33話
「強さを求めるなら覚悟を見せろ」
右手で剣を振り下ろすと共に土が変形する。
ダンジョン内であれば……そんな前提があったならノーグにも納得出来たのだ。空間魔法から出した特性の砂鉄を混ぜ込んだ土による攻撃、それが今は普通の土すらも手足の如く蠢かせている。少しも馬鹿にしたつもりはなかった。だが、そのような考えこそが甘えでしか無かったのだ。
蠢、蠢き、蠢き続けている土の束達。
群れを成すかのように宙にて幅を利かせる姿は偏に化け物そのものである。それと同時にフワと浮き出す姿は神の力と感じても仕方の無い事であろう。何故なら、それはヴィルが得意とする飛翔とは別の技であったのだ。
「何を驚く必要がある。俺もギネも、ヴィルだって似たような事が出来るんだぞ。単体で冒険者ランクを与えられる俺達が、パーティ相手にどうこうと出来ない訳が無いだろ。理不尽故に単独でもランクを与えられるんだ」
単独でランクを与えられるという意味。
それは受けるランクに到れる冒険者とは一線を画しているものである。下位であれば剣や魔法への理解が高い前提のもとで、出来る者も少なくないだろう。だが、中級とされるCランクより上の試験となれば話が変わってしまうのだ。
中でも上位となるSランク以上は別格である。
Sランク冒険者パーティ、その比率は全体の一パーセントにすらも満たないレベルだ。そんな上澄みが連携を兼ね備えたパーティを相手に出来る存在、それがヴィルのような単独達成者である。そしてより上位となるダンの力は……傍から見れば暴力と何ら変わりなかった。
剣を構えるのと同時に起こったのは土の雨。
まるで、サジタリウスを相手にしているかのような脅威を前にノーグは咄嗟に地面へ手を当てる。そのイメージにあったのはヴィルのような一瞬で巨大な土壁を立てる魔法であったが、実際は人一人がようやく守れるかどうかの土壁でしか無かった。
無数に放たれる土の槍、それを守るだけの力。
ノーグには分かってはいなかったが、ダンはその異様さを痛い程に理解した。共鳴とは名ばかりの単独でSランクに到れるだけのポテンシャルが確かにあるのだ。そして一瞬の意識を背けている隙間、そこをノーグは突く。
「さすがに! ですか!」
「悪くはない判断だ。判断……は、な」
距離を詰めたノーグの一振をダンは弾いた。
右手にある片手剣、本来であれば土による弾きが最高の行動であった。それが出来なかったのはノーグの瞬発的な判断と能力の高さからである。下手をすれば自身の首を取りかねないという恐怖、確かにダンは無意識的に一番の頼りとなる力を使ってしまったのだ。
自身の剣、それは何ものにも変え難い力である。
土を切られようと、鉄を破壊されようと、その装甲を壊されようとも剣があればどうにか出来ていたのだ。そんな最大の手を使わざるを得なかった現状はダンの表情を笑みで満たし、ノーグはそれを見て焦りの表情へと変化させる。
地面すらも変化させる程の強大な力。
魔法やスキル等と容易に口に出来る程の技術では決して無いのだ。剣も錬金術も、全てにおいて四肢と何ら変わりなく操れるだけの力量、そして明確に剣の腕だけはノーグですらも勝てないと思わせる程の一撃であった。だが、そのような弱さに甘えられる程の余裕は残ってはいない。
「少しばかり、本気を出してやろう」
ヴィルを模したかのように左指で音を鳴らす。
同時にダンの姿が消えていき、新たに複数の彼の姿が現れる行動であった。まるでシャロの分身と似たような行動ではあったが、最前で突っ込んできた一人を切った感覚は空である。その時点で偽物である事は容易に想像出来る事であった。
幻影、ダンに見える何かでしかないのだ。
ホログラムのように映る姿は本物と少しも違いはしなかった。向かってきたダンを切り続けるだけの行動、だが、その度に胴を露わにし、土の槍が向かってくる連続である。どうにか作り出した土の壁で防げてはいるものの、それも時間の問題でしかなかった。
「ッ……!」
一本の槍が土壁を貫き、ノーグの頬を掠める。
土というよりは砂鉄が多く混ざった鉱石の槍であった。同じ行動を取ると判断してのフェイク、土の槍での攻撃はノーグの反応を伺うための手段でしかない。本来であれば殺せたというのに頬に一筋の傷を作るだけに留めたのだ。最初からノーグの力を測るための行動である事は目に見えている事であった。
「その目……なるほど、悪かねぇな」
「なら、教えて頂けますか」
「まだ、だな。お前はまだ何も見せていない」
見透かされた行動、首へ冷たい感触が伝わる。
背後に回っていたダン、今の今までノーグには少しも察する事が出来なかったのだ。本当の意味での格の違い、目の前で見せ付けられた力にノーグの額には冷や汗が流れ始める。それと同時に生と死の狭間にいる感覚が彼を襲う。生き残るためにはどうするべきなのか、そんな事ばかりが頭に過ぎっては消えていく。
「殺す気で来い。じゃなきゃ───勝てねぇぞ」
「……ええ、お借りすると言いましたものね!」
左手を顔前に翳すのと同時に親指で小指を切る。
ダラリと流れ落ちた血液は地面へと落ちる事は無く、ただ首の横に置かれた刃を弾いて見せた。禁忌とも呼べる血魔法への躊躇いが彼自身、無いとは決して言えない。強力無比な代償として奪われる物が重た過ぎるのだ。ましてや、その精神は徐々に徐々に暗闇へと押し込まれていく。
『その程度かよ。アホタレ』
小さく耳元で囁かれたような聞き馴染んだ声。
守ると決めたのである、共に戦うと決めたのである……そんな存在を一人にさせてしまったという事実が只管にノーグには不条理に感じた。それらに打ち勝つためには力が必要である。既に暗闇な世界の中で何が黒を深くさせるというのか。
「共鳴、今だけは本来の力を見せるとしましょう」
「そうだ。それが必要なんだよ」
再度、ダンが増え、ノーグに詰めていく。
血による刃によって後方から攻撃を受けようと返す手立てはあった。……そんな彼の手に伝わった感触は確かに人を切ったというもの。血などは出てはいないが何かを切ったという感覚だけは手へと伝わった。
「……悪趣味ですね」
「あー? 高々、ニセモンだろ。それに今更な話だ」
目の前にあったのは砂鉄の混ぜ込まれた人形。
ザラリと崩れていく様を見れば切っても問題は無かったと理解出来た。そう、理解は出来たのだが小さな恐怖が彼を襲う。もしも、今のが本物のダンであったならば……等と甘えた考えが湧いてきてしまうのだ。そんな彼を見てダンは強烈な威圧をノーグへとぶつけた。
「覚悟のねぇ奴は弱ぇからな。強くなるって言うのなら覚悟は持たねぇといけねぇ。誰にも負けないようにと心の底から定めなければ、他者から教えを乞う資格なんてねぇからな。それが例え、相手を殺す事になろうとも、だ」
「そう、ですか……」
微かに漏れ出た声、同時にダンの首が飛ぶ。
サラサラと砂になって崩れていく様子から、やはり偽物だったと小さく溜め息を吐き、ノーグは剣を構え直した。最初に見せた行動、剣での対応が無い時点で切ったところで偽物である。小さな安堵感と確かな感覚を手に残し、その目に光を宿してみせた。
「貴方を殺します。覚悟は出来ていますか」
「とっくに出来てるよ。教えると決めた時からな」
そんな言葉と共にダンの数が三十にも増えた。
次回は明日の9時の予定です。
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