58話
「ダン! ノーグ! 防衛巨壁!」
咄嗟の指示、砂の巨壁と結界の同時展開。
それでようやく防げる……いいや、二人の力を持ってしてもヒビが入る程である。ヴィルが何も言わずに上から結界をかけなければ既に潰えていただろう。
眼前にいたのは煙と化したはずの巨人が一人。
判断ミス、それが招いたのは無駄死という事象。
ゾッと嫌な汗がヴィルの背中を伝った。
途端エイリルの口がカパと開く───放たれたのは吐息である。言葉の通りに本気で息を吹き出しただけに過ぎない。
「多重結界!」
三重にされた結界の展開、数秒の出来事である。
寒くも無い中、吹き出された白い息は確かにそれとぶつかり、霧散していく。その程度で済むならばどれ程に楽だっただろうか。咄嗟に腕を振るったヴィルは同じように結界を展開した。
「チッ……本当に危ないね!」
「初見で防ぐ貴君が言うでない!」
大きな爆発、土煙の中でエイリルは笑った。
その目に映るヴィルもまた笑っている。そう、一瞬の動きのみで彼は見抜いていたのだ。息の中に混じった氷の塊が重なり合う事で、隠されていた爆発の魔法陣に火をつけていたのである。
二十秒程度、それがヴィルには必要だった。
既に指示を飛ばしていた通りに、ライガの亡骸は回収出来ており、その身へディーラが魔法を注いでいる。ガハと血を吹き出したのは死後硬直の類ではない。
「ライガは……どうにかなりそうかな」
「……大丈夫、でも」
「私とライガは三十秒は動けないわ」
普通では無い、ヴィルですらもそう思える光景。
確かに死んだはずのライガ……それを蘇生させたのは他でもないディーラであり、その身を癒しているのは聖女のステラである。僥倖、援軍としては恵まれ過ぎた今の状況が只管に彼の中の勝機を煽り続けていく。
確実な勝利は無い、が、可能性は高いだろう。
ニヤリと割いた三日月に幼さ等は無く、戦場で生き長らえてきた彼の過去だけを表に出す。中でも目の前にいるエイリルは歴代でも最強の敵だと言っていい存在である。全ての手の内を晒した彼ですらも倒せない存在、確かにそれが目の前の巨人だった。誰かと重なるような夢幻……だからこそ、面白くて笑うのだ。
「チェックメイト……手は決まった」
本物ならば勝てない、その事実が鼓舞する。
そして、同時に放たれた指示に全員が少しばかり表情に見せてしまうが、咄嗟に頭を振って元に戻す。勝てる、倒せる……不思議と彼等の目の前に立つ少年は大きく見えてしまう。
騎士、そのような言葉が優しく思える剣と盾。
父を、家族を、仲間を、思うばかりに得た力は確かに彼の奥底に根を張っている。同時にフッと安堵の笑みを浮かべたノーグも自身の得物を右手に構え、左手に魔力の白い盾を作り出して見せた。
「聖騎士……君の心に打たれたよ」
「はぁ、うっぜ。後でぶんなぐってやるよ!」
「なら、活躍で示そうか!」
共鳴、それは狂気の力であった。
何故そのように呼ばれるのか、至って簡単な事である。人は感情に流され、多くの持ち合わせているものを無視する愚か者であるからだ。中でも相手の感情と力を引き継ぐ、そのスキルは多くの者を死に追いやってきた。
最初の記述は神話の中で、国興しの神と戦い。
次いで小国の幼子の想いを継いで母国と争い。
今は……勝てる訳のない災厄と殺し合うために力を解放してみせている。無謀、故にこうも美しく命の輝きを表に出せてしまうのだ。それは何もノーグだけではなく、ヴィルも同様である。
「我が名はヴィル。名も無き、騎士なり!」
「我が名はノーグ。友と剣を取る者なり!」
「良い……我が喰ろうてやろう!」
名乗りをあげたのは騎士としての常識からだ。
捨てた憧れ、それでもエイリルは彼を騎士と呼ぶ。同時に求めているのだ。守護者たる彼自身が騎士としての力を示すように訴えている。手を抜いて勝つ、出来なくは無いだろう。だが、それを騎士たる彼が許しはしない。
その意志に共鳴したノーグもまた、同様だ。
一瞬だけ苦々しく表情を歪ませはしたが、輝きを得た今の彼もまた騎士として戦闘の意思のみを表に出している。チラとノーグが向けた視線の先には固唾を飲む二人の仲間がいた。───同時に走り出して回復したエイリルの右足に剣を振るう。
「ほう! 斬るか!」
「斬らなきゃ何も始まらない、だろ」
斬撃と共に吹き出されたのは多量の血と魔素。
盾を構えた彼を否定する者は真の愚か者だろう。強烈な爆発が起こり、風圧に負けて大きく後退させられる。先程と同じ魔法陣が血の中に混ぜ込まれていたのだ。
その最中、右手に握られた棍棒がノーグに迫る。
土煙の影響で視界が取れないのは小さな彼等のみであった。天上から見えている光景、その優位性を持ってすれば土煙等は薄い煙幕程度にしかならず、的確に彼の上空から本気の一撃が向かっていた。
「なるほど……!」
「へぇ、分かっていたみたいだね」
「そりゃあ、そうだろうよ!」
俯いた首目掛けての二振りの斬撃が残る。
危険を察知したエイリルが動いた事で、斬撃は波模様のように両足の踵まで向かっていく。強烈な痛みが襲っているのだろう。ようやく、人間らしく表情を歪めたエイリルに対してヴィルは一つだけ指を弾いた。
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