51話
「ほら、これで到着よ」
「助かります、ルチアさん」
「はぁ……感謝は帰ってからにして。何倍にもして返してもらうから」
フワと浮きながら地面に降り立った面々。
五階層のボス部屋から降りて、どれだけの時間を浮いただろうか。初歩的な魔法である飛翔、とはいえ、自身の杖も含めて操作するには人数が多過ぎた。少しでも違えれば王城の五倍はある高さから落ちてしまうような状況である。例えるならばスカイツリーの最先端から……いいや、感覚で言えば、数分間は飛んだ気ですらいられる距離であった。
「やっぱり、常識外れ、ですね」
「ああ……これで死んでねぇヴィルもおかしいが」
「当然ですよ。だって、ヴィルなので」
ノーグの言葉に対して全員が首を縦に振る。
先に倒した天使、それですらも完勝出来たのは事前に得ていた情報をもとに、ヴィルと同じく戦略を立てるのに長けたノーグが時間をかけた事で倒せた存在なのだ。だが、それを抜きにして殆ど圧勝した存在が確かにいる。数手先を読んだ上で駒の扱いを上手く熟す存在がいたのだ。
とはいえ、ノーグとしては半分は冗談だった。
確かに戦闘員でも、軍略家としても優秀な存在ではあるが、そんな彼をダンジョンが求めていたのも事実である。彼を生かしたのは彼自身であり、同時にダンジョンでもあるのだ。だからこそ、半分は冗談でしかない。とはいえ、そんな事は今は些事たる事であった。
「……人の気配がありますね」
「ああ……おかしな話、とは言わないが」
暗闇……とは違った空間であった。
焚き火の後、上にあったランタンとは別の魔道具が周囲には散らばっている。微かに残った魔力を元手に弱い光を宿しており、少し前までは人がいた事を示していた。同時に落ちている木の食器や他の物達でダンとギネ、そしてジーナがホッと満面の笑みを見せる。
「俺の魔道具にダンの研石、それとジーナが作ってくれた残飯だな。どれもアイツしか持っている訳のない物だ」
「ああ……少し心配していたんだがな。やっぱり、アイツは父親の血を継いでいる。この大雑把さは母親似かもしれねぇがな」
「リイラの悪口はやめるさね。少なくともアンタらよりはマメな性格だったよ。それに」
「ええ、これは僕達が来ると分かっていて残していますからね。生存確認は互いに出来ていますから、来た時に目印となるように……じゃなきゃ、ヴィルは分かりやすく残しませんよ」
もしも、ここが普通のダンジョンだったら……。
その仮定があれば確実にヴィルは今みたいな物達を残しはしなかっただろう。冒険者だけが来るのであれば少しは安全を伝えるために、そのようにしたかもしれない。だが、後から来る者達が彼等の口にするような冒険者とは限らないのだ。
ダンジョン内での不審死は不問とする。
それは法律の中で記された一筆であった。何が起こるか分からないダンジョン、前日が通常通りだったからと言って、次の日も同じとは限らない神の土地とされる場所である。故に特別視されて付けられた文言は……多くの者達に悪用され続けてきたのだ。
最下層ならば盗賊、最上位なら王族が、である。
そのために、確かに後続へ安全を伝える残骸ですらも、上位の冒険者には残すかどうかは本人達に任せられていた。そして、単独で最上位ランクであるSに至ったヴィルは残すべきと判断しているという事実……それは生存と共に後続で来る者達が彼等だと判断した上で、進んでも問題無いと伝えてきているのだ。
「進みますか、それとも休みますか」
「聞くな。全て、お前に任せている」
「……なら、言わずもがな、ですよ」
呆れたようにノーグは全員に念話を飛ばした。
木漏れ日の差す扉の先、そこを進むための陣形に対しての指示である。オーソドックス、先程と変わりないものではあったが、ダンとギネの役割だけは違った。前衛に問題があった際の後詰、何かあった時の大切な役目を担っている。その重圧は誰よりも重いものだろう。少しだけ強ばったのを確かにノーグは視認した。
「二人だから、任せられるんです」
「はっ、言うじゃねぇか!」
「期待程度には答えてやるよ!」
その言葉がどれだけ嬉しかっただろうか。
ノーグ……確かに彼は出会った時から親近感が湧いていたのだ。だからこそ、軽い試しはあったものの気にもせずに近くに置いていた。それは今でようやく気が付ける程に無意識で行っていた事実である。彼の褒め言葉はヴィルのものであり、ヴィルの褒め言葉は二人の前を歩いていた……親友のものでもあった。
「少しだけ、作戦を変えてもいいか」
「……ギネさんが最善と思うなら、ですね」
「ああ、前衛を俺とダンが担う。遊撃をジーナとライアンにしろ。連携力という観点ならば破邪の雷龍の方が余っ程、上だからな」
それはギネらしくない言葉であった。
強さ、その渇望に呑まれていた彼ならば確実に強者を選別出来る先の作戦を喜んでいただろう。とはいえ、それら甘えが彼等を弱くしていたのも痛い程に実感していた。前に出るためならば、戦えるならば良いという考えのせいで守ろうとしていた者すらも失ってしまったのだ。
「この先……知っている威圧があるからな。前衛を張りながら敵の情報を探れる時間を稼げるのは俺達が適任だろう。守りならダンが、攻めや探知なら俺が秀でている」
「……そこに僕も入っていいなら、構いません」
「なる、ほど……ダンはどう思う」
「はぁ……ヴィルの代わりを担うなら、いない方がおかしな話だろ。ってか、俺をダシにするのはやめろ」
ぶっきらぼうな返答にギネは軽く笑った。
確かに、と思い出したのだ。ダンの性格であれば自身の不利益と感じた瞬間に、どれだけ進んでいた話であっても否定していた。その彼ですらもギネの言葉に対して何も返さずに見ていたのだ。それは遠回しにノーグの力を誰よりも認めているから、と言えた。
「なら、それで行こうか。遅れるなよ」
「ええ、今は制限がありませんから」
「そうかよ。なら、行くぞ」
三人の背、それを見てライアンは笑った。
過去の憧憬……強さに憧れた彼もまた、何かに焼かれた者達の一人であったのだ。だからこそ、その眼の先の景色を見て確信する。ヴィルを見初めて正解であった、と。
次回は明日の9時の予定です。
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