55話
「随分と、お熱いこったな」
白の角蛇の様子を見てライアンが呟く。
それが耳に入ったのか、ヴィルも少しばかり眉を顰めながら睨むように視線を向けた。少し頬が赤いのは周囲の人達の様子を見ての事だろう。イラと少し怪訝そうにしながら胸元に居た女性を離して口を開く。
「はぁ……ライアンさん、意地悪な事は言わないでください」
「独り身に見せ付けて来るのが悪いだろ」
その返事を聞いて尚更、ピキと筋を立てる。
女性の楽しませ方、幼い齢ながらに学んだのは目の前にいる男、ライアンが必要だからと教えたからに過ぎない。当然、今のシャロとアリアの表情からして間違った事では無かっただろう。それでも言われる通りはどこにも無かった。
「全部、貴方から教わった事でしたけど……?」
「おーおー、言うようになったな。色男が」
「どこぞをズタズタにされた人には言われたくないです」
軽蔑……だが、即座に溜め息を吐いて頭を搔く。
現に二人の女性に手を出した男、その時点で女遊びをしていないとは口が裂けても言えないのだ。もちろん、本当の意味での遊びの感情を抱いている訳ではない。ただ、当人の考える遊びの概念は当てはめる相手によって変わるものである。
「それで……贅沢な面々ですね。ライガさん一人ならまだしも、破邪の雷龍全員だなんて結構、かかったんじゃないですか」
「お前以外が言っていたなら、他の奴らに向かわせていた。だが、お前が言うって事は、攻略出来ない可能性があるからって事になる。ダンさんとギネさん、そこに白の角蛇が揃っているとなれば念を入れるだろ。それにな」
ライアンの視線が破邪の雷龍に向かった。
雷龍を倒せるだけの力を持つ強者四人、最高ランクの彼等ですらもヒヤリと汗を流す程の眼光である。中でもリーダーであるライガに向けられた圧はより重いものであった。百九十センチはある体躯が邪魔と思えてしまう程の恐怖が目の前にはあるのだ。その様子を見てライアンは大きな溜め息を吐いてヴィルに視線を戻す。
「ヴォルさんの……師匠からの頼みだからな」
「……そう、ですか。その割には教育に悪い事しか教えられた記憶がありませんけど?」
「こんな世界で生きていくためには必要な事だからな。男も女も扱いようだ。人を変えるのは難しいが扱い方は違う。曲げられない事を曲げるくらいなら駒として扱う術を得ればいいだけ、だろ」
境遇、それを知らなければ反感を買っただろう。
だが、今の場にいる者達には嫌という程に分かる事であった。生まれた国が、暮らしてきた国が徐々に徐々にとおかしくなっている事を……許せないからこそ、手を取りあっているのだ。咎められはしない、が、悪くなった空気に耐え切れなくなったのはライガだった。面倒そうに金の短い髪を強く掻いて口を開く。
「女ってのは怖いからな。お前だって怖くなかったらシャロとアリアにキスなんてしなかっただろ。まぁ、途中から情欲に負けていたみたいだけど」
「いえいえ、ダンさんとギネさん程では無いです」
「確かにさね! ウチのダンはもっとしつこいよ!」
「おい! なんで俺達の話になるんだ!」
ダンの睨みにヴィルは満面の笑みを返した。
今までの復讐……幼いから、寝ているからと夜な夜な近くで見せ付けていた行為への報復である。ライアンと出会う前ならばいざ知らず、歳を重ねた事で得られた知識から思い出される記憶は辱めと何ら変わりないのだ。それを与えていたのは先に名前を出した、もう一人の男である。
ジロリと向けられた視線にギネは顔を背けた。
同時に背中にいた女性の唇が頬へと当たり、予測していなかった事に二人は反対側へ顔を背けてしまう。甘い雰囲気、だが、どちらも大人であるからか、漏れ始めた情欲を吐き出した息と共に消し去ってしまった。そのまま、背負われた女性はヴィルへと視線を向けて勝ち誇ったように笑う。
「私の旦那様は……優しいからアレ程じゃないかな」
「加わらなくてもいいんだぞ、ディーラ」
「愛され自慢は……貴方の嫁としての特権だから」
抱き締める力が強くなり、ギネは頬を赤くした。
それを見て対抗意識を燃やしたのか、視線の外れた隙を狙ってジーナは横にいたダンの頬へキスをする。……如何せん、その後方にノーグが居なければ誰にも気が付かれていなかっただろう。それでも意図を汲んで、片目を閉じて人差し指を唇に付ける姿を見て、ジーナは静かにそれを堪能した。
「でも、ライガさんもよく時間が取れましたね」
「俺達にだって矜持はあるからな。話を聞いてすぐに騒ぎ始めたのはステラだし、フウゴは勝手に行こうとするし、ルチアは毎日のように御守りを作っていたんだぞ」
「あー……お疲れ様です」
その言葉には少しも他意が無かった。
白の角蛇、その名前を許したのは他でもないヴィル自身である。ノーグ達との関わりから得られた事が、手に入れられた感情は騎士だけに生きてきた幼い子供の心を潤したのだ。だが、もしも出会う順番が違ったなら……それはヴィルも、破邪の剣のどちらも感じている事だろう。
シャロとアリアの愛が恋人としてならば……破邪の雷龍の面々が持つ感情は弟へのそれである。取り出したネックレスに付けられたペンダント、中心にぶら下げられていたのは布で作られた御守りだった。騎士試験を合格出来るように、そんな願いを込められて作られた聖女の御守りである。
「それ……付けてよかったの」
「合格は、出来たからね。次の願いのために付けただけだよ。霊幻あらたかな御守りを付けないなんておかしな話だろ」
ルチアのベールから漏れた視線は輝いていた。
奪われただけ……彼は忘れていたのだ。合格する基準は満たしていたのだ、と。その事実があれば捨て去ったはずの神様にすらも、恥知らずに願いを伝える事が出来た。御守りを額に当てて静かに口を動かす。
───誰も死なずに攻略出来ますように、と。
「それじゃあ……駒は揃ったんだ。まずは戻って作戦会議にしよう。こんな辛気臭い場所で再会を祝うくらいなら、村に戻ってパァとやりたいでしょ」
ヴィルの言葉に全員が頷いた。
次回は明日の9時の予定です。
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