1話
夏真っ盛り、日照りが続く下界は賑わっていた。
普段よりも多くの人々が行き交う王都の通り、飲めや歌えやと宴が始まっている姿は国の誇りでもあるだろう。夏祭り、というには、立つ旗達には違った言葉が並ぶ。
【最年少Sランク冒険者一向、SSSランクダンジョンを攻略する】
共に並ぶ顔と名前の面々に、多少の知識がある者は生唾を飲んで酒を煽るだろう。有名なところで言えば破邪の雷龍、ギルドマスターのライアン、過去厨であればダンとギネ、そしてジーナとディーラの姉妹、加えて彼が所属する事となった白の角蛇の面々……そのどれもが高名な者達ばかりである。
屋台で並ぶ食事には各々の名前が宛てがわれ、大半は料理人としても名高い『ジーナの───』といった大嘘が並ぶ。魔道具に至っては『ギネ特製』等とついている時点で救えはしない。それは武防具も似たようなものではあるが……。
とはいえ、歴史書にも残る程の偉業を前に多くの者の財布の紐は緩んでいた。同じ冒険者は功績に肖ろうと、都民は純粋に今ある平和を味わうかのように踊り狂う。
「チッ……!」
それを快く思わない風に睨む者がいた。
祭りで混む道中を縫うかのように進む黒のローブで身を隠す存在である。腰に差す剣をジャラジャラと音立てながら、とある場所の前で足を止める。
「何者だ!」
「はぁ……これで分かるか」
「その顔……モルガナ卿でございましたか!」
兵士の大声、モルガナは大きな溜め息を吐く。
フードを解いた先に見えたのは美しい金色の髪、そして大きな青い瞳である。身に纏う魔道具の影響で胸までは張られてはいないが、顔立ちだけで容易に女性であると分かってしまう。
だが、幸か不幸か、彼の声は周囲の喧騒の中に掻き消え、それを聞けた者はいない。いいや、そもそもの話、今いる場所に来る者の方が少ないだろう。
ログレス王国が王都、キャメロット。
その中核たる王城の前にモルガナはいる。豪勢な神殿のようなそれは彼女のような者以外の侵入を拒むものであった。そう、兵士が両足を合わせて敬礼するような存在、十二騎士の一人、聖騎士モルガナでなければ入城も許可はされないだろう。
「次からは間違えるなよ」
「はっ!」
面倒そうにモルガナはフードを被り直し、開かれた門の扉から中へと入った。広い中庭、攻め込まれた事のない城のそこには多くの花畑と整地された道がある。それを一度、睨み付けたかと思うとモルガナは右指を弾いた。
「君は本当に……心臓に悪い事をするね」
「あら、てっきり、こういうのが好みなのかと思っていましたわ」
空間魔法の一つ、転移によって彼女が飛んだ先は王城内の一室……一人の男が書物と向き合う執務室であった。椅子に座る彼の周りには多くの書物が並び、飛んできた彼女の暴言にヤレヤレと両手を上げてみせる。
「モル、暇なの」
「仕事が命の貴方に言われたくないわ」
「せっかく、砕けて言ったのにさぁ。そこはラン君とでも呼んでくれよ」
糸目をカァと開け、モルガナの腹に手を回しながら彼は口にした。瞬間、腰にある剣が抜かれ、その首元へ刃が迫る。それを嘲笑うかのように指を弾くと後ろから抱き締めてみせた。
「ランスロット……本当に化け物ね」
「だぁかぁらぁ、そこはラン君だよ」
フイと手を離して笑う姿は見た目通りの青年。
だが、今し方と熟した行動は化け物の類と何ら変わりないものである。得物は無く、防具も持たず、着の身着のままのスーツ姿は彼が日常を過ごすための特注品……ただ、そこに戦闘能力の要素は一抹たりとも無い。
「さすがは第三席。先代アーサー王、そして現第二席の弟子だわ」
「次はその呼び方……もう、そんなに僕の事を名前で呼びたくないの」
「ランディエル・ランスロット、これで良い?」
面倒そうに呟くモルガナに対して、ランディエルは満面の笑みで両手を取る。目の前の存在から名前を呼ばれず、高名な家柄としての名前【ランスロット】と呼ばれるだけの毎日は苦痛であった。
ランスロット家の聖騎士、それでは自身の才覚を表すものではない。個々人としての自身を見てくれる存在が欲しかった等とは誰にも言えはしない本音だろう。
「で、どうしたの。モーリーが来るなんて、茶か菓子でも無かったら滅多に無いでしょ」
「その名で呼ぶな! ってか! アンタが来て欲しいって言ったら足を運んでやっているでしょ!」
ランディエルの言葉にモーリーは頬を赤くして抗議した。だが、彼には届かず、「そうだっけ」等と返されて机の前に置かれたソファの一席に腰を下ろす。
二人用のソファ、その横をパンパンと叩く姿に頭を抱えながら溜め息を吐くモーリー。それでも少し嬉しそうに顔を背けながら座ると、閉ざしていた口を再度、開く。
「ヴィル……が、エルザスを攻略したって」
「神の森、だっけ。すごいね、さすがは僕の友人。うんうん、一緒に聖騎士となれなかったのは悲しい話だけど」
「本音は?」
彼女の言葉に表情が極端と悪くなる。
見開かれた眼は赤く染っており、同じく聖騎士である彼女ですらも後退りする程であった。その様子を視界に映したからか、フッと笑みを見せて頭を撫でる。
「僕が、攻略したかったさ」
「……本当の意味での、象徴だもんね」
「ああ……バビロンの後継者、なんて現国王の大嘘だからね。神から与えられた試練、それを成し遂げられるなんて僕の部隊でも不可能だよ」
震え出す体、それは過去に等しいランクのダンジョンから逃げ帰ったためである。事象の理を超える力を行使する事で出られた空間……無限楼等と称されるバビリム、全勢力で向かっても尚、攻略できなかった空間だ。
思い出すだけで震え出す体、同等の空間を超えた者の力が気になるのは兵士としての矜持なのかもしれない。
「ヴィル……会えるのが楽しみ、だね」
「はぁ……アリアとシャロが面倒そうね」
「いいじゃん。僕はノーグの方が面倒だと思うよ」
楽しげな二人の雑談は夜が耽るまで続いた。
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