5話
「なんだ、知り合いか」
「うん……僕の元仲間だよ」
「うーん、一緒に死地を何度も超えたのだから仲間でいい。そういう言い方をされると……悲しくなっちゃうから」
シャロは青い瞳を大きく開きヴィルを見詰めた。
何度もされてきた行為、ヴィルはシャロの癖のようなそれがとても苦手だった。まるで見透かされているかのような、自身ですらも気が付けなかった本心を映されているようで視線を逸らすしかない。
「いいのか。仲間相手に失礼だぞ」
「……ごめん。ちょっとだけ、考えていたんだ」
どこまで行ってもワガママでしかなかった。
分かっているからこそ、聞かなければいけない。それでもちっぽけな勇気すら湧いて来ないのは忘れられない大事が邪魔をするからだ。それと同時に自身が行なった逃げの選択を否定出来るだけの余裕が無かった。そんなヴィルの頭部に拳骨が二発降り注ぐ。
「いて……ッ」
「俺の威圧を耐える子だぞ。覚悟も無かったら出てくる訳もねぇだろうが。お前には覚悟ってもんがねぇのかよ」
「その姿を誰が騎士らしいと言うんだ。さっさと話せ。こんな片田舎まで来てくれた仲間を放る奴を弟子だとは思いたくない」
それは荒いながらも思うからこその激励だった。
分かっている。だからこそ、ヴィルは大きく深呼吸をしてからシャロの目を見つめ返した。何度見ても美しく神秘的に思えてしまう、吸い込まれてしまいそうになる瞳だ。だが、二度も同じ轍は踏まないとヴィルは口を開いた。
「シャロ……なんで、いるの」
「……調査のため、です。それと……ヴィルが勝手に街からいなくなったから来ただけだよ」
「そう……皆は?」
「昨日、鳩は送ったから時期に来る……と言ったらどうするの」
試されている、素直にヴィルはそう感じた。
他の皆が来たらどうなるのか等とは考えずとも分かる事だ。仲間だと訂正したのも近しい理由のためだろう。色々な考えが浮かんだ。その中には楽しかった思い出も混ざり込んでいた。少なくない、むしろ、多過ぎる程の思い出達だ。
だが、その思いを裏切ったのはヴィルだった。
「もう……僕は戻る気は無いよ」
「連れていく気は無い。ただ……気になっただけ」
「……へ?」
何を言っているのか分からなかった。
漏れ出した声は音にも近しい程の素っ頓狂なもの、彼女達の気持ちは一年半という短い期間で理解したつもりでいた。だが、返ってきた言葉はヴィルを思ってのものでしかない。体全体で感じる柔らかい感触が、すぐ間近で鳴り響く鼓動の音が今はただ優しく感じられた。
「元気かなって。書き置きもなかったから」
「それは……書いたらきっと……」
その続きはヴィルには続けられなかった。
淡い希望や期待が混ざっていたのだ。書き置きを残してしまえば追ってはくれないだろう、と。優しい仲間達ならば書き置きの言葉を信じて放っておいてくれる可能性が高かったのだ。甘えた騎士らしくない弱さから一人で街を出てしまった。だから、返せる言葉は最初から決まっている。
「会えて嬉しいよ。……本心だ」
「ッ……私、も……!」
体躯で言えばヴィルよりも少しだけ大きい。
年齢だって五歳は離れているのだ。多くの経験を積んできた。感情だって何度も揺さぶられてきた。だが、シャロは恥ずかしげもなくヴィルの胸へ顔を埋めて静かに泣いた。胸がヒンヤリとしていく感覚、ヴィルも何も言わずに抱き締めて頭を撫でる。
数分程度、経った頃だろうか。
ようやくシャロがヴィルの胸から顔を離してみせる。少し背伸びをすれば触れ合える距離、微かながらにヴィルの胸が静かに痛んだ。弱さに漬け込むような邪心が湧いてしまったのだ。自身の事だからこそ、尚更、許せる訳が無い。とはいえ、当のシャロは気にした様子もなく、ヴィルの両頬を抓って膨れた。
