64話
「今のは……いいや、それよりも……」
「うん、僕達の勝利、だね」
ヴィルの言葉、それでも歓喜の声は湧かない。
フーバーと名乗った老人……死に様に加えて、ヴィルの言葉が残っているのだ。
『お前、生きていたんだな』
言葉通り、ダンジョン内で作られた存在であれば素は魔素である。故に倒されるのと同時に煙へと変化して素材だけを落とす。では、その亡骸を残した彼は……。
「ヴィル、いつから気が付いていたんだい」
「それは……勘です。いいえ、本音を言えば彼が名乗った段階で分かっていた事です。エイリルは神の名のはずですから」
ライガの言葉にヴィルは笑ってから俯いた。
神の力を身に窶していた、それが感覚的にヴィルには分かっていたのだ。最初の戦いでは有り得ないと排除していた考え、だが、引き出された力は確かに神の奇跡そのものであった。
「エイリル……通称は神の愛を受けし者、だったな。神から愛を受けた事で人の身から外れた使徒、と記憶しているが」
「お前にしては博識じゃねぇか」
「ギルマスになったからには学ばなきゃいけない事も多いんですよ。特に古典的な神話に関しては知っておかないと後で困りますから」
ライアンの言葉にダンは静かに首を縦に振る。
バビリムを有する王国、神の使徒という大義名分を持つ騎士や聖騎士と関わるには、それ相応の力と知識が必要だった。中でも、所属する冒険者達を管理、護衛するギルドマスターに与えられた負荷は相応に重い。
『騎士にもなれない粗暴な輩が』
苛立ちすら覚える身勝手な言動達。
粗暴……それは確かに地位も、過去すらも関係無く、職業として就ける冒険者は治安の良いものでは無い。だが、対して未来を担う彼等の行動もまた粗暴の他ないのだ。
国お抱えの職業、地方の抱える兵士や冒険者を顎で使い、死ぬまで税金を搾り取る事のみを行う者も少なくは無い。
「それでフーバーに関しては知っているのか」
「……騎士、フーバー。ううん、本名は……」
そこまで口にしてヴィルは紡ぐのを止める。
恐れ多い名前、自嘲から名付けたフーバーの名前は書物の中でも、一度しか見た事のないものであった。いいや、それを知っていた者を一人だけ、ヴィルは記憶している。
「父さんは……来た事があるのか」
「ヴォルが、か……有り得る話だな」
「ああ、アイツはフラとどこかに行くような奴だからな。来ていてもおかしくは無いし、何なら既に攻略していても……」
ギネの言葉にヴィルの視線がギラリと鋭くなる。
威圧、独裁者としてのそれは周囲にいた者達へ恐怖を与え、不用意に言葉を続けようとしていたダンですらも口を閉ざした。
「もしかして、殺さなくても良かったのか……いいや、それならフーバーはどうして……」
微かな違和感、同時に彼の視線に映ったのは、染めずに済んだ可能性のある自身の手だった。強く気高い本物の騎士のような存在、フーバーは学んでいた通りであったのだ。
もしも、等と後悔が彼の心を埋め尽くしていく。
取れる可能性のあった手、騎士としての憧れに唾を吐いたような感覚は、ヴィルの表情を青ざめさせるには十分であった。───優しい感触、三方から与えられたそれに彼は静かに視線を上げた。
「……ごめん。要らない感情だったね」
向けた威圧、だが、ヴィルへ敵意を向ける者は誰一人としていない。むしろ、その視線は温かく、彼を見守っている。
護りたい、失いたくない……エルザスに来た時に、いいや、騎士を目指した時に感じていた動機だった。守れたという事実、ヴィルは微かに笑みを浮かべる。
同時に抱き着く右側の力が強くなった。
「ん、人が生きるのに要らないものなんて無い。嫉妬も妬みも誤ちも、それを悔やめるのなら必要な要素だから」
「……そう、なのかな。分かんないや」
シャロの言葉にヴィルは自嘲して天を仰いだ。
微かな灯りでは見えない底、零れそうになった感情は見えなくなった自分に対してでは決して無かった。ただ純に果ての見えない世界へ、何時までも届かない憧憬へ手を伸ばす事へ、恐怖しただけである。
「私達も分かりませんよ。だから、一緒にいるの」
「あー……うん、本当に二人は強いね」
左から与えられる力、シャロには劣るが、それが今はヴィルには有難かった。右左と額にキスをして三人からゆっくりと、名残惜しそうに離れた。
「アレ……僕の出番は一体……」
「ノーグも……ありがと。その……嬉しかったよ」
「ヴィル……ヴィッブフォッ!?」
抱き着こうと飛んだノーグが出口に叩き付けられる。その姿にヴィルが笑い、釣られてシャロとアリア……ノーグを除いた全員の笑い声が響いた。
「今はただ……本当に悲しいだけだよ。出来れば、貴方と話がしたかったな」
ヴィルは一人、静かに天に手を伸ばした。
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