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57話

 その風体にヴィル以外が畏怖を抱いた。

 初めての光景、ましてや、天の見えない上空の影響で離れた場所にいる巨人の姿が、優に百を超えるものにすら見えてしまうのだ。




「へぇ、さすがに硬いんだな」

「二度目、だな。蛮勇の騎士よ」

「恐悦至極、と返しておこうか!」


 十倍以上の敵目掛けて放たれた一閃。

 咄嗟とはいえ、天使相手にすら即死級の一撃であると自負した一撃は、いとも簡単に彼の皮膚という名の装甲に防がれてしまう。それがどれだけ士気を下げただろうか……いいや、そのような事実はどこにも残らない。


「なら! 俺達の事も覚えてもらおうか!」

「覚える価値があるのならば、と返そうか」


 二足歩行の狼、獣人と化したライアンの一撃。

 その一撃、もしくは言葉に対してだったのかもしれないが、確かに巨人はピクリと眉を動かしてみせる。獣人ならではの身体能力と動体視力、それらが無ければ確実に見えない仕草だっただろう。


「チッ、本当に硬いな!」

「そんな暇は無いぞ!」


 ライアンが意識を奪っている微かな隙。

 そこを狙ってライガとフウゴが巨人の右足に二つの斬撃を加えた。だが、それで傷がつく様子は無く、むしろ、邪魔くさそうに放たれた魔素から逃げるので精一杯である。追撃は不可能、近接もそう容易なものとは言えやしない……それは先にヴィルから話されていた事であった。


『前衛職には魔素を、後衛職には視線を向ける』


 奇しくも、その意味は今し方、知った。

 二人を守るために動いたルチアの独断行動、箒へ魔力を注いで作り出した三百の炎の槍が、フワと全て霧散してしまう。言葉通り、巨人の顔が動いただけ、その視線が矮小なルチアを、その周りにいる全員を視界に映しただけである。


 同時にヴィルの策の十数が消滅した。

 後衛に送られたディーラとルチアに求められていたのは一斉射撃である。それを起点として行うはずだった攻勢、その道筋は今の視線で全てが無駄となった。


 だが、尚、ヴィルは笑みを見せている。

 柵は潰れた……それは悪い点にのみ、目を向けた結果だろう。良い点に目を向ければ、多くの者達が自我を取り戻しているのだ。恐怖に蝕まれ、動けなくなっている者は誰一人としていない。


「おお! やるじゃねぇか!」

「奇特な者よ。悪くない手だな」


 一息、言葉通りに息を吐いただけである。

 ダンの構成した砂の槍が全て掻き消えてしまう。


「ありがと、よ!」

「ふむ……斬る、か」


 立てられた砂埃、全てが作戦のうちであった。

 不自然、そのように感じさせなかったのは彼の腕故だろう。だからこそ、巨人も感嘆の意を示してみせた。砂の中に混ぜ込まれた爆風を起こすだけの付与術式を至るところに残していたのだ。見抜かせぬようにと見せた圧倒の数千の槍……だが、得られた成果は横一文字の斬撃を与えただけである。




「───ッ! そうか!」

「チッ……悪い、スカったわ!」


 苦々しくギネが吐き捨てる。

 巨人の死角、それも十もの鎖を無尽蔵に空間魔法から放ったのだ。魔方陣等も行使しない本気での捕縛行動、とはいえ、そのような本気の行動ですらも同数の結界によって弾かれてしまう。最小、最挟の結界で防がれたという事実がギネの心を───抉る訳など少しも無かった。




「なんてな!」


 ピタと触れた巨大な右足、それが破裂する。

 魔力暴走……いいや、彼もまた、魔素の扱いを知る者であった。触れ合う事で知った事、親友、嫁、そして義理の息子(仮)……どれも大切に思うからこそ、学ぶために魔素を喰らい続けたのだ。


 パアと右の腕輪が輝くのと同時に槍が現れる。

 真なる槍、咄嗟に巨人も複数の結界を重ねるが無意味であった。ヴィルやダンと同等、そう過信しての守りは確かに巨人の心を弄んだ。故に決まってしまったのだ。───その両足を叩き潰す結果を招いてしまった。


「ガッ……! 卑怯な!」

「生憎と俺は騎士じゃなく戦士だからな!」


 向けられた視線、同時に魔方陣が弾かれる。

 同じ事……一目見て返せたのはギネの度量の他ならない。ヴィルですらも行えない、失われた技術を真似して見せたのだ。巨人が浮かれ、その口角を三日月に割かせて狂乱を身に受け、楽しんでみせた。


「良い覚悟……それでこそ、よ!」


 待ち侘びしは宵の闇、残るは仄かな香りのみ。

 振った剣は酷く遅い。だが、それに騙される者は一人もいなかった。剣よりも先に届いた風圧と火力は確かに彼等を後方に押し退け、巨人が雄叫びを上げるだけの余裕を持たせてしまう。美しき巨人の声が響き、同時に本物の上位精霊達が彼の勝利を願って広がり始める。


「我が名はエイリル! エルザスの最古の守護者なりや!」


 歌舞伎を切るかのような一つのポーズ。

 同時に見せたのは満面の笑みである。待ち望んでいたかのような顔にヴィルは、そしてえも知れぬ強敵を前にした面々は得物を構える。


「その我が認めよう! 貴君等は我が好敵手なり!」

「一番手は俺が貰うぜ!」


 求めていたライガの一撃がエイリルに決まる。

 その胴体は半分に裂け、確かな火力を示して見せた。最初から本戦闘等は望んでいない、誰も殺させないためのヴィルの作戦……隠していたアリアの歌と後衛のディーラ、そして次期聖女の力によるものである。


 軋む体、それでも兄としての威厳は保ちたい。

 無理やり体を動かし親指を立ててライガは笑う。


「はっ、この程度か。さすがに簡単だったな」

「あ、ああ……」


 誰がどう見ても勝利……胸騒ぎは止まない。

 魔素は消えた、魔力も消えた、巨人の姿すらも煙となって消えている。普通ならば喜んで勝利と共に抱き締めてきたライガへハグを返すだろう。だが、ヴィルは咄嗟に返してしまった。


「───待て!」


 救おうとしたヴィルの右手は届かない。

 目の前にいたはずの青年が、壁に叩き付けられ無惨にも死骸と化していた。

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