22話
「ここ……は……」
「ん……起きた」
「なるほど、ここが天国か。つまり僕は」
「死んでねぇよ、アホタレ」
ヴィルの額にダンのチョップが当たる。
だが、勘違いをしてしまうのも仕方の無い事だろう。愛しき女性の膝の上で幸福に満ちた快感を得てしまっていたのだ。普通の人であれば今いる空間こそ、本当の天国であると錯覚してしまう。痛みからボヤける姿も全てが夢幻のように見えた。
「ダンさんの声が聞こえた気がする。いいや、あの人は既に川の奥にいるはずだ。となれば、僕は地獄に落とされて」
「だから! 死んでねぇっつってんだろ!」
「いったぁ! え!? 本当に生きてるの!?」
両頬を引っ張られてようやくヴィルも気付く。
目の前にある光景は本物である、と……いいや、そのニヤケ顔はただただ分かっていて揶揄っていただけであろう。それが分かるからこそ、ダンはさらに頭部へ強力なチョップを食らわせた。加えて苛立ったギネも同様の攻撃を続ける。
「……すごいね。まさか、ここまで来れるなんて」
「嫌味かよ。一応は単独SSランク冒険者を達成した俺達がいるんだぜ。まぁ……」
ダンとギネの視線がノーグとアリアに向かう。
アリアの支援が無ければ、ノーグが裏にいるという前提が無ければ……その二種類があって成し遂げられた結果であった。二人には一目見た時から分かっていたのだ。二つ名を抜きにした異様な力の根源を魂の奥から……その目がただヴィルには嬉しかった。
「……ごめん。てっきり、階層を戻ると思っていたんだ。結構な物資を使ったんでしょ」
「問題無いな。精々、魔力ポーションを多く使用したくらいだ」
「驚いた……魔道具は使わなかったんだ」
その驚きは心の底からのものであった。
緑部屋、そこまで来るためにはSSランク冒険者パーティが三つは必要だとヴィルは考えていたのだ。探索に特化したシャロだからこそ、一人で成し遂げられた栄光であったが……戦闘に特化した二人には酷なものだと内心では考えていた。それ故に消費してはいけない魔道具を多く使用する事になる、と結論付けていた。
信頼する二人の言葉と表情を見て安心する。
それはヴィルが目覚めてから、他の面々が見せた表情と何ら変わりないものであった。デミリッチを倒すためにはヴィルが動くしか無かった……それは変えられない事実である。光魔法以外の弱点を持たない敵を倒すためには、他の魔物が来る前に倒すためには必要な事であった。
だが、その後は完全に良い意味で誤算であった。
ダンとギネの実力を疑った訳ではない。ノーグやアリアの力を知らない訳でもない……ただ、即興で作られたパーティ内で連携を、二人が心を許して力を見せる確証が無かったのだ。それは裏を返せば攻略のための大きな光へと繋がる事でもある。
「アリア……もう、引け目は無いの」
「……ありますよ。でも、それで皆が死んだら意味が無い事ですわ。私の願いは、あの時と少しも変わっていません」
「そっ、か……うん、ごめん」
その瞳の奥にある炎は只管にヴィルを刺激した。
アリアは完全に二人を許したのだ。ダンとギネは確かに強力な援軍ではある。だが、ギリギリまで許すかを決めかねていたのは、彼女の持つ探索の力が神に仇なす【禁忌】と呼ばれるスキルであったからだ。普通であれば教会へと突き出されて処刑されてもおかしくはない。
それでも、治りきらない指を見て理解した。
彼女は血の力を利用した上で誘導したのだ、と。本来であればSランク甲斐程度の実力しか持たない彼女がパーティから必要不可欠な理由、それこそが彼女の異質性からであった。だからこそ、一つだけ大きな溜め息を吐いて口を開く。
「シャロ、今日中に五階層を攻略する」
「ッ……! 本気で言っているの!?」
「ああ、出来る確証が出来たんだ。それに嫌な予感がする。多分だけど……早く攻略しないといけないはずなんだ」
騎士や兵士ならば力も貸さない言葉ではある。
だが、彼がそう口にする意味は仲間であるからこそ、全ての者が理解出来てしまう。その胸騒ぎのせいでどれだけ命をかけてきたか、加えて言えば無ければ間違いなく大きな問題を抱える事が多過ぎたのだ。……最初は容易な事であった。
偶然、受けた依頼が同じだっただけである。
方や単独でAランクまで上り詰めており、方や才能がある三人でようやくBランクとなったばかであった。幼さとは裏腹に態度の大きな彼をノーグとシャロは好みはしない。精々、優しき心を持つアリアが関わる程度であった。
「あの時、みたいだな」
「そうだね……魔素の多い地域が出た、だっけ」
「……良くも悪くも思い出だよ。だからこそ、この場にいる全ての人を代表して伝えよう。君の意志に従う、とね」
魔素が溜まった地域は広大であった。
大きな池を埋めつくし、果てはその中にSランクの魔物であるヒュドラを生み出す程だ。多くの者は最初の伊吹で殺されてしまった。……その時に生き残ったのは本当の意味で才能のある四人だけである。自負も覚悟も捨てて生き残るために頼ったのは一人の幼き子供であった。
「君が、今は僕達のリーダーだろ」
「……任せてくれよ。勝てなきゃ逃げているさ」
「俺等も意志は変わんねぇよ。どうせ、ヴィル抜きで転移なんて出来たものじゃねぇ。そんな魔力があるなら戦った方がマシだ」
ニヤと笑うダンにヴィルは苦笑した。
それと同様に体の中に流れ出したのは確かに血潮である。幸福とは別の戦うために流れ出した血は確かに彼の精神をより強固なものにした。微かに震える足を止めるために、先程まで膝を貸してくれていた女性を背後から抱き締める。
「……五階層の部屋の魔物の名前はサジタリウス。伝承に残っていたものだけど……それ以外に該当しそうな魔物がいないから確定でいいと思う」
「サジタリウス……暫定SSランク以上の魔物か。厄介な話だな。確か、そいつは集団戦に特化した魔物だったはずだ」
「少なくとも……私が長時間、眠る原因になった理由がそれだったよ。こう見えて、私一人でSランク上位のパーティ以上の活躍は出来る自信があるから」
影分身の反動は一体からでも受けられる。
それに気が付けたのは他でもないヴィルのおかげであった。有用な力を個人のものとして支配出来るように、とヴィルは能力を一から丸裸にして見せた。その恩恵として彼女は一体の分身を吸収する事で今までの損害を一気に引き受ける覚悟と、技巧を獲得して見せたのだ。それは何も純粋な力に関しても同等の事が言える。
「白の角蛇は……本当に上手く役職が揃っているんだよ。ノーグが単独でSSランク冒険者程度の火力を誇る前衛を担い、シャロがSSランク冒険者程度の探索を誇る中衛を担い、アリアがSSランク冒険者程度の魔法と支援を得意とする」
「君が褒めてくれるなんて……槍が降るね」
「事実だろ。じゃなきゃ、僕とは殺し合えない」
三人を相手にしたヴィルだから言える事である。
本気の三人、それらを倒したという事実は冒険者ギルド内の一部の人間しか知る由もない。故にライアンを含めた一部の人間はヴィルを重宝して、愛し続けている。それが例え、王国と敵対する事由となりえても変わらずに……。
宜しければブックマークや評価、いいねや感想などよろしくお願いします! 作品制作の意欲に繋がります!




