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38話

「この魔素は……確かに普通じゃないさね」

「これ、多分だけど……ダリアを越えているよ」


 ディーラの声に誰もが唾を飲んだ。

 ダリア、それは王国のダンジョン都市である。同様にバビリムのような明確に攻略が不可能とされているものの中で、最高峰のダンジョンとして名前を馳せているSランクの場所でもあった。その場には共に名前を挙げた誰もが行った事のある魔境である。


 ジーナは本当の意味での恐怖を肌で感じた。

 それとは別に他の者達は戻ってきた事への実感を今更ながらに感じたのだ。Sランクのダンジョン等が心の底から赤子の遊びのように思えてしまうような地獄のような世界、既に壊れた吸魔の鎖の影響で漏れ出してきていた魔素は確かな脅威でしかないのだ。


「当たり前だ。そうでも無ければ遅れは取らねぇ」


 憎々しげに呟くとダンはギネを見詰めた。

 その視線に気が付き、ハァと溜め息を吐くとギネは前回と同じように一人で神殿へと足を進める。瞬間的に感じたのは異様な気配、それは良い意味での事であった。漂っているはずの魔素の濃度が明らかに低いのである。


 ディーラ特性の退魔の香が理由ではない。

 明確に肌身を持って感じられてしまうのだ。落ちた先でヴィルの身に何かが起こっている、新しく取り出した鎖を一つだけ、突き刺して魔力を流し込む。その額からは幾つもの汗が流れ出し、何度も大きな溜め息を吐いていた。


「一先ず……改良版だ。これなら一週間は持つ」


 三分程度、経過してようやくギネは手を離した。

 吸魔の鎖の改良版、その素材は他でもない魔塞石をもととしたものであり、魔工技師ですら作り出すのにも半日をかけたものである。その扱い自体も通常のものよりも困難なもので、魔力の扱いに長けたギネですらも本来の能力の十分の一しか引き出せてはいない。


 それであっても確実に一週間は持つ性能。

 もしも、と、失敗していなかった時の事を考えてしまう。二本の吸魔の鎖であっても連結させる事の出来た化け物、彼ならば時間もかからずに魔道具の性能を十全に引き出せていたのだ。握られた拳には明確な自己嫌悪があった。美しい白の中で木々が閉ざした光達、少しでも注ぐ事を願うのはただのワガママなのだろう。


「行きましょう。ヴィルが、泣きだす前に」

「……そうだな! さっさと行かないとな!」


 気を使った、そんなのはギネにも分かっている。

 だとしても、向けるべき力の矛先を手にした事実が今は只管に嬉しかった。まだ死んだ訳では無いという事が、それが正しいのならば救えた後に鍛え直せばいいだけの事である。見失っていた自分は確かに木漏れ日の中に残っていたのだ。


「ノーグ、前衛は君に任せる。最悪はジーナがいるから考えたい時は任せていい。防御となれば俺とダンがいるからな。支援や攻撃魔法ならディーラがいる」

「ウザってぇ言い方だな! 要は安心して戦えって事だ!」


 素直になれないギネの背中をダンが強く叩く。

 最初は表情を歪めて視線を鋭くしたが口にした言葉と共に見せた横顔は、間違いなく共に過去の中で失ったものであったのだ。覚悟も理由も何もかもが今は二人共が取り戻せていた。だから、背中を強く叩き返してフイと顔を背けてみせる。


「安心も何も、信頼していますよ。背中を任せるのではなく共に命をかけるのですから……だからこそ、ここで約束してください」


 ササと風が吹き木々が揺れる。光が差し込む。

 互いに信頼し合う姿、それは幸福であった。だからこそ、守らなければいけなかった。ノーグが与えられた役職は何よりも重く大切であるのだ。過分な事だとは彼自身がよく分かっている。それでも鼓舞させなければいけない。共に戦う戦士達を、そして今にもプレッシャーに押し潰されそうな自分自身を……。




「死ぬ気で戦わない事、守るために戦うのは自由ですが最悪は捨てる気でいてください。それだけの覚悟があれば僕は皆様が死なないように指示を出すだけで済みますので」

「はっ! こりゃいい指揮官様だよ!」

「俺の弟子だ。不出来な訳がねぇだろ」

「ああ! まぁ! ボス部屋までは私達に任せな!」


 ヴィルなら何をするか、ただそれだけである。

 自分で理解しながらも捨てられなかった甘え、だとしても、今だけは残せていた事を素直に喜びたかった。よく知るからこそ、目の前の自分よりも腕の立つ者達が力を示すために鼓舞されていたのだ。


 二メートルはある出刃包丁、刃がキラと輝く。

 肩に担ぎ上げたのは他でもないジーナである。何も無い空間から取り出した得物、その時点で彼女も空間魔法を持っている事を理解出来た。そのままでは通る事すら難しいであろう状態、ジーナはチラと壁を見ると得物を一度だけ振るう。


「なんだい! 意外と脆いさね!」

「さ、さすがの馬鹿力……!」

「ダン……覚えておくさね。さて、どうするのかい」

「有り難く……進ませて頂きます。陣は説明通りに」


 強く吹き荒れた風は木漏れ日を強めさせた。

 最前衛に立つジーナ、その後ろをノーグが持つ。少し離れて中衛からはシャロが前を、後衛よりにダンが立っていた。そして更に離れて後衛、そこにはアリアを守るようにギネとディーラが隣同士で守るような陣形である。


 本来であれば伝えたくはなかっただろう。

 だが、アリアの力を伝えたのは彼女自身であった。地図に関しては前回の攻略で手にしていた現状、必要なのは敵を倒せるだけの戦力と共に回避するための力である。それはギネと等しくアリアにも求められた事であった。同時に誰よりも支援を得意とするのであれば負荷も大きくなる。


「ウグッ……!?」

「固くなりなさんなよ!」

「……はい!」


 腹へと決まったジーナの一撃、重かった。

 忘れかけていた目の前の事実……歴戦の冒険者であった彼女である。無闇矢鱈と人を殴るとはノーグも考えてはいない。ただ、思い出させたかったのだ。ヴィルですらも飲み込まれたエルザスという魔境、そして戦わなければいけない理由があるという事実が彼には、彼等にはある。


「さっさと救い出しましょう。我等の王子様をね」


 その声に皆が賛同し、足を進めた。

 強くなり続ける風が只管に木々を揺らし続けていた。

次回は明日の9時の予定です。

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