63話
「ありがと。罠にかかってくれて」
「騎士───ッ!」
その眼前、迫るエイリルの前に現れたのはヴィルであった。伸ばした右腕による一撃を左手に展開させた光の盾で弾き、ギラと睨んだかと思うと呟いた。
「パリィ」
「な……ッ! それ、は!」
「父さん直伝の技だからな」
パリィ、それは固有ジョブである聖騎士を持ったヴォルから教え込まれた相伝の技である。物理的な攻撃に限定されるが盾で弾くことにより、相手を五秒間だけ硬直させる技巧だった。
だが、強力な効果の反面、発動タイミングを誤った瞬間に大きな隙を晒すだけとなる。時間にして四フレーム程度の中、そこで弾けなければ効果を発揮しない欠陥品なのた。
だからこそ、必殺に近い技。同時にディーラへ攻撃が迫るように駒を動かしていたのである。誰かが落とされれば、エイリルが向かう先が……それら一つでも違っていたならば狙い通りの結果とはならなかった。
「麻痺」
「ぐ───これ、は……!」
「僕の力は少しだけ、扱いが面倒なんだ。この力であれば指定した位置へ、一秒後に効果が発揮される弱点があるんだよ」
相手を痺れさせ、行動を不能とする代わりに与えられたデメリットは大き過ぎた。座標を指定した上で、その箇所へ一秒後に効果が降り注ぐという拭え切れない弱点である。
座標指定、言葉だけなら簡単と感じるものもいるだろう。だが、世界地図を広げられた中で、砂漠の砂粒よりも小さな一点に、寸分違わずに指定出来なければ発動もしない力など、使いこなす方がおかしな話なのだ。
「我を舐めるな! 騎士よ!」
「来ると思っていた、から……用意はしてある」
ニヤリと見せた笑み、神ですら覚える恐怖。
三メートル程度のトロールが数百と地面から生えてきてはヴィルを狙い始めたのだ。眼に映る少年に向かい、その棍棒を振るおうと足を進めた瞬間に潰えていく。
「本当に指示通りだな!」
ライアンの爪による斬撃、その一撃は容易に脂肪と筋肉で固められた硬い重装を切り刻む。
「ルチア! 私に全部賭けて!」
「後は知らないから!」
「このステラ様に任せなさい!」
パァと輝くステラ、それはまるで天で輝く本物の太陽のようであった。彼女の周囲に五角形と六角形が組み合わさった魔法陣が展開されると、その光がより強まっていく。
「奇跡」
「ん! やっと出番!」
光の玉と化したステラへと向かったのは十人に増加したシャロであった。そのまま、彼女目掛けて持ちうる限りの苦無を投げ付ける。
貫通を込めた魔道具、本来ならばステラをも殺す一撃だったが、それらは外へと漏れ出すフレアのように喰われ、標的とされた者達へ降り注ぐ。
「ブルゥォォォッ!」
焔を纏った苦無、当たった瞬間に全てを灰と化した姿は周囲のトロールの足を竦ませる。その刹那、忍刀を持ったシャロが目掛けて進み始めた。それを目視した上でステラは輝きを落とす。
「幻影」
月明かり、陽の光すらも下ろさない闇に射す、美しいそれはトロール達の視界を、同時に彼女達に絶対の力を与える。増えに増え、刃が魔物を襲いながらも誰一人として、シャロ達へ与える事は出来なかった。
「陽は敵を刺し、闇は敵を惑わす」
「何が言いたい」
「詠唱だよ。───勝利」
本来は違う、だが、彼はそれを詠唱へ昇華した。
重過ぎる言葉、その意味を理解している者は彼を含めて誰一人としていない。いいや、それを知るのは表情を変化させたエイリルだけである。
「最後だ。せめて、遊ばせてくれ」
「貴君は……騎士では……!」
エイリルの顔にヴィルの視線が落ちる。
見慣れた表情、聞き慣れた言葉……だからこそ、彼は全てを受け入れた。
「どっちでもいいさ。夢はもう」
「大丈夫、僕達がいるよ」
デュエット、ノーグの言葉にヴィルは笑う。
「見飽きたんだ」
恐怖、脅威……夢への羨望も、憧憬も今の彼には恋しく、等しく無意味である。ただ今の彼が何ものよりも優先するのは一つだけ……。
「星天十二宮が一つ……射手座」
天使、その力を見て得た技であった。
故に異質、人では無い力ですらも手にするスキルではない力が、多くの者を震え上がらせるのだ。
騎士でありながら、騎士とはなれない存在。
だからこそ、その鎧を漆黒へと変化させる。
「星降る夜に」
振り下ろした剣、落ちる刃がエイリルを襲う。
貫通程度で片付けられない一撃、そのどれもが彼の身を貫いて穴を開けていく。肉が削ぎ落ち、煙となっては回復する……繰り返し、繰り返しの中で確かに互いに感じた。その回復力が落ちてきている、と。
転移、飛翔……全てが封印されて効果は無い。
ニヤリと笑い、エイリルも覚悟を決めた。
「だと、思ったよ」
「な───ッ!?」
手を伸ばそうとした心の臓、剣が貫いた。
パリンと嫌な音がする。ガラス細工が割れるような甘美で勿体のない音だった。同時にエイリルは地面へと頬を付ける。冷たい感触、そう、その一手は見破られていたのだ。
「やっぱり……お前、生きていたんだな」
「騎士……ッ!」
周囲の景色が変わる。残るのは殺風景なそれ。
洞窟、エルザス等は何処にも無い。見下すように向けられたヴィルの視線はどこか悲しげだった。それがエイリルへ無性に苛立ちを覚えさせる。
「やはり……やはり、なのか……」
「何がだ」
「この身を撃てるは真の騎士、というだけだ」
一人の人族の男、歳を取った老父である。
そんな彼は目に光を残しながらも感情に身を任せてヴィルを睨みつけた。
「彼の者の声に従って。待ち望んでいたのだ」
近くに残った木の枝を広い、起き上がる。
自身の誇り、敗北した事への未練や恐怖は残ってはいない。ただ、自身を倒した強者が見せる表情が好めないのだ。
「騎士ならば! 悔やむな! 我が名、フーバーの名を汚すでないわ!」
「……分かった」
枝を構えるフーバーに、ヴィルは同じく剣を構えて向かう。一呼吸、それが合うのと同時にフーバーは走り出し……その身を真紅に染めた。
「楽しき……死合であったぞ。───ヴィルよ」
「僕もだよ……フーバー」
倒れ込む彼の亡骸をヴィルは静かに炎で燃やす。
ポゥと燃え出すランタン達が、彼等の勝利を讃えていた。
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