61話
神々しさ、起こした奇跡……それはどれも、人には出来ぬ所行である。バサリと広げた八対の大翼は宙に浮かぶには必要だろう。だが、そのどれもが彼の体躯程あるというのに動いておらず、羽の一つも撒きはしない。
「騎士よ……滅するが良い」
名指しの言葉、同時にヴィルへと向かったのは多くの木々であった。周囲にある木の全てが、その先が枝分かれし、取り囲むように進んでいく。
咄嗟に振るった手から数十の風の刃が飛ぶが、同時に彼へ齎したのは落胆の念だった。迫る木々が細かく裁断された事実、対して現状でも変わらずに迫る物があるのだ。
多過ぎる、回復が早い……最悪な理由である。
咄嗟に下がったヴィルではあったが、足元に浮かび上がる魔法陣を見て大きな舌打ちをした。ガバと盛り上がる足元の奥からは大きな氷柱があり、躱しきれなかったヴィルを氷の中へと閉じ込めてしまう。
「※※※」
口にした言葉、それを理解は出来なかった。
聞いた事のある言語、だが、それを理解するには余裕は残されていない。氷に閉じ込められたヴィル含め、エイリルへ迫れる者はいなかった。
ただ、只管に世界が闇へ染まっていく。
木々の全ては凍り付き、それでも尚、敵を食らうために伸ばしているのだ。同様にヴィルには酷く困る要素がエイリルにあった。───彼から漏れ出す濃霧、それらが確かに視界の多くを奪ってしまうのだ。
『ピ、ピー……!』
脳内に響いた機械音、念話を飛ばしてすぐの音はヴィルの表情を一気に強張らせていく。倒せる算段は整っていたのだ。だが、現状は倒せるだけの余裕は見い出せはしなかった。
「チッ……!」
足が冷え、爪先が少しだけ欠けた。
体を動かそうとした反動、血が出ていないのは冷気のおかげなのだろう。抜け出そうとしてもどうにも出来ない現状にヴィルは瞳を閉じる。このまま死んでも良いのかもしれない、そう思える程に安らかな、騎士らしい最期だった。
その耳に、微かな男の歌声が届かなければ。
「やってくれると思っていたよ!」
叫び声、周囲に三十の魔法陣が展開される。
氷柱が一気に溶け、その体を表へ出させた。途端に足元から出血が起こるが、ヴィルはただ楽しそうに指を弾いてそれを治す。
「耐える、か。……騎士よ」
「そりゃあ、耐えるさ」
一気に距離を詰める。その速度は弾丸と呼んでも良い程であった。突発的に起こった強化、そのレベルはヴィルでも真似出来ない程である。だからこそ、届いて欲しいと彼は一人の男へ念話を送っていた。
声は届かない……だが、想いは届いたのだ。
光り輝く剣がエイリルの結界とぶつかり合う。二つの翼がハタリと蠢いた。瞬時にヴィルへと無数の羽根苦無が迫る。躱す、逃げる……どちらも既に取れない一手であった。
「騎士は僕だけじゃないからな!」
「そうさね!」
ヴィルの背を蹴って上空から迫ったのはジーナだった。その破壊力は過去のものとは違い、アッサリと結界を破壊して右最上部の羽を一枚だけ切り落とした。
「小娘がッ!」
「グッ……!」
その首元へエイリルの手が迫る。
触れた部分が一気に青紫へと変わったのは他でもない、魔素を注がれているからだった。それでもジーナは手の力を一気に込めて抗う。同時にヴィルへ向けた視線もまた、彼女なりの優しさであり合図だった。
「ごめん……!」
視線を逸らした先、そこには二人の男がいた。その顔を見てヴィルは笑い、歌声のする場所まで一気に駆けた。
「安心しろ!」
「そのために俺達がいるからな!」
ライガとフウゴ、剣戟がジーナを掴む手へと迫り切り結ぶ。無数に、無限に……さも、彼等の得意とする物のように目に見えない分子とするまで刻み続けた。
チラと見た。ただ、チラと見ただけ。
その一瞬をジーナは突いてその胴体目掛けて両手の包丁で袈裟斬りを行う。大層な技は無い、愛する者への感情を伝えるために磨いた技術が技となっただけだった。
だが、その手にある得物が確かに彼女へ伝えてくれる。バッと広げられた大翼がどれ程までに神々しかろうと関係が無いのだ。求めていた成果が得られた今、聞きたい言葉は一つだけ───
「お前を選んで正解だったな!」
「遅いさね……馬鹿……!」
ダンの声、その手がエイリルの背中へと触れる。
弾け、交ざる……それ以外の表現が無いのだ。内部から漏れ出した砂は彼の背中を壊し、羽を落としてしまった。
突如、エイリルの表情が一気に曇り、俯く。
誤ったのだ……彼が本当の意味での脅威と感じたヴィルさえ押さえれば、容易に勝てる等と甘く見てしまっていた。そのせいで野放しとなった、もう一人の騎士を彼は見抜けなかったのだ。
「視界は! 与えないから!」
「援護は任せろ!」
霧が晴れ、同時に陽の光でも消えぬ闇が来た。
ルチアから放たれた魔法、神に抗う覚悟を内包した一撃は重かったのだ。いいや、それだけの魔法を放てるだけの時間を与えてしまったのは他でもないエイリルである。
十は重ねた結界、動かせる羽での防御。
それらを黒き炎は貫き燃やした。無防備となった彼のもとへ二本の剣が迫る……その表情は少しだけ不服そうではあったが和かであった。消せずにいた微かな怒り、それを込めた剣戟は羽を一対にまで減らしてみせる。
「愚か、な!」
神は吠えた。人如きに負ける訳にはいかぬ、と。
その頭部に、刻まれた右腕に金の兜と篭手を付けたかと思うと新たな羽を生み出す。同じ大きさではあった、が、それを見た者達は彼を神と呼ぶのをやめた。
四対の羽、その左側は全て漆黒であったのだ。
散る羽は黒く、周囲に生み出す霧すらも闇と何ら変わりは無いドスを残している。無神論、そのような理由では決してない。ただ、彼等が一度でも祈りを込めた者が神モドキとなる事を許せなかっただけだ。
だからこそ、声が一つ、彼等の脳内に響いた。
「僕に、従え」
全員が待ち望んだ、勝利の遠吠えであった。
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