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24話

 最初にサジタリウスの視覚が失われた。

 無数の矢、それらは敵が放った攻撃ではあったがただ返しただけでは無い。全てとはいかないまでも目元付近へ放つ矢のみ、ヴィル自身の強烈な強化魔法がかかっている。ミノタウロス相手であっても貫通したであろう火力ですら、数分ばかりの視覚を奪うという結果に留まってしまっていた。


 だが、それがヴィルには欲しかった。

 被りモノがどのような効果を発揮するのか、未確定な部分が多過ぎるからこそ、剥がすために希少な魔道具をふんだんに使用したのだ。加えるならば魔物と言えど、視覚というものは生命線に近いものでもある。弓士としての戦い方に似ているサジタリウスならば尚の事であった。


「アリア! ギネとシャロに強化の歌! シャロは分身だけ外に出してギネの援護! アレは使わなくていい!」

「分かりました!」

「ん……!」


 歌が始まった瞬間、五人のシャロが現れた。

 薄く輝き始めた本物のシャロへの強化を残したままに現れた分身達は、一気にサジタリウスの下半身へと向かっていく。チョコマカと動き回る様は目の見えないサジタリウスからすれば小バエに等しかった。その大きな前脚を高らかと上げて地面へと叩き付ける。


「隙だらけだな!」

「グッ……!?」


 勝ち誇ったかのように足元を見詰める大きな隙。

 その頭上からギネは一発の拳を叩き込んだ。地面へと叩き付けられ、起き上がろうとするには時間が足りなかった。その僅か十秒の間に上空から降り注いだのは光の剣の雨である。躱すには体躯が大き過ぎ、暴れようにも胴体は地面に伏せっていた。


 サジタリウスには大きな誤算があった。

 向かってきた五人、それらはギネを除いた他の面々だと考えていたのだ。シャロの持つ【気配遮断】が他者にも影響を与えられるとは考えていなかったのである。それ故に招いた事態はサジタリウスの思考をより焦らせた。


「なんだ!?」

「これ……! 超音波!?」


 甲高い機械音、サジタリウスからであった。

 時空が避けるような感覚が辺りに響き、多くの眼が空を浮かぶ。同時に召喚されたのは無数のミノタウロスであった。……それを確認した瞬間にヴィルはニヤリと嫌な笑みを浮かべて軽く右指を弾く。


「初見殺しは初見にしか効かないんだよ」

「ん……煙幕!」


 瞬間、全てのミノタウロスが細切れとなる。

 それらをサジタリウスが確認したのと同時に部屋の四方に動いていたシャロから煙が立ち込めていく。その濃度はかなりのもので、巨大なサジタリウスが走り回れるような空間を三秒程度で埋めつくしてしまう。


 明確な動揺がサジタリウスに走った。

 故に大弓を引いて大量の矢を放つが少しも手応えはありやしない。その脅威を一瞬で理解して先程まで、その理由となった者達がいた入口付近へと駆け抜けようとした。そう、確かにその巨大な体躯を動かそうと脚を高く上げたのだ。


「悪いね。そういう手合いには慣れているんだ」


 泥濘、それは血で作られた真紅のものであった。

 瞬間的に身を守るために腕を動かそうとしたが、それもやはり成果を出しはしない。後方へ強く引き返されて前へ出る事すらも叶わないのだ。だが、確かに声の方向から求める敵は目の前にいる事だけは分かっている。


星天十二宮セイテンジュウニキュウ


 その声は確かに美しい青年の声であった。

 同時に吹き荒れた暴風により、煙幕は消え去ってしまう。それを好機とギネが背後から迫るが即座に何かに絡まれ、元の位置へと戻されてしまう。同時に彼の視界で捉えたのは一人の美しい青年であった。三メートル程度の体躯は誇るが先程の位置では確かに命の危機に瀕していたのはギネであったのだ。


