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30話

「おい、帰ったぞ」

「随分な言い方さね。後で」

「んな暇はねぇからな。ヘマこいた。ヴィルがダンジョンに取り残されちまったんだ」


 家へ入ってすぐ、ジーナは寝転んでいた。

 探索の準備を終えて久方振りの休息に耽っていた重要な時間、そんな時を奪うような不快な声が響いたのだ。ダンを睨むのも仕方の無い事だろう。だが、そんな彼女の目はダンの言葉によって違う意味で鋭くなった。


「アンタ……今、何を言っているのか」

「分かっている。だから、助けるための用意を整えてるんだ。良くも悪くも必要なものは先の戦いで学んだからな」

「……そうかい。文句は後で言う事にするよ」


 珍しく真面目なダンの表情である。

 そんな顔は長い付き合いであるジーナですら見た回数は少ない。どのような危機的な状況であろうとも前線に飛び出たがるような馬鹿、だというのに、今の表情からして少しも意地やプライドといったものは感じられなかった。


「随分と余裕そうさね」

「嫌なくらいに取り乱したからな。冷静でいてくれる奴らがいなければ……とっくに死んでる」


 ジーナなりの嫌味、ダンは真剣に受け止めた。

 少なくとも、彼にとって信頼の出来る仲間達が後ろにいるのだ。そして、そんな事は真正面から只管に真っ直ぐな視線を向ける顔を見て、ジーナには痛い程に理解出来てしまう。その目は……見た事があるからである。


「それで……何をしたらいいさね」

「悪ぃがヒナと一緒に薬草の採取に行ってくれ。出来れば鉱石も欲しいが……まぁ、そこは在庫があるから出来ればでいい」

「あいよ……それと次の探索のための食事だね。何人分、何日分、どれだけ欲しいんだい」


 ジーナの言葉にダンは即座に返せなかった。

 作戦会議、当たり前の事すら未だに出来ていないのだ。咄嗟に浮かんだのはヴィルが鳩を飛ばしていたという事実である。少なくとも何もせずに終わりという手はギルドとしても取らないだろう、そう考える事は出来た。だが、どちらにしても不確定な情報に変わりは無い。


「ヴィルがギルドに救援要請を出しているからな。あるに越した事はねぇだろうよ。とはいえ、いつまでも待っている訳にはいかねぇ」

「魔道具の整備なら二日もあれば終えられる。二日間で出来る限りの事をして欲しい、だと問題ないか」

「構わないさね。にしても、ギルドの援軍かい」


 ジーナの懐疑的な視線に何も返せなかった。

 確かに冒険者ギルドは冒険者を統括する場所ではある。だが、細かく表すのであれば、国が会社であるとすれば、ギルドは組合であった。多くの国という名の会社の中で、共通して冒険者の権利を擁護するのが冒険者ギルドの役割である。即ち、最終的な決定権は個人に委ねられてしまう。


 もしも、正直にヴィルが文章を送ったならば。

 その時には大々的にギルドは動くだろう。それは裏を返せば国に情報が漏れる事でもある。だが、今回の問題が起こる前に送った鳩である時点で彼が手を焼くような内容を書いている訳も無かった。それが分かるからこそ、ノーグは口を開いた。


「ヴィルが出すのです。恐らくはライアンさんが大事ととってランクの高い者達を集めるでしょう。最低でもSランクパーティ……良くてSSランクパーティでしょうね。今はSSSランクパーティなんて自由に動けないと思いますし」

「ん……来れて破邪の雷龍くらいだと思う。だけど、来る前に依頼を受けていたから……」

「まぁ、援軍には期待出来ねぇってこったろ。そんな事は最初から分かっていた事だ。んな余裕があるのなら、お前達だけを寄越したりなんてしねぇ」


 SSSランク冒険者パーティ、破邪の雷龍。

 王国で一番、有名な冒険者パーティとは、等と聞かれれば最初に名前が上がる存在である。名前の由来となった雷龍は以前、季節龍と呼ばれる程の災厄であった。四季の中で冬にのみ、王国にある山々を根城として休息に入る化け物である。


 そんな存在が不意に王都へ侵攻した事があった。

 十年ほど昔の話、その侵攻において前線を張ったのは他でもない彼等である。王都への侵攻という事もあり、逃げ場を失った騎士や兵士が多く死に聖騎士すらも過半数が深い傷を負った。その中で戦い切ったのは当時、SSランクパーティ破邪の剣と名乗っていた彼等とライアン達数名である。


 倒した名誉、言い逃れの出来ない功績。

 それらから素材全てが彼等の物となり、四人の四肢の何れかに雷龍の防具を付ける事をトレードマークとしていた。その強さや噂から心のどこかで来てくれる事を願いはするが……シャロの頭に過ぎった援軍は違う存在である。強い事が分かっているとはいえ、SSSランクパーティと差を感じてしまうのは仕方の無い事だろう。


「とりあえず、全てにおいて余裕が無いという事だけは分かったよ。やるのから徹底的にやらないと被害が増えるだけさね」

「冒険者の鉄則……まさか、破る事になるとは」

「お兄様はいつも破っているので問題ありません」

「ねぇ! だから! 僕の扱い!」


 ノーグの優しさは一瞬で全員に伝わった。

 剣呑な雰囲気を察しての言動、夫婦漫才に近しい連携に最初に失笑したのはジーナである。ただの優しい青年、彼女の目には正しく映ってくれたのだ。それを見てダンが笑みを零し、ギネが笑顔を見せて全体に笑い声が響く。


 本来であれば、間違った作戦ではあるのだ。

 冒険者の鉄則の中に『一度、失敗した探索に対して無闇に戦力を割いてはいけない』といったものがあった。今回であればヴィルを失った時点で探索は失敗、必要な戦力が揃ってから向かうのが定石となる。……そんな当たり前の事実は誰もが分かっている事であった。


 それがヴィルでなければ、彼等もそうしている。

 ダンやギネであればどうにかなると、白の角蛇の誰かであればヴィルを中核として、彼の力で作戦を正しく組み立てられたのだ。だが、助けられるだけの力を持つ最高の核を失った今は全く持って別の話である。


「ヒナ、今からディーラのもとに行くよ! 急用さね! 来ないなら置いていくよ!」

「わ、分かった!」


 ダンを押し退け、ジーナが外へと出ていく。

 その後ろをトテトテとヒナが着いて行った。そんな姿をただただ、ダンは悲しげに見詰める。本当であれば起こる事の無かったであろう現状……何時からか、気が付かない内に迫ってきていた老いと甘えは目に見えて彼等を弱らせていたのだ。


 だが、そのような弱音を吐ける暇は無い。

 ドサと決まった位置に腰を据えると手招きして全員へ座るように誘導する。その目は既に弱さが抜けており、ただ守りたい者だけを映している。そのような目を見て全員がコクリと小さく頷いて適当な位置で腰掛けた。


「さて、空いたな。ここからは……作戦会議だ」

次回は明日の9時の予定です。

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