67話
酷く照り付ける空は強く彼を照らし、外で働く者達ですらもタオルはかかせず、その表情を曇らせていた。
そのような悪環境の中では、走るヴィルの体調をより悪化させるだけである。だが、いつ戻ってくるかも分からない存在を待つくらいならば、早く治すべきだと無理にでも足を進ませた。
「……ヴィル。どうかしたの」
「ディーラさん……」
一件の小さな窓すらも無い小屋……目的地目前、一人の女性がヴィルを呼び止める。普段のような黒帽子は被ってはおらず、エプロンを体に纏う姿は一人の美しい貴婦人としか映りはしない。だが、対する女性、ディーラからすれば今のヴィルは異様であった。
その目は虚ろで、唇は死人のように青白い。自身が作り出す屍人の方が、彼よりは少しばかり生きていると言える程の見た目であった。同時に彼が求めている存在に関しても思い当たる節がある。
「キアラなら奥にいるよ。でも……」
その表情は曇っていた。知らぬ存ぜぬと済ませるには無意味な程に彼の様子はおかしく、同時に見知った状態でもある。───それはヴォルが死んだ時のそれと同じであった。
「まだ……話せない?」
「……前と同じ、としか言えません」
「そう……記憶、無いんだね」
ディーラの言葉にヴィルは笑った。儚く、息を吹けば消え去る程に弱々しい姿に、彼女もまた健気な姿を見詰めるしかない。
友人の落し子、そのような言葉では収められない程の才覚は、等しく才覚を持つ彼女ですらも驚嘆の声をあげるしかない程である。同時に失ったそれらにも精神が咎められていく、そんな人生を歩むしかない日々であった。
「キアラも、悲しむよ。きっと、ヴォルだって」
「……でも、僕は」
ヴィルは再度、儚げな花を咲かす。
美しく優しい金色の花……それが酷く恨めしく感じてしまうのは親心であった。フゥと軽く息を吐くと背後の扉を開けて顔を背ける。
「すいません」
「謝って済むなら騎士はいらないのよ」
ピュウと風が吹き、開いた扉が閉まり二人を隔てる。最中の彼女の表情は憂うだけであった。外の光も届かない暗闇の中、ヴィルは小さく溜め息を吐いて雑多に物が転がる中を歩いた。
外の景色からは考えられない程に広い空間の中では容易に迷えてしまうだろう。だが、分かっているかのように一つの扉まで歩を進めた後、立ち止まって三回のノックを行う。
「……誰」
「ヴィル、だよ」
「そう……うん、入っていいよ」
怪訝そうな声に一瞬だけ眉を顰めたものの、即座に軽く両頬を叩いて中へと入る。薄暗く、立ち込めている空気は魔力と魔素の両者を孕んでおり、体調不良のヴィルは当てられ、その口元を少しばかり歪めた。
「……ヴィルさん、すごく酷い顔色ですね」
顔は見えない少女が部屋の奥、一つの椅子に座っていた。微かな光すらも無い中、入ろうとするヴィルを見て、確かに状態を言い当てると軽く体に触れて微笑んで見せた。
「そう、か……うん、そうだと思っていたよ……」
対してヴィルから漏れた言葉は自身でも意味不明なものだったらしく、軽く頬をかいて恥じらってみせた。だが、その唇は赤みを取り戻しており、生気を宿している。
「勝手ながら、呪は解きました」
「そのために来たって言ったら、怒るかな」
「プンプン……とかですか」
小首を傾げながら口にする姿にヴィルは笑い声を堪える事が出来なかった。それが不服だったのか、両頬を膨らませて抗議すると横にあったランタンへ明かりを灯し、その目を強く見詰める。
「……目を見たら分かる嘘をついてどうするんですか。それに好きな人に利用されるなら、嫉妬くらいは覚えても嫌な気はしません」
「……知っているよ」
美しい赤い髪はボサボサで、数日と洗体をしていないのか、香る匂いはお世辞にも良いとは言えないものである。それでも母に似て整っている容姿の影響からか、ヴィルは軽く溜め息を吐いてからキアラの髪に手を当てる。
「助けてくれるって信じていたから来たんだ」
「……すみません。来るとは思っていなかったので」
生活魔法でサラサラと美しさを取り戻した長髪は彼の手によく馴染んだ。クルクルと指で回しては離す様に、ようやく恥を思い出したキアラは俯いて言い訳を口にする。
そんな様子が只管と面白く感じたヴィルは髪から指を離して、彼女の、父親に似た青い眼を見詰めて微笑みかけた。
「もう一人、助けてあげて欲しい人がいるんだけど」
「ああ、ノーグさんなら起きてきて早々に吐いていたので治しましたよ」
「……は?」
その返答は治した事に対してではない。純粋に外へ出たというのに水浴びすらしていない、そんな無頓着さに呆れただけであった。だが、当人はそれに気が付けていないのか、ポンと手を叩いて笑う。
「私の魔法は相手の同意が無ければ行えませんからね」
「そこじゃ……いや、いいや」
面倒になったと言えば聞こえは悪いが、何度口にしても治らない悪癖に対して、真正面から反応するだけの余裕は彼には無かった。
むしろ、その内心には嬉しさもあるのだろう。他の人と出会う時には気にせずとも、自身と出会うためなら苦手な水浴びすらもしてくれる健気さは、キアラへの好意をより高めさせる。
「今って、暇ありそう」
「うん……丁度よく、今できたところ」
目を細めるキアラの手をヴィルは静かに取り、そのまま部屋を出る。勢いよく歩く二人に、そして珍しく家を出た娘の後ろ姿にディーラは微かに微笑んだ。
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