「ようやく、隠し玉かよ」

「……遂に来たのだ」

「何がだ。攻略出来る奴らがってか」

「不遜な者だな」


 美しい青年、それは先程の上半身と変わりない。

 口は宜しくないものの、その視線はヴィル以外へ向きはしない。それがダンとギネには苛立ちへと繋がり、先にギネが距離を詰める。その動きに合わせてダンが前へ出ようとする……が、それに対応したのはヴィルだった。


「そんな命令は出していない」


 SSランクの二人でも恐怖を覚える冷たい視線。

 同時にヴィルはギネを転移で自分達のもとへと連れ戻し、ダンも白い糸で包み込まれて地面に腰を下ろしている。普段であれば心の底から怒っていただろう。それでも、彼の判断が正しかった事は即座に理解出来た。いいや、させられたと言った方が正しいだろう。


 部屋全体を矢の雨が降り注いでいたのだ。

 少しの魔力の揺らぎすらない攻撃、会話の中で放たれた別格のそれは確かに多くの者の内心に傷をもたらした。だが、対峙していたヴィルだけは表情を少しも変えずに大きく溜め息を放つと笑みを見せてみせる。


「なんだ。この程度なのか」

「何、を……!?」


 苛立ちから一瞬だけ魔力が揺らいでしまった。

 何をしようとしていたのかはヴィルには分かる。虚をつくために弓を引かずに矢を放とうとしたのだ。ただ、そのような結果は引き出す事は出来なかった。四肢も含めて、身体の全てが言う事を聞いてくれなかったのだ。


「猛毒……ただの僕のスキルの一つだ」

「キ、サマァ……ッ!」

「……そうか。何となく分かるのが嫌だね」


 サジタリウスは何かを言う事はしなかった。

 だが、幻聴であろうとも、ヴィルには聞こえてしまったのだ。確かに口の動きから「騎士の癖に何をするんだ」と。それでも今の彼には迷い等は無かった。自身が死ぬ事も、仲間が死ぬ事も認めたくない。そんな大層な願いのために杖を一本、別の空間から取り出して構える。


 未だに動かないサジタリウスに杖を振るう。

 瞬間、サジタリウスも大弓を軽く振るって一気に距離を詰めた。同時にヴィルも突っ込み、ガギンと大きな音が響いたのを境に回数が増えていく。咄嗟にシャロの分身が背後から回ろうとするが即座に矢で撃ち殺された。


「やっぱり、その目か」

「……君の力を知りたい。それだけだ」


 上空に漂う無数の眼、それは偽物ではなかった。

 視界を奪うという手を取らなければ上の目が敵の位置をサジタリウスへと伝達する。加えるならば今のシャロを撃ち抜いた事でヴィルは能力を看破した。視界だけではなく、敵のスキルすらも見抜く力が各々の目にはある、と。


 だからこそ、悲しげに笑って指を弾いた。

 同時にサジタリウスの背中に走ったのは悪寒、それに従って背中に生えた翼を広げ、上空へと上がる……が、悪手である。その視線は確かに脅威となるヴィルへと向いていた。だが、サジタリウスの敵はヴィルだけに留まらない。


鉄の処女(アイアンメイデン)

「な……ッ!」

「腕は貰っていくぜ! クソ野郎!」


 咄嗟に体を横に流したものの遅かったのだ。

 サジタリウスの左腕は人が入る程度の箱に掴まれてしまい、その瞬間圧縮して消滅する。いいや、消えた訳ではない。本来の姿である細かな鉄へと姿を戻しただけである。だが、左腕を失った今、大きな隙がサジタリウスには出来た。


「死になさい!」


 ギネが一気に詰めて、その頭部に剣を伸ばす。

 それでも届きはしなかった。ヴィルの魔法陣によってダンとギネが回収されてからである。そして同時に二人はサジタリウスへ視線を向け直した。二度目の変身、その姿は……最初のものと変わりなかった。

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