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29話

「はぁはぁ……ここは……?」


 弱々しいダンの声が周囲に響いた。

 見慣れた空、真っ青に済んでおり美しい太陽が光を浴びせている。チラと視界の端には森が見えており、焦ったように四方を見渡して確信した。その場はダンジョンではないのだ。見渡した時に見えた仲間達、だが、やはり、記憶は偽物では無かったために大切な弟子の顔はそこにはいない。


「ッ……!」

「待て!」


 不意に走り出そうとしたダンをギネが止める。

 誰よりも強く、誰よりも硬い体は背後から止められようともズサリズサリと前へ進み始めていた。だが、それはもう不可能な事である。その前方を一人の青年が阻み、前後のどちら共に止められたからである。


「離せ! 離せ離せ! 中にはまだヴィルが!」

「分かってる! だから! 一人で行こうとするな!」

「うるさい! お前は! 不安じゃねぇのかよ!」

「不安に決まっている! だからこそ! 確実に助けねぇといけねぇだろうが! お前の方が馬鹿じゃねぇのかよ! 俺が! 俺が! 少しも……ッ!」


 背後から聞こえた親友の啜り泣く声。

 それによって少しずつ彼の瞳から曇りが抜けていく。大切に思う少年、それと同様に共に死線を潜り抜けてきた友の声は震えているのだ。そんな声は四度しか聞いた事がない。一度目は婚約した時に、二度目は自身の娘が生まれた時に、三度目はヴォルとダンの子息が生まれた時に……そして最後に親友とその嫁が死んだ時だけである。


「……悪ぃ、不安なのは皆もだよな」

「分かったならいい。心配させんな、馬鹿野郎」

「お前もだろ。互いに老けたもんだな」


 両の拳を突き出した姿、確かな幻影がいた。

 大切な二人の弟子、後衛を任されながらも最前線に出るような愚か者であった。それでありながら剣も盾も魔法の腕すらも二人を超えるような本物の化け物である。そんな彼が確かに口にしたような気がしたのだ。


『どうか、俺の馬鹿息子を頼むよ』


 そんな姿を見て無駄死には出来るのだろうか。

 いいや、そんな事は出来やしないのだ。任されたからには救ってでも死ぬ。生き残ってクシャクシャな馬鹿弟子を抱き締めなければいけなかった。そのためには揃えなければいけないものが多過ぎるのだ。一度の探索で嫌という程に感じたのはヴィルの大きさだけである。


「意地張るのをやめるぞ。俺は中衛を、お前は後衛をやれ。前衛はノーグに任せる。シャロがアリアを守れば後は道具次第だ」

「……その通りだな。少しばかり、俺達はヴィルに任せ過ぎたみたいだ。本当なら幾らでも使える魔道具があったっていうのに……チッ!」


 先に何があるか分からない、ただの恐れである。

 SSランク単独達成者、そんな二人が確かに恐怖に飲まれていたのだ。表に出なかったのは易々と攻略を進めさせてくれる少年の存在、次からは無いままに向かわなければいけないのである。だが、それは二人の瞳を確かな獣へと変化させていく。


「申し訳ありませんが……こんな場所で作戦会議はやめておきましょう。今だって森の中、シャロが敵を狩るのは容易ではありますが安心して話なんて出来ませんから」

「随分と……余裕そうだな」

「ええ、信頼しているので。それに……」


 左手の小指を摩って静かな笑みを零す。

 見えないように、と隠匿しているリングの存在、それが確かに伝えてくれるのだ。生きているから安心して迎えに来い等と傲慢な物言いでノーグ達へ教えてくれる。同時に彼等は彼等で本当の意味での獣を心の底から信頼していた。


「生きていますよ。私達は繋がっています。死んでいたならば互いに分かりますし……死んでいないならアイツが遅れるわけもない」

「はは、違ぇねぇ! アイツはバケモンだからな!」


 ノーグの目、そして奥の少女達の目から察した。

 誰もが恐怖に飲まれていないのだ。むしろ、恐れを抱いていたのは三人よりも強いはずの自分達、そこまで考えが至った瞬間に只管な高揚だけがダンの心を襲う。自分の弟子が選んだ者達も確かに似たような者達であったのだ。だからこそ、その目には確かな光が宿る。


「一度、帰るぞ……少し手荒だが許せや」


 今、必要な事は次の探索のための準備であった。

 早急な攻略、それが前提ではあるとはいえ、長期的に続く可能性は否めやしない。消費した食事は一日分、六日は問題なく腹を完全に満たせるとしても足りているとは到底、口に出来はしなかった。


 両の手を地面に当てると瞬間的に隆起する。

 ドッと盛り出した土は彼等がいた地面だけを空中へと放り出し、瞬時に円形の姿へと変形した。転移とまでは行かずとも数時間はかかるであろう距離を二分で届かせてみせた。とはいえ、それは傍から見れば、の話である。


「お前……少しは……俺達の事を考えろ……!」

「これが……ふふ、ヴィルも苦労を……うぷ……」

「ヴィル様……私は、ここま、オロロロロ」

「ん……まだ甘いね」


 村の中心に降りた時には四種四様な姿が現れた。

 一人はダンの胸ぐらを掴み、一人は家の壁に手を当てて青白くさせ、一人は肥溜めの中に乙女が見せてはいけない様を晒している。その中で表情すら変えていないのは一人の少女と、その悲惨な様を作り出した男のみである。


「しゃあねぇだろ。それもこれも、お前が転移を使えねぇのが悪ぃからな!」

「使えるわ! 燃費が悪いだけだわ! 間違えんな!」

「ここぞという時に使えねぇと意味ねぇんだよ。それに今は先にしねぇといけない事があるだろ」


 ダンの言葉にギネは大きな溜め息を吐いた。

 イラつきはある、ムカついてすらいる……それでも確かに今は救わなければいけない存在がいる。そして同様の目をダンはしていたのだ。ギネが求めている事を彼は成し遂げようとしている。意地でも意志を曲げなかったダンが本気で怒りに身を染めているのだ。


 先に家へと戻る姿にギネ達も着いていく。

 既に村人達が集まり始め、何かを口にしていたが話していられるだけの余裕は無かった。どれだけ体調に不良があろうとも頭に残るのは一人で戦っているであろう、大切な少年の姿である。目の前で起きた光景を成し遂げるため、絶望に抗うために戦士達は目を煌々と輝かせるのである。

次回は明日の9時の予定です。

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