしまった。
「……元気な人達だね」
「そりゃあ、僕の師匠だからさ」
シャロの手を取りヴィルは一歩ずつ踏み出した。
───既にアリ達は居なくなっていた。
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