27話
ヴィルは確かに小さな畏怖を覚えていた。
高揚、興味から駆け出した先……その空間こそが本当の意味でのSSSランクダンジョンだったのだ。サジタリウスが群れをなし駆け回り、オーガの群れが狩るために戦闘を仕掛けている。逃げたサジタリウスを喰らう植物、アルラウネがその根を広範囲に伸ばしていた。
見た光景、捕まらなかったのは衣類からだった。
ゴブリンアサシンのコア……それらを粉にして作られたシルバースパイダーの糸、編み込んで作られたローブはコアの影響で漆黒へと染まってしまったのだ。代わりに目立つ色とは裏腹に存在を隠せるだけの力を付与出来た。とはいえ、それはシャロの気配遮断には大きく劣るものである。
「……即座に戦闘、とはいかないか」
戻ってきた緑部屋でヴィルは腰を下ろす。
予想通り足は、体は進むべき道を理解していた。血魔法の探知やスキルの探索すらも使わずに気の向くまま、進んだ先はボス部屋の入口だったのだ。そして同時に感じたのは進んだところで倒せはしないであろう何者かの気配である。
「狩るなら暗殺……オーガが目安だな」
他に見た魔物は弱くてもSランクより上。
オーガのみが単体でBランクと劣る魔物であった。少なからずSSランクの魔物を狩りの対象と出来なければ倒せない存在、それが扉の奥で何かをしているのだ。確実に止めにいかなければいけない相手が確かにいる。
とはいえ、明確な差を他の魔物から感じた。
サジタリウスは当然の如く、アルラウネ、そしてオーガの群れを指揮する存在……運良く出会わなかっただけで他にも多くの自身の命を奪いかねない敵がいるのだ。だというのに、これ程まで無いレベルで胸の高鳴りは最高潮に達していた。
「ああ……そうか。そりゃあ、そうだ」
ノーグ、その名を持つ少年の顔が浮かぶ。
殺しあった時に、そして未だに殺しあう程に仲良くなれた存在であった。そして、ヴィルは彼と戦う時だけは本気で楽しめていたのだ。その理由を今いる空間に来てようやく理解する。殺し会えるだけの存在だからこそ、その心臓は高鳴って鼓動するのだ、と。
冷静になった瞬間にヴィルに浮かんだ疑問。
それは……サジタリウスがオーガ達に狩られていたという事実である。同時にアルラウネと戦う様子も見てはいたが階層ボス程の強さは持ち合わせていなかった。その時点で考えつく結果は部屋に比べて階層のSSランクの魔物は強くない、という事であった。
そこまで行ってヴィルは考え方を変える。
オーガを暗殺する、確かに悪くはない手法ではあった。もし仮にオーガが群れとなって向かってきた場合を想定した時に……その場面だけは勝ち切れるイメージが湧かなかったのだ。ましてや、サジタリウスと戦えるだけの姿からして容易に何かしらの存在を感じられた。
逆にオーガよりも数段と強い代わりに動かずに餌を待つアルラウネの存在、サジタリウスを狩る姿は見ていたものの、それは敵の狩場へと足を踏み入れた時に限られている。その時点で次の討伐対象は定まっていた。
「……良い案が浮かんだな。まぁ、物は試しか」
動かない、その時点で逃げる手段はあるのだ。
転移が使えるという事は最悪の手を持ち合わせているという事でもある。問題は空間魔法が稀有なものであり、それを扱う存在が先に魔物から狙われていくという不条理さであった。サジタリウスの尾の蛇も同様の嫌らしさからの行動である。
ただ、ヴィルの狙いはそこには無かった。
わざわざ、戦った事のある相手ではなくアルラウネを狙った理由、それは彼女達の特性故だった。サジタリウスと同じく名前しか聞く事のない伝説に近い魔物……だが、その種族の下位の魔物とは戦った事があるのだ。その特性をそのままに継いでいるとしたならば、明確な勝機がそこにはあった。
「はぁ……うん、もう大丈夫」
恐怖は無い、鼓動も既に安定していた。
右手に剣を、左手に杖を持つと静かに立ち上がって入口付近へと戻っていく。黒のローブは展開されており、その気配もダンやギネ程の鋭い勘が無ければ見抜けないレベルである。少しばかり早くなり始めた鼓動に小さく深呼吸を行って鎮め直す。
「父さん……今だけは力を貸してくれ」
神頼み、そんな事は無数にも行ってきていた。
だが、未だにその結果を得られた試しはヴィルには無かった。だからこそ、今ある過ぎたる願いを叶えるために願った相手は……過去から引き摺り続けてきた憧憬である。右手の剣を強く握り腕を曲げ、剣の刃を天に向けてから静かに直立姿勢を取った。
走り始める瞳に迷いは少したりとも無い。
先程の探索で知り得た情報、アルラウネのいるエリアへと五分程度かけて向かうと確かに、未だ動かずに獲物を待つ美しい女性の姿形をした彼女はいた。シャロを知らなければ見蕩れていたであろう美しさ、そこまで考えが至ってヴィルは頭を左右に振る。
居なくてよかった等と内心思いながらも気持ちは晴れたのか、五百メートル程度、離れた先から静かに杖を振り下ろした。声は出さない……が、その魔法は確かなもので彼女の周囲に幾つもの魔法陣が浮かぶ。咄嗟に足元から蔓を伸ばし始めるものの敵の位置が掴めていないのか、魔法陣の前に出してガードの姿勢を取った。
悪手の中でも最悪な程の判断ミスである。
動けない彼女を囲むように放たれた魔法は黒い炎だった。瞬時に燃やし尽くされると考え、引こうとしたが既に遅い。当たるのと同時に徐々に徐々にと侵食を始めていく。地面に当てて砂をかけようが、自身の体液をかけようが少しも消える様子はなく、むしろ、中途半端な行動はその火力を高くさせるだけであった。
ならば、と口を開ける素振りを見せる。
無情……その声は外には届かずに彼女の不安感を煽るばかりであった。気付かない内に作り出されていた結界は彼女だけを囲んでおり、現に逃げようと伸ばした地面の下の蔦は阻まれてしまっている。根も蔓も逃げる事が出来ずに迫っていく炎は彼女にとっての地獄でしかなかった。
直径五メートルはあろう巨大な彼女ではあったが燃え尽きるまでには三分で十分だった。
次回は明日の9時の予定です。
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