「優しい……けど、ヴィルは本当に酷い男。あんな事をしたのに責任を取らないなんて許されない。騎士を目指すなら手を出した女くらいは幸せにするべき」
「……はぁ、なるほどな。そっちが本題か。ウチのクソガキが失礼した。まさか、剣や魔法の才能だけではなく、女に手を出す速度すらも父親譲りとは思わなんだ」
「安心しろ。そこら辺は責任を取らせる。……な、拒否なんてしないよな。バカ弟子!」
「待て! 待って! 手は出していないよ!」
思い出したかのように放たれたシャロの言葉。
それによってダンとギネからは強烈な威圧がヴィルへと向く。表情すら変えずに耐えられているのは本人の強さからだろう。対して言われの無い事に対してヴィルは大きく腕を左右に振って否定してみせた。
「あ……でも、キスはしたかも……」
「うん……私の初めて、あげた人と一緒になるって決めていたからヴィルじゃなきゃ嫌。それに知っていてキスしてくれたのはヴィルだよね」
「あ、アレは……ううん、そうだね」
真実を告げる事がどれだけ罪深い事なのか。
それは墓場まで持っていこうとしたヴィルだからこそ、余計に身に刺さってしまう。加えて言えばシャロから好かれているという事実が、仮に冗談であったとしても嬉しくて仕方がないのだ。ヴィルは開きかけた口を噤んで笑ってみせた。
「んじゃ、十分だな。責任は取れ、ウチの娘と一緒にな」
「そうだね……は?」
「当たり前だろ。お前のせいで王都に行くと言って聞かなかったんだぞ。そのせいで剣に関しては親の贔屓目抜きにしてかなりのものだ」
初めて聞いた事だがヴィルは否定しなかった。
夢が破れた今となっては新しい夢を見付けるために生きようと決めていたのだ。その隣にヒナがいるのは少しも嫌な事では無かった。ただそれだけの事でしかないのだ……ヴィルはそう思う事にした。
「んで、さっきの話の調査ってのはなんなんだ」
「それは……」
「ああ、話し方なら変えなくていい。会話がしづらくなる方が面倒だ。それにヴィルの仲間相手に目くじらを立てる程ではねぇよ」
右腕をプラプラと降ってダンは威圧を解いた。
同時にギネも新しく取り出した補助食を一つ取り出して食べ始める。警戒心を解いた事の表れである事はシャロにもよく分かっていた。そして、それだけ信じてくれているという事に対しても報いたいと素直に感じた。
「外部には言えない事……だけど、二人の事は知っている。他には言わないと約束出来るのなら話せる」
「構わん。隠される方が面倒だ」
約束、それで済ませたのは信頼の裏返しだ。
普通であればスキルである【契約】を駆使して確実に漏れないようにしていただろう。だが、その使用はしないと公言してみせた。それを理解しながらダンは面倒そうに返し、ギネも補助食を口にしながら首を縦に振る。
「近くで魔力の膨張が見られている。それと新しいダンジョンが現れたとも。それの調査と……可能であれば対処して欲しいというのが依頼」
「つまりは……可能ならダンジョンを攻略しろ、って事か。何とも無理難題を言ってくるもんだ」
「仕方ない……それが私達、Sランク冒険者パーティの役目だから。それに主はヴィルに会いたかっただけだったから」
そう言ってシャロは笑顔でヴィルの手を取った。
嘘である、そんな事は多くの依頼を共に達成してきていたヴィルにはよく分かっていた。シャロが嘘をつく時には必ずと言っていい程、本当の事を建前として持ってくるのだ。嘘は言っていないという事実だけを残して彼女は本心を隠してしまう。それが分かっていながらヴィルは何も言えなかった。
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