54話
※少しピンク系の表現があります。苦手な方は飛ばして頂けますと幸いです。
「あれ……なんで、皆がいるんだ……?」
ヴィルの姿を見た者達は咄嗟に得物を構えた。
本物か、偽物か……それ以前に視界に入れた瞬間に展開された数千にも上る氷の槍が、一瞬の内にノーグ達を囲んで展開される。その様子に焦って咄嗟に魔法を放ってしまったのは箒に乗った少女、ルチアであった。瞬間的にとはいえ、発動した数百の炎の矢はヴィルへと向かう。
それらが指を弾かれるのと同時に霧散する。
手は抜いていない……だからこそ、目の前の少年へ強い恐怖を抱いてしまった。即座に次の魔法を展開するために杖を振るおうとした時である。最初にノーグが走り出し、その少し後ろをシャロが着く。迫るノーグに合わせてヴィルは一つだけ溜め息を吐くと剣を振るった。
「やっぱり、本物か」
「酷いじゃないか! ヴィル!」
「本当にいつもいつも騒がしい奴だな」
ヴィルの一振、それは空を切るだけだった。
アリアの血魔法、振られた箇所だけを血へと変える事で少しも傷を負わずに居られたのだ。それだけ、だが、その後の動きが四人には互いに相手が本物である確証を与えた。ノーグはただヴィルを抱き締めようと飛んで攻撃の意思は見せず、対してヴィルはノーグの顔を掴んで抱き締めさせはしない。
「ん……元気そうで良かった」
「……心配かけちゃったね」
「帰ったら……返してくれたら許す」
空いた右脇、飛び付いたのはシャロであった。
今にも泣き出しそうな目元を無理やり縛って気丈に振る舞う姿、それを見てヴィルも強く後悔の念を抱いてしまう。偽物か、本物か……疑ってしまうような環境ではある。だが、自身の愛している女性を疑ってしまった事実が只管に気分の悪い事であった。
それは背中から抱き着く女性も同じである。
我慢が出来なかったのか、抱き着いた背中はしっとりと冷たく濡れ始めており、声も出さずに今ある感情をダムの中で塞き止めようと必死になっているのだ。高々、五日……だが、その五日間でどれだけの寂寥感を与えられるか等、同じく孤独を味わったヴィルには痛い程に分かる事であった。
「ちょっと、黙っていてくれ」
「グエッ……!」
ノーグを投げて尻もちを付かせる。
そのまま、ヴィルは二人の女性を振りほどくと強く抱き締めた。感触はとても柔らかく、鈴蘭の良い匂いが鼻腔の奥を擽っていく。久方振りの陽と月の光は明るい空間であろうとも彼の目を刺激し、乾き出す視界のために何度も瞬きを繰り返した。
「ごめん。また……約束破っちゃった」
「許しません、と言ったらどうしますか」
「その時は……許して貰えるように頑張るよ」
小さな胸の中で響いた、微かに震える声。
恐怖……それは互いに考えないようにしていた事であった。約束した事、それを違える等と誰もが出来ぬはずなのだ。だとしても、心の奥底に巣食う本物の恐怖は小さな油断の中に姿を表し、囁いてくる。───二度と逢えずに死ぬだろう、と。
奇跡、そのような言葉も生易しいものだろう。
何かが違えば死んでいた可能性があったのだ。ノーグ達が来れなければヴィルは一人で今いる階層の攻略を行う事となり、対してノーグ達がいなければヴィルを求めているエルザスの真意にすらも気が付けずにいたのである。そこまで複雑な考えは持たずとも……ただ喜びに身を任せているだけなのかもしれない。
「我儘を言わせてください。今はただ……」
「分かったよ」
アリアの口は塞がれ、言葉を紡げなかった。
絡んだ舌、ダラと垂れた互いの唾……枯れない熱情の糸は、それらを楽しむためだけのものでしかない。そのまま解放された唇へ、名残り惜しげに甘噛みをしたのは互いに、である。同時に少しばかり飛んだ理性に身を任せてヴィルは自身の頬を噛んで二度目のキスをした。感情が与えた甘い味わいは既に無く、ドロドロと二人が好む鉄の味だけが広がっていく。
十秒はそれを味わっていただろうか。
ゆっくりと離された唇は新しい標的を見つけたかのように左耳へと向かい噛み付き、中から漏れ出す彼女の心の味を堪能してから、最後に首元へキスをした。終わって直ぐに気恥しさを覚えた彼は咄嗟にアリアから視線を外してしまったが、返ってきたのは彼の首元へのキスだった。
「……これで、いいかな」
「仕方ないから許して差し上げますわ!」
「それなら良かったよ」
そう言って、アリアはヴィルから離れた。
軽く隣にいる少女へウインクをすると背中を押してニコリと微笑む。彼女の残した右側へのキスマークとは反対側の位置に唇が当たり、静かに、それでいて強く痕を残す。徐々に上がった物欲しそうな目に耐えられなくなったのはヴィルの方であった。
同じ作法……だが、味は別のものである。
互いの昂る感情が混ざり合った、好意と好意が重なり合うだけの生臭い味わい。普段ならば最悪だと笑っていたかもしれないそれが、何故だかヴィルには嫌なくらいに捨てられず、忘れたくない程に熱中させるものであった。
三十秒程度、そこでようやく唇が離れる。
漏れ出す感情は既に止まっており、それでも名残り惜しさからヴィルはシャロの右耳を噛んで、同じく首へキスをした。最後に強く抱き締めてから額にキスをする。忘れかけていた感情……流れ出した一滴のそれは生き方に背いていた事への贖罪なのかもしれない。
「ただいま。シャロ、アリア……それとノーグ」
「ヴィールー!」
「うっさい!」
飛び付いたノーグへ一蹴りが決まる。
くの字に折れ曲がり、腹を押さえる姿を見てブフとアリアが吹き出し、それに合わせてヴィルとシャロも笑ってしまう。その様子を一度だけ視界に映したノーグは態とらしく、小さな溜め息を吐いて微かに潤む視線をヴィルに向けた。
「ねぇ……やっぱり、僕の扱い酷くない……?」
「うるさいのが悪い、だろ」
「はぁ……そういう事にしておくよ」
ノーグは俯いて誰にも見せずに笑った。
次回は明日の9時の予定です。
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