43話
「よし、休憩は終わりさね!」
「の割には……寝過ぎたんじゃねぇか」
「半日程度、ですよ。作戦を考えるのも伝えるのも時間がかかります。その程度の時間で死ぬのなら最初からパーティに迎えようとなんてしませんよ」
嫌味らしく言うノーグの頭をダンは強く撫でる。
緑部屋に入ってから計十二時間は休んだ。それはダンジョンに入ってから発動しているギネの魔道具である時計で分かる事であった。本来であれば早急に助けに行きたい状況……だが、休憩に入った彼等の体は正直であり、少ない者でも七時間は寝入ってしまったのだ。誰も咎める事は出来ないだろう。
「それが本音かよ。納得出来る話だな」
「当てられた、なんて聞いて受け入れてくれる人などは少ないですから。人を守りたいと思う心はあっても、自分すら守れない者ばかりが生き残る世界です。僕は誰よりも……」
幼い時から知っている大切な存在、家族である。
その視線の先のアリアはシャロやギネ、ディーラと話していて気が付いていない様子ではあったものの、そんな彼と話をしていたダンとジーナが気が付いていない訳も無かった。同じ気持ち、危険を冒してまで救いたい程に思う相手なのだ。考えは違えども、意識だけは誰もが共有していた。
「誰だって何かを守るために戦っているもんだ。その範囲が大きいか、小さいかの違いでしかねぇよ。問題は」
「背丈に合うかどうか……アイツによく言われましたよ。今の君なら確実に皆を殺す事になると。ですが、少しだけ、そう、少しだけ……今なら届く気がするんです」
背負う得物は過去よりも重くなっていた。
どれだけのものを持ち合わせただろうか、それらを守れるだけの力は手に入っただろうか……ノーグの頭の中にあるのはいつも悩み事ばかりであったのだ。未だに晴れる事のない苦しみや悲しみ、消しされない過去ばかりが彼の首を絞め続けていく。だが、それに悔やんでいられる程の余裕すらも持ち合わせられやしない。
「僕は全ての力を扱える事が強みです。それを使える時点で、そして手の内を晒した時点でサジタリウス如きに遅れを取ってはいられませんよ」
「さすがはSSランク試験を断った男だな」
「……欠けた状態で一時の名声を得ても意味が無いですからね。僕が見たいのは、知りたいのは彼と同じく弱き者が正当に守られる世界です。角蛇は死と再生を表す魔物……ただ、僕は……」
願い、その道は違えど、先は同じだった。
だからこそ、真意だけは口にする事を閉ざす。小さな彼なりの誇り、気恥しさの中ではその言葉の価値も落ちてしまう。ましてや、不思議と二人にはバレているような感覚すらあったのだ。小さく揺らめき輝く焚き火に甘えて一つだけ強く息を吸う。
「いえ、やめましょう。どうせ、勝てば話せる事でしかありません。こんな湿気た世界ではなく酔いに溢れた中で、愚かながらに平和を願って口にする方が余っ程、角蛇らしいでしょう」
「そうかい……まぁ、指示は任せてやるよ」
「ええ……絶対に救いましょう。ヴィルを!」
半日もの猶予、ただの時間の浪費な訳が無い。
食事を行い、作戦を組み立て、肉体の疲労すらも捨て去った今以上に万全な状況は無いだろう。ヴィルという最大の司令塔を失ったとはいえ、一度は体験した化け物を倒すためにと……対策を作り出していたのは他でも無い魔工技師である。
扉を軽く押した先に、それは立ち尽くしていた。
だが、その姿を見てノーグは目を細める。見間違いかと考えた彼の目はやはり同じ光景が映るばかりだった。暗闇の中にいたのは前回よりも一回り小さな三メートル程度の影があり、一つの大きな目が輝いている。それが分かった瞬間に大きな声で叫んだ。
「下がってください! 様子が変です!」
そんなノーグの隣を一人のジーナが歩いていく。
次いでギネとディーラが進み、その後方を着いていたダンが軽く彼の背中を押す。未だに定まらない覚悟、本当に戦うべきかも分からない中で視界の端に映ったのはアリアとシャロだった。小さな意地だ……それでもノーグは口を固く結んでジーナの隣まで進んだ。
「もういいのかい!」
「はい! 迷っていられる時間はありませんので!」
「なら、予定通り……初撃は貰うぞ!」
右腕を伸ばしたギネの手の先に魔法陣が現れる。
直径二メートル程度はあるそれを目の前にして徐々に徐々にランタンが灯り出す。だが、全てに火が灯るまで待つ程、ギネは優しくはなかった。一度だけ指を弾くのと同時に大きな槍が魔法陣から現れる。
「歪な楔!」
放出される槍を見てサジタリウスも構えた。
とはいえ、それを放てるだけ猶予などあるはずも無く、刺さるのと同時に四肢を地面へと固定させる。大弓を放とうと体を起こすために動いてみせるが、既に地面へ張り付けられた体はサジタリウスの意志とは別に機能してしまう。
機械音、サジタリウスの単眼が赤く輝いた。
瞬間、その目に二十もの苦無が貫く。痛みと衝撃に上半身が仰け反った耳に届いたのは……優しげな歌声である。賛美歌のような、それでいて鎮魂歌のような儚さのある声であった。同時に頭部が胴体から離れる。
「乱切り!」
離れた位置から投げられた巨大な出刃包丁。
それが首を落とすのを確認するとジーナは右腕を強く引く。呼応するかのように出刃包丁が刃を向けながらサジタリウスの背中から切り付け、上半身と下半身を分けてみせた。
「下がれ! 第二形態が来る!」
ノーグの叫び声に合わせて全員がダンの近くに向かう。来るであろう無遠慮な射撃の雨、それを予測しての防御膜を既にダンは張り終えていた。その行動を確認してから次の作戦へ移る……そんな予測とは裏腹に物事は進む。
「煙……になった……?」
「倒した、のか……いや!」
煙が濃縮されていくと輝きを宿し始めたのだ。
前回とは違った展開、何が起こるかも分からずに取れた行動は、得物を戻しながら固まる事だけであった。最悪な展開であっても良いように……そんな思いの中で満を持したかのように輝きは確かに全体を進み込んだ。
不思議な感覚、馬車酔いのような最悪な気持ち。
それは全員が体験した事のあるものである。空間魔法の一つである転移、確かに全員をどこかへと飛ばしているのだ。逸る気持ち、光の中でも見える仲間達の姿が余計に闘争心を高めさせる。
そんな彼等の視線の先にあったのは───
エルザスの入口と吸魔の鎖であった。
次回は明日の9時の予定です。
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