2話
「こんなものしか出せなくてすまないね。帰ってくると分かっていれば用意のしようもあったんだけど」
「ごめんなさい。色々と理由があったんだ」
「だろうね。誰もヴィルが帰ってくるなんて思ってもいなかったくらいだ。……詳しい話は食べながらしようかい。腕によりをかけたっていうのに冷めてしまったら勿体無い」
大きな円形のテーブルの上には多くの食事が並べられていた。焼き魚にたくあん、味噌汁、白米……そのどれもが王都では食べられなかったモノ達だ。産まれた時から慣れ親しんできた食事達、静かに両手を合わせて呟く。
「いただきます」
幼い時から厳しく両親から教えられた言葉。
命を頂く事への感謝、習慣化しただけの行為ではあった。王都にすらも無かった習慣であったからこそ、必要性について考えた時だってある。それでも今となっては続けてきてよかった、とすら思えた。
テーブルにある箸で器用に魚を取り分けると白米に乗せて一口分だけ放り込む。白米の微かな甘みが魚と合わさり、口内を旨味だけで充満させていった。ただ静かに俯きながら食事を楽しむ姿に空気を読んでか、誰も話しかけはしない。
「お兄ちゃん、泣いてるの」
いいや、幼い子が容易に出来る芸当ではない。
隠していた事が露見するという事は思春期の、剰え、一人前の兵士として前線を張ってきたという誇りを持つヴィルには気恥しさだけを与える。自分より幼い子供のした事と笑うだけ……それにヴィルには分かっていた。
「ごめん。辛気臭かったね」
「そうさね、せっかくのヴィルの里帰り記念だというのに食事が不味くなるところだったよ。そんなに悩んでいたのならさっさと話してしまいな。小さい事を気にする穴の小さい野郎はここには居やしないよ」
「だね。なら……どこから話そうかな」
過去に起こった事を嘆いている時間は無い。
今はただ前を向くための用意を整えるだけ、だからこそ、冒険者ギルドからも脱退まではせずに休業として王都から出ていた。それだけで自身を陥れてきた貴族達には十分な牽制になる。そこまで考えが至ってヴィルは口を大きく開いた。
「僕が冒険者になった理由、からかな」
「強くなるためじゃないのか」
「それなら、ならない方が効率的だよ」
ヴィルは分かりやすくダンの言葉を否定した。
村を出た頃から自分の考えだけは容易に曲げようとしなかった頑固者だ。村を出る事すらも半ば強引に行う程の存在でもある。大体の事は柔和に取り入れはするものの、確固たる理由があるヴィルへの半端な感想は同様に否定と変わりない。
「知らなかったんだ。僕は……騎士というものは父さんのように人を守る存在だと思っていたから。だけど、そんな幻想は何処にもありはしなかったよ」
「当たり前だ。今の騎士なんて形骸化した保身の道具でしかないからな」
「皆が僕に教えなかったのは夢を壊させたくなかったからだったんだね。本当に……色々と嫌な思いをしてきたよ」
二年に満たない短い期間を王都で過ごした。
だが、その脳裏に過ぎる事はとても濃く、表情を曇らせるようなものでもある。嫌な感覚は村へ来る途中から感じてはいたのだ。盗賊が近場の集落を襲っていた時に駐在していた騎士は、いの一番に逃げ出していた。対応したのは他でもない幼いヴィルである。
一人では全員を守り切れない状況下。
そこへ救援に入ったのは集落に宿泊していた冒険者だった。斥候を任されていた存在がいたからこそ、近場で探索をしていた冒険者達から援助を受ける事だって出来た。計十名、少ない人数で名のある盗賊五十名を死者無く討伐したのだ。
だが、現実は酷く無情だった。
『こんな子供が救った等と誰が信じるか』
後処理で来た騎士達が成果を奪っていった。
ステータスカード等の討伐証明品に関しては頭の回らない騎士達に奪われる事が無かったものの、討伐したという結果だけを冒険者から奪って今ものうのうと私腹を肥やしている。そんな事が一度や二度では無いのだ。
