25話
「堂々巡りじゃねぇか!」
「でも、これで最後だよ。もう、アイツの中に魔素は残っていないから。多分だけど……その分だけ死ぬ気で向かってくるはずだ。つまり」
ヴィルの視線がノーグへと向かう。
最後の一撃、その期待が一心に込められた視線である。優秀なヴィルとて万能ではない。それはノーグも理解している事であった。自身の腰に差した剣、その力を求められているのだ。明確な勝機の香りにノーグもニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「一分、時間をください」
「よくも言えたものだな。まぁ……任せろよ」
ノーグの言葉にダンが笑って剣を構える。
本当の意味での本気、鋼鉄の破壊者の姿が彼等の目の前にはいた。鉄が宙を舞う、いいや、その中には確かに他の鉱石の欠片も中にある。本来であれば細かな粒子を扱うという技法そのものがアーティファクトに近いものであった。そんな事象を魔道具無しで行えてしまえているのである。そして、その本領は何も守りに特化していない。
「おい、ギネ。分かってんならやれや」
「うるさい奴だ。……ほら、行け」
二つの視線がぶつかる。同時にヴィルは他の面々を転移によって出口付近へ避けた。これから起こる事が分かっていたからである。そして共に行ったのは自身の右手親指を犠牲とした強固な結界の作成であった。
「アリアは全員へ、支援の歌。シャロは護衛だ。支援は二分持てばそれでいい」
その言葉に誰も返事は出来なかった。
命令を与えてすぐに敵との距離を詰めたからである。同時に今の言葉には二人への優しさが込められていた。シャロは影分身の反動が来ており戦闘参加が厳しく、アリアの絶唱も喉への負担と魔力の消費という強力な代償があるのだ。故にアリアは大きく息を吸い込んで喉を開く。同時に左手の薬指を切り落とした。
アリアにとって、絶対的な覚悟の示しである。
左手の薬指、それは愛しき人へと捧げた約束の指なのだ。助けたい、守りたい……その背中を任されたいという恋する乙女の願いである。血染めの歌姫、二つ名は彼女の意志への現れとヴィルへの傾倒からなる名前であった。
「愛されたいの、貴方から」
そんな悲しき言葉から始まる歌であった。
愛しき人へ捧げる歌、本来であればヴィルのみに贈りたいものであっただろう。だが、彼女は任されてしまったのだ。誰も死なせたくないという騎士の意志を、光の意志を胸に宿して体を赤く光らせる。
固有ジョブ【歌姫】、彼女が初出の職業である。
未だに概要の殆どが解明されておらず、その実態はヴィルや本人にすら分かってはいない。それでも分かっている事があるとすれば……歌が力となる事である。支援や攻撃、結界等も歌によって作れてしまう万能な魔法であった。だが、それはアリアだから作り出せている事でしかない。
固有スキル【血魔法】、禁忌とされる力である。
アリアの持つ魔法の一つであり、使用者の血液を使用するという稀有な特性を持っていた。とはいえ、その能力はかなりのもので完全に扱えるのであれば他者の血を操る事も可能である。過去に起こった事件から禁忌とされたスキルではあったが、それは当人にとっても似たようなイメージであった。
「ごめん……無理するね」
アリアの見せた覚悟に打たれた少女がいた。
それが限界である事は分かっている、それ以上は精神を壊す可能性だってある……それでも愛しい存在が苦しむ姿などは見たくもなかった。三十にも及ぶ分身、だが、そのどれもが表情を固く閉ざしている。
『僕のために戦え』
二人の少女の脳裏に浮かんだ言葉だった。
独裁者、その二つ名とは打って変わって優しき彼を守るためならば死ぬ事も厭わなかった。その瞬間に浮かぶ悲しげな顔……そんな未来を見ないためにも二人は意識を改める。生きるために敵を倒すという最高の未来を手にするために限界へと手を伸ばしたのだ。
三十のシャロが外へと出た瞬間に赤い線が飛ぶ。
その目的はサジタリウスであり、下らなさそうに大弓で払おうとした。だが、同時に血相を変えて体勢を下げたのも同様に彼である。打ち消そうとしたはずの線によって半分に斬られた得物、無情にもカランと音を立てて半身が地面へと落ちた。
それを合図に最前線をシャロが担う。
瞬間、小バエであると察したサジタリウスが前回と同様に前脚を上げたが即座に戻す。確かに小バエと同じ感覚があったのだ。それでも目の前にいるのはヴィルとダン、そしてギネが十人ずついるという現実であった。
それを理解するのと同時にダン達が構える。
