34話
瞬間、ノーグが行ったのは血魔法であった。
薄く引き伸ばされた血の網が偽物のダンに触れるのと同時に割いていく。血網……触れた全てから生気を奪うという禁忌と呼ばれる理由の一つである。同時にその血液が凝縮されればされる程に固く鋭いものとなっていく。
殺す気……だが、闇雲に向かっては来ない。
そんな予測のもとに行った魔法は確かに全てのダンを砂へと変えてみせた。最初から偽物でしか攻撃をしていなかったという事実、同時に背後を取られた理由にも合点がいく。偽物に意識を向けさせている間に命を刈り取りに行く……とはいえ、その事実を知ったところで余計にノーグの頭を絡ませるばかりである。
戦闘力の差はあれども、偽物もダンであるのだ。
殺したところで新たに作られるダンは脅威以外の何物でもない。ましてや、血網を超えた瞬間に踏み込んだ足は化け物由来のもの。ステータスは低かろうと技術に関しては少しも違いは無い。その操作技術の高さは紛れもなく化け物の領域でしかない。
「……なるほど」
「終わり、だな」
下がって行った先、その背後にはダンがいた。
本物ではない……偽物のダンが三十はいるのだ。同時に前からも同数のそれらが向かって来ている状況下、言葉通りの終わりではあったもののノーグの表情に乱れはない。鼓動、その音だけが周囲に響き渡るだけの静かな空間でポタリポタリと雫が垂れる音だけが続く。
「一つだけ、貴方は間違えていました」
「……はぁん、そうかい」
薄ら笑いのノーグ、それがダンを興奮させた。
見間違いだと思っていた姿、初めて顔を見た時から似たような何かを感じ取ってしまったのだ。そして今では間違っていなかったと彼を確信させる。一瞬で様を変えた周囲は血魔法によるもの、同時に偽物全てを地面に平伏させたのも同様に血魔法であった。
「偽物は壊さなければ作れない……恐らくは事前に作っていた核を付与させる事で傀儡として操っていたのでしょう。そうでなければ今の彼等が砂にならないはずもありませんから」
「見破るとは見事だな。だが」
「ああ、忘れていました」
右手を弾く音が響く。同時に放たれたのは魔素。
咄嗟に戻ろうと砂をノーグに向けたが遅い。首元へと迫った刃は砂を叩き切り、確かにダンを僅か数ミリばかり跡を付けたのだ。同時に放たれていた魔素は全て霧散して何事も無かったかのような静けさばかりが残る。そんな様子に耐え兼ねてノーグは剣を下ろして手をヒラヒラとさせた。
「僕、嘘吐きなんですよ。最初から貴方がどこにいるかなんて分かっていました。ただ、純粋にタネが分かればどうとでもなる手品でしたから」
「たァー! バレバレとは恐れ入った! やっぱり俺も老いたもんだなぁ!」
「……貴方も大概、嘘吐きですね」
剣を鞘に戻した右手は即座に首へ向かった。
最初に見せた行動、その前までの様子は全て見抜いていたノーグであっても、恐怖を植え付けさせるために見せた本気の行動に関してだけは何も分からなかったのだ。単独SSランク達成者という肩書き、残された伝説を只管に身を持って味わえた事はただノーグにとって幸福であった。
「んで、強くなるためには、だったか」
「はい……あ、飲みながらにしましょう。こんなにも良いツマミを手にしたのです。月夜の下で話すのも乙ではありますが……どうせなら、今は貴方と飲み明かしたいんです」
「はっ、悪かねぇ話だな。いいぞ」
笑い合うと二人は同時に右指を弾いた。
二人の間に現れたのはサザと土が動き始めて二つの椅子とテーブルを作り出す。その上に幾つもの酒とツマミが並ぶとダンは満足そうに鼻を鳴らして目の前の席に座った。同様にノーグも席に座るとダンの前のコップに酒を注ぐ。
「いい。飲み明かすんだろ」
「……ありがとうございます」