「ダンジョンのスタンピード化、周辺集落での魔物活性化現象、ドラゴン大移動……どれも兵士や騎士は動かなかったよ。代わりに動いていたのは……冒険者だった」
「そうさね。アタシ達は引き立て役、良いところだけを貴族達が掻っ攫うのさ。だから、誰もなろうとはしなかったんだよ」
「アイツらに扱き使われるなんて御免だからな。でも、騎士試験を受けたって事は理由があるんだろ。何でだ……ヴォルへの憧れのためか?」
ギネの言葉にヴィルは首を左右に振る。
確かに最初は父への憧れが強かったのかもしれない。だが、何時からか騎士への憧れ等は失っていたのだ。泣きじゃくっていた時には気が付けなかった本心、根底にあったのは王都を出る前に人を助けた時の気持ちなのだろう。
「僕は……本物の騎士になりたかったんだ。騎士が騎士足りえ無いなら変えてやればいいって。そのために無茶な依頼だって受けてきたよ。剣も魔法も格段と上達したさ。だけど……」
「風習や文化を変えるなんて不可能に近いからな。ましてや、他人を変える事ですら難しいというのに集団ともなれば力だけではどうにもならない」
「……ごめん。もう、やめよう」
「だな。まだ勝負は始まったばかりだ」
山のように盛られた白米が一瞬で消える。
ダンなりの微かな気遣い、今のヴィルならよく分かる。それに呼応して何も言わずに自身の白米を一気に掻っ込むギネ、それを見て負けじとヴィルも左手の白米を掻き込んだ。味なんてものは先程とは違って感じられない。だというのに、ただただ甘く優しい味わいだった。
涙は出ない、嬉しい時には泣きたくないからだ。
父から教えられた事、本物の騎士となるからには無闇矢鱈に泣いてはいけない。性別が、年齢が等とは決して言わなかった。皆を守るためにあるべき体は、皆を見守るためにある両の眼は泣くためには無いのだ。
「おかわり!」
「俺もだ!」
「負けねぇよ!」
「はいはい……馬鹿が増えると大変だねぇ」
そう口にするジーナの両頬は上がっていた。
それを見て「手伝う!」とヒナがギネの茶碗を取って白米を盛る。トテトテと小走りで食卓へ向かいながら渡すとギネはゆっくりと箸をつけた。一口目を味わうように、他には何も手を付けずに白米だけを静かに食べ切る。
「ヒナがよそうと本当に美味いな。何か魔法でもかけたのか」
「美味しくなる魔法! だよ!」
「そうか! だからか!」
小さな両の手でハートマークを作るヒナ。
その様子を見てヴィルは何も言わずに頭を撫でた。そのままジーナから受け取った山盛りの白米をテーブルに置いて、膝の上により小さなヒナを座らせる。
「ヒナ、僕にも魔法をかけて」
「元気になーれ!」
「……ご飯にかけて欲しかったなぁ」
言い方が悪かったか、幼子なりの配慮か。
どちらにしても、ヴィル宛に放ったヒナの魔法は静かに彼の心の奥底を暖かくさせ、決めていた約束すらも守れずに俯いてしまった。それを見かねてジーナは四角い箱の魔道具、冷蔵庫から白い何かを少しだけ白米の上に乗せた。
「なら、アタシがかけてやるよ。ほれ」
「……本当に美味しい! ありがと!」
「よかったよ。魔法じゃないが自信作だったさね」
味噌と塩、そこに幾らかの香草を混ぜた物だ。
香草の香りを味噌へ移すために少量の水を注ぎながら磨り潰している。それと一緒に混ぜ込む事で深い香りと味わいを作り出していた。少しばかり辛くて、それが余計に白米の良さを引き出してくれる。
「美味し過ぎて涙が出てきちゃった! ありがと!」
「今日からはこれが普通になるさね。その舌、絶対に満足させ続けてやるよ。だから、安心しなさいな」
「うん!」
静かにヒナを抱きしめる力を少し強めた。
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