瞬間、サジタリウスを覆う程の砂が周囲に現れ円形を作り出す。だが、それを容易に許す程の優しさは持ち合わせていない。人には聞こえない程の高い鳴き声をあげたかと思うと無数の魔法陣を展開する。
そうして攻撃を免れた彼が見たのは……。
『何度も隙は晒すもんじゃないぞ!』
『これが私達の出来る事!』
ヴィル達が作り出した結界と強固な支援。
結界はサジタリウスを逃がさないためだけに、支援は十人のギネの一撃を高めるためだけに……全ては自分を相手に行っただけの大技でしかない。だが、それで起こした結果は絶大なものであった。ギネの作り出した二倍の数の光の剣が周辺からサジタリウスへ突き刺さるのだ。
とはいえ、火力は些事たるものとしかならない。
そんな事はシャロが一番に分かっていた……残った二十五体の分身達を一気にサジタリウスへと向かわせると張り付かせた。下半身、それも両脚を狙って分身達が抱き着くと嫌な笑みを全員が浮かべた。
「自爆!」
か弱き少女は膝を着き安寧な笑みに呑まれる。
死んだ自分達の死の苦しみを味わう事となる、分かっていても笑えて仕方が無かったのだ。自身では敵わなかったSSランクの魔物の四足を全て奪ったのだから。そして、同時にそれは勝利へのカウントダウンでもあった。
「よくやったな!」
立ち込める煙幕の中、ギネの声が響いた。
中に浮きながらも作り出していた光の剣は……先程のシャロの十倍は超える。そんな一撃を用意しておきながらも飄々と煙が薄くなるのを待った。放つタイミングを誤れば後手に回るのは自分達、長年の戦闘の経験からギネは感じ取っていたのだ。
そして、その勘は良い意味で当たってくれる。
両脚を曲げて逃げる事も出来ない姿、それを見てギネは小さな光の剣を巨大な一本の剣へと変換させた。そのまま腕を振り下ろすと共にサジタリウスの左腕の全てを切り落としてみせる。その一撃は確かに強大ではあるものの魔力操作に長けているギネでギリギリであったのだ。精密動作など不可能だと言っても良い。
「右は任せろよ!」
ダンの声と共に砂で作られた大剣が右腕を斬る。
両脚は潰え、六つの腕すらも地へと切り落とされてしまっていた。もう一度、変身する事が出来たならば……そう考えているのだろう。だが、圧に負けて先に手札を切ったのはサジタリウスであった。そんな彼の頭に小さな手が当たる。
「麻痺」
体の動きが全て止められてしまう。
その隙を突いたのは一筋の斬撃であった。二人の力を得ている共鳴の剣鬼、無言の一撃ではあったものの太刀筋は確かなもので、その胴体を左右に分つ。同時にゴロンと音がすると重厚な扉が開く音が聞こえ始めた。
「勝っ、た……のか?」
「……うん! 勝ったんだよ!」
「ッ……はぁ! そうか! そうなのか!」
SSランク、サジタリウス、最後は呆気なかった。
誰もが勝利した事実を理解出来ずに瞬きを多くしたがヴィルの言葉に現実へと引き戻されていく。勝てる見込み等なかった相手を倒したという事実、冒険者ギルドで長い時の中、噂され続けるであろう結果を見せたのだ
「この先は……今度にしよう。さすがに今の疲労度で進むのは駄目だろうし、それに鳩を飛ばしたから援軍だって来る手筈はあるんだ。今はダンジョンの異様さを説明出来れば御の字、だろ」
ヴィルの言葉に全員が安堵した。
それでも膝はつかない。帰るまでが遠征、ようやく攻略するための手札を得ただけに過ぎないのだ。持ち帰るために気を抜けはしない。それは勝利の声を高らかにあげたヴィルも似たような考えであった。
だからこそ、彼等の心の中に悪魔が住み着いた。
勝利したからこそ帰れる……その安堵の心は勝手に部屋内に敵がいないと錯覚してしまったのだ。忍び忍びと静かに寄るそれは即座に動こうとはせず、ましてや、その息すらも殺していた。毒牙が表に出たのは全員が入口へ迫った時である。
「シャァァァッ!」
「蛇……ッ!?」
「ヴィル!」
サジタリウスの尾にいた蛇が首に巻き付いた。
咄嗟にダンが砂を操り始めるが……ヴィルの頭部へ当たる危険性を考えた瞬間に手が止まってしまう。だが、それは即座に明確な後悔へと変わってしまった。ズルズルと引き摺られた部屋の中心、そこにいきなり大穴が広がったのだ。
「ヴィル! ヴィルゥゥゥッ!」
そんな声すらも消えていく。
徐々に塞がる穴が光も声も、ヴィルの希望すらも消し去ってしまうのだ。静かに伸ばした手はどこにも届きはしない。光も声も食らう闇が徐々に彼すらも喰らい尽くしていく。ただただ、ヴィルは無限とも思える暗闇の中で静かに意識を失った。
次回は明日の9時の予定です。
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