59話
「図体がデカくて助かるよ」
千を超える魔法陣がエイリルの周囲に浮かび上がる。どれも高密度の魔力が注がれており、何が現れるかなどは敵の視点からも明らかであった。
「我に当たるとでも」
「当たらないなら当てるまでさ」
エイリルの言葉を遮ったのはノーグであった。
魔法陣を止めるために動かした光の玉、精霊達の前に新しく魔法陣が浮かび上がる。フッと笑みを浮かべたヴィルを見て咄嗟にエイリルは命令をしようとしたが遅かった。
中から飛び出たのは鎖、ただ踊らされたのだ。
指を弾いたヴィル、それが魔法を発動したものと勘違いしてしまったのが間違いである。最初から強力な魔法を展開していたのはノーグであり、ヴィルは邪魔な精霊を捕らえようとしていただけに過ぎない。
それらが一瞬で煙へと変化していく。
漂う魔素はゆっくりゆっくりとヴィルを取り囲んでいき、同時に三つの大きな玉となった。だが、そこに先程の輝きは残ってはおらず、海の底を見るような深く暗い光だけがある。
「躊躇いなく、殺すか」
「殺してはいないな。糧にしただけだ」
「神の使徒を殺す意味、理解はしているのだろう」
エイリルが笑って見せたのは楽しさからではない。不遜な事象を気にした様子もなく行う、騎士を名乗る者が新鮮だっただけである。面白さ、というよりは、怒りと嘲りが強かった。
それが分かるからこそ、ヴィルも笑う。
つまらない事を気にする守護者へ、自身を虐げた者達を重ねてしまったのだ。経典のためならば、面子のためならば何を口にしても、何をしても良いという驕り高ぶった考えが酷く気持ち悪くて仕方が無いのである。
「聖槍!」
「ぬるいわ!」
魔法陣から放たれた光の槍、射出されるのと同時にエイリルの巨大な体躯からも魔素が噴出されていく。靄の中を通る中で徐々に徐々に、魔法の形を整えるためにコーティングしていた外装の魔力が剥がれる。
七本、それだけがエイリルの体に刺さった。
刺さるだけ、例えるならば小石が砂場の中で埋まって立っているようなものだろう。
破ったり、したり顔でエイリルは視線をヴィルへと向けた。───その両目に一文字の剣戟が通る。
「忘れて貰っては困るさね!」
「小娘が……ッ!」
音の先にエイリルは息を吐いて棍棒を構える。
微かな異変、魔素が何かに吸われていく感覚が確かにあった。同時に肩に何かが乗る感触がする。未だに視界は戻ってはいないのか、体を振るってみせたが一拍だけ遅かった。
「骨! 斬り!」
エイリルの右肩に刺さった包丁、即座に鎖を引き寄せると反対側にあった包丁の背をそれに打ち込んだ。
ドシンと音がし、土煙が立ち込めた。それが晴れてすぐにプランと垂れた右腕を庇うエイリルが見え、確かにジーナの一撃が決まった事を全員が確信する。
微かに響く歌声、いつから流れていたのかは誰にも分かりはしない。だが、その曲調が大きく変化する。
歌声、いいや、一つの声という楽器から奏でられる曲は、物語の始まりを伝えるような穏やかな音を止め、荒々しく力強いものへと姿を変えていく。
それが彼等なりの『合図』であった。
「───ッ!」
「居ない、とでも思っていたのか」
エイリルが瞳を開けた瞬間、目前に一人の男が迫っていた。不自然さ、確かに彼の探知には居なかったはずの存在、ギネが既にいるのだ。
魔力は無い、気配すらも感じられはしない。
即座に身に纏っているローブが故だと悟るが迫る二本の鎖への対抗策は魔素のみであった。しかしながら、それはギネでなければ効果のあったものだろう。そう───シャロの分身が扮した偽物のギネで無ければ確かに効果があったのだ。
偽物のギネは確かに魔素に呑まれ姿を消した。
それでも鎖を発動させたのは本物のシャロ、その時点で止める手段は残ってはいない。回復したばかりの両目に刺さると新たな気配が迫る。
「悪ぃが! 抜けたら困るんでな!」
声にならない声が響いた。
だが、それで止まる者は誰一人としていない。二本の鎖を深く打ち込ませたライアンが、そのまま顔に爪を立てて横へ横へと移動していく。
小蝿が顔を張っている感覚、耐えられない屈辱。
怒りに身を任せて左手で払おうとするが、同時に自身の背後に複数の気配が起こる。一人、二人ではなく計十名……それも全てがギネであった。
「引っかかってくれてありがと!」
一人につき、二つの魔法陣が生み出される。
計二十、それらが四方八方から疎らに魔法陣を展開させて、奥からエイリルの瞳に突き刺さった鎖と同等の物を放出していく。
防ぐ術、魔素を出そうにも目へと集められ、行う事は出来ず、エイリルは静かにそれを受け入れるしかなかった。
瞬間、エイリルの中にあった魔素が一気に吸い込まれていく。脅威を感じたのか、抜こうと暴れ始めたがギネが既に動いており、態とらしくヴィルへ視線を送ってから指を弾いた。
「一人で踊ってろ!」
鎖から放たれた魔力にエイリルの体が動く。
意識してではない、無意識的に冷や汗をかくのは焦りの他無かった。
「先に行くぞ!」
「待て!」
それを合図にライガとフウゴが距離を詰める。
ニヤリと笑ったエイリル、咄嗟にヴィルが念話を送るが遅かった。残った力を振り絞って取れかけの右腕を投げ飛ばした瞬間、血の雨が舞った。
視界は朧げ、梅雨が続く鬱屈さ……十数秒してようやく、豪雨が去っていく。
その先にあったのは壁に叩き付けられたライガとフウゴ、そしてギネの姿であった。
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