66話
「ねぇ、さすがに、もう行こうよ」
三人の仲間に抱き締められながら、目の前で食事を楽しむ風景を見せ付けられる時間……一時間程度、だだっ広いだけの空間に残されるのは苦痛でもあった。
先にある光景、それが彼の憧憬のもとである事は何となく分かっていたのだ。フーバーが口にしたからでは決して無い。むしろ、エイリルであった彼と対峙した時から察していた事である。
「へー、ははほほねぇか」
「よくない! 危機管理能力が低過ぎるって!」
食事を頬張るダンを見てヴィルは頭を抱えた。
だが、同時に隠れて笑みを見せてからシャロ、アリア、ノーグの順番で頭を撫でながら離していった。最後の男に関しては普段よりも汚らしい顔をしたために投げられたのは別の話だろう。
「そろそろ、新しく出てくる可能性があるよ」
「……ヴィルの言う通り、かな」
「さすがは俺の息子と嫁!」
「息子(仮)だ!」
「ふふ、嫁よ!」
喜んで二人を抱き締めるギネ、それにヴィルは大声で訂正とも言えない訂正をし、ディーラは胸を張って抱き締め返した。
その姿に大きな溜め息を吐きながらも二人を抱き締めてから離れる。そのまま、様子を睨むように見詰めていたダンを抱き締めてから、最後にジーナを抱き締めた。
「どうかしたさね」
「うーん、別に……ただ、一人の時は馬鹿みたいに大声をあげる事も無かったなって」
不意に思い出した魔物を狩るだけの日々。
孤独……戦っている時は感じなかったそれは、確かに少年の心を蝕んでいた。普段であれば一人でも進んでいたであろう状況、なあなあと抱き着かれるのを許した理由を素直に言えはしない。
「んだ、お前が行くって言っただろ」
「少しは優しい言い方を覚えろよ。馬鹿弟子が」
扉に手をかけたライアンの頭がダンに叩かれる。
一瞬だけ人から獣の顔へと変わったのは恐怖からなのか、はたまた痛みからなのかは……地面にめり込んだ彼が一番に分かっているだろう。そんなボロボロの彼の後ろ髪を引っ張り上げたのはヴィルであった。
「大丈夫?」
「これが……大丈夫に見えるか……?」
「うん! 返事出来るなら大丈夫だね!」
ライアンの返事にヴィルは笑って返した。
ホウとダンへ彼を投げ渡すと軽い口笛を吹いて、その扉に手をかける。そこで何かを思い出したかのように振り返って軽く頭を下げた。
「進もう。さすがにもう、帰りたいや」
その言葉にダンが転がる道具を砂の中に戻し、念の為にと得物に手をかける。それを見て一つだけヴィルは深呼吸をしてからギィと扉を強く押した。
◇◇◇
「……あれ? ここ、は……?」
「ん、起きた」
ボヤける視界、その先にいたのは愛しい女性である。柔らかい膝の上、その額に手を当てていたのはもう一人の愛しい女性だった。
「シャロ、アリア……?」
「記憶が曖昧のようですね。……いいえ、仕方の無い事かもしれませんが」
「ん……二人とも、七日は寝ているから」
その言葉にヴィルはガバと体を起こして周囲をキョロキョロと見渡す。布団一つ分を開けた先ではノーグがスヤスヤと眠りについており、少し離れた先では聞き慣れた声がしていた。
「良かった……兄様同様、起きないと思っていたから……」
「って事は、ノーグが先に起きたのかな」
ヴィルの言葉にアリアは首を縦に振る。
そんな姿を見てアリアが抱き着き、次いでシャロが反対側から抱き締めた。嬉しさ、その反面、七日という時間が経ったとは思えない程、近い過去に抱き締められた感触が残っていた。
「ごめん……何か、分かるのかな」
「……エルザスの事、でいいのですよね」
ヴィルは静かにアリアに視線を合わせ首肯した。
思い出せない過去、パタリとハサミで切られたかのように不自然に抜け落ちた部分は、最下層の扉を開いてからである。同時にシャロとアリアの表情から得られぬ答えであるとも分かった。
「何も、分からないんだね」
「……ん、私達も気が付いたらエルザスの入口にいた。神殿の跡地は残っているけど……もう、エルザスは無かったから……」
「そっ、か……」
口を閉ざしたアリアの代わりにシャロが答える。そして、様子からして嘘等どこにもない事くらいはヴィルにも分かっていた。───そこまで至り漁った空間の中、そこに確かに残っていた。
「……エルザスのダンジョンコア、か」
「やっぱり……ヴィルが持っていたのですね」
「ごめん……疑ってしまうなんて、パーティメンバー失格だよ」
その言葉に二人は首を横に振る。だが、素直に思いを口にする事は出来なかった。ヴィルの手の中にある紫色の半透明な、彼の頭程度の大きさを持つ石は、彼女達の知らない世界を伝える答えでもあるのだ。
「起きたい、な。皆、いるんでしょ」
「ん……でも、無理はしちゃダメ」
「分かっているよ。……うん、大丈夫」
青白い唇、その様からして普段のヴィルとは違う事など二人からしても分かっていた。それでも何かを求めるかのように体を起こして、その体を白く光らせる。
「やっぱり……使ったのか」
「……そう、なんですね」
ヴィルの独り言、反応するべきではないと知りながらもアリアは返してしまった。突如、その表情を悲しげに歪ませたのはヴィルである。
殿を務められるだけの力……とはいえ、その代償は同様に重いものであった。特に今し方、残っている状態こそが、彼の嫌うそれである。
「ちょっとだけ、出てくるね」
息を吹きかければ消えてしまいそうな笑顔、微かに香る花を咲かせてヴィルは部屋を後にした。
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