60話
「笑止! 笑止笑止笑止笑止!」
巨人、そう呼ぶには彼は禍々し過ぎた。
四肢を地へと着け、その頭部には少し前に見た天使かのように牛の被り物をつけている。同時に尾には確かに蛇がおり、その体すらも四体の大蛇が這っていた。
「チッ……外したか!」
その首目掛けて動いたのはライアンだった。
天使と同様に被り物だとすれば、何が力として与えられているのかは目に見えて分かる事である。
「良き腕よ! だが!」
「俺如きにありがとよ!」
ライアンへ二匹の大蛇が迫り、牙を突き立てようと大口を開ける。それに一瞥を向けると確かにライアンは笑って大きく体を動かした。
物理法則を無視した動き、それが周囲の風を無理やりに操っているものだとは、大蛇には分かりはしない。
「ヴィル! ここで折れてどうすんだよ!」
獣の雄叫びが周囲に響き渡った。
元はただ、後方に戻された三人の回収のためでしか無かっただろう。とはいえ、それでは消耗戦を強いられては追い詰められていくだけの事。
鼓舞された、踊らされた……どうとでも言える。
少なくとも、視線を前へ向けたのは名前をあげられた彼だけに限った話では無かった。
「もう一回やってやるさね!」
「愚かだな! 小娘が!」
大声を上げ、ジーナはエイリルへと向かった。
先に投げられた包丁は同時に向けられた大蛇によって止められる。噛み付き、その歯形をギリギリと刃へと突き付けていた。
そのまま、新しく伸ばされた大蛇がジーナへと向かう。シャーッと伸ばされる顔には確かな覚悟があり、ジーナも左側にある得物を鎖を巻いて構えてみせる。
「させる、とでも?」
野暮な横槍、とはいえ、それは最善の手だった。
大きな氷柱が五つ、四つは大蛇の顔目掛けて、残り一つは牛の頭を確かに引き裂いてみせる。薄らと見える肌は確かにエイリルのものであり、彼もまた自身の状態に焦って頬に手を当ててしまった。
「随分と余裕そうだね!」
「随分と余裕そうさね!」
二体の大蛇の首が落とされる。
片や、ノーグの手によって。片や、ジーナの手によってアッサリと倒されたのだ。同時に一つの影がジーナの背を蹴って牛の頭へと向かう。
「飽きぬものだな」
「死んでないからな!」
ギネの、その体は一つの傀儡と化していた。
既に天使との戦いで多くの人形は滅している。それでも本当の意味での奥の手は残していた。偽物の傀儡では行えない所業、故に彼は『全魔の統率者』等と大層な名を与えられたのだ。
全魔、それは全ての魔法という意味では無い。
その程度なら既に、前を往く友から置いていかれぬようにと手にしていた。本来の意味はそこには無い。全魔の統率者の意味は、全ての魔力を自由に操れる者という意味である。
放たれた魔素、確かに猛毒の類だろう。
だが、魔を操る者の前に何の意味があるだろうか。傀儡、それは人の体の限界を悟ったからに過ぎない。過ぎないからこそ、その全てを吸い尽くして笑うのだ。
「御尊顔、拝見致しました」
「よい! その目は真の騎士だ!」
牛の頭が一瞬にして燃え尽き、尊顔が現れる。
天使、確かに天使のそれと同じだった。だが、その表情は人のそれであり、人形のものとは間違いなく違う。美しき金髪の青年、同時にエイリルは一言だけ口にした。
「成神」
光に満ち、それを纏う姿は確かに神である。
同時に容姿は目の前の全員に反逆の意志を持たせた。天使そのもの、表情すらも、体躯すらも等しく人と同じなのだ。神を名乗りながら人として生きようとする姿は誰から見ても気持ちの悪さしか覚えさせやしない。
「神の威光、その前に落ちぬとは如何なるものか。そう言えば君達は攻撃をやめるかね」
「だと、思うか?」
ダンの言葉と共にエイリルの身へ刃が迫る。
一、二、三、四……計九つの刃が眼前で結界によって止められた。どれもが本気で殺しに来た一撃なのはエイリルからみても明らか、だからこそ、フッと笑った彼にヴィルは嘲る。
「バァーカ!」
「な───ッ!?」
結界毎、蹴り出された先はただの宙である。
ハッと結界を強めようと動くが遅い。向かって来ていた者達は殺すために来ていた訳では無かったのだ。その後方から用意を整える者達の攻撃を見せないための行動。つまり───
「させや!」
「しねぇよ!」
魔素、だが、それは無惨にも霧散してしまった。
放出すればギネが吸い込んで力と化し、溜め込もうとすれば排出させるべくダンの砂が向かう。態とらしく素材は魔塞石である。もしも、それに閉じ込められでもすれば……放つ機会などは永遠と訪れてくれやしない。
「そうか、そうか……そうなのか」
エイリルの額に紋章が浮かんだ。
攻撃が向かう、その追撃にヴィルとノーグが来てる……そんな絶望的な状況において、彼は確かに理解した。
───手を抜ける相手ならば分かっていた、と。
「改めよう。全てを、この場自体を」
酷く澄んだ声、酷く淀んだ声。
矛盾な二種が複雑に絡む音であった。機械音とも、人のそれとも確かに感じられる声に多くの者は確かに攻撃の手をやめた。いいや、止めざるを得なかったのだ。
「神の森」
両手を握り、腕をバツに見立て唱えた言葉。
起こった奇跡は、暗闇全てを外の景色と同じものとするだけであった。端的に言えばそれまで、詳しく話すならば何も無かった空間に、太陽と豊かな森林が齎されたのだ。
「ようこそ、神の地のもとへ」
宙に浮きながらエイリルは、彼は笑った。
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