68話
「久し振りに来た」
「そうだね。ここに来るのは……一年に一回でいいって思っていたからさ」
そう言い、ヴィルは膝を着いて手を合わせる。
その先にあるのは二つの墓石、エルザスが姿を現した少し先にある湖の畔……大きな小屋の隣に置かれた二つのそれは彼にとっても、大切な者達が眠る穏やかな空間であった。
干上がる程の熱、命日までには数週間だけ早い。
手を合わせながら祈るのは何か、そう聞かれようとヴィルは答えないだろう。隣にいたキアラも真似をして手を合わせる。
「父さん、僕……エルザスを攻略したよ」
独白、届かない事は彼でも分かっていた。
その墓の下にいる、そんな夢物語はありはしない。未だに脳裏に残る惨劇は、遺体を捨ておくしか術の無かった彼等には忘れられない景色であった。
人はそれを、『大侵攻』と歴史に残している。
魔王の再来、魔族や魔物がダンジョンを介して世界中の国々と戦争を起こしたのは六年前……その日も変わらず、大きな太陽が下界を照らす、暑い日であった。
王国は大侵攻を聖戦とし、魔王討伐を目的として周囲の国々と同盟を結んだ。とはいえ、その戦いは劣悪そのものでしかない。
バビロンの正統な後継国としての自負、王国の持つ聖騎士団、【十二聖騎士団】の力は確かに強力の一言に尽きた。
王国の初代国王、アーサーの時代から付き従えた騎士達の子孫……等とは赤の嘘っぱちである。塗り固められた土の壁、実体は初代から国王に付き従っている家など四家しか残ってはいない。
それはヴィルの父、ヴォルが騎士を語る度に彼に教えていた真実である。名誉騎士から、その能力を買われて末席に加えられた存在……彼等もまた偽物の騎士であった。
だが、力さえあれば認められる世界では、彼等の力は一線を画していたのである。魔族が、魔物が多く現れようと聖騎士が一人でもいれば覆せるような状況……問題は肩を並べられる戦力が五十と居なかった事だろうか。
右が押せば左が押され、左が押せば右が押される。有能な前線と比べ、指示をするだけの後衛は無能しかいなかった。それのせいだろうか、多くの人々が、村人が、冒険者が、兵士が、騎士が死んだのだ。
「うん……知っているよ。多分、ダンもギネも……ジーナもディーラだって知っているから来てくれたんだ」
予兆……そう、その時もまた予兆があった。
魔素が濃く残る空間、その場に向かわされたのはヴォル達六名とヴィルである。ダンジョンの予兆があったからというのはヴォルなりの言い訳だろう。
『俺とヴィルは行かなくちゃいけねぇ』
聖騎士らしくない荒々しい言葉に返せる者は誰一人としていなかった。幼いヴィルを連れていく事への恐怖、だが、裏腹に彼の後方支援や中衛としての力量は、腕が鈍る前のダンやギネにすらも引けを取らなかった。
「大丈夫、ですか……?」
ヴィルの顔に柔らかい感触が伝わる。
魔法のおかげか、鼻腔を擽るのは花よりも甘いものであり、それが彼女本来のものである事などは見ずとも分かる事であった。
だから……なのかもしれない。
その頬を伝う水は、堰を切る流れは心の奥底で留めていた感情であった。大切な両親が死んだ時から乾いた心を埋めるために残されていたのは、父の残した【騎士の想い】と母の残した【守れる者は守る】という意志だけ。
その二つだけで突き進んできた彼には、騎士となれない事は死よりも重い事実であった。───だが、それも今は過去の話なのだろう。
「父さん、母さん……俺さ、友達が出来たよ」
墓の前に向けた視線、そこに残るのは三人の顔。
愛しいと思える程に大切な二人の女性と、何度も殺し合いながら力を高め合ってきた信頼出来る男性の三人。
『騎士っていうのはな! 一人じゃ出来ねぇぞ!』
『冒険者もよ! 一人で出来る事に限界があるの!』
「だから……仲間を作れ、だったよな」
そう口にして首を横に振り微笑んでみせる。
大切な人達は、背中を任せられる仲間は三人だけだろう。だが、そこに至らずとも端には多くの仲間の姿があった。ライアンやライガ達……村しか知らなかった彼では得られなかった宝である。
「俺は、村を出る。きっと、同じ事が起こる前兆だと思うからさ。あの時みたいに……大切な人が死んでしまうかもしれない。だけど……」
「大丈夫です。今度は私達がいます」
緩む口元、勝手に零れたのは笑みであった。
キアラの言葉にヴィルは確信を持てたのだ。目の前で起こった惨劇、聖戦とは名ばかりの非道な王国の指導……魔王の再臨は彼の大切な者達を奪っていった。
「もう、負けないから」
「だ、そうだぜ」
その背中を包んだのはゴツゴツとした感触。
声の主、ダンの強い抱擁は強烈な痛みを与えたが同時に安心感も与える。同時に横で手を合わせ始めたギネやジーナ、ディーラ……共に彼の視界の中に映っていた仲間達を見てヴィルは大声で泣いて笑った。
それを見て、確かにヴィルは思い出した。
仲間……それは元から近くにいた人達の事であった、と。そして、彼等が受けてきた仕打ちも同様に頭に過ぎる。
『後は……頼んだぞ……!』
笑い顔、何度も夢に見た景色を喉元で噛み砕いて飲み込んだ。知らない振りをしてきた本音、守るべき者と敵対する考えは捨て去りたかったものでもあった。だが、それよりも大事な者が目の前に広がっている。
「ヴィルの名前を持って宣言する」
一時の過ち、それでも良いと思えたのだ。
だからこそ、剣を墓の前に刺して右指を弾く。
「俺は、王国をぶっ潰す」
その声は森の中でも嫌という程に響いた。
掲げた左腕は微かな紫色に輝いていた。
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