37話
「え……」
「何を惚けているんだ。アイツを救える事の対価だと思えば安いくらいだろ。これは別に作ろうと思えば簡単に手に入るものだが、ヴィルの命となれば同じ事は言えねぇ」
その想いは誰もが持っているものだった。
ヴィルという存在の大きさ、それは共に過ごしてきた者達であれば、誰もが持ってしまう巨大な感情と変わりない。強く強く、それでいて誰よりも脆いような見た目に合わない少年。その場にいる者達からすれば、いつの間にか、命を捨ててまで救いたいと思える程に大切なものとなっていた。
だからこそ、その得物の価値は大きく変わる。
自身を強くさせるための物、そんな身勝手な感情から只管に愛おしくて仕方の無い少年を救うための道具となった。普段であれば恭しくカーティシーでも行っていただろう。だが、両手でそれを包み込むと静かにホルダーを腰に回した。
「……はい! それならば喜んでお受け致します!」
「なら、これも前祝いって事にしようか。シャロ嬢もそれなら気にせずに受け取れるか」
「ん! 大切にする!」
腰に回したホルダーを一撫でして笑った。
そんな様子にダンとギネも頬を綻ばせる。二人の喜ぶ姿は紛れもなく年相応であった。幼いながらに知るべきではない世界を生きている者達、それでも心の底から喜ぶ姿は最初に得物を渡された時の弟子と変わりはしないのだ。
どこかで覚えていた迷い、当然の事である。
過去のように命を蔑ろに等、今の二人には出来ないのだ。一家の稼ぎ頭となっている今となっては安全に平和を楽しむ事しか出来やしない。そのせいなのであろうか、二人は確かに今までの自分達を恨んでいた。強さを追い求めていた昔のままであれば失う事が無かったのだ。
「と、忘れるところだった。ノーグにはこれをやるよ」
気持ちを切り替えるため、ただの言い訳だ。
二人へ見せた姿とは打って代わり、グイと鞘に収まった剣を押し付けるとそっぽを向いた。もう一人の弟子へ見せられる姿ではない、そんな師匠としての弱さでもある。それが分かるからこそ、静かに剣を背負うと軽く抜いて見せた。
「重いですが……とても、美しいですね」
煌びやかさ等ない、純粋なロングソード。
だが、抜いた刃先は美しく純白の輝きを持っていた。それと同時にダンの手によって描かれた刃文も浮かんでいる。ノーグもよく知る魔物、剣に絡み付くように描かれていたのは角蛇であった。振るうと分かる事は……妙な程に自身の手に馴染む事だろうか。
「それには、いや、それだけは何も付けていねぇ」
「……それが僕には必要なのですね」
「ああ、お前の力は……未知数だ。誰かではなく、お前が努力をする事で無限に力を手に入れられるだろう。だから、ただ、お前の魔力や手に馴染むようにしてやった」
それは触れた瞬間にノーグにも分かっていた。
成長する剣、王都にすらいない相手の成長に合わせて能力を発現する得物である。遠回しながらも新たに出来た弟子を思って口にした優しさは確かにノーグの心を温めた。静かに鞘へと戻すと強く髪を掻き上げて笑う。
「今回のリーダーは」
「お前だ。お前に任せてやる」
「……前衛が指揮とはおかしな話ですね」
傍から見れば揶揄っているように見えただろう。
だが、その目に宿った焔は誰かに消せるものではなく、奥の底にあるのは全てを救い切るという感情だけであった。それだけ分かればダンとギネからすれば良かった。覚悟もあり、ダンが認めるような存在を担ぐのは重くもあり、楽しみでもあるのだ。
「では、このまま」
「待つさね!」
一つの声が響いた。聞き馴染んだ声である。
チラと見えた視界の先には二人の女性がいた。他でもないダンとギネの妻である、ジーナとディーラである。同時に見た目も普通の物では無く、既に了承を得ていたのか同じ物を装備していた。
「事前に話しておいて欲しかったですね」
「しゃあねぇだろ。言って聞くなら止めている。それに俺達から見ても……二人は良い戦力になるからな」
「少なくとも、アタシはダンと殴りあって負けた事は無いさね。そうでも無ければバカタレの嫁なんて務まらないだろうし、あんなクソガキが産まれたりなんてしないよ」
「わ、私も……支援と魔法なら出来ますから!」
その言葉にノーグは静かに頷いて笑った。
単独でSSランクを達成した化け物と同様に、二人も揃って単独でBランクに達した存在なのである。それと同時にジーナの嫌味を直に受けたノーグには分かっていた。その強さは確かに今のダン達に近しいものだ、と。
「構いませんが……ヒナさんとキアラさんはどうするのですか。宴の時には何やらヒソヒソと計画を企てていたようですが」
「構いやしないさね。二人とも今は寝付いているよ。それと一緒に結界も張ってやった。逃げるなんて不可能だよ」
「私達で……多分、ギリギリな空間。それが分かるのに連れていくのは愚かだと思いますので……」
その目には母としての優しさが宿っていた。
大切だから連れていけない弱さ、俯くのすらも額に負った剣戟の痕を隠すためであったのだ。目敏く見付けてしまったからにはノーグが口にする事など決まっていた。過去に彼自身が大切な相棒とも言える程の親友に言われた事と同じ、人としての優しさである。
「なら、帰ったら優しく抱き締めないといけませんね。きっと、残された方達の想いだって並々ならないもののはずです。怒って怒られて、確かな幸せを味合わなければ割に合いませんから」
「おや、随分と色男だねぇ」
「戦力の前に、大切な友人ですから」
「そうかい……アンタになら、私達を預けられるよ」
ノーグに指示を任せる、それは正しかった。
誰よりも的確に指示を受けながら、全ての役職を成し遂げてきた彼の脳内は間違いなく、その場にいる誰よりもヴィルの考えを受け継いでいるのである。一番、身近で戦ってきた彼だからこそ、心を許しあえた仲だからこそ、その力は確かに彼の心の奥に傷を残していた。
「目標は、誰も死なずに攻略を終える事、以上だ」
その言葉に誰もが真面目な顔をして頷いた。
その目の奥にいたのはノーグではあるものの、確かにヴィルなのである。心の底から身を任せられる存在を重ねているのだ。それ以上の信頼など有りはしなかった。だから、ノーグは先陣を切ってダンジョンへと足を向ける。異様に照らし付ける陽の光は確かに彼等の道を露わにしていた。
次回は明日の9時の予定です。
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