「気にすんな、可愛い弟子みたいなもんだからな」
自身のコップに注ごうとするダンは手で制す。
無理やり、右手にあった酒瓶を奪い取るとノーグのコップへと並々に注いでみせた。その量に苦笑いを浮かべて口元を付けはしたが、喉を通った酒は別格とすらも感じられたのか、すぐに和らげてみせる。そんなノーグの顔を見てダンは一つだけ呼吸をしてから口を開く。
「お前、仲間を頼っていねぇか」
「何を……とは言いませんよ」
「そうか……俺達とは真逆な短所だ。だが、それは明確に強くなるための足枷となる。本来ならば一人で越えられる程度の段差に道具を求めているだけだからな」
単独でランクを与えられる意味、その重み。
何もダンやギネ、ヴィルは孤独故に単独でランクを上げた訳では無かった。誰も彼も強くなるための理由があったのだ。それには自分達の限界を身を持って理解したかった。だから、ダンは錬金術を極め、ギネは魔道具の扱いを極め、ヴィルは持てる全ての力を極めようとした。
「死ぬ気で戦わない奴がどこにいるんだよ」
「……そう、ですよね」
「一度でも誰かを守りたいと思ったのなら、それは既に一人の戦士だ。そこに男も女も、老いも若いも関係なんてねぇよ。あるとしたら」
只管に重く、背中から押し潰されそうな言葉達。
だが、それを語るダンの表情は柔らかかった。目が合い、続けるのに気恥しさを覚えたのか、逸らして一口だけ酒を口にする姿は優しい一人の男でしかない。そんな彼の右手がノーグの頭を強く掻き回す。
「先の未来を考えられるかどうかだ。俺達が結果を手にしているのは意味があって努力したからに過ぎねぇ。意味のねぇ努力は自己満足だからな」
「僕は……僕達は果たして……」
「そこだ。人としての強さを求めるなら道具に、環境に頼ろうとする甘えを捨てろ。世界は俺のために回っている訳じゃねぇ。全ての人を引っ括めて回っているんだからな。ちいせぇ偏見なんかで留まってくれる程、優しくなんてねぇよ」
違い、もしも、その例えを残したままならば。
ノーグは分かっていた。目の前の単独でランクを与えられた者達の考え方は世界が回るだけの状態を望んで等いないのだ。むしろ、それらを自由に回せるだけの力を手にするために命を燃料に焔を燃やしている。
「それとな、高い壁を見過ぎだ。お前達が俺達やヴィルを見て弱いなんて当たり前の事だろ。んな事よりも、越えられそうな相手を見つけて比べた方がいい。人生なんて越えて、越えられての繰り返しでしかねぇよ」
右腕を伸ばし、額を強く弾くと酒に口を付けた。
ダンの喉元を通ったのは薄汚い感情、口にした事が何も正しかったとは彼も思ってはいない。一つの意見であって経験則である。自身を、親友を否定してきた者達を超えるために培った力への冒涜であったかもしれない。だが、少なくともダンには今のノーグに必要な事のように感じた。
「気持ちがなきゃ人は動けねぇ、動く気がなけりゃ気持ちは湧かねぇ。才能の有無なんて動かなきゃ分からねぇんだ。とりあえず、やってみろ。分かんねぇ事は前を歩いている奴等が教えるだろ」
「つまり、ダンさんが僕に教えてくれる、と」
「お前も立派な俺の弟子だろ。それで十分だ」
ツマミの中心に置かれた混ざり物を口にする。
不思議な味わい。だが、やはり、彼はその味を嫌いにはなれなかった。どれも美味しいが……確かに彼も好んだのは中心の混ざり物である。チラと見た月夜には幾つもの星々が輝いていた。不思議と見離せない魅力がそこにはあり、同時に幾つもの後悔を月光が露わにして行く。
「今頃、アイツ……何してんだろうな」
ダンの微かな声が月の下、響いた。
次回は明日の9時の予定